Sengoku1985

何故、私は鉄道を撮り続けるのか?

Kyusyu Railway Company#40

2014-06-20 | 鉄道写真


 今回の連載も40回を数え、遂に最終回を迎えました。最後は、門司港駅にも近い「九州鉄道博物館」をお届けしたいと思います。写真は、旧「九州鉄道」本社屋、現在の九州鉄道博物館本館です(写真)。



 門司港駅南側にゲートがあり、そこと同じレベルに保存車輌が並びます。最初は59634(9600形)が、入館者を迎えます(写真)。



 その後は、C53の後を継ぐべく開発されたヘビーパシフィック、C59 1です(写真)。デビューが昭和16年、戦中を経験し、戦後はC62製造であまり良いところがありませんでした。しかし、九州島内や呉線、東北でのC60改造機などの活躍は有名で、永く残りました。



 続いてはEF10 35、直流電機、九州では戦中戦後に関門トンネルに使用された機関車です(写真)。



 続いてはED72 1、九州交流電化用の試作電機です(写真)。やや量産車とは異なる、とのことです。ヘッドライト周りが古い感じがします。



 続いてはキハ07 41、戦前形気動車です(写真)。主に単行用です。



 客室の様子(写真)。木材を多用し、背ズリはやや低い気もします。



 運転台(写真)。機械式気動車でした。



 続いては、クハ481 603です(写真)。元はクロ481 5として製造されましたが、後に普通車に改造、この番号になります。



 車内(写真)。普通車に改造された後です。



 続いては、クハネ581 8です(写真)。後に近郊電車715系、クハ715 1に改造されたものの、可能な限り復元されています。



 座席を、下段寝台として展開中の姿(写真)。座面と背クッションを引き出し寝台にしています。中段は屋根から外し、上段は網棚と引き出した部分と合わせ設定します。



 側面方向幕(写真)。同系は当初昼行特急「みどり」と、夜行特急「月光」に使用され、昼8時間走り、4時間で切替、夜8時間走り、再び4時間で切り替える、昼夜兼用の車輌でした。



 続いては筑豊で使用された石炭車、セラ1239です(写真)。製造、経緯とも不明とのことです。


 当時は地平区間の保存車はこれだけでしたが、現在はスハネフ14が追加されたそうです。



 館内には旧式木造客車、チブ37が保存されます(写真)。


 館内には九州の鉄道ジオラマ、ヘッドマークやテールサイン、他多数が保存されますが、長くなるので、今回は扱いません。



 門司港を出た、貨物線を転用したトロッコ「潮凪号」は、和布刈で終点。停車場前には、日本初の交直両用機関車、EF30 1と、オハフ33 488が保存されます(写真)。EF30は、交流区間では著しく力が落ちるので、下関駅から門司駅構内までの運用でした。銀色なのは、トンネルから漏れた海水がボディを腐食しないよう、ステンレスとされたためです。


 まだ、やり残しは感じますが、40回の永きに渡り連載が出来、ホッとしています。また、気まぐれに、次の連載を考えていきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#39

2014-06-18 | 鉄道写真


 平成25年のシーズンは、九州へ行く機会に恵まれず、「今年は九州は無しかなあ?」と思っていたところ、冬休みのシーズンに「青春18きっぷ」で訪問する機会があり、小倉まで行きました。


 往き道は、広島で日が落ち、下関では真っ暗でした。下関駅で九州方面への折り返しを待つ共に415系、左Fo520編成、右Fm1516編成です(写真)。鋼製がオリジナル、ステンレスは昭和60年代製ですが、制御システムは同じ抵抗制御です。ステンレス1500番代は、一部JR東日本常磐線用から譲受したものもあります。



 そして翌朝、小倉駅へ。小倉モノレールは、小倉駅の吹抜の中に駅があり、雰囲気は近未来交通機関です(写真)。



 小倉を出ると、北九州貨物ターミナルが、上下線の間にあります。機関区には、ED76 1012、EF81 303(銀色)、EH500 68、ED76 1022、同1019、EF81 453等、JR貨物の機関車が並びます(写真)。



