Sengoku1985

何故、私は鉄道を撮り続けるのか?

Clover Island#22

2014-10-30 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第22夜、遂に最終回となりました。今年の夏の取材をお届けします。


 深夜船で四国入りし、高松へ。高松からは「いしづち103号」、新車8600系です(写真、松山での撮影)。量産先行車、2連2本4両が、この夏にデビューしました。


 車体は強制傾斜の空気バネ振り子、フラットステンレスボディ、今後量産車が続きます。



 ヘッドマーク(写真)。フルカラーLEDです。今後「しおかぜ」バージョンもデビューするのでしょう。



 松山から宇和島行きは特急「宇和海」、2000系です(写真)。松山駅1番線に入線します。



 同じく1番線、反対側は8000系「しおかぜ」「いしづち」です(写真)。岡山・高松方面と宇和島方面は、同一ホーム前後で乗り換え可能です。



 そして例によって行きたいのは、伊予西条。再び「四国鉄道文化館」へと向かいます。


 本館には、いつもどおり2両があります。1両目は0系新幹線、21-141です(写真)。



 もう1両は、DF50 1です(写真)。この日は側面ドアを開け、内部の機関、発電機等を見学することが出来ました。



 跨線橋で線路を渡り、駅南側へ。目の前には、「フリーゲージトレイン」2次試作車、GCT01-201があります(写真)。他の2両は、惜しくも解体されました。


 後には、「四国鉄道文化館」南館が見えています・



 同館には、3両の保存車があります。1両目は、市内の公園から移設された、C57 44です(写真)。



 2両目は、キハ65 34です(写真)。車内は、リニューアルされた後でした。



 3両目は、DE10 1です(写真)。キハ65共々、多度津工場で保存されていたものを移設しました。


 そして他多数記録しましたが、詳細は本館ブログをご覧ください。


 そして、伊予西条を後にしました。



 そして、多度津へ。121系初号編成が、デビュー当時のピンクの帯で復活していました(写真)。



 高松では、左5103、右5102が、瀬戸内海国立公園制定80周年記念のヘッドマークを装備し、発車を待っています(写真)。



 そして、フィナーレの写真は、多度津駅前の8620形、58685にしたいと思います。


 長い間お付き合い戴き、ありがとうございました。それでは、次回の連載をゆっくり考えたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#21

2014-10-29 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第21夜は、平成24年冬の取材、最終回です。


 松山から西予地域へ。かつての内子線の終点、内子には、C12 231が保存されます(写真)。


 内子はかつて盲腸線の終点でしたが、犬寄トンネル開通により本線になり、現在は特急停車駅です。その名残で、旧内子線区間は、料金計算が地方交通線になっています。



 続いて、八幡浜へ。同市内の公園には、9600形79642が保存されます(写真)。



 キャブにも入れます(写真)。状態は、砂が多く、微妙です。



 宇和島市内の公園には、C12 259が保存されます(写真)。



 宇和島駅前には、宇和島鉄道1号SLのレプリカが保存されます(写真)。



 そして、日を跨ぎ高知へ。高知市内の公園には、C58 335が保存されます(写真)。



 同機のキャブ(写真)。まあまあと言うべきか。



 高知市内の別の公園には、オハ50が保存されます(写真)。車番は、確認しませんでした。



 同じ公園には、土佐電気鉄道218が保存されます(写真)。ワンマン化前の、旧塗色とのことです。



 同車の運転台(写真)。マスコンとブレーキ、計器のもぎ取られた跡があります。



 同車の客室(写真)。今日営業していても、普通に乗れそうです。


 高知の取材は早朝に終わったので、夜間になってしまった多度津を撮り直せば良かったのですが、それを思いつかず、瀬戸大橋を渡り、帰途に就きました。


 これで、琴電関連を合わせれば、四国の保存車両の大半は網羅したと思います。これを整理して、ホームページをつくりたい気はします。


 遂に、次回が最終回となりました。気まぐれな投稿にお付き合い戴き、有難うございます。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#20

2014-10-28 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第20夜は、平成24年冬の取材、2回目です。


