松岡政則「口福台湾食堂紀行」(「現代詩手帖」2010年08月号)
松岡政則「口福台湾食堂紀行」は、松岡が最近書きつづけている紀行詩の一篇である。「歩くとめし。/それだけでひとのかたちにかえっていく」と剛直に人間の本質から書きはじめている。(谷内注・「湾」は本文は正字)
その後半。
「歩くとめし」は「生の原質」ということばで書き直されている。見つめなおされている。
「生の原質」というとき、その「生」は「生きる」ということになると思うが、松岡はそれをすぐに「生まれる」ととらえ直している。「生きる」とは常に「生まれ」つづけることなのだ。「歩く」とは一歩一歩「生まれ」かわることである。
道が分かれる。そのとき知っている道、なじみのある道ではなく、知らない道、知らないどころか「えたいの知れない」と感じてしまう方の道を選び、歩くというのは、自分自身のなかにある「えたいの知れない」何かを「生まれ」させるためである。
「えたいの知れない」何かを「知る」。それが「生まれ」かわるということである。そのとき、松岡は「ひかり」に出合う。体のなかまで触れてくる「ひかり」。「ひかり」に触れるとは「ひかり」を「知る」ということであり、その「知る」というかたちで松岡は「生まれ」かわるのである。
松岡が「満腹食堂」で出合うのは、清潔を超越した「生きる」力である。「歩くとめし」の「めし」を食い、「生きる」力である。「食う」ことが重要なのであって、その後片付けなどは、まあ、どうでもいい。その力に触れて、
そこに「ひかり」を感じている。「生まれ」かわるための力を感じている。
「それが、」と読点「、」を挟んで、そこでひと呼吸おいて、「なんか」「こんなのが」という口語が剥き出しになったことばが動く。
その前の「生の原質がある」とか「知る、とは生まれるということだろう」という、いわば、口語にはならないことば(書きことばそのもの)とは異質なことば。
食堂の「生の原質」「ひかり」のなまなましさ。まっとうに見ることのできない「まぶし(さ)」に触れたあとでは、書きことば(文語)では太刀打ちできない。松岡自身が剥き出しの「いのち」になって向き合うしかない。
その決意というとおおげさかもしれないが、「肉体」の勢い、体の奥からあふれてくるものが、読点「、」の直後の口語なのだ。
と松岡は書くが、これは謙遜(と、こんなふうに「謙遜」ということばをつかっていいかどうかは、わからないのだが……)。「かまうことはない」ではなく、「日本語」でないと、向き合えないのだ。「日本語」を剥き出しにする。「なんかまぶしかった/こんなのがいつか」という口語そのままに、松岡自身の「肉声」で向き合うしかないのだ。
他人ときちんと出会い、「生まれ」かわるためには、「肉体」でぶつからなければならない。同じように、「声」はつくられた「声」、あるいは学んだ「声」(具体的に言えば、中国語)ではなく「肉声」が必要なのだ。
「肉声」ということばはふつうにつかうけれど、私が強調したいのは「肉・肉声」と書くしかないものである。単なる「肉声」ではなく、松岡の「肉体」をくぐり抜けた「肉声」。「肉体・声」。
松岡の詩について、以前「肉・耳」というようなことばをつかって感想を書いたことがあると思うけれど(「肉・喉」だったかな?)、それに通じる「肉・肉声」である。「肉・肉声」ということばがないから、「肉声」とわかりやすく(逆にわかりにくく?)書くしかないのだけれど……。
松岡のことばは、いつでも「肉体」をきちんとくぐり抜けている。そしてことばが「肉体」になっている。だから、読んでいて、楽しい。おもしろい。
そういうことばに触れると、私自身のことばが叩き壊されていく。たとえば、簡単に「肉声」とつかっていたことばが、そのままの「肉声」ではなくなり、「肉・肉声」というような領域へ入り込んで、ことばから逸脱していく。
こういう瞬間が、私にとって、詩を読む、という実感。

松岡政則「口福台湾食堂紀行」は、松岡が最近書きつづけている紀行詩の一篇である。「歩くとめし。/それだけでひとのかたちにかえっていく」と剛直に人間の本質から書きはじめている。(谷内注・「湾」は本文は正字)
その後半。
路が岐かれている
えたいの知れない方をえらんでしまう
路地につもったねばつく時間
生活の残りがそこいらにぶちまかれ
