わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第223回―中澤系― 雨澤 佑太郎

2019-11-22 02:25:48 | 詩客

 一昨年の夏に遠くへ行ってしまった友だちが、「これ、なんか良いよ」というメッセージとともに、Twitterの「中澤系bot」のリンクを僕に送って来た。それが、中澤系の短歌との出会いだった。副腎白質ジストロフィーという難病に侵され、二〇〇九年にこの世を去ったという彼の遺した短歌は、システムに支配された社会で孤立する個々人の諦観やかなしみを、平坦で変化のない日常生活の風景を、独特の語彙で切り取って見せる。

  3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって

  とるべきだ ミルクの瓶のふた常にはがし損ねた日々をもろとも

  裏側を向いたまんまのコインでもコインはコイン十分なほど

  生きるなら生きよ個別に閉じかけのドア一人だけ抜け出せる幅

 中澤系の短歌には、作者の感情や表情というものがはっきりと見えてこない。残酷なまでにニュートラルで、匿名的だ。もちろん、匿名的であると言っても、それは作品が凡庸で没個性的であると言う意味では全くない。彼の作品は三十一音の世界において、複雑化されたシステムの中で極端に均質化され、代替可能な部品として際限なく摩耗していく我々――「匿名的な存在」にならざるを得ない人間の姿を、表象することに成功しているのだ。中澤系の短歌は、現代の日本で生活する者なら誰しもが触れる機会があるような一場面を、繊細かつ奥行きのある言葉を用いて鮮やかに置換していく。だが、歌を重ねていった先で彼が目にした地平は、加速していくシステムから逃れることが不可能な「終わらない」現実だった。中澤系は無限に続いていく世界を前にしても臆することなく、その「終わらなさ」を表現していった。

  正統な手続きを経たのちにさえ衰弱死という結末がある

  述べられていないものには意味がない沈黙の向こうにはなにもない

  サンプルのない永遠に永遠に続く模倣のあとにあるもの

  ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ

 「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい」とジジェクは言った(らしい)。あらゆる「終わり」は既に語られ尽くした。我々は甘美な感傷に浸りながら「終わり」を語るのではなく、この現実を覆う閉塞感の本質である、「終わらなさ」と対峙しなければならない。「最後の日」を夢想する終末論者たちのささやかな期待など意に介すこともなく世界は延命し、そうして今日と同じような明日がやってくる。かつて、中森明夫は80年代末期に「すべては終わった/もう新しいものなどない」と書いた。90年代には阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こり、中澤系にも強い影響を与えた社会学者の宮台真司は「終わりなき日常」を提唱した。中澤系はそうした時代の空疎で不透明な空気を、明晰な理性と敏感過ぎるほどの詩的感覚を通して汲み取り、そしてたったひとりで「なにもない」「永遠に続く」世界と向き合った歌人だった。中澤系の見たもの、見ようとしたもの、見ることができなかったもの。彼の短歌は、ひとつの大きな課題として後世の読者に読み継がれていく。

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私の好きな詩人 第222回 ―安川奈緒― 暮田 真名

2019-09-28 03:20:50 | 詩客

 自作を不用意に声に出して読まれるときの索漠とした感覚を知っていることと、安川奈緒の詩に惹かれることは私の中でとても近い場所にある。
 安川奈緒の詩が持つ引力について考えたい。一度紙面に目を落としたが最後、引き摺られるようにして文字を追いかけることしかできなくなる。明らかに、文字列を頭の中で声に出して読む余裕など与えられない。いわんや朗読をや、である。
 安川は佐々木敦との対談(『現代詩手帳』2010年1月)で朗読について「身体性の否定みたいなものが私には強くあって、だから自分の声と自分の書いたものの親しさをそこでどうして回復しなければならないのか、それがわからないんです」と述べ、読者に対しても「視界の中だけで処理してもらいたい」と要求している。
 安川の詩において「身体性の否定」がどのようにして行われているかを確認するために、次の詩行を見よう。

ところで 瞬間移動で来たのかと問われれば 瞬間移動で来たのだと答えよう あこがれの街をくぐりぬけ おまえが嫌いだと言うために 来たのだと おまえに夢中になりすぎて 身体のことを忘れてしまったのだと(「背中を見てみろ バカと書いてある」より)