 多度津で夜を迎えた私は、多度津での撮り直しを諦め、翌朝新居浜へ向かいます。


 新居浜は、再度行きました、別子銅山関連へ。記念館横の神社境内には、クラウス製別子1が保存されます(写真)。



 同じく、ED104です(写真)。住友の社紋入りです。



 続いて、伊予西条へ。C57 44が、当時は公園に保存されていました(写真)。



 伊予小松の飲料水工場には、元リスボン市電、後の土佐電気鉄道533が保存されます(写真)。引退後ここに静態保存されます。



 続いて松山市街へ。郊外の道路沿いには、キユ25 1利用のレストランがあります(写真)。



 松山市中心部、伊予鉄道松山市駅からも近い「子規堂」には、伊予鉄道ハ1のレプリカがあります(写真)。



 同じく伊予鉄道本社前には、伊予鉄道1号SLのレプリカがあります(写真)。



 これらの本物は、松山市郊外の「梅津寺公園」内にあります(写真)。有料施設ですが、管理人がいない時もあります。



 松山市郊外の医院には、フィリピンで使用された、ポーター1号SLがあります(写真)。黄色く塗られます。


 そして西予地域へと進むわけですが、都合により、以降は次回としたいと思います。


 いよいよ物語も、佳境へと進んできました。どうぞ最後まで、お楽しみください。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#19

2014-10-27 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第19夜は、平成24年冬の、四国集中調査をお届けします。


 保存車両の位置は、現在は残念ながら廃刊となってしまった鉄道地図に、概略の位置が紹介されています。また、日本中の保存車両を集めたホームページもあるとのことで、勿論そちらの方が正確です。ただ、どの位自分で撮れるか、現在追求中です。


 このときの遠征は、明石海峡大橋から淡路島を経由して、大鳴門橋を通り徳島へ入るルートを通りました。


 1枚目は、鳴門市内の公園に保存されるC12 66(写真)。昭和10年汽車です。



 続いては、小松島線(廃止)小松島駅跡に残る、C12 280です(写真)。



 同機は、オハ50 272を従えます(写真)。



 徳島駅横、徳島運転所のそばには、68692(8620形)が保存されます(写真)。



 徳島県、藍住町のレストランには、オハ46が2両、客室として使用されます(写真)。



 徳島県上板町の博物館では、スハ43が展示室になっていました(写真)が、人が来なくなって永く経つようです。



 香川県に入ります。香川県東かがわ市の小学校には、C11 195が保存されます(写真)。手入れが行き届いています。



 高松市内の会社には、オハフ50が保存されます(写真)。データによると、180番のようです。



 高松市内の公園には、C58 12が保存されます(写真)。



 坂出市の公園には、C58 295が保存されます(写真)。



 そして丸亀市のショッピングモールでは、阪堺電軌175が、軽食スタンドになっています(写真)。


 続けて多度津駅前へ行きましたが、ここで日没、残念でした。


 そして、2日目へと続くのですが、まだまだ先は長く、紹介しきれないので、以降は次回としたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#18

2014-10-23 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道第18夜は、徳島駅での一枚をお届けします。


 平成24年5月、琴電のレトロ電車乗車体験のため、前日の関西から和歌山経由で徳島にフェリーで上陸、その晩は徳島に一泊しました。


 その翌日、徳島から志度に向かう途中の一枚(写真)。左キハ185系特急「むろと」、右N2000形特急「うずしお」です。


 「うずしお」は、約半数がN2000形、残りはキハ185系です。また、「むろと」は、一部「剣山」の延長運転もありましたが、現在は系統が独立しています。


 このときは琴電がメインで、JRの写真は数枚です。そのため、今回は1枚きりです。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#17

