詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

魚家明子『森には雨、五月』

2006-07-11 22:33:36 | 詩集
 魚家明子『森には雨、五月』(思潮社)。「個室の眠り」の書き出しを何度も何度も読み返した。

感情がこまやかになり
ふと、誤解はふえていく
すべてを言い切ろうとするとき
齟齬、は起きる

 何が省略されているのだろうか。言いにくい何か、書き表すことのできない何かが省略されていて、省略されたまま、ことばが動いている。
 「誤解」と「齟齬」は同じことを別のことばで語ったものだろうか。そうであるなら「感情がこまやかにな」ることと、「すべてを言い切ろうとする」ことは同じことを指す。感情がこまやかになり、起きていることの細部がしっかりと見えてくる。それを一つずつことばにしていくとき、ことばに齟齬が生じる。矛盾が起きる。それが誤解か。
 感情を隠しているとき、感情を切り捨てて、他者と会い、表面的に対応するとき、誤解は生じることはない。対話にも、他者へ向けた個人のことばにも齟齬が生じることはない。--ということは、たしかにあるかもしれない。誤解、対立、齟齬を避けるために、現代人は感情をこまやかにすることも、すべてを言い切る努力をすることも省略しているかもしれない。そうした世界のありようを、魚家はこの詩では裏側(反対側)から描いているのだろう。
 感情をこまやかにすれば誤解が生じる。すべてを言い切ろうとするとき齟齬が生じる。だから感情をこまやかにする前に「わたし」という「個」に引きこもる。そうすると誤解は生まれない。すべてを言いきる前に「わたし」という「個」に引きこもる。そうするとどんな齟齬も生じない。
 そして……。

街では、突如、言葉が区切られて、
深い水脈が街の底を覆う
そして誤解はくるまれて
気持ちを、やすやすと呑み込んでゆく

気持ちは眠る

 「わたし」という「個」にとじこもれば、誤解も水に流される。「気持ち」(感情の言い換えである)もいらだつことなく、水に流されていく。気持ちは安らかに眠る。
 だが、本当か。

気持ちは眠る
が、言葉は眠りの中で起き上がる
わたしたちの個室、その限られたひろがり
区切られながら気持ちを綴ると
おだやかな風がすべてをかき消して
わたしたちはもういない

 安らかに眠ったはずである。しかし、実際にはどうなのか。実際には、言葉はかってに起き上がり、「わたしたち」を誤解、齟齬のない世界に閉じ込めただけにすぎない。そのとき、本当は「わたしたちはもういない」状態である。

そして言葉が残る。

 これはどんな言葉だろうか。「街では、突如、言葉が区切られて」というときの言葉である。「わたし」を「個」に区切ってしまった言葉である。
 そして、それは悲しい風景である。一連目の

感情がこまやかになり
ふと、誤解はふえていく
すべてを言い切ろうとするとき
齟齬、は起きる

 という世界よりもはるかに悲しい世界、絶望的な世界である。誤解に満ち、齟齬だらけの世界の方が、感情がこまやかであり、すべてをことばで言い表そうとする欲望が充満した生き生きとした世界である。
 だが、魚家は、何を言いたくて、この詩を書いたのか私にはよくわからない。「そして言葉だけが残る」という風景を悲しいと言いたいのか、そういう世界のあり方は納得できないと言いたいのか、よくわからない。魚家にもよくわからないのかもしれない。
 一連目。

感情がこまやかになり
ふと、誤解はふえていく

 この「ふと」が問題なのだと思う。魚家は「ふと」そう思ったのだろう。「ふと」思ったことを、つきつめようとはしていないように思える。きのう書いたヒューゴ・ウィリアムズとの詩の比較で言えば、「自分で考えたいんです!」というよりも、それが「感じ」のまま書かれている。
 最初に、私は、この詩には何が省略されているのだろうかと書いた。たぶん「感じがする」ということばが省略されている。「感じがする」ということばを2行目、4行目に補って読むと、魚家の書きたかったことがよくわかる。「感じ」を書きたいのだ。「思考」ではなく、「感じ」を書きたいのである。「そして言葉が残る。」と書くときも、それはことばを積み重ねてたどりついた「思考」ではなく、「感じ」なのである。

 「思想」はさまざまな形をとる。「思考」の形をとるものもあれば、「肉体」の形をとるものもある。そして魚家が書くように「感じ」の形をとるものもある。

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