41 橋本 正秀
オフィーリアー
オフィーリアーー
風のゆらぎにゆすぶられ
波動そのもの
宙のただなかに
42 山下晴代
千個の星が流れるエルシノア
「生きるべきか、死すべきか」
「あなたにはマンネンロウ、あなたにはヘンルーダ。私を忘れないように」
城の回廊で、見失ったのは、父の霊? それとも……。
43 市堀玉宗
がうがうと空が流るゝ花藻かな
44 谷内修三
どの川も空を映して流れていくというのはほんとうか。
川は違っても星と月は同じ姿で映るというのはほんとうか。
北から南へ、南から西へ、あるいは東へ、
あらゆる方角に空は動くのに川は海へしか動かないというのはさびしい。
さびしいという名の水よ、逆流せよ、
笑いざわめく都市の地下水道を逆流せよ、
マンホールの蓋を崩壊したツインタワーの空に掲げよ、
合流せよ、合流せよ、合流せよ、
タイタニックを切断した氷山のなかに眠る水よ、
福島第一のプールで汚染する水の苦悩よ、
45 金子忠政
苦悩の水は言葉、
言葉に引きづられて
しんたいじゅうを巡り巡ったから
酒場を出ると
道ばたに傷だらけの
青リンゴ、
オフィーリア!
46 田島安江
青リンゴはつかの間のかなしみ
傷ついたひとは
言葉を信じない
音楽も聞こえない
川の流れに沿って
どこまでも流されていく
冬へとむかう
さすらいのオフィーリア
47 山下晴代
「よいこらさ、ラムがひと瓶と」
アウシュヴィッツには千個の髑髏。
48 橋本 正秀
噴出、噴出
流れ流される骸骨の群れ
その流され軋み発せられる音声
に耳を傾けるものはいない
49 市堀玉宗
林檎熟れ処女懐胎の恨みあり
50 谷内修三
「ちいさないのちが胎内でかたちをなすにつれて
思いもしなかった大自然の風景が
わたしの中に生じてわたしを驚かせた」
と書いたのは新川和江だ。
「青麦の畑が広がり 雲雀が舞いあがった
海へ行こう 海へ行こう
川は歌いながら いそいそ野原を流れていった」
光源氏は、手のひらをけってくる小さな足を
宇宙を歩いたときのように思い出したが
女には内緒で、つづきのことばを読む。
「ほとりでのどかに草を食む ホルスタインの群れ
太陽 月 星 天体の秩序ある運行
地球を丸ごと孕んだような充実感が
日々 わたしのおなかをせりあげていった」
(括弧内は新川和江「今、わたしの揺り椅子を…」)
51 橋本 正秀
摂理?そうだ摂理なのだ
謀略?そうなの謀略なの
節操?そう節操なんか
暴力?そう暴力なら
自然?そう自然なんだし
暴走?そう暴走なりと
オフィーリアの思念とオフィーリアの生とオフィーリアの新たな小宇宙は
そう今日も今この今も
大宇宙を喰らっている
52 坂多瑩子
母を身籠ったと気がついたとき
母はあたしの腹のなかで笑いころげていた
やっと気がついたのかい
オフィーリア
おまえが息子や娘を生んでいるとき私はお前を食べていたのさ
子どもたちはゲンキかい
53 市堀玉宗
捨てられて花野に目覚めたるごとし
54 山下晴代
花野に目覚めたオフィーリアは『世界』編集部へ直行して言った。
「『福島第一』という言葉はやめてください」
二〇一三年一〇月号を刷り終わったばかりの編集者は答えた。
「なんです? それ? そういう言葉はもう使ってません」
「え? そうなんですの?」
「そうです」
「では、なんて?」
苦笑いしながら編集者は『世界一〇月号』の一冊を差し出した。そこには
「イチエフ」と大きく書かれていた──。
千個の「イチエフ」が降ってきて花野を埋めた。
55 谷内修三
花野から枯野へ
かけてゆくのは沙翁か
去来が恋しい芭蕉か
夢は病んで
誰が枕辺に
56 市堀玉宗
添ひ寝して木枯しとなるおんなかな
57 田島安江
木枯らしを追って
南から北へ
氷まで溶かすほどの愛があるのか
地の果てまでも追ってきて
わたしのオフィーリア
58 金子忠政
血潮、
という名の
紅葉
木枯らし
吹きすさび
冬木立つ、
その真上
宵の明星と
惹き合う
三日月に
頬切られて
59 市堀玉宗
花束のごとく白鳥来たりけり
60 谷内修三
そのとき
裏側の港では千羽の鴎が汚い声でさわいでいる
そのとき
裏側の沖から帰って来る漁船には男たちの汗の匂いが大漁だ
そのとき
裏側の市場で飛び交う女房たちの声はみだらに
そのとき
裏側の寝床であばれる魚の噂をする