 そして、門司港へ。門司港の木造駅舎は修繕中、大きな囲いがありました(写真)。老朽化に加え、木造の部分の虫害もあったそうです。



 ホームの上屋(写真)。支柱は古レールです。



 九州0哩起点です(写真)。ここから九州の鉄道は始まりました。



 関門連絡線への通路跡(写真)。ここから港に繋がっていました。昭和19年に関門トンネルが開通し、廃止になりました。


 そして一日かけ、各停で帰宅しました。同駅の「縁結びの鐘」は鳴らせませんでしたが、にもかかわらず途上で奇跡的な再会がありました。



 門司港駅、修復前の姿です(写真)。壮麗な木造建築であり、再びこの姿を見られるのが、楽しみです。


 今回が九州への直近ツアーであり、以降訪問していません。そのため次回は無いようにも思われますが、最終回である次回には、あの鉄道博物館の所蔵車輌を見たいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#38

2014-06-17 | 鉄道写真


 平成24年10月、開業成った九州新幹線の基地、熊本総合車両所の公開イベントに、参加しました。開業前のイベントには落選し訪問できなかったので、開業後のイベントでした。


 先ず見たいのは、リフティング。熊本は最大8連という規模のため、リフターで車体を上げます(写真)。天井クレーンではありませんが、8台並ぶと壮観です。なお、上がっている車輌はU009編成((新)800系最終編成)、821-1009でした。



 そのリフティングの動画があります。リフターの前にシートが敷かれ、子供たちが座っていました。



 組み上がった車輌の留置場へ。N700系R9編成です(写真)。JR九州所有です。



 続いては、(新)800系U007編成です(写真)。この2編成は、見学用の編成でした。



 続いてはU002編成、こちらは営業準備中でした。



 業務用車も、展示されます。架線用高所作業車です(写真)。両端で架線のリールを引っ張り、間の作業車が何台かで一気に架け替えるとのことです。



 その、乗車体験が行われていました。その動画があります。


 そして、会場を後にしました。



 最寄り駅で列車を待つと、何と「A列車で行こう」が通過します(写真)。運用が厳しいはずのキハ185系、2両も捻出されました。まあ、列車を楽しむ人が増えれば、それは良いことです。


 そして熊本から新幹線に乗り、帰宅しました。


 確かに浜松や博多に比べれば規模は小さいのでしょうが、近代的で計画的に設計された、立派な施設でした。また、機会があれば行きたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#37

2014-06-16 | 鉄道写真


 それから暫く、九州はご無沙汰になっていました。その間に九州新幹線も全線開業しましたが、震災の大騒ぎの中、乗車の機会が無く、苦々しく思っていました。


 九州新幹線全線開業からもうすぐ1年、という頃に、鹿児島まで行く機会があり、新幹線に乗車しました。切符が新大阪乗り換えを認めず、博多乗り換えを指定していたので、博多まで「のぞみ」に乗ります。


 博多駅には間もなく完全引退であった100系も姿を見せる中、800系U001編成(初号編成)「さくら」鹿児島中央行きが停まります(写真)。800系「さくら」は、山陽新幹線には最大新下関までしか入線しません。



 続いてはN700系7000番代、S12編成「みずほ」が入線します(写真)。当時「みずほ」は、朝2往復夕1往復で、まさにプラチナチケット、しかし停車駅以外は同じN700系でした。



 そして、翌日、鹿児島中央に停まるN700系(写真)。至近で撮ると、実際以上に鼻が長く見えるのは、気のせいでしょうか。それとも超広角が原因なのでしょうか。


 こうなると、九州新幹線のイベントが見たい気がします。川内は機会が無く残念だったので、現在の中枢、熊本位か。ご期待下さい。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#36

2014-06-15 | 鉄道写真


 これも平成22年10月の鉄道の日関連か、西鉄の元特急車2000系が引退するので、そのお別れ運転会があり、それに参加しました。


 計画通りイベント会場近くに車を停め、天神へ。受付を済ませ、指定位置で待っていると、まもなくこの日の主役、2000系最終編成がやって来ます(写真)。



 入線の動画です。右手でデジ一を持ち、左手で動画カメラを持ち、アクロバティックというか、クレージーな撮影法でした。



 2000系は当初特急用として落成したことから、2ドア転換クロスシートであったのですが、後の一般車への転用で中間ドアを増設、3ドアになっていました。その車内の様子(写真)。中間ドア周辺は、デコラ板の色調が多少異なります。



