わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第187回 ―ほしおさなえ―  モリマサ公

2016-11-30 11:37:05 | 詩客

人工の砂浜で鳥がくるのをずっとまって

 詩集にもなっていない音読のサンプルCDの詩をノートに書き起こして何度も声に出して読んでは泣いた。いまでもその詩を読むとじぶんが張り裂けてしまいそうになるのがわかる。他の人にとってひとつの詩がものすごく大切なものであることもあるだろう。ほしおさんの書く詩は私にとってはかけがえのない詩だった。人生がおわるときもっていっていいよと言われる詩があればわたしはそれを選ぶのだ。

あの時間と、わたしたちのビル、わたしたちの砂浜、夏の日に並木を歩いて、あれは祈りだったとおもっていたけどちがうかもしれない、あれは単なる鳥だったのかもしれない、

 わたしは詩をはじめるのが遅かったし、朗読から詩を学んだので難しい詩のことはかっこいいとは思ってもなかなかはいりこめるものはない。しかしこのほしおさんの書く「わたしたち」のなかにわたしはとりこまれてしまう。わたしもこの「わたしたち」のなかのひとりとしてこの詩の中で歩き始める。とにかく声に出し読み進めるとわたしは「わたしたち」になってしまい「祈り」と「」という韻をふんだ二つのものを「ちがうかもしれない」と思いはじめる。

吸い込まれていく、となりを滑空する鳥を見ながら、わたしは飛ぶということを考える、広がる奇妙な形のビルを眺めて、いつか高層ビルの上で見た東京の模型のことを考える、写真に置き換えられた日々のことを考える、

 吸い込まれていくのはどこなのだろう、空中なのであろうか、隣を鳥が滑空するくらいだから随分高いところにいて、そこでわたしは「飛ぶということ」について考えている。このシチュエーションからすると「そこからわたしは飛ぶことを考えている」と読みとれるのだが、そういう問題ではなかった。

何度も飛び、はばたき、水平になる、ビルとアスファルトと高速道路のなかで、重さを失い、顔を失い

 わたしは飛ぶということについて考えている、そして「何度も」「繰り返し」飛び、はばたく。それは飛ぶということをある種記号的な意味にすりかえていく行為だった。水平になってソリッドな東京の風景の中に溶けこんでいくわたし。重さを失うということはたましいになってしまった状態にちかくたましいになってしまって顔を失うのではないか、しかしわたしはいきなり次の最終連でわたしたちのなかにもう一度閉じ込められていく。

なにもない星に降り積もる雪のように、わたしたちの目は落っこちて、風にさらされ、橋を渡り、海をわたり、入力して、数を数えて、繰り返し、飛ぶということについて、と表示される、広い人工の砂浜で鳥がくるのをずっと待って、

「ねえ、あれ、あれは・・・・なに?」

 いきなりわたしはなにもない星まで飛ばされて降り積もる雪の様に目が落っこちてしまうのだ。なんて恐ろしい状態なのだろう。目だけになってしまったわたしたちはどんどん運ばれていってしまう。自分の意志を離れ完全に記号化したわたしたち、そして鳥がくるのをどれぐらい待つのだろう、恐ろしい気持のまま最後に聞こえてくるのはどちらからともない「あれは・・・なに?」なのである。その声は目だけになってしまったわたしのことを言っているのだろうか、あるいは目になってしまったわたしに、見えて来るなにかなのであろうか。

 とにかくわたしはこの詩をありとあらゆる場所で読んだ。時に恋人と布団の上での好きな詩人の読み合いっこの中で、あるいは地下鉄のホームで、その電車のなかで、つぶやいた。スピード感、グレーのイメージ、飛ぶということ、わたしにとっての東京がまさにそこにあった。徹底して書かれたこの都会の一風景にいまも変わらずおなじ想いでわたしは執着しつづけているのである。


私の好きな詩人 第186回 ―橡木弘― 詩集『鱈景』を読む~抑制とスタイリッシュと反骨と 船越 素子 

2016-11-04 11:52:06 | 詩客

 わたしは詩の読者としては劣等生かもしれない。中学のころ読んだ詩集は『月下の一群』だけ。学生の頃は、それにギンズバーグと西脇順三郎が加わった。ひどく少食だし、ひどく偏食だ。しかもそれ以降、詩集を読まないままに年月が過ぎた。気がつけば老境である。ただ、ある年齢を伴わなければ出会えない詩もあるのだなあと、近頃思うようになった。橡木弘『鱈景』に出会ったからである。
 それ以前にも、いくつかの誌上で橡木の作品を目にはしていたけれど少しも理解できなかった。柔な抒情を寄せつけない、あまりに硬質な批評性がわたしから橡木弘『鱈景』を遠ざけていた。それなのに、ある日突然わたしの耳に言葉が届いた。朗読されることによって、その詩の面白さと批評性が明かされる詩もあるということを初めて識った。何しろ心地よい東北弁の音感とリズム。そのおかしみは上質で思わずくすり。