2014-10-22 | 鉄道写真


 それでは、今回は先回の続き、高知からの帰り道です。


 一枚目は高知では無く、阿波池田です。4番線にはタラコ色(首都圏色)のキハ47、114と1086が停まります(写真)。



 2番線にはキハ185 25及び1014特急「剣山」が発車を待っています(写真)。



 しかし徳島線にも寄らず、目指したのは「坪尻」。駅ホーム側は写真のとおりです。



 駅の、改札外側からの眺め(写真)。周辺には崩壊しかけた木造住宅(鉄道官舎らしい)と、「マムシ注意」の看板のみで、周辺からも隔絶された何も無い場所です。


 元々この位置は川底で、水流を変え線路に切り替えた場所のため、谷底で何処にも接続していない、とのことです。道路もありません。



 2115他、上り特急「南風」が通過します(写真)。



 続いて、2030他下り特急「南風」が通過します。



 次に坪尻にやって来たのは、下り列車。1両の気動車が、琴平と阿波池田を行ったり来たりです。


 そのため、再び阿波池田に戻ります。


 同駅2番線には、徳島行き特急「剣山」が入線します。通常と異なる編成です。



 同列車のヘッドマーク(写真)。「ゆうゆうアンパンマンカー」が連結されるため、通常とは異なっています。



 讃岐財田では、「アイランドエクスプレスⅡ」と行き違います(写真)。中間2両がそうで、キハ185に挟まれ使用されます。



 琴平で出発を待つのは、121系、16番です(写真)。



 坂出経由で岡山へ。特急「南風」2009他が出発を待っています(写真)。



 乗ってきたのは5103他、快速「マリンライナー」です(写真)。


 そして、帰宅しました。


 国内でも屈指の秘境駅、坪尻に行ったのは大きい。また一つ、話題のネタが増えました。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#16

2014-10-21 | 鉄道写真


 平成23年早春に、「青春18きっぷ」で高知へ行く、などということを考えてしまい、実行に移しました。今回は、その時の写真集です。


 先ず岡山まで行き、岡山からは「マリンライナー」、5106他です(写真、坂出にて)。普通だと、児島で追い越されてしまいます。



 そして、土讃線の分岐駅、多度津へ。丁度EF65 1037牽引貨物列車が、出発を待っていました(写真)。



 架線の終点琴平からは、気動車です。多分讃岐財田でしょう、乗車したキハ32 12です(写真)。国鉄末期に製造された、バス部品を多用した軽快気動車です。



 行き違うのは、特急「南風」(写真)。2116他4連が、走り去ります。



 そして阿波池田に到着。左は徳島線1250、右は2006他「南風」です(写真)。各停は、ここで乗り継ぎに長時間待たされます。



 そして豊永でしょう、バカ停で特急に抜かれます(写真、2130他)。



 そして高知に到着。そのまま滞在先に向かいました。


 翌日、高知駅に入線するのは、土佐くろしお鉄道ごめんなはり線車両、9640-1Sです(写真)。海側がオープンデッキの車両です。


 なお、オープンデッキに出られる区間は限られています。



 土佐くろしお鉄道を楽しんだ後は、土佐電気鉄道。「維新号」7が、特別運転を行っていました(写真、高知駅前、乗車後の撮影)。



 車内の様子(写真)。ほぼ木製で、ダブルルーフになっています。



 運転台(写真)。後付けも含め、簡素な運転台です。



 下車後、隣に停まるのは元名鉄岐阜市内線の、592です(写真)。赤の色がスカーレットから変わっていますが、雰囲気は出ています。


 そして三日目、帰途に就くのですが、長くなるので今回はここまで、以降は次回としたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#15

2014-10-20 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第15夜は、高知県に残る森林鉄道をお届けしたいと思います。


 先回の土佐電気鉄道のイベント時に、一緒に訪れた森林鉄道。しかしいずれも運転日では無かったため、運転日を確認して再訪しました。


 最初は山奥にある「魚梁瀬森林鉄道」保存車から。この日は谷村式DLが、仕業に就いていました(写真)。



 その動画です。動くことは、非常に貴重です。



 続いては、更に古い野村式DL(写真)。これも、動態保存であるとのこと。



 続いては、軽量特殊機関車(写真)。乗車も可能です。これも、動態保存とのこと。



 その後には、酒井式DLがあります(写真)。これも、動くとのこと。


 残念ながら、この運転日の観客は私一人、非常に寂しかったです。しかし、もう少しお金を出せば、運転体験も出来るので、是非、行ってみてください。



 続いて行ったのは、馬路村中心街の馬路森林鉄道。観光用のポーター形DL、2号機です(写真)。規定のループを走ります。



 その動画です。確かに、走っています。



 このループの片隅に、DLの108Bが保存されます(写真)。



 この近くの斜面には、インクラインがあります(写真)。水圧上昇式の乗り物です。



 この動画もあります。動作の様子が分かります。



 山を越えると、そこは徳島県。海部駅には、左キハ185 20他「剣山」、右阿佐海岸鉄道ASA-101が並びます(写真)。


 四国にも、森林鉄道はありました。そこには森林鉄道ならではの車両がありました。これらの貴重な車両たちも、永く残って欲しいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#14

2014-10-19 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第14夜は、土佐電気鉄道の車両を紹介したいと思います。