 そして、久留米で一旦全員下車、折り返しの準備をします(写真)。期せずして撮影タイムです。



 合間に、運転台を(写真)。非貫通であることから、中央に運転台が設置されています。


 記念グッズは、定規とクリアファイルでした(有償)。定規は要らないなあ、と思い、クリアファイルだけの販売を待っていると、売り切れ、と言われます。そこに、隣に座っていた小学生が、「譲ります」と言ってくれました。タダでは悪いので、一応定価を支払いました。彼の夢は、小説家になること。文書を書くのは、英語だろうが、日本語だろうが、結局「知っている言葉の数」が重要なのです。鉄道以外の、専門外の文章も沢山読んで、いい文章を書きましょう。



 そして、筑紫で下車。同日開催の西鉄筑紫車庫のイベントに、車両が移されます。ファンファーレは、地元高校生のブラスバンドの演奏で、「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」でした。


 転線し、現在の特急車8000系(車番不明)と並べられ、撮影会になります(写真)。世代交代ですね。


 そして、またしてもクレージーな距離を走り、帰宅しました。


 帰宅すると、D700が届いており、このツアーがD300最後のツアーとなりました。D100より進化し、D200より安定したマシンでしたが、D700が出ると知っていれば、きっと買わなかったと思います。売る時の評価額も、雲泥の差です。しかし、D700は悲劇のマシンでもありました。その話は、そのうちに。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#35

2014-06-14 | 鉄道写真


 平成22年10月、私は熊本に向かいました。目的は、熊本電鉄のイベントに参加するためです。飽きずに高速を1000キロ、それだけ走っても、1000円高速のおかげで移動費は少額でした。


 車を停めて、見たいのはモハ71。本線上は無理ですが、庫内なら運転できるよう動態保存になっています。



 その動画も、しっかり撮ってあります。確かに、走っています。



 おまけ。間もなく最後を迎える5101Aの、到着・発車のシーンです。いずれ、これも貴重になります。


 今回は、動画を中心にお届けしました。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#34

2014-06-13 | 鉄道写真


 平成22年GW、宮崎を出発した私は、前年とは反対に高千穂から阿蘇、立野へ向かいます。


 最初は、南阿蘇鉄道第2白川橋梁、撮影ポイントで待っていると、トロッコ「ゆうすげ号」が丁度差し掛かります(写真)。



 その動画があります。列車も観光のため橋梁上で停止、高千穂橋梁が使用されないことから、再び日本一高い橋梁になっています。



 続いて、北熊本へ。平面ガエル、5101Aが発車を待っています(写真)。これも、間もなく最期なんですね。



 続いて元都営6000系、6228Aが、御代志からやって来ます(写真)。現在の熊電の主力です。



 忘れてはいけない、元南海ズームカー22000系、201Aほかが停まります(写真)。これも、危ないですね。



 そして庫内には、半鋼製車、71が停まります(写真)。これは、動態保存です。



 そして翌朝、豊後森へ。旧豊後森機関区の扇形庫です(写真)。転車台も朽ち、現在は使用されませんが、現存扇形庫では最大規模を誇ります。



 そして最後は、「へいちく線」赤駅前から走る、赤村トロッコです(写真)。柚須原線の未成線跡を利用したトロッコ、月1回の運転会の時のみ走ります。


 GW全部を使って行った九州、最後一日は移動で潰れ、残念でした。でも、貴重な写真を撮ることができました。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#33

2014-06-12 | 鉄道写真


 平成22年GW遠征2日目は、吉松から下り、志布志線の油津へ。そう、TR-400形の生まれ変わり、「海幸山幸」です(写真)。運転は宮崎から南郷までですが、南郷駅に空き線路が無い関係で油津まで回送され、同駅で休憩、再び時間に南郷に戻り、宮崎に向け走ります。その、休憩の時間を狙いました。



