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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

Estoy loco por espana(番外篇229)Obra, Javier Messia

2022-11-02 10:00:05 | estoy loco por espana

Obra, Javier Messia
La Negacion del Alma

 En los cuadros de Javier siempre coexisten DOS cosas. En esdta obra también. Dos colores. Dentro de cada color, hay un movimiento de sombreado,luz y oscuridad. La coexistencia de superficies planas y desiguales. La coexistencia de dos materiales. Los dos, siendo dos, aumentan y aumentan y aumentan, y se refinan en dos movimientos. La convexidad del cuadrado, el cambio de forma, da ritmo a este movimiento ordenado pero complejo.
 El lado izquierdo puede haber sido cubierto con pan de oro y luego coloreado. El lado derecho puede haber sido pintado sin pan de oro. De este modo, el "ser (con oro)" y el "no ser (sin oro)" coexisten. Los lados izquierdo y derecho de la obra están divididos, mientras que el "ser/con" y el "no ser/sin" se afirman y coexisten.

 El trabajo de Javier es "decorativo" pero no superficial. Creo que se refiere a que no es mecánico. Los DOS no se limitan a existir, sino que coexisten. Ahí está el "funcionamiento" espiritual o sensorial de Javier.

 Javierの絵には、いつもふたつのものが共存する。ふたつの色。そのそれぞれの色のなかには濃淡という動き。さらに平面と凹凸の共存。ふたつの素材の共存。ふたつは、ふたつでありながらどこまでも増えて行き、どこまでも増えて行きながらふたつの運動に修練されていく。この整然としながら、しかし複雑な運動に、四角い凸の、形の変化がリズムを与える。
 左側は金箔で覆ったあと、色を塗り重ねているのかもしれない。右側は金箔をつかわずに色を塗っているのかもしれない。そうすると、そこには「ある」と「ない」も共存している。左と右にわかれながら、「ある」と「ない」を主張し、共存している。

 Javierの作品は「装飾的」だが、表面的ではない。機械的ではない、ということだと思う。ふたつを単に存在させるのではなく、共存させる。そこに、Javierの精神的な、あるいは感覚的な「働きかけ」がある。

 

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Estoy loco por espana(番外篇228)Obra, Jesus Coyto Pablo

2022-11-02 09:11:10 | estoy loco por espana

Obra, Jesus Coyto Pablo
ESTIGIA fragmento 1985 oleo sobre lino

¿Este cuadro es oscura o clara? Me asalta un extraño desconcierto.
Un hombre está pisoteando un cráneo. Parece ser la entrada a una cueva. Alrededor de él, un fuego kalpa está ardiendo. Pero en el otro lado (creo que hay una superficie de agua frente a mí) el fuego es recto y brillante, y además una luz muy brillante se derrama desde la parte superior izquierda. Parece un "bodhisattva". Es invitar al hombre.
El hombre está mirando la luz brillante con su ojo derecho, mirando la oscuridad de la cueva con su ojo izquierdo (recuerda) y preguntándose qué hacer.
Esta vacilación no es la del hombre, sino mi propia vacilación al mirar el cuadro.
¿Me gusta la parte oscura del cuadro o la parte clara? ¿No se me permite que me guste lo oscuro o que no me guste lo brillante?
En todos los colores conviven el blanco y el negro. Al coexistir, el blanco da brillo al negro y el negro da brillo al blanco. Cuanto más se mira, más hermosa es la imagen. Puede ser sucio o feo, pero, oh, el sentimiento de belleza se hace más fuerte.

¿O es este el momento que se representa aquí, cuando una enorme masa de fuego, que quema mis pensamientos así, está a punto de caer desde lo alto?
Puede ser algo que no puedo ver, algo que sólo Jesús ve.


