わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

わたしの好きな詩人 第94回―川口晴美―光冨郁埜

2013-04-04 21:44:15 | 詩客
 綺麗な装丁の詩集を何冊か読んだ。『デルタ』『液晶区』『ガールフレンド』『ボーイハント』『EXIT.』『lives』『やわらかい檻』『半島の地図』。初期の頃の詩集は入手できず、近頃上梓された『現代詩文庫196 川口晴美詩集』で『水姫』『綺羅のバランス』の初期数編を読むことができた。
 川口晴美は、現代女性の孤独と漂泊感を、時に行分け詩で、時に散文詩で表現している。
 『液晶区』という詩集に「水棲」という作品は、上質のホラー小説かサスペンス小説か、ともとれてしまうような、質感のある言葉で紡ぎ出される詩の世界は、奥行きがあり魅惑的である。川口晴美は大学時代に小説を書いていたというのももっともなことと感じる。

 「水棲」から一部引用したい。
 「水槽の底に発生したあたしを最初に見つけたのは、清掃係の男だ。地下の薄暗い実験室の中でいちばん大きく、いちばん汚れた水槽。そのへりに架けた梯子の上で、引きあげた投網の中に水死体を発見してしまったときの漁師のように、男はひぃと悲鳴をあげた。なんて滑稽なんだろう。空気が漏れる音に似た無様な声だった。(以下略)」(「水棲」冒頭部分)

 醒めた「あたし」の視線は、物となった自分の死体と、それに驚く男の滑稽さを描いている。

 白い清潔な表紙の詩集『やわらかい檻』の「妹朝」では、
月がうるさくて眠れやしない、とイモウトが言う。その声に夢を断ち切られてわたしは身を起こす。明かりがほんの少しでもあると眠れないわたしたちの部屋では、寝台の隣に寝ているイモウトの顔はもちろん自分の体さえ見ることができない。
 「イモウト」と姉の「わたし」の濃密のくらやみのなかでの空間で、イモウトが眠れない子供のころの記憶を辿っていく。台風の暴風の部屋の中の様子などを克明に思い出していく。そして「突然、目が覚めてしまう。」

月はなくなった。イモウトは眠れただろうかとぼんやり思って、横を見ると誰もいない。冷めたシーツの皺だけ。イモウトはいない。思い出す、わたしには、イモウトなんていなかった。(中略)思い出して、わたしは、泣く。聞こえなかった。イモウトの胸からは何も。からっぽ。イモウトはいなかった。傷口から幻の月が溢れ騒ぐように、涙がこぼれてとまらない。

 読み手は、孤独な「わたし」によりそいたくて、くらやみの空間に佇むかもしれない。

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