 そして、宮崎へ。車を駐車場に入れ、カメラを持って駅に入ります。ちょうど、485系国鉄色が入線します(写真)。



 3両編成の反対側、クハ481は、特急「にちりん」の絵入りヘッドマークを掲出しています(写真)。九州新幹線全線開業で生涯を閉じる、485系最後の輝きとも言える瞬間でした。



 続いて、「海幸山幸」が入線(写真)。編成は、こんな感じに改装されました。



 その入線の動画です。感じは、つかめるでしょうか。



 「海幸山幸」に合わせ導入された、宮崎交通のバス、「にちなん号」です(写真)。「海幸山幸」とリンクして運転、統一したイメージで製造されています。ボンネットタイプの低床バスです。


 この日は、久しぶりにホテルに投宿、疲れを癒やしました。


 そして翌日も出発しましたが、それはまた次回としたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#32

2014-06-11 | 鉄道写真


 平成22年GW、私は再び九州へ。先ず南からと、南薩鉄道(後の「鹿児島交通」、鉄道は廃止)の車輌が残る、加世田へ。加世田バスターミナル内には、2両の保存車があります。


 1両はSL、南薩鉄道4号です(写真)。塗装が傷み、錆止めが見えています。



 もう1両は、DD201(写真)。この場所には石造りの「南薩鉄道記念館」もあり、ローカル私鉄ファンには、たまらない場所です。しかし、公共交通機関はバスしか無く、なかなか難しい場所です。



 鹿児島から嘉例川に寄り、大隅横川へ。駅舎も歴史的ですが、ちょうど特急「はやとの風」が入線(写真)。2連から3連に増結が行われました。



 そしてこの日は、吉松へ。先ほどの「はやとの風」と接続する、「いさぶろう・しんぺい」が発車を待っています(写真)。


 駅前のC55 52も大切な気がしますが、保存機特集は、また別の機会にしたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#31

2014-06-10 | 鉄道写真


 平成21年11月、大牟田の三井三池炭鉱で使用された電機を公開する、との報を聞き、長駆1000キロ、再び暴走し大牟田へ。九州自動車道南関ICから新幹線新大牟田駅の横を通り、会場へ到着。


 先ずは大型凸型電機、17番です(写真)。今でも同形の現役が居そうな感じの電機です。



 続いては一回り小さな凸型電機、1番です(写真)。明治44年、ドイツのシーメンス製電機です。



 続いて、カブトムシ形の電機、5番です(写真)。構内の作業に用いられたのでしょう。



 最後は、凸型の5番です(写真)。先ほどのシーメンス製を模倣して三菱で製造された電機、大正4年製です。


 明治末期から大正にかけてと言うと、日本初の電化が碓氷峠で行われた、正に電化草創期です。そんな時期の機関車が残っていることは、技術史上重要であると思われます。模倣とはいえ国産でも電機が製造できた、それは凄いことです。普段は屋根カバーを掛け保存しているとのことですが、今後も大切にして欲しいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#30

2014-06-09 | 鉄道写真


 平成21年10月、九州北部のイベント参加のため九州入り。土曜日に九州鉄道博物館を訪問し、日曜はJR西日本の博多総合車両所と、JR九州小倉工場との掛け持ち。博多もそこそこに、JR九州西小倉からシャトルバスに乗り、会場の小倉工場へ(写真)。昔の路線があった関係で今の位置にあり、現在は鉄道では少し遠い場所になります。



 エントランス広場には、C12 222が(写真)。、モニュメントです。



 885系「白いかもめ」SM7編成です(写真)。各国に多大な影響を与えた車輌です。



 現在定期運用のないED76、92号機が「なは・あかつき」のヘッドマークを掲出し停止します(写真)。後には14系15形が続いていました。


 掛け持ちであったため、入場時間が遅く、リフティングなどのイベントを見ることが出来ませんでした。それが、少し心残りです。また、今年も開催されますので、行けるなら行きたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#29

2014-06-08 | 鉄道写真


 平成21年のGWに、私はドライブに出かけました。行き先は、九州。高速を約800キロ走り、関門橋を渡り、最初のインター(門司港IC)で下車。最初に向かったのは、門司港から和布刈まで走る、トロッコ「潮凪号」です。到着が早く、営業準備前から撮ることが出来ました(写真)。車庫のシャッターを開け、給油、点検の後、出発です。