この絵は暗いのか、明るいのか。奇妙な困惑に、私は襲われる。
男が頭蓋骨を踏みつけている。洞窟の入り口に見える。まわりには劫火がくすぶっている。しかし対岸の(目の前には水面があると思う)火はまっすぐで明るく、さらに左上からはとても明るい光が降り注いでいる。それはまるで「菩薩」のように見える。男を誘っている。
男は、右目で明るい光を見つめ、左目で洞窟の暗闇を見つめ(思い出し)、どうしようかと迷っている。
この迷いは、男の迷いではなく、その絵を見ている私自身の迷いである。
私は、この絵の暗いところが好きなのか、明るいところが好きなのか。暗いものを好きになってはいけないのか、明るいものを嫌いになってはいけないのか。
どの色にも、白と黒が共存している。共存することで、白は黒に輝きを与え、黒は白に輝きを与える。見れば見るほど、絵が美しくなってくる。汚い、醜いと言ってもいいのかもしれないが、あ、美しいと感じる気持ちが強くなってくる。

それとも、こんな私の思いを焼き尽くす巨大な炎の塊が、高いところから降ってくる寸前の瞬間が、ここに描かれているのだろうか。
それは私が見ることのできない何かであるかもしれない。Jesus だけが見ている何か。

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斎藤茂吉『万葉秀歌』(11)

2022-11-01 22:12:29 | 斎藤茂吉・万葉秀歌

斎藤茂吉『万葉秀歌』(1 1 )(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)

吾はもや安見児得たり皆人の得がてにすとふ安見児得たり         藤原鎌足

 万葉ならではの、真っ直ぐな喜び。「安見児得たり」を繰り返している。「やったあ」ではなく「やった、やった」というはしゃぎ方。こういう表現は、とても難しい。まねしようとすると、それが「技巧」になってしまう。

わが里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後           天武天皇

 なんでもないあいさつのような歌だが、私はとても好きだ。たぶん、私が雪国生まれだからかもしれない。桜が咲いたとか、柿が実ったとかではなく、「雪が降った」は、なぜか、人に知らせたくなる。「降る」が「古り」のなかにもあるのがおもしろいし、「大雪」「大原」「里」の繰り返しと、同じ音が交錯するのもいいなあ。ほかに「に」も。いろいろな形の雪が、つぎつぎに振ってくる感じがする。不思議な華やぎ(雪が降って、うれしい)がある。

あしひきの山の雫に妹待つとわれ立ちぬれぬ山の雫に           大津皇子

 「山の雫に」が繰り返されている。なんだか、服を通り越して肌まで濡れる感じがする。茂吉は「こういう簡単な表現はいざ実行しようとするとそう容易にはいかない」と書いている。つまり、まねをすると「技巧」になってしまい、こころが動かない。自然に言ってしまった、ことばになってしまった、という深みがなるなる。

 

 

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石毛拓郎「多島海のパタパタ」

2022-11-01 21:29:31 | 詩(雑誌・同人誌)

石毛拓郎「多島海のパタパタ」(「spirit」7:2022年10月05日発行)

 詩とは何か。詩はどこにあるか。石毛拓郎「多島海のパタパタ」を読んでいたら、その答えが詩のなかからやってきた。問いを発する前に。「これが詩だ、詩はここにある」と。

蠅が飛んできた、座礁の舳先に……。
これだけ、タブ舟が船団をなして、島渡りするくらいだから
よほど、居たたまれなかったのだろうか。

 蠅なんか、書くなよ。でも、書きたい。はい、これが、詩です。「居たたまれなかったのだろうか」なんて、蠅に同情するな。蠅だろう。叩き殺すのが人間の仕事だろう。でも、同情してしまう。人間のことばで、蠅の気持ちを推測してしまう。はい、これが、詩です。余分なことです。どうでもいいことです。ほかに書かなければならないことがあるはずなのに、どうでもいいことを、一生でいちばん大事なことでもあるかのように書いてしまうのが詩です。

口が渇くのか、蠅はパタパタと、弱ったもののくちびるをよく舐める。

 おいおい、弱ったものというのは人間だろう。蠅が口が渇くかどうかよりも、人間の心配をしろよ。でも、どうしても蠅に目がいってしまう。見てしまうと、ことばにしないではいられない。そんなことを、言っている場合か。死ぬかもしれないんだぞ。でも、この蠅を書いておきたい。誰のために? 蠅にたかられて死んだ人間の遺族が、蠅の詩を読んでなぐさめられるか? 怒りだすぞ。でも、書かずにいられない。
 書けば、きっと、何かがかわる。何かがわかる。
 ほんとうか。いや、嘘です。思いつきです。批判されたくないから、ちょっと気取って、そんなことを言ってみただけです。
 はい、これが、詩です。何かわからずに、ただ書いてしまうもの。それが、詩です。人間にたかってくる蠅のように、汚らしい欲望にたかってくるのが詩です。

