わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第110回 -福井桂子-野木京子

2013-10-22 23:19:09 | 詩客

十一月に
菫色の葉が落ちてきて
わたしは
山の杣(そま)道を
三つの風の通り道を歩いていた
沢山のことをわすれたかった
少しばかりのことだけ想いだしたかった
どうしてか見知っている
風の童子に
会いにゆこうとしているのかもしれなかった
(真鍮のフリュートを吹いている…)
                                       (福井桂子第六詩集『荒屋敷』より「十一月に菫色の葉が落ちてきて」部分)

 
 北国の底冷えする晩秋。あたりが雪景色になる一歩だけ手前の、境界の時間。そこに「菫色の葉」が静かに舞い降りてくる。この葉っぱは、中空の枝からではなく、どこか遥か遠くの、天空にある樹木の枝から落ちてくる、異界の葉っぱのようなのだ。淡雪のように降って、読む者の胸のうちに入ったあと、沢山のことを忘れたいという呟きとともに、寂しく溶けてゆく。するとすぐ近くに、真鍮のフリュートを吹いている風の童子という不思議な存在が立ち現れてくる。
福井桂子(1935-2008)の詩の魅力は、北方の凛とした冷たい大気が、読む者の胸に直接流れ込んでくるようなところにある。硬質な映像性と、物寂しげな幻想性。
ところで幻想性というときの、その幻想とは何だろう。幻とは。
 子どもの頃の出来事は、大人になって振り返ると、幻のように思えることがある。過去の時間は消えてしまったのではなく、それぞれの人の心の奥に折り畳まれて、かすかに存在し続けているのだ。幼い日の記憶は、幻想の領域にあると言ってもいい。福井桂子は、その幻想の眼を大切にして、詩の核にした詩人だった。
その詩には、幼い日に味わった大きな心の傷や、寂しい夜の風景や、風の音や童子が、幾度も見え隠れする。「真鍮のフリュート」も、風の中から切れ切れに実際に聞こえていた音かもしれない。現実世界に生きながら、ふっと迷い道へ分け入ってしまうように、幼い日の記憶という幻の世界に入っていく。そういう複層の世界を、彼女は詩という杖(あるいは巡礼者の杖)を使って、行きつ戻りつしていたのだと思う。

 最後の詩集となった『風攫(さら)いと月』所収の「水晶小屋、枯草小屋――夏――」の冒頭部分はこうだ。


水晶小屋、枯草小屋
…夏
七月のよる
サルキーをつれた女のひとが
長いスカートをはいて
(青灰いろの)
山崎跨線橋を
うつむきながら渡ってゆく


風ぐるまは四つもまわっている
鷗のかたちして
藺(イ)草(グサ)屋(ヤ)からの手紙を読み
わたしは途方にくれている
   下草ヲ刈テクダサイ
   雨戸ヲ直シテクダサイ
   夕顔ガ咲イテイルウチニ
   水道修理ノ日ドリヲ
   教エテクダサイ
藺草屋にはおわびの手紙をだそう
夕顔の咲いているうちに
                                               ( 第七詩集『風攫いと月』より「水晶小屋、枯草小屋――夏――」部分)


 声に出して、「スイショウゴヤ……」と読み始めると、読んでいる私の胸から風が抜け出てゆく。福井桂子の言葉の美しさと物寂しさの秘密は、この、吐き出される息にもある。そして「夏」とあるのだが、またしても私は詩から、晩秋の冷えた大気を感じてしまう。
 水晶小屋とは、その人の心の内の澄み切ったものが住んでいる場所だろうか。幼年期の大切な思い出の在り処かもしれない。枯草小屋という言葉からは、懐かしい匂いが立ち上がってくる。原初の匂いと言ってもいい。藺草屋からの手紙には、宮沢賢治「どんぐりと山猫」の、少年のもとに届いた山猫の手紙のように、異界からの声が響いている。
詩の核をなしているのは、変わらず、幼時の記憶、幻想の場所でありながら、ここに書かれている作者が見ている風景は、今の世界だ。「山崎跨線橋」は福井桂子が住んでいた大船の線路を越える橋の名であるし、サルキー(大型のうつくしい犬)を連れた女の人は、故郷の北東北の人ではなく、大船の住人だ。現実に見ている世界と心の中の世界と、二重の風景が詩のなかに流れ込んでいる。目の前にある現在時の実相だけではなく、内面に折り畳まれている記憶という時空もまた、その人にとっての現実ではないか、と彼女の詩は教えてくれている。

 最後に、私が最も好きな福井桂子の作品、亡くなるわずか二ヶ月前に発表された「アネモネ 薄みどりの朝の光をあびて りすさん! りすさん!」を、やや長い詩だが、たくさんの方に読んでいただきたいので、全行掲載したい。

 

「アネモネ 薄みどりの朝の光をあびて りすさん! りすさん!」


深夜ガタンと音がして
(どうかしたの?)と
ガラスの花びんに生けてあったアネモネの花が
わたしの部屋までききにくる
紫や赤や黒や黄色の花ばなに
わたしのほうこそ問いかえしたくなる
(アネモネは、合歓(ネム)の木のようには眠らないのですか?)
しんとして、答えはない――

          *

(ああ、山の水が飲みたいなあ)と、その人はつぶやいたのだった。病院の廊下の端のほうで、倒れこむようにあおむけになり、半ばは眠っているかのよう。わたしは、病院の廊下の手すりにつかまり、ガラスの窓ごしに薄みどりの朝日をあびていた。(あなたを知っているような気がする。あなたはだれ? 山から流れてくる澄んだ川の水がのみたいのですね。もし、かくもわたしが不自由な身体でなかったら、幾杯でも幾杯でも汲んできてあげたかったのに。その人は、そのうちに自力(・・)で(・)起きあがり、少しこちらのほうをふりむくと、個室(男性室用)へとゆらぐように去っていった。

熱のある身で、童子はポロポロ涙をこぼしながら走りに走った。どうしたのだろう。鉄(クロガネ)ノ井を左に曲がり、そこではこわい女の人が、童子達の右の腕をひっぱり、堤(ツツミ)端(バタ)の方につれてゆくといううわさがあるので、眼をしっかり閉じて、神社の前の道をまっすぐに二ノ鳥居まで走った。道の両側の風に光る葉桜もみないで、海辺のほうへ右に曲がって、人けのない小さな公園にたどりついた。
巨きな丸太がころがっていたっけ、以前から。童子は、それにそっと腰かけると、ズボンのポケットから、金色めいた新鮮なびわをとりだした。そして、にっこり微笑んでかじった。それから向かいの黒松林の梢の間をかけめぐっている小動物に(りすさん! りすさん!)と声をかけた。
黒松林の上の夕空には、もやもやしたばら色やひわ色や灰色の雲がただよいはじめた。ひどい熱にならないうちに、童子は、家に帰ったらいいのに、と、松林をとびかう小動物たちは、思っているのではないかしら。
                                                                                         (『福井桂子全詩集』詩集未収録詩篇より)

 

 私は福井さんに一度だけお会いしたことがあり、そのときの印象が長く私のなかに残っていた。また、昨年の三木卓さんが妻、福井桂子を描いた小説『K』は衝撃的で、彼女の評伝的な事実をたくさん知った。だが今回『福井桂子全詩集』を読み返したとき、それらの事実が私の前から全て消えて、つまり作者の存在が消えて、その作品とだけ向き合うことができた。作者がいなくなった地点で、自立して成立している詩を、福井桂子は見事に書きおおすことができたのだと思う。


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