  この列車の運転を請け負っているのは平成筑豊鉄道で、機関車は南阿蘇鉄道の「ゆうすげ号」新車置き換えで余剰となった車輌、中間のトロッコは島原鉄道の「島鉄ハッピートレイン」廃止で余剰となったトロッコです。この後、九州鉄道博物館の駐車場に駐車し、同列車に乗車しました。



 その横には、悲しい残骸が(写真)。ピンク色の電気機関車、EF81が2両(410と411と思われるが、ナンバープレートがなく車番不明)、疎開留置されていました。もう、九州の客車は本州へ来ないのです。



 続いて高速を移動し、長崎県に。島原半島の水無川橋梁横に保存される島鉄のDL、D3703です(写真)。古くは貨物輸送にも従事していたようですが、後の雲仙普賢岳噴火の沈静化後、島鉄の復旧に使用された関係で、ここに保存されます。しかし、折角復旧したものの結局廃止で、島鉄はさぞ無念だったことでしょう。多分現在も、レールを撤去されたトラス橋の横にあります。



 少し戻り、国鉄佐賀線(廃止)筑後川橋梁へ(写真)。舟運を維持するため、鉄道が通る時だけ下がる可動橋でした。昼間は、1時間に20分だけ下がる時間があります。再訪した時は補修中、3度目には夜中で、動画は未だ撮れません。



 そして、熊本へ。丁度熊本駅豊肥本線用0C番線に、「SL人吉」が入線し、出発を待っています(写真)。牽引機58654の、引退の直接原因だった台枠(シャシー)を交換、豊肥本線に比べれば勾配の緩い、肥薩線川線(八代~人吉)のみで使用されます。



 58654のヘッドマーク(写真)。これも典型的な「水戸岡デザイン」です。



 SLの代替で導入された「あそ1962」が、入線します(写真)。キハ58系改造車、製造が昭和37年(1962年)であったことから、この名が付きます。車内の自転車置場など、色々と考えられていましたが、大きく注目されることなく引退、「あそぼーい」が導入されました。



 熊本から阿蘇方面へ向かうと、今はどうか知りませんが、結局どんなに裏道を抜けても、立野の1車線に全部集中し、これが近隣の大渋滞の原因でした。ただ、当時も拡幅工事は行われていましたが、正直GWには間に合っていませんでした。しかし、拡幅しても混む時は、混む。やはり、まだ豊肥本線の方が優位です。


 ただ、立野さえ抜ければ、あとはこっちのもの。高森に行き、高森線(現「南阿蘇鉄道」)と高千穂線(後の「高千穂鉄道」、廃止)の接続線建設の徒花、「トンネル湧水公園」に行き、その先、宮崎県へ。高千穂線未成線跡に保存される、TR-800形2両(写真)。TR-400形導入で引退、この位置で余生を過ごします。未成線トンネルは焼酎の保存庫に使用され、ここで売られる焼酎(確か、麦焼酎が中心)は透明ではなく、黄金色です。


 この時は、延岡へ行った時点で時間切れとなってしまい、帰途に就きました。しかし、鉄道を撮るためのドライブは、おそらくこれが最初です。この後、鉄道と車の比率が変わる、きっかけとなったドライブです。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#28

2014-06-07 | 鉄道写真


 大分で夕方を迎えると、間もなくEF81 411牽引上り「富士」が据え付けられます(写真)。定刻に発車、併合駅の門司に向かいます。



 カメラを提げ、後続「ソニック」に乗っていると、車内販売の女性社員が、話しかけてきます。「どこで見ればいいですか?」などと、私に話を合わせてきます。JR東位だと、単に「優良企業」だけで入社する人もいますが、一般にJR九州の社員は、自社と鉄道を愛していますよ。九州だということを除けば、とても良い会社です。