ドサクサの脱出と漂流で、ただれた皮膚の膿……
「膿」では可哀想だから、「海」と名づけられた黒猫の埋もれる凄惨な記憶
それさえ、吸ってくれそうな蠅だ。
ああ、難民のくちびると眼の粘膜が、まるで不随になっていくのを、確かめてくれるのも蠅だ。
かれらは、刃を研ぐように舐める。

 そうだよなあ。否定されても、否定されても、生きていく。それから学ばなければならない。死んでいく人間から学ぶものは少ない。かっこいい死に方は「英雄」のもの。死なずに、不格好に生き延びてこそ、生きるということ。汚らしい欲望にめざめることを許してくれるのが、詩だろうなあ。汚らしいことを味わいつくすと、汚いは、汚いを超える。「刃を研ぐように舐める」。そんな、舐め方、したことある?
 あ、そんなことを書いていない?
 そんなことは、知らない。
 私は、蠅になって、石毛の傷の膿を舐める蠅のように、汚いものを探して回る。汚いところ、膿がわいているところ、そこがいちばん、おいしいはずだ。

水の乏しいチベット自治区高地人と、北極イヌイットは
嬉しいことに、いまだ、母親が、子どもを舐めるという。
ふと、おれは、太古の記憶に頼らねばみえてこないことを思う。
いよいよ滅びゆく、舐めるといういとなみ……
乳房をまさぐり、乳頭に吸いついては、笑いを眼で誘うのは
赤子だけの人生さと聞いて、凡庸なおれは、惑乱する。
眼の粘膜にからみついた異物を、女の舌先で舐めてもらったという
懐かしい快感に溺れながら、おれは、ひめやかなパタパタに負けそうになる。

 ははははは。
 蠅になって、舐める欲望を生きていたはずなのに、舐める力を復活させようとしていたのに「女の舌先で舐めてもらったという/懐かしい快感」。書いているものが、逆転してるじゃないか。きっと、蠅に唇をなめられたとき、美女にキスでもしてもらっている気持ちになるんだろう。座礁した船で、「難民」になったときには、石毛は。
 ほら、先に引用した「難民のくちびると眼の粘膜が、まるで不随になっていくのを、確かめてくれるのも蠅だ」にはちゃんと「眼の粘膜」ということばがある。あの一行を書いたとき、石毛は「女の舌先で舐めてもらった」ことを思い出し、「懐かしい快感」に「溺れていた」に違いないのだ。
 こんな感想は、隠しておかなければならない。秘めておかなければならないのだが、その感想が、詩を相手にしているならば、書かなければならない。私は石毛に感想を書いているのではない。石毛の詩に、感想を書いているのである。
 詩は意味ではない。意味を逸脱していくもの。どこへ行くか、わからないもの。だとしたら、それにつきあう感想のことばも、どこへいくかわからないまま、その瞬間瞬間、動けばいい。「おい、おまえ、そんな水っぽい膿よりも、あっちの反吐が出そうな膿の方がきっとうまいぞ」という蠅の会話が聞こえてきたら、それは、感想が、ひとつの詩になることだ、と私は思っている。

 私は、詩に論理というか、意味というか、ことばの運動の「整合性」を求めない。感想を書くときも「整合性」に陥らないように、「美しい結論」にたどりつかないように、書きたい。「わからない」を残したまま、その「わからない」と共存していたい。
 だから。

多島海を舐めつづけてきた、おれの、無知の咎ゆえに……。

 石毛さん、「無知の咎」なんて、開き直ってはいけません。「咎」なんて、傷を隠すバンドエイド。あるいは、バンドエイドを引っぱがして「私にも傷がある」と自慢する行為、と言った方がいいかも。やっているひとは、どうだ、見たか、と思うかもしれないけれど、ほら、映画なんかでよくある兵士の「戦場の傷自慢」のようなもの。「無知」は「無知」であることを知らないからこそ「無知」と言うのです。と、知ったかぶりを書いておこう。

 


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Estoy loco por espana(番外篇227-2)Obra, Joaquín Lloréns

2022-11-01 08:34:20 | estoy loco por espana

Obra, Joaquín Lloréns
T. Hierro M. 50x23x20 S. J. S. G

Ven aquí.
Mi hijo, mi silencioso hijo.
Siéntate en la silla.