まども洗濯物もはずかしい
ここには残酷であかるい生活の原質がある
知る、とは生まれてくるということだろうか
躰のなかまで触れにくる
ひかりのことをいうのだろう
「満腹食堂」には誰もいなかった
聲はつけっぱなしのテレビだった
カウンターに洗いものの粥碗や
大皿がかさねらたままになっている
それが、なんかまぶしかった
こんなのがいつか
ひかりになるのだろうと思った
日本語でもかまうことはない
「ごめんください!」
「歩くとめし」は「生の原質」ということばで書き直されている。見つめなおされている。
「生の原質」というとき、その「生」は「生きる」ということになると思うが、松岡はそれをすぐに「生まれる」ととらえ直している。「生きる」とは常に「生まれ」つづけることなのだ。「歩く」とは一歩一歩「生まれ」かわることである。
道が分かれる。そのとき知っている道、なじみのある道ではなく、知らない道、知らないどころか「えたいの知れない」と感じてしまう方の道を選び、歩くというのは、自分自身のなかにある「えたいの知れない」何かを「生まれ」させるためである。
「えたいの知れない」何かを「知る」。それが「生まれ」かわるということである。そのとき、松岡は「ひかり」に出合う。体のなかまで触れてくる「ひかり」。「ひかり」に触れるとは「ひかり」を「知る」ということであり、その「知る」というかたちで松岡は「生まれ」かわるのである。
松岡が「満腹食堂」で出合うのは、清潔を超越した「生きる」力である。「歩くとめし」の「めし」を食い、「生きる」力である。「食う」ことが重要なのであって、その後片付けなどは、まあ、どうでもいい。その力に触れて、
それが、なんかまぶしかった
そこに「ひかり」を感じている。「生まれ」かわるための力を感じている。
それが、なんかまぶしかった
こんなのがいつか
「それが、」と読点「、」を挟んで、そこでひと呼吸おいて、「なんか」「こんなのが」という口語が剥き出しになったことばが動く。
その前の「生の原質がある」とか「知る、とは生まれるということだろう」という、いわば、口語にはならないことば(書きことばそのもの)とは異質なことば。
食堂の「生の原質」「ひかり」のなまなましさ。まっとうに見ることのできない「まぶし(さ)」に触れたあとでは、書きことば(文語)では太刀打ちできない。松岡自身が剥き出しの「いのち」になって向き合うしかない。
その決意というとおおげさかもしれないが、「肉体」の勢い、体の奥からあふれてくるものが、読点「、」の直後の口語なのだ。
日本語でもかまうことはない
と松岡は書くが、これは謙遜(と、こんなふうに「謙遜」ということばをつかっていいかどうかは、わからないのだが……)。「かまうことはない」ではなく、「日本語」でないと、向き合えないのだ。「日本語」を剥き出しにする。「なんかまぶしかった/こんなのがいつか」という口語そのままに、松岡自身の「肉声」で向き合うしかないのだ。
他人ときちんと出会い、「生まれ」かわるためには、「肉体」でぶつからなければならない。同じように、「声」はつくられた「声」、あるいは学んだ「声」(具体的に言えば、中国語)ではなく「肉声」が必要なのだ。
「肉声」ということばはふつうにつかうけれど、私が強調したいのは「肉・肉声」と書くしかないものである。単なる「肉声」ではなく、松岡の「肉体」をくぐり抜けた「肉声」。「肉体・声」。
松岡の詩について、以前「肉・耳」というようなことばをつかって感想を書いたことがあると思うけれど(「肉・喉」だったかな?)、それに通じる「肉・肉声」である。「肉・肉声」ということばがないから、「肉声」とわかりやすく(逆にわかりにくく?)書くしかないのだけれど……。
松岡のことばは、いつでも「肉体」をきちんとくぐり抜けている。そしてことばが「肉体」になっている。だから、読んでいて、楽しい。おもしろい。
そういうことばに触れると、私自身のことばが叩き壊されていく。たとえば、簡単に「肉声」とつかっていたことばが、そのままの「肉声」ではなくなり、「肉・肉声」というような領域へ入り込んで、ことばから逸脱していく。
こういう瞬間が、私にとって、詩を読む、という実感。
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