 土電の公開イベントがあり、桟橋車庫の展示車両を写します。


 最初は、リスボン市電910です(写真)。製造は英国です。



 7号、「維新号」です(写真)。復元された木造旧型電車です。



 貨1号形1です(写真)。荷物電車か、工臨用か。



 ドイツ製735です(写真)。傷みが激しく、この時点で動かなかったようです。



 グラーツ市電、320です(写真)。二軸単車です。



 オスロ市電、198です(写真)。


 大きなイベントと思いきや、雨のためか観客が少なく寂しかったですが、そのおかげで写真も撮りやすく、運は良かったです。


 やはり広電が、一番多くの都市の路面電車を保有しますが、土電もそれに次いで多いです。これらの貴重な車両たちが、今後も残って欲しいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#13

2014-10-18 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道第13夜は、別子銅山関連の写真を載せたいと思います。


 「別子銅山上部軌道」なる廃線跡があると聞き、居ても立ってもいられず、行ったのが別子銅山の車で行ける最奥部、「東平(とうなる)」。細い山道で、通行困難な場所です。


 駐車場はあったので、車を停め、近くの坑道へ。坑道には何両かの車両が残されています。写真は、2t蓄電車(写真)。バッテリーロコです。


 別子銅山は炭鉱では無いので、引火の危険性は低いと思われますが、蓄電池式の機関車でした。



 次は、「かご電車」(写真)。輸送用の電車です。


 東平でも十分山奥ですが、上部軌道へはここから山を登ること約1時間程とのことで、真冬の2月、四国山地でも積雪する時期であったので、根性が無くここで断念しました。


 別子銅山は住友財閥の繁栄の礎、現在は住友林業が登山道の管理、整備をしているらしく、案内標識には距離まで入りバッチリです。住友グループの新入社員は研修で、全員この山道を歩くのだそうです。



 麓の「マイントピア別子」には、SL形の蓄電池機関車が、SLのような音を出し体験坑道を走ります(写真)。ここにも、鉱山用車両が多数保存されます。



 麓の「別子銅山記念館」横の、銅山の安全祈願をした神社には、車両が保存されます。


 最初は、別子銅山1号SLです(写真)。ドイツのクラウス製、上部軌道で使用され、上部軌道廃止後下部軌道に移動し使用された機関車です。



 もう1両は、ED104です(写真)。下部軌道で使用された電気機関車です。



 愛媛県総合科学博物館には、伊予鉄道1号のレプリカがあります(写真)。



 屋外には、別子銅山の銅を精錬した沖合の島で使用された列車、「カラミ電車」があります(写真)。円形の鍋状の荷台を傾ける構造になっています。



 最後に、阿佐海岸鉄道宍喰へ。ASA-201事故廃車の代替で導入された、ASA-301です(写真)。元は、台風災害で廃止になった高千穂鉄道のTR-201です。


 全線高架の阿佐海岸鉄道で踏切事故とは理解できませんでしたが、多分多度津への移動の最中に起きたと考えるべきなのでしょう。しかし、詳細は分かりません。


 私がモンタニアで、装備もあれば嬉々として上部軌道を目指したでしょうが、装備も、根性も無く、行けませんでした。いつか、機会があれば、そのときに。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#12

2014-10-16 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第12夜は、平成21年春のJR四国多度津工場イベント関連をお届けします。


 先ずは多度津駅へ。キクハ32 502「アンパンマントロッコ」が側線に停まります(写真)。



 続いては6000系、6102始め3連が入線します(写真)。



 続いては、DLによるプッシュプル編成が。高松方は、DE10 1139です(写真)。



 同じく宇和島方は、DE10 1095です(写真)。



 多度津工場に入ります。建屋には、クハ111湘南色(大目玉)が、入っています(写真)。



 その先には、フリーゲージトレイン第一次試作車、GCT01-1がありました(写真)。



 建屋には、DE10 1が保存されます(写真)。



 同じく保存車、キハ58 293があります(写真)。正面のヒゲが特徴です。



 その反対には、キハ65 34が保存されます(写真)。



 側線には、有蓋車ワラ1、無蓋車トキ25797が保存されます(写真)。



 宇高連絡線営業当時に活躍したであろう控車、ヒ852が停まります(写真)。奥には車掌車がありますが、車番は不明です。



 工場内で保存される、C58 333(写真)。昭和18年川崎車両製です。



 キャブに入れます(写真)。中型のボイラです。



 準鉄道記念物の二軸木造客車、ロ481が、屋根付きで保存されます(写真)。



 リフティングでは、2153が用意されていました(写真)。



 側線では、フリーゲージトレイン一次試作車の残り2両、GCT01-2および3が、解体を待っていました(写真)。


 フリーゲージトレイン一次試作車は、完成後アメリカでの耐候試験の後、高速走行試験、最後は予讃線で曲線通過試験を行い、その関係で最期を多度津で迎えました。先日三次試作車が完成しましたが、二次試作車も同様の運命をたどっています。