Sólo hay una cosa que puedo enseñarte
Sólo puedo enseñarte una cosa.
Haz como yo.

Toma ese cuadrado de papel de allí.
Dóblalo por la mitad.
Haz un triángulo.

Dobla de nuevo ese triángulo.
Dóblelo por la mitad para formar el triángulo.
Poco a poco, hazlo bien.

Entonces abre los pliegues
Para formar un cuadrado.
Dóblalo hacia atrás para formar un cuadrado.

Dóblalo en forma de diamante.
Entonces, ábrelo de nuevo.
Observa e imita mi mano.

Dóblalo, ábrelo.
Dóblalo de nuevo y ábrelo.
Apréndelo con las manos.

Para que nazcan nuevas formas.
De todo corazón. 
Lentamente, al final

Como si estuvieras tocando un pajarito.
Tira de los bordes de los dos trozos de papel.
Mira, tus sentimientos

Vuela con alas.
Mi hijo, mi silencioso hijo.
Tu corazón batirá sus alas


ここに来て、
息子よ、私の沈黙の息子よ
椅子に座りなさい

私がおまえに教えられることは
たったひとつ
私のまねをしなさい

そこにある四角い紙を取りなさい
三角形になるように
半分に折りなさい

その三角形を
もう一度三角形に折りなさい
ゆっくりと正しい形に

それから折り目を開きながら
正方形になるように
畳み直しなさい

ダイヤの形になるように折って
それからまた開きなさい
私の手を見てまねしなさい

折って、開いて、
再び折って、開いて、
手で覚えなさい

新しい形が生まれるように
こころをこめて、 
最後にゆっくり

小鳥に触るような気持ちで
ふたつの端を引っ張りなさい
ほら、お前の気持ちが

翼にのって飛んで行く
沈黙の息子よ、
お前のこころが羽ばたくよ

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Estoy loco por espana(番外篇227)Obra, Joaquín Lloréns

2022-11-01 00:17:31 | estoy loco por espana

Obra, Joaquín Lloréns
T. Hierro M. 50x23x20 S. J. S. G

Esta obra me recuerda a la grulla de papel.
Los japoneses doblamos grullas de papel para rezar por la paz y la buena salud.
¿Por qué rezó Joaquín cuando hizo la grulla de hierro?
Ucrania está sufriendo actualmente una invasión.
Hay personas en el mundo que padecen enfermedades y hambre.

El trabajo de Joaquín me inspiró a escribir un breve poema.

*

grulla de papel

Tengo un papel.
¿Qué puedo hacer con él?

La letra  折(doblar)
es similar al 祈(rezar).

Sólo hizo  doblar el papel
sin palabras.

Lo doblo, lo desdoblo y lo vuelvo a doblar
Recordando a mi madre que me  lo enseñó

Los pliegues se esconden en el interior
Como el silencio

Ocultando las palabras
Una hoja de papel se levanta

Se convierte en grulla y despliega sus alas
Para volar hacia ti


この作品は折鶴を思い出させる。
私たち日本人は、平和を祈って、健康を祈って折鶴を折る。
ホアキンは何を祈って鉄の鶴をつくったのか。
いま、ウクライナは侵攻に苦しんでいる。
世界には病気や飢餓に苦しんでいる人がいる。

ホアキンの作品に触発されて、私は短い詩を書いた。
*
一枚の紙がある
何ができるだろうか

折るという字は
祈るという字に似ている

私は、ただ祈りたい
ことばもなく

紙を折って、広げて、また折る
教えてくれた母を思い出しながら

折り目は内側に隠される
沈黙のように、

ことばを隠しながら
一枚の紙が立ち上がる

鶴になって羽根を広げる
あなたに向かって

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