 「瞬間移動」の速さによって「身体のこと」が忘れられるとき、声もまた置き去りにされる。速さの推進力となるのは息が詰まるほどの他者への希求であり、その中では「おまえが嫌いだと言うために」と「おまえに夢中になりすぎて」が当然のように同居する。

泣くな 泣くようなテレビじゃない 今日は不用意に原爆と口に出してもいい 自分のせいで誰かが自殺すると思ってみてもいい 間違いの手旗信号にうっとり見とれていた敗残兵たち 窓は縛るためにある そして今からとても楽しみ インポテンツ・トルバドゥールの夜(「玄関先の攻防」より)

 「泣くな」という禁止に続いて「~てもいい」とみとめられる事柄は、どちらも不吉で衝撃的である。これらの許可、あるいは「インポテンツ・トルバドゥールの夜」といった見慣れない言葉に読者はおそらく面食らうだろう。「うっとり見とれ」ることもできるだろうが、同じことだ。その間に、身体は言葉に置いていかれている。

 生前唯一出版された詩集である『MELOPHOBIA』を私は持っていない。私が安川を知った三年前にはとうに絶版になっており、電車を乗り継いで定価の十倍の値段が付いた詩集を見に行ったことも思い出深いが、来年全集が出るらしい。今はそれだけを待ち焦がれている。

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私の好きな詩人 第221回 ―曹植― 桜 望子

2019-08-14 17:53:58 | 詩客

 短歌や俳句をやっていながら、大学では中国文学部に所属しています。なんで?って言われますが、そんなの好きだからの一言に尽きるよね。何でもかんでも好きな理由を説明するのって難しい。心がぎゅっとするんです。だから中国文学も、心が動くものを探しつづけているような心地でやっています。私自身のために遡る、中国四千年の旅。素敵でしょ。
 そんな日々の学びの中で、私はこの言葉に出会うために中文に来たんだって思った詩があります。それを書いたのが、タイトルにもある曹植です。誰だろうって思う方が大半かもしれません。彼は父と兄が目立つのです。父は三國志でも有名な曹操、兄は魏の初代皇帝である文帝こと曹丕です。曹植自身も建安文学の三曹の一人として、「詩聖」の評価を受けています。七歩の才の語源となった逸話を残した人と言えばピンとくるかもしれません。真作とはされていませんがその故事を参考までに載せます。

(魏の)文帝がある時、弟である東阿王(曹植)に対し、七歩く間に詩を作るよう命じ、作れなければ極刑に処すると言った。曹植は曹丕の声に応じてたちどころに詩を作って言った、
「豆を煮て羹を作り、味噌を漉して汁を作る
豆殻は釜の下で燃え、豆は釜の中で泣く
元々は同じ根から生まれたというのに、
なぜそこまでひどく豆を煎り付けるのか」と。
(この詩を読んだ)文帝は、深く恥じ入る様子を見せた。

 この故事からうかがえるように、兄弟仲はそれほど良好とは言えませんでした。曹丕は皇帝となった後に次々と曹植の側近を殺し、さらに曹植自身をも僻地へと飛ばし、彼には生涯国の政治に関与させませんでした。そんな苦境の中で彼が書いたある詩に出会うために、私は中国文学部に来たのかもしれません。それは曹植の『野田黄雀行』です。力を持たないものは友を持ってはならぬ。この言葉に出会ったとき、心臓をぎゅっと握られた心地がしました。原文と私の訳を載せます。

野田黄雀行   野田を行く黄色い雀 
                 曹植 桜望子訳
  
高樹多悲風   高き樹には悲しく風が吹き
海水揚其波   海水はその波をあげる
利劒不在掌   鋭き剣を手に持たないなら
結友何須多   友を多く持ってはならない
不見籬間雀   ごらんよ、垣根の間の雀を
見鷂自投羅   鷹を見て自ら網に入った
羅家得雀喜   網をかけた人は雀を手に入れ喜ぶだろうけれど
少年見悲雀   少年は雀を見て悲しむ  
抜剣払羅網   剣を抜いて網を払えば
黄雀得飛飛   黄色い雀は再び飛ぶことができた
飛飛摩蒼天   蒼天まで飛んで 飛んで
來下謝少年   そして下りて来て少年に感謝するのだ

 曹植は兄によって忠臣を多く殺されました。鋭い剣を持たないなら友を多く持ってはならない、この言葉から彼の心の叫びが切実に伝わってきます。少年は曹植の理想であり、また雀は曹植の心かもしれません。友を殺され僻地へと飛ばされた。網に入った雀のように、身動きも取れずただもがき続ける。鋭い剣を、力を持っていないから。

