「現代詩手帖」12月号(17)(思潮社、2022年12月1日発行)
山田裕彦「遠雷」。
言葉でなく
口を噤んで
白紙の上で
泡立つもの
「言葉」と「口を噤む」の対比が「白紙」と「泡立つ」と言い直される。そこに強い緊張がある。
その最終連は、
あれから娘は二十九になり
病む日にどもるわたしは
いまだ吃音
空白を
どもり続けている
「どもる」と「吃音」。動詞と名詞。繰り返さずにはいられないものがある。それが最初の連と最後の連の間で、それこそ「吃音」のように、聞き取りにくいがゆえに、聞かなければならない切迫感で展開される。
引用はしなかったが、「五歳の娘」と「あれから娘は二十九になり」から、その「切迫感」のなかには二十四年間がある。だが、時間とは、物理的なものであって物理的ではない。ある人の二十四年間はとても長いが、山田の二十四年間は吃音、どもるときの、ことばにならない瞬間的な音の空白、沈黙のなかにある。音が破裂する瞬間にある。それはいつでも「いま」という一瞬の時間であり、濃密、凝縮された時間である。
これは「わざと」でも「わざわざ」でもない。山田の「必然」である。ひとが必然とするものは、それぞれによって違う。
安俊暉「回帰」。(原文には一行空き、二行空きの区別があるのだが、一行空きで引用した。)
われ
折るゝところ
靄
靄の
先
その先の
光
いつも
佇む所
今
こぶし花
咲く
安のことばは吃音ではないが、吃音に似ているかもしれない。言いたいことが肉体の内部から、肉体を破って出てくる。「先」「その先」へと。それは、とても短い音だ。音は短いが、その音が生まれ、それがことばになるまでには時間がかかる。それぞれの音、ことばが過去をもっている。
「過去」は「いつも」になる。「いつも」は「いま」になる。つまり「過去」は「いま」になる。山田の「隠された二十四年」が「いま」であるように。
そして、それは安の場合、「こぶし」になり、「花/咲く」。
この詩の「咲く」は非常に強い。それは「状態」ではなく、「運動」なのだ。しかも、それは繰り返し咲くのである。つまり、そのつど「いのち」がよみがえるのである。
先に繰り返された「光」は、こう形を変える。
光
届き来る
わが命
あるところ
君
帰り来る
足音
「届き来る」「帰り来る」。「来る」という動詞が結びつける「君」と「わが命」。これは「予定調和」ではなく、何度でも繰り返される「必然」である。
安のことばにも「わざと」はない。
太田美和「砂金 詩人ユン・ドンジュをしのぶ会」。その最後。
日本語訳であなたの詩を読み上げたことも
許してください
原詩と日本語訳と英語訳で朗読される詩の
英語訳のぎこちなさから察すれば
日本語訳では掬い取れない原詩のエッセンスが
さらさらと砂金のように
こぼれ落ちては光を返す
散文のような、事実をひとつひとつ積み上げて真実にたどりつこうとすることばの運動。「エッセンス」という生硬なことばが、ここでは、それこそ「砂金」のように輝いている。
比喩は、詩の場合、それこそ「わざと」書くものだが、その「わざと」が「自然」になるとき、そのことばの奥では「必然」が動いている。「許してください」と言えた大田だからこそ、たどりつけた自然な「発光」がある。反射ではない光がある。おのずから発する光である。
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