 最近の多度津の写真が無いのは残念ですが、またそのうちに行きたいと思っています。その日まで、もうちょっと。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#11

2014-10-15 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第11夜は、平成20年夏シーズン、予讃線伊予西条を中心にお届けします。


 「新幹線の生みの親」とされる国鉄総裁十河信二氏は、伊予西条の出身とのこと。そのことから、伊予西条駅前に「十河信二記念館」が建ちました(写真)。中は十河信二氏にまつわる文物の展示、および書斎の再現などがあり、人物像に触れられる内容となっています。



 当時は、記念館で入場券を買って入った、「四国鉄道文化館」(写真、現在の北館)。中に入ります。



 中には、2両の展示があります。1両は、DF50 1です(写真)。三菱スルザー式の電気式ディーゼル機関車です。



 同機の運転台(写真)。電気機関車と全く同じで、それはディーゼル機関で発電した電気を制御して、モーターを回す方式だからです。ディーゼル機関と電気系の双方をメンテナンスする必要があり、電気系がメンテナンスフリーとなったDF200まで、日本では主流とはなりませんでした。



 もう1両は、0系新幹線、21-141のカットモデルです(写真)。建物の中に入るよう、寸詰まりになっています。



 運転台(写真)。各地で見られた0系保存車と同じですが、メーカーや製造時期で多少個体差があるのでしょうか。


 なお、同車は英国ヨークの「王立鉄道博物館」に展示されている、22-141の相方でもあります。



 線路を挟んだ南側(写真)。当時は古い木造や煉瓦造りの鉄道関連施設がありました。



 途中、多分新居浜でしょう、貨物駅で出発を待つEF65 1032(写真)。広島更新色です。PFも、当時はオリジナルのナンバーのままでした。


 当時はこれだけの博物館でしたが、それでも大きな事件でした。当時の雰囲気を、感じていただけるでしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#10

2014-10-14 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第10夜は、平成19年夏シーズンの写真をご紹介します。


 平成19年7月、琴電の引退車両関連で訪問した時の写真。N2000系「しまんと」、2152ほか「いしづち」が、高松駅に並びます(写真)。



 続いては、キハ65 27、キハ58 516の2連(写真)。勾配線区仕様ですが、行き先は阿波池田です。



 その足で徳島まで。1000形の1500形併結対応改造車、1256です(写真)。塗装等も改められています。



 そのデビューしたばかりの1500形、1507が、N2000系「うずしお」と並びます(写真)。環境対応ディーゼルエンジンを搭載しています。



 徳島駅1番線には、キハ40 2144が停まります(写真)。当時鳴門線は、キハ40系の運用が多くありました。



 そして1504に乗車、高松駅に戻ります(写真)。隣は、7018です。



 同年9月、高知を目指し「青春18きっぷ」で乗車。丁度クモハ223 5001の事故代走で入っていた、クモハ223 2083に乗車(写真)。


 関西地区から貸し出された同編成は一時的に解体され、サハを他の編成にも挿入、増結されていましたが、修理が終わった時点で元の編成に戻りました。



 多度津駅の側線には、マヤ34 2006が留置されていました(写真)。最終期の姿でしょう。



 多分場所は讃岐財田でしょう、2108他特急「南風」が行き違います(写真)。


 この後どうだったの、とは思うのですが、高知駅新駅の建設中の姿とか、大歩危でのラフティングの様子とか写っていますが、鉄道写真としてはボツのようです。


 四国色とはいえキハ58・65系、また223系代走、マヤ34等も写っており、なかなかの収穫であったと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#9

2014-10-13 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第9夜は、平成19年春遠征3回目をお届けします。