 私は鋭い剣を持っているかしら、と思うのです。多くの友を守れる力が私にはあるのかしら、と。あいも変わらずこの世界は高い樹に悲しく風は吹くし、海水は高い波を上げすべてさらっていってしまう。私たちはとても弱い。だからこそ詩を書くのだろうと思うのです。曹植は弱かった。だからこそ心を握るような詩が書けたのではないでしょうか。でもね、私思うの。私たち本当に鋭い剣を持っていないのかしらって。だってね、この詩を読んだときに私は心をさされた心地がしたの。私たちは鋭い剣を持っているんじゃないかしら。いいえ、持っていたいの。言葉の力を信じたいの。曹植さん、だから詩を書いたんじゃないかしら?だって私たち、詩人だものね。


【プロフィール】
桜望子
短歌と俳句を詠む人。竹柏会「心の花」、俳句結社「蒼海」、二松学舎短詩会「松風」所属。

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私の好きな詩人 第220回 ―田村隆一― 垂直的人間・田村隆一 赤野 四羽

2019-07-24 22:04:47 | 詩客

  言葉のない世界を発見するのだ 言葉をつかって
  真昼の球体を 正午の詩を
  おれは垂直的人間
  おれは水平的人聞にとどまるわけにはいかない

『言葉のない世界』より
 

 「垂直的」といわれるとすぐに俳句や短歌を思い浮かべてしまうのは私のように短詩をやっている人間の悪い癖だが、「言葉のない世界を発見するのだ 言葉をつかって」なんていわれるとますます俳句の世界に近づいてくるのを感じてしまう。もちろん、これは詩歌、あるいは文学全般に通じることだ。垂直的とは、己の価値と倫理によって独立する人間のことであろう。一方水平的とは、世間との相対性によって揺れ動く人間だろうか。
 知的で、鋭敏で、しかしダメ人間で、酔っ払いで、なおかつカッコいい。
 田村隆一はそういう「詩人」の、最後の体現者だったように思う。本人の資質や才能に加えて、時代が「詩人』をつくった面も大きいだろう。いうまでもなく、田村は鮎川信夫、北村太郎、黒田三郎らとともに戦後詩を牽引した詩誌『荒地』のメンバーである。『荒地』はもちろんエリオットの『荒地』、そして戦後日本という「荒地」である。
 モダニズムを通過した「荒地派」の詩人たちは、ダダやシュルレアリズムの技法を持ちながらも、華麗なレトリックに終始しない。むしろその文体は硬質で時に難渋ですらある。
 戦前、戦中、戦後を経験した詩人たちにとって、これは当然のことだろう。残念ながら、多くの文学者は戦前戦中、そのレトリックを駆使してさんざっぱら戦意高揚に協力した。にもかかわらず、戦後はくるりと「戦後民主主義」を語りだす。
 文学を、言葉を信じられなくなるのも無理はない。
 
  一篇の詩が生れるためには、
  われわれは殺さなければならない
  多くのものを殺さなければならない
  多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ

『四千の日と夜』より

 詩人は言葉を捨てない。だが、再び詩が生まれるには、多くのものを「殺さなければ」ならなかった。実際に膨大な人間の死があった。言葉の死、詩の死があった。そしてそれらに迎合する精神を殺さなくてはならないのだ。

