草野早苗『祝祭明け』(思潮社、2022年09月30日行)
草野早苗『祝祭明け』は、どの詩も「文体」が安定している。ことばの「出所」をしっかりとつかんでいるという印象がある。こういう書き方は、あまりにも抽象的かもしれない。どう言い直すことができるか。
たとえば「石段」。
港へ直進する大通り
古い石造りの建物にある
薄日の射す石の階段
断りもせず下から八番目に座る
なぜ「下から八番目」なのか。理由は書いていない。あとで書くのかもしれないが、一連目を読んだときはわからない。しかし、この「下から八番目」には、何かしら草野の「意識」があることがわかる。明確な意思があるから「断りもせず」に座るのである。
この明確な意思は、書き出しの「直進する」という、かなり硬い響きのことばにも反映している。何かを見極めている人間の視線を感じるが、この「下から八番目」にこめられている意思とは、どんなものなのか。
港の岸壁から海に下りる石段
使われているのかいないのか
海水が行き場を失って諦めたように石段の足を洗い
私はその少し上の段に座る
このとき、その石段の「下から八番目」に座ったのではないのかもしれない。もしかするのと「上から八番目」かもしれない。海の中に沈んでいる石段の数を確認して「八番目」を選んだとはいえないだろう。そうだとすれば、その位置を決めるのはなんなのか。
「少し上の段」と草野は書く。
この「少し」が草野の思想なのだ。距離の取り方。「少し」何かから離れる。しかし、完全に離れるのではない。距離を意識している。それは、たとえば「水」との距離ではない。「使われているのかいないのか」という行に注目すれば、草野は「人との距離」を意識しているのである。
ある建物の階段。それが何段あるか知らないが「下から八番目」。途中である。侵入ではない。しかし、無視でもない。接近である。近づきながら、何かを確かめているのかもしれない。相手を確かめるというよりも、自分を確かめるのだろう。
どういうことか。
「告知」という詩が、巻頭にある。天使・ガブリエルがマリアに近づく。
告知方法その1
思い切って扉を開けて
蒼ざめた顔で座っている乙女に告げる
「あなたの体に神の子が宿っておられます」
懐に隠し持ってきた白百合を差し出し
聖母となる人に敬意を見せる
乙女は驚愕のうちに思わず花に手を伸ばすが
受け取る指がおぼつかない
どこかで鐘が鳴っている
告知方法その2
思い切って扉を開けて
蒼ざめた顔で座っている乙女に告げる
「あなたの体に神の子が宿っておられます」
両手を胸の上で交差する
それは乙女への深い思いやり
乙女は驚愕と不安を抱えつつ
謙虚に両手を胸の上で交差する
どこかで仔羊が鳴いている
フラ・アンジェリコに託して書いた詩だが「敬意を見せる」「深い思いやり」ということばが、草野の「距離の取り方」なのである。この「敬意」と「思いやり」が草野のことばの「暴走」を抑制している。
ガブリエルのしていることは、善でも悪でもなく、ひとつの「事実」(真実)である。真実であるけれど、やはりひとにそれを告げるとき、そこには「敬意/思いやり」のようなものが必要である。そのとき、そこに生まれる「距離」が、人間関係を支えているのである。草野には、そういう認識があると思う。
この「告知」で繰り返される「どこかで」ということばは何気ないことばだが、やはり草野の思想をしっかりとあらわしている。「距離」(あるいは方向)が特定できない。けれど、「存在」は確実に「存在する」。それを信じることができる。だから「距離」も置くことができる。いま、それに直に触れていなければならないのではない。信じていれば触れることができる。けれど、触れるためには常に「ある距離」を保つようにして、それに近づいていなければならない。
「湖」には、静かな一行がある。
いつか私を迎えに来てくれるといいのだけれど
これは不安、願いというよりも、「いつか私を迎えに来てくれる」ものがいると確信していることば、ひとつの安らぎのことばである。それを待つために、草野は「距離」を守るのである。
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