詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

木谷明「パスポートセンターで」ほか

2023-09-03 22:52:09 | 現代詩講座

木谷明「パスポートセンターで」ほか(朝日カルチャーセンター、2023年08月21日)

 受講生の作品。

パスポートセンターで  木谷明

台風の前日に
すでに旅先のような顔をしている人達が
なにをそんなに話し込まれて立ちんぼで待たされて
ひときわ一人だけ
友人なのかと見つめてしまう親しげに話す№8の窓口の
女性の菱形の髪型にみとれていた
そこに呼ばれてしまった

美しいその人は
書類をてきぱきこなす
全部事項の謄本をわたしは閉じたまま渡す
写真を出して免許証を返されてその手と口で

いまわたし何を返しましたっけ
同じ作業の繰り返しで
分からなく
なって

何でも聞いてください

にっこりしていうと

国内連絡先は娘さんなんですね

遠方の住所に目を落とし

出来上がりは十六日ですお使いの予定はないとのことですから

お忘れにならないでくださいね

不規則の一瞬は除籍こうしてパスポートを失効して出遭う
降りかかっていた雨は止んでいるのか酷くなっているのか
風は吹いているのか止まっているのか
長い時間のあとに

 「不規則の一瞬は除籍」から始まる最終連に関心が集まった。「これまでの詩の流れと違って、状況が変化する。その変化が詩的表現としていい」「最後の4行が、詩的時間の経過と、作者の気持ちの処理としておもしろい」「最後の4行で詩がしまっている」。
 「除籍」というようなことばは日常会話ではあまりつかわないと思う。そういう大きなことば(強いことば)が、読者の意識を揺さぶる、刺戟する。このとき、私たちはたぶん、詩を読むと同時に、詩から読まれている。私たちが「除籍」ということばをつかうのはどういうときだろう。
 また「すでに旅先のような顔をしている人達が、という行が印象的」「最近の詩は、意味がわかりやすくなった」「いままでの詩とは違った印象、ことばが多い」「書いている対象は違うが、書き方は違っていない」という感想もあった。
 木谷は「ことばを削いでいる」と、書法について語った。
 私には「ひときわ一人だけ」ということばが強く響いてきた。複数の人がいるなかで「一人」に引きつけられて行く。そして「一対一」になる。その「一対一」のあと、何かが変わってしまう。異界へ踏み出していくという感じがおもしろい。「パスポート」は異界へのパスポートかもしれない。

ハクション  池田清子

ハックショーン!
一瞬が飛んだ
一瞬で

日常の一切は
どこまで飛んだ?
健康神話は
どこにとんだ?
早し良し、遅し悪し
誰が決めた

しばらくは
遊んでおいで
帰りたくなるまで

 「おもしろい」という声が自然に漏れてきた。「日常の一切/どこまで飛んだ?、がおもしろい」「一瞬が飛んだ/一瞬で、がいい」「最終連は、ハクションを自分の一部のようなものとしてとらえていて、とてもおもしろい」。
 この詩が「おもしろい」理由のひとつは、リズムがいいからだと思う。「ハクション」というタイトルが一行目で「ハックショーン!」という音に変わる。この瞬間に、すでにリズムが加速している。加速したまま突っ走り、最後でふっと緩む。この感じが、なんともいえず楽しい。くしゃみは病気のはじまりのようにとらえられることがあるが、この詩にはそういう感じはない。明るさに満ちているのもリズムの効果だと思う。

いのち  杉惠美子

何もかも この身から
遠のいて
それでも心の奥に
ほんのりと灯る一点がある

静かに待っている人がいる
と感じる不思議なつながり

人の営みの淋しさ

言葉なく拡がる
季節がすすむ空気感と
次へすすむ私の足音

縁ある者との約束と
自分自身の今ある真実

記憶のむこうで
また会おう
会って話をしよう

 「静かな感じ、落ち着いている」「お盆の詩かな」「一連目が印象的。心の奥にともる一点」「と、ということばがつづく。とによって、違う二つのものが結びつけられ、世界が展開していく対句的手法が特徴的」「最終連は平凡かもしれない」「最終連の、記憶の向こうでという行はおもしろい」。
 私は、一連目の「遠のいて/それでも心の奥に/ほんのりと灯る一点がある」が最終連で「記憶のむこうで」ということばに変わりながら呼応している点がいいなあ、と思った。特に「それでも」という副詞がとても深い。静かに「人の営みの淋しさ」につながっている。「それでも」は、たぶん、ほかの行にも隠れている。静かに待っている人がいると「それでも」感じる不思議なつながり、「それでも」また会おう、「それでも「会って話をしよう」という具合に。
 「それでも」ということばと一緒に動いている「思い」がある。それは「淋しさ」なのかもしれないが。「それでも」がつなぎあわせる一連の「思い」のことを思うのである。

陶製の耳   青柳俊哉

陶製の耳の中の海へ 
貝を深く敷きつめる つたい降りていく
潮水のなりやまない振幅 
月がみちていく

螺旋の殻に光をいれて
あゆみだす裸身の蝸牛 たわわな
石榴の実が一斉にほころんで 
紅の種子から樹液があふれる

満ち潮に運ばれる船の
底のあかるみ 鰯と戯れるひとの
背が無限にほそ長く
月へ透けていく

 「陶製の耳から拡がるイメージ、そのイメージが統一されていて、すーっと入ってくる」「陶製の耳には冷たいイメージがあるが、動きがある。最終行の、月へ透けていく、が好き」。一方、「三連目のイメージがわからなかった」の声も。
 「陶製の耳」をめぐっては、「硬いイメージがある」という感想の一方、「人の手を通してつくられた耳、人の手の柔らかさを感じる」という対照的な意見があった。感想が違うということは、とても大切なことだと思う。違う感想があるからこそ、おもしろい。
 「聴覚の振幅があり、おもしろい」という声も。
 青柳は、貝殻(いのちを守るもの)、貝殻の浜辺から、この詩を発想したと語った。命の余韻を伝え続ける運動を書いた、と。
 私は、二連目が非常におもしろいと思った。耳の螺旋階段を蝸牛が下っていく。そのとき銀色の軌跡が残る。それが肉体の内部へ「光をいれる」という鮮やかなイメージになる。耳は聴覚だが、この光の存在によって視覚も動く。イメージが輻輳する。その瞬間がおもしろい。


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1 コメント

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木谷明ほか (大井川賢治)
2024-03-30 17:04:48
杉さんの詩、いのち、の中の1連、/記憶の向こうで、また会おう/、これは分かるような分からないような、わたしには、かなり伝わりにくい文言でした。

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