 そう話しているうちに、「ソニック」は「富士」を中津で追い抜き、先行します。


 そして門司へ。間もなく上り「はやぶさ」ED76 90牽引が入線します(写真)。



 直ちに切り離し、関門間の牽引機、EF81 410に交代します(写真)。



 続いて、「富士」が到着(写真)。停止位置で構えていたのに、誰かが大光量フラッシュを焚いたために規定位置手前で停止、位置がズレてしまい、車掌が直ちに開扉、そのままになってしまいました。動いている車輌にはフラッシュを焚かない、そんな基本的なルールも守らねば、いずれどこかで「運転中止」ということになるでしょう。



 EF81 411は切り離され、門司港方から「はやぶさ」が接近。そして両編成は連結されます(写真)。



 そして出発を待つ、EF81 410(写真)。帰りは席が取れず、残念でした。


 平成21年3月、「あさかぜ」に始まる「九州特急」「ブルートレイン」の歴史は、遂に終焉を迎えました。残念でしたが、それが私たちのもたらした結論だったのです。日頃から列車を利用する、それが最も重要なことなのです。私も、反省したいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#27

2014-06-06 | 鉄道写真


 平成21年3月改正で、かねてより噂であった、寝台特急「富士・はやぶさ」の廃止が決定。そこで、同年1月に、乗車を試みました。


 先ずは、下り名古屋着(写真)。旅客用EF66も、同時に引退です。51号機の牽引でした。



 翌朝、下関で運用から解放(写真)。このまま、帰庫します。



 下関からの牽引機は、交直両用のEF81、410号機が任に当たります(写真)。



 EF81 410は、門司で運用から解放。ED76 90が、門司からの「はやぶさ」牽引のため入線します(写真)。



 「はやぶさ」の方向幕(写真)。起終点が鹿児島から離れた時点で、この運命は決まっていました。間もなく、発車です。



 続いて、EF81 411が入線(写真)。大分運転所でこの時期運用に就いていた、最後の2両の内の1両です(もう1両は、当然410です)。



 同機は、大分側に「富士」のヘッドマークを装備していました(写真)。「富士」を牽引し、発車します。



 「富士」の方向幕(写真)。大分、宮崎、鹿児島、宮崎、そして再び大分に戻ってきました。



 そのまま乗車したのか、「ソニック」で追い越したのか記憶はありませんが、「富士」大分での終着の図です(写真)。



 昼は大分で「ソニック」を撮っていましたが、合間に豊肥本線・久大本線の入線する、高架ホームへ上がります。最初は「ゆふいんの森Ⅰ世」です(写真)。キハ65改造車です。



 当時はキハ185系と1日おきでクロス運用を組んでいた、「ゆふDX]です(写真)。キハ183系1000番代を名乗り、「オランダ村特急」から「シーボルト」「ゆふDX」を経て、現在は「あそぼーい」の運用に就いています。


 同日の写真を見ると、「九州横断特急」や、キハ200形、キハ125形なども写っていますが、今回はボツ。いつか、機会があれば良いなと思います。


 そして、当然行けば、「帰る」訳で、次回は帰りの画像をお届けしたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Kyusyu Railway Company#26

2014-06-05 | 鉄道写真


 平成20年秋、私は再び九州を目指しました。行先は鹿児島、鹿児島総合車両所のイベントです。寄り道しながら、前日晩に鹿児島泊。翌日のイベントに備えました。


 そして、当日、会場へ。先ずは、C51 85のカットモデルがお迎えです(写真)。オリジナルのままで残っていたら、今どれほど貴重だったでしょうか。残念ながら、「産業遺産」という考え方の無い時代でした。



 続いては、キハ140(キハ40改)「はやとの風」と、475系国鉄交直流急行色、Gk-5編成の並びです(写真)。



 クモハ475 5には、入ることが出来ました。車内の様子(写真)。車端部はラッシュ対策で、ロングシート化改造されています。なお、現在私は、この青いモケットと同じモケットの「電車座布団」に座っています。



 クモハ475 5の運転台(写真)。これは、貴重です。



 イベントで、建屋では、リフティングの実演が行われました(写真)。


 現在鹿児島総合車両所は、九州新幹線全通、及び車輌減により、車両配置のみとされ、車両工場としての機能は小倉工場に全面移管され、廃止されました。そのため、もうこのようなイベントは、開催されないと思われます。


 本土最南端鉄道イベントの様子を、お届けしました。


 それでは、次回をお楽しみに。

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