 ところで、『鱈景』は装丁自体が作品でもある。土俗なのに知的でスタイリッシュ、深層部には哄笑も憤怒もありながらどこまでも抑制されストイック。藤富保男が栞に書いていたように、まさに文字打ちの語法なのだ。橡木は亡くなる数年前、パリで開催された「ヴィジアル・ポエジィ展」にも出品していた。ご存知の方もいるだろうが(わたしは迂闊にも長い間気づかなかった)、橡木弘とは注射針を撒き散らしたアッサンブラージュや「釘打ち圖」シリーズで知られた現代美術家、村上善男の別名である。

 詩人は2006年に亡くなるまで5冊の詩集を上梓した。どれも素晴らしいけれど村上善男と橡木弘が拮抗するがごとくに立ち上ってくる詩集は『鱈景』(1996年)だと思う。収録されている9篇の作品のうち8篇が〈彼岸之内〉と題されている。最後の1篇の傍題だけが〈再録〉であり、文字通り『林檎蜂起』(1986年)からの再録「巡禮」なのだ。
 つまり8篇は此岸ではなく彼岸のことであり、最後の一篇のみが津軽八十八所霊場を巡礼し「六カ所村七鞍平に陽が落ちる」と結ばれるこの世の物語だ。橡木の反骨の姿勢には、いつもユーモアと抑制がある。六カ所とは核燃料再処理施設のある場所だが、「巡礼」の最後に添えられた反歌の、そのおかしみにひそむ反骨の伊達っぷりはどうだ。
    
 見落としのサイン・プレーを諫めらる
  サロメチールの匂う義経

 おわりに詩集と同名の「鱈景」を紹介したい。「一九九四年十二月青森県下北半島佐井村瀧沖で捕まえた真鱈を八戸水産研究所で調べたところ」と新聞記事のように始まる三つのスタンザからなる「鱈景」の最終連。何が虚か実か判然としないまま帰着地は雪の津軽。
 やがて都市再開発の名の下に失われた風景が浮上する。

  鉤かざす男 路上に鱈 恐らく真鱈      

  津軽雪降り鱈ひたすら鱈鱈喰って鱈一条の縄を鱈口に通し雪
 上を滑べれば鱈一条鱈血染めの鱈滑べって鱈血ツツツツーと引
 けば鱈ただ引け鱈鱈鱈とばかりに引けば鱈塩引け鱈真鱈に鱈か
 ざす鱈ぐさり鱈鱈ひたすら津軽は真鱈です

 

      

 

 

 

 

 


私の好きな詩人 第185回 ―黒崎立体― 黒岩 徳将

2016-11-03 22:13:47 | 詩客

 経済学の本か何かで、著者がこのようなことを書いていた。この世で最も不思議なものは「お金」ではないかと思います、同じくらい不思議なのが「言語」だと思いますが。うろ覚えだが、「お金」と「言語」の二つが等しい価値に位置づけられているのが面白く、本の深い内容よりも印象に残った。言語、つまり言葉の不思議さに惹かれないと詩歌なんて書けないだろう、と思っていたがどうやら黒崎立体という詩人は少し違うらしい。

 おもわなくても、火はつねにたえず
 夜は水面を、鎧のようにこおらせて
 月をおしえる、
                                                                 (「あじさい」里・2016年6月号より一部引用)

 思もわない、つまり自己に関する営為がなくても、「」(=自然)世界は動き続ける。言葉を媒介にして自己と世界との距離感を図っているが、まなざしはクールである。焚火でもしているのかと思った。鎧という比喩の使い方が作者の内面と対応しているように感じられるが、手がかりは多くない。「月をおしえる」の後に付いた読点も散文ではあり得ない。「おしえる」という擬人化を用いることで、自分が世界から逃れられないというメッセージが暗に込められている。
 同号のミニエッセイで黒崎は「私は『言葉を愛している』というタイプの書き手ではありません」と綴る。言葉への愛とはなんだろう。「言葉への思いは薄いというか、うまく抱くことができずにいます。」ともある。「あじさい」という詩は、ポジティブな印象が皆無だし、死のイメージも見え隠れする。うまく抱けないからこそ、悩みつつ言葉を並べて少しでも迫ろうとする。それを「愛」とか「好き」と言ってしまっていいのでは、と思った。世界のことは簡単に知ることはできないし、答えを簡単に与えてくれないからこそ、私たちはコミュニケーションによって世界に漸近する。「俳句」10月号(角川文芸)で髙橋睦郎が「表現ということは自己主張ではない、自己解放だよ」と言ったことに繋がっている