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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(8)

2018-02-20 12:20:06 | 詩集
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(8)(創元社、2018年02月10日発行)

 「26」には「生」と「死」が出てくる。「死」の意識によって「生」が輝く。輝きに満ちた「生の日々」、それこそが「私の墓」なのだ、というちょっと複雑な構造の「意味」が動いている。複雑というよりも、「理屈っぽい」かもしれない。「理屈(論理)」だから「完結している」。つまり「正しい」、あるいは「間違いがない」。
 でも、こういうことって、窮屈だよなあ。

 で、きょうの私は「理屈(論理)」が始まる前の一連目についてだけ感想を書く。

ささやかなひとつの道を歩き続けると
やがて挨拶の出来る親しいものが増えてゆく
小さな歌をうたっていると
うたっている間の幸せが私のものだ

 なんだかうれしくなる。歌を歌いながらなんでもない道を、どこへ行くともなく歩いてみたい気がする。きょうは天気がいいし、気持ちが晴れやかになりそうだ。
 「歩き続ける」の「続ける」がいいんだろうなあ。「続ける」と「同じ」ではいられなくなる。最初は「挨拶」できなかったもの、よそよそしいものが身近になってくる。親しいものになってくる。それが増えてくる。この変化は、「私」そのものの変化だ。私以外のもの(他者)がかわるのではなく、「私」がかわる。私が私でなくなる、というのは楽しい。
 最初の二行の、どこまでも動いていく感じは、ゲーテを思わせる。ゲーテの詩を読んだのはもう五十年以上も前のことなので、何も思い出せないが、ことばのリズムとういか、スピードが快活で気持ちがいい。どこまでもこのまま動いて行けそうな軽やかさ、疲れを知らない力がある。
 それにつづく二行もおもしろい。「うたっている間のしあわせ」というけれど、この「うたっている」と「間」と「幸せ」は、どう違うのだろう。どこで区別ができるのだろう。私には「ひとつ」に見える。ついでにいうと、その三つに「私」も加わって「ひとつ」。
 「うたっている」という「動詞」が「私」、「うたっている間(時間)」が「私」、「幸せ」が「私」。区別ができない。区別がない。それなのに、それが別々のことばになって溢れ出てくる。
 書き出しの二行も同じことだ。「ささやか」は「ひとつ(の道)」であり、「歩く」も「ささやかな」行動である。何か目的があって歩くのではなく、目的はあるかもしれないが「ささやか」。それを「続ける」。何が何でも続けるのではなく、「ささやか」に続ける。「やがて」も「ささやかな」時間、つまり何時間とかわざわざ区切っていうようなものではない。「あいさつ」も「ささやか」だ。「親しさ」も「ささやか」だ。
 「ささやか」が増えて、それが溢れだす。「歌」になる。「うたう」という動詞になる。「歩いている」のか「うたっている」のか。区別がない。「あるきながら、うたう」。ひとは、同時に複数のことができる。この不思議な「肉体の拡大」の瞬間。これは「ささやかな/幸せ」かなあ。

 そういうものが、区別のつかないもの(和音)となって「ひとつ」になって、溢れてくる。そういうものを、私は、聞く。私に聞こえる。




*


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目次

瀬尾育生「ベテルにて」2  閻連科『硬きこと水のごとし』8
田原「小説家 閻連科に」12  谷川俊太郎「詩の鳥」17
江代充「想起」21  井坂洋子「キューピー」27
堤美代「尾っぽ」32  伊藤浩子「帰心」37
伊武トーマ「反時代的ラブソング」42  喜多昭夫『いとしい一日』47
アタオル・ベフラモール「ある朝、馴染みの街に入る時」51
吉田修「養石」、大西美千代「途中下車」55  壱岐梢『一粒の』59
金堀則夫『ひの土』62  福田知子『あけやらぬ みずのゆめ』67
岡野絵里子「Winterning」74  池田瑛子「坂」、田島安江「ミミへの旅」 78
田代田「ヒト」84  植村初子『SONG BOOK』90
小川三郎「帰路」94  岩佐なを「色鉛筆」98
柄谷行人『意味という病』105  藤井晴美『電波、異臭、工学の枝』111
瀬尾育生「マージナル」116  宗近真一郎「「去勢」不全における消音、あるいは、揺動の行方」122
森口みや「余暇」129
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嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

聴くと聞こえる: on Listening 1950-2017
クリエーター情報なし
創元社

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