 松山からの出発は、「しおかぜ」(写真)。振り子電車8000系(車番不明)です。塗色がリニューアルされています。



 そして、多度津へ。駅には、給水塔があります(写真)。煉瓦造りの、古い給水塔です。



 駅前には、58685(8620形)があります(写真)。



 駅に戻ると、「アンパンマントロッコ」(キクハ32 502)が停まっていました(写真)。



 続いては四国113系、2番編成です(写真)。赤紫系の塗色です。



 そして、宇多津へ。現在も四国の主力、クモハ121 109他、121系です(写真)。四国初の電車でした。



 四国113系、1番編成です(写真)。青緑系、かつての正面方向幕は、前照灯になっています。



 四国113系、3番編成です(写真)。黄橙系の塗色です。



 徳島発岡山行き「うずしお」N2000系が、連結準備で貫通路を開きます(写真)。高松に続き、二度目のスイッチバックです。



 そこへ2130他「南風」が入線、こちらも連結準備が始まります(写真)。



 そして連結(写真)、貫通路設定の後、岡山に向け発車します。



 続いて、高松へ。「アンパンマンうずしお」です(写真)。中間に「ゆうゆうアンパンマンカー」を連結します。



 そして阿波池田へ。間もなくキハ185 20他「大歩危トロッコ」が入線します(写真)。



 トロッコ車両(写真、キクハ32 501)。


 そしてこのまま「南風」に乗り、岡山経由で帰宅しました。


 これで四国の路線は完乗となりましたが、この後も話題があり、時々訪問しています。その話は、次回以降で。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Clover Island#8

2014-10-09 | 鉄道写真


 それでは、四国鉄道連載第8夜は、平成19年春の遠征、2回目をお届けします。


 甲浦からバスに乗った私は、室戸岬を越え、約1,500円払い奈半利へ。土佐くろしお鉄道ごめんなはり線、終点の奈半利の高架ホームには、JR四国1000形、1035が停まります(写真)。中村線・宿毛線同様、相互乗り入れをしています。


 この駅が高架途中で途切れているのは、まだこの先を諦めていない、という意思表示でしょうか。



 ごめんなはり線中心駅で、車庫のある安芸駅には、9640-1Sが停まります(写真)。海側がオープンデッキの車両です。



 同じく9640-2Sが、途中駅で行き違い、奈半利方面を目指します(写真)。これもオープンデッキの車両です。



 ごめんなはり線起点後免駅の一つ先は後免町、かつては土佐電気鉄道が安芸まで走っていましたが、現在は廃止されています。そのため、土佐電気鉄道の起終点になっています(写真、211)。現在はここから高架ホームへ乗り換えです。


 そしてその後土電三昧だったのですが、土佐電気鉄道を扱うのは、別の機会としたいと思います。



 翌日は高知駅へ。2130他「南風」が入線しています(写真)。この編成の4両は、アンパンマン1号編成で、また「土佐くろしお鉄道」所有の車両です。一時はJR四国車両と混用とされましたが、現在は通常この編成で運用されます。



 相方は、2030です(写真)。中間車は2130、2131で、30番台の番号で区別します。ラッピング前は側面の「TKT」シールのみで、判別が難しかっただけに、有り難い措置です。



 私は反対方向へ。2011他「しまんと」で、中村、宿毛方面を目指します(写真)。



 宿毛方面は現在、大半が中村乗り換えです。乗り換える列車はTKT-8000形TKT-8001です(写真)。現在も中村線・宿毛線の主力です。



 宿毛から戻り、窪川駅には、2007他「南風」が停まります(写真)。アンパンマン2号編成です。



 同編成は、国鉄末期にバス用資材を多用して新造された気動車、キハ32と並びます(写真)。予土線列車です。



 川奥信号場(写真)。左直進が予土線宇和島方面、右分岐はループし中村線・宿毛線方面です。建設の歴史的経緯から、このような形になりました。



 予土線、務田から長いスラロームを下ると、予讃線北宇和島です。同駅近辺には、鉄道施設が見られます。


 1枚目、SL時代には重要だった、給水塔です(写真)。



 もう一枚は、転車台(写真)。数両分の扇形庫も見えています。



 そして、宇和島から松山へ。松山駅、1番線南側の貨物側線には、EF65 114が停まります(写真)。更新色ですが一般形65、今となっては貴重なワンショットです。


 色々と貴重な画像があり、今回も良い感じです。次回は同遠征の、松山からの続きをお届けしたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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