 田村と金子兜太の対談がある。ここに兜太と意気投合した田村の発言があるが、これが非常に面白い。
僕たちの一番理想的な世界というのは、言葉のない世界です。言葉のない世界というのは、言葉を蔑視したり、言葉を度外視したりするんじゃなくて、比喩がつけ込むすきのない世界を現出できたらすごいと思う。だから、全体がほんとうの直喩になればね。だけどもそれはあくまで言葉ですから。物じゃないんですから。
 田村によれば、言葉というものはなべて「」である。詩人はそれを使って、「」の向こう側に届こうとするわけだ。と同時に、言葉はあくまでも言葉である。言葉のちからと、言葉の限界とを知り尽くし、なお言葉に賭ける。吉本隆明はプロの詩人として田村隆一、谷川俊太郎、吉増剛造の三人を挙げたが、言葉を深く懐疑するゆえの鋭さを持つのは田村であろう。
 言葉の向こう側を見据える詩人は、時に現実に対しても予見を発する。
日本ていう国は、どうも経験というものを活かせない伝統というのがあるのかな。同じあやまちを何度も失敗するんですよ。/後手後手に回って、それで同じ失敗を繰り返す。経験が経験していないことになっちゃう。」(中島らもとの対談より)
 まさに目の前で起こっている政治腐敗そのものであろう。失敗、都合の悪いことはいつのまにかなかったことにされる。当然、反省や改善に活かされることがないから、同じ失敗を繰り返し続ける。細々とした日常の些事ならば、忘れてしまっても構わない場合もあるだろう。しかし政治的社会的失敗は忘れても消えてなくなることはない。徐々に進行し、取り返しのつかないところに達してクラッシュするだけだ。
 それが敗戦であり、バブル崩壊であり、原発事故であったわけだが、あっという間にその経験は忘れ去られる。
 詩人は、文学は、これを忘れてはならない。文学に何ができるか、という問いがままあるが、忘れないこと、逃避しないこと、直視すること、書き残すこと。詩によって言葉の向こう側を縫いとめることが、詩人や文学にできることであろう。

  おれは
  <物>の言葉だけで
  喋りつづけているのさ


『物』より

 俳句においても「」は大きなテーマであるが、田村ほど「言葉」と「」の存在についてこだわり続けた詩人はいない。

 田村隆一はいわゆる「戦後詩人」では終わらない。それどころか、今もっとも「現代」を歌っている詩人なのではないだろうか。

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私の好きな詩人 第219回 ―郡宏暢― 黒岩 徳将

2019-05-13 20:41:49 | 詩客

 郡宏暢「人工湖」は、本というモチーフを通して、語られないということ、語られない存在を象徴している。
 http://shiika.sakura.ne.jp/works/jiyu/2015-12-19-17456.html

 わたしも
 わたし以外のわたしも
 誰だって他人の書いた物語は読まれることのないまま
 蘆の深い水際から
 暗い湖底へと
 沈められる

 創作者ならば多くの人が感じるであろう、自分の作成物の反響を得たいという気持ちがストレートににじみ出ている。タイトルが湖でなく人工湖であるのは、本(創作)をとりまくのは世界(湖)ではなく社会(人工湖)であるということだろうか。以前、出版社の広報部の方とプライベートで会った際に聞いたが、小説が売れなくなっているのに、小説家になりたい人が増えているらしい。創作をすることで社会のしがらみから解放されたいという思いがあるのだろうか。つくづく人は社会的動物であるということを思わされる。創作のあり方自体すら考えることなく、我武者らに創作に向かいたいと思うときもあるが。何億人の人間がいるなかで、1人の人間が、1対1のコミュニケーションをとることのできる対象の数はあまりにも少ない。筆者は俳句を書いているが、「死ぬまでに読む(or聞く、書くetc)○○の数」というフレーズの入った句はよく見かける。「人工湖」はテーマそのものが「創作をするということ」なので、韻文としてはメタ的であり、それほど新奇性のあるものではない。それでも私が「人工湖」に思いを馳せずにはいられないのは、この詩の改行の美しさではなのかもしれない。一行一行で息継ぎをするように、読むと、主体自身も湖に潜って行くような感覚を得られる。
 郡の詩をもう一つ、「葱とぶどう」(「詩誌酒乱」第6号、2013,6)を紹介したい。
 老女が店で触れた葱が落ちて、ぶどうに突き刺さるシーンを中心に組み立てられた詩である。

 そのたくらみで
 わたしはようやく安心できるのだ
 カウボーイがインディアンの腹にナイフを突き立てる夢
 そういう西部劇のような夢
 ーーを抱き締めて
 あとは葱にまみれて眠るだけだ

 カウボーイの夢のくだりは明らかにぶどうと葱と対比されているのだが、もはや最近の学生にイメージできるのか怪しくもある西部劇と、日常にまみれた葱(ぶどうは「580円のコミュニケーションをひと房」とあるので日常と郡が捉えているかは怪しい)の落差が可笑しい。これからも老女の食卓に葱とぶどうが同時に置かれることはないだろう。葱を買って去った老女はぶどうのことを忘れるかもしれないが、この詩の主体は覚えているだろう。この詩も改行のタイミングが際立ち、一行ずつ息を落としていくように読みたい。
 郡はどこまでも市民らしさを闊歩する中に違和感を表出させる詩を書き続けるのだろうか。

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