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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

石毛拓郎「多島海のパタパタ」

2022-11-01 21:29:31 | 詩(雑誌・同人誌)

石毛拓郎「多島海のパタパタ」(「spirit」7:2022年10月05日発行)

 詩とは何か。詩はどこにあるか。石毛拓郎「多島海のパタパタ」を読んでいたら、その答えが詩のなかからやってきた。問いを発する前に。「これが詩だ、詩はここにある」と。

蠅が飛んできた、座礁の舳先に……。
これだけ、タブ舟が船団をなして、島渡りするくらいだから
よほど、居たたまれなかったのだろうか。

 蠅なんか、書くなよ。でも、書きたい。はい、これが、詩です。「居たたまれなかったのだろうか」なんて、蠅に同情するな。蠅だろう。叩き殺すのが人間の仕事だろう。でも、同情してしまう。人間のことばで、蠅の気持ちを推測してしまう。はい、これが、詩です。余分なことです。どうでもいいことです。ほかに書かなければならないことがあるはずなのに、どうでもいいことを、一生でいちばん大事なことでもあるかのように書いてしまうのが詩です。

口が渇くのか、蠅はパタパタと、弱ったもののくちびるをよく舐める。

 おいおい、弱ったものというのは人間だろう。蠅が口が渇くかどうかよりも、人間の心配をしろよ。でも、どうしても蠅に目がいってしまう。見てしまうと、ことばにしないではいられない。そんなことを、言っている場合か。死ぬかもしれないんだぞ。でも、この蠅を書いておきたい。誰のために? 蠅にたかられて死んだ人間の遺族が、蠅の詩を読んでなぐさめられるか? 怒りだすぞ。でも、書かずにいられない。
 書けば、きっと、何かがかわる。何かがわかる。
 ほんとうか。いや、嘘です。思いつきです。批判されたくないから、ちょっと気取って、そんなことを言ってみただけです。
 はい、これが、詩です。何かわからずに、ただ書いてしまうもの。それが、詩です。人間にたかってくる蠅のように、汚らしい欲望にたかってくるのが詩です。

ドサクサの脱出と漂流で、ただれた皮膚の膿……
「膿」では可哀想だから、「海」と名づけられた黒猫の埋もれる凄惨な記憶
それさえ、吸ってくれそうな蠅だ。
ああ、難民のくちびると眼の粘膜が、まるで不随になっていくのを、確かめてくれるのも蠅だ。
かれらは、刃を研ぐように舐める。

 そうだよなあ。否定されても、否定されても、生きていく。それから学ばなければならない。死んでいく人間から学ぶものは少ない。かっこいい死に方は「英雄」のもの。死なずに、不格好に生き延びてこそ、生きるということ。汚らしい欲望にめざめることを許してくれるのが、詩だろうなあ。汚らしいことを味わいつくすと、汚いは、汚いを超える。「刃を研ぐように舐める」。そんな、舐め方、したことある?
 あ、そんなことを書いていない?
 そんなことは、知らない。
 私は、蠅になって、石毛の傷の膿を舐める蠅のように、汚いものを探して回る。汚いところ、膿がわいているところ、そこがいちばん、おいしいはずだ。

水の乏しいチベット自治区高地人と、北極イヌイットは
嬉しいことに、いまだ、母親が、子どもを舐めるという。
ふと、おれは、太古の記憶に頼らねばみえてこないことを思う。
いよいよ滅びゆく、舐めるといういとなみ……
乳房をまさぐり、乳頭に吸いついては、笑いを眼で誘うのは
赤子だけの人生さと聞いて、凡庸なおれは、惑乱する。
眼の粘膜にからみついた異物を、女の舌先で舐めてもらったという
懐かしい快感に溺れながら、おれは、ひめやかなパタパタに負けそうになる。

 ははははは。
 蠅になって、舐める欲望を生きていたはずなのに、舐める力を復活させようとしていたのに「女の舌先で舐めてもらったという/懐かしい快感」。書いているものが、逆転してるじゃないか。きっと、蠅に唇をなめられたとき、美女にキスでもしてもらっている気持ちになるんだろう。座礁した船で、「難民」になったときには、石毛は。
 ほら、先に引用した「難民のくちびると眼の粘膜が、まるで不随になっていくのを、確かめてくれるのも蠅だ」にはちゃんと「眼の粘膜」ということばがある。あの一行を書いたとき、石毛は「女の舌先で舐めてもらった」ことを思い出し、「懐かしい快感」に「溺れていた」に違いないのだ。
 こんな感想は、隠しておかなければならない。秘めておかなければならないのだが、その感想が、詩を相手にしているならば、書かなければならない。私は石毛に感想を書いているのではない。石毛の詩に、感想を書いているのである。
 詩は意味ではない。意味を逸脱していくもの。どこへ行くか、わからないもの。だとしたら、それにつきあう感想のことばも、どこへいくかわからないまま、その瞬間瞬間、動けばいい。「おい、おまえ、そんな水っぽい膿よりも、あっちの反吐が出そうな膿の方がきっとうまいぞ」という蠅の会話が聞こえてきたら、それは、感想が、ひとつの詩になることだ、と私は思っている。

 私は、詩に論理というか、意味というか、ことばの運動の「整合性」を求めない。感想を書くときも「整合性」に陥らないように、「美しい結論」にたどりつかないように、書きたい。「わからない」を残したまま、その「わからない」と共存していたい。
 だから。

多島海を舐めつづけてきた、おれの、無知の咎ゆえに……。

 石毛さん、「無知の咎」なんて、開き直ってはいけません。「咎」なんて、傷を隠すバンドエイド。あるいは、バンドエイドを引っぱがして「私にも傷がある」と自慢する行為、と言った方がいいかも。やっているひとは、どうだ、見たか、と思うかもしれないけれど、ほら、映画なんかでよくある兵士の「戦場の傷自慢」のようなもの。「無知」は「無知」であることを知らないからこそ「無知」と言うのです。と、知ったかぶりを書いておこう。

 


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