齋藤大悟 : Daigo Saito

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鈴木龍一郎 土門拳賞受賞作品展

2010年08月01日 | イベント

Photo

土門拳記念館 ・ 中庭 / Nikon COOLPIX P5100

   

第29回土門拳賞を受賞された、写真家・鈴木龍一郎さん。

その作品展「RyUlysses リュリシーズ」が土門拳記念館で開催されています。

そして、ギャラリートークも併せて開催され、貴重なお話を伺う事が出来ました。

                    ◆

鈴木さんは20歳くらいの頃に、ロバート・フラハティの映画「アラン」を見て、

その舞台となったアイルランドのアラン島にどうしても行きたいと思ったそうです。

そして、実際にアイルランドへ足を運び、アラン島の地に足を踏み入れた事が、

今回の受賞作である「リュリシーズ」を生み出す事の発端となります。

基本的に人間を撮るのが好きだという鈴木さんは、

アイルランドの首都ダブリンに心惹かれ、

他のヨーロッパ諸国とは違う感覚を抱いたというそのダブリンにて、

当初35mm判で撮影を始めたとの事でありました。

しかし、撮影を重ねるうちに、

35mm判のフレームの中には入り切れない「何か」を感じたそうです。

物理的に入り切れないものよりも、精神的に入り切れないもの・・・。

鈴木さん曰く、「ダブリンは拡散していくような、外へ出ていくような、そんな感じがする。」

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ジェイムズ・ジョイスの小説「ユリシーズ」。

20世紀、最も重要な作家の1人と言われる、アイルランドの小説家。

聖書の次くらいに注釈書が多いのでは?と、鈴木さんがおっしゃるその小説は、

難解ではあるものの大変面白いとの事。

鈴木さんの周りでは、知っているけれども読んだ事がないという方々が

ほとんどだったそうです。

その「ユリシーズ」をテーマに、ダブリンそのものを撮りたいと鈴木さんは思います。

人や風景ではなく、ダブリンそのものを撮りたい・・・。

35mm判では入り切れない「何か」を感じていた時、とあるカメラと出会います。

富士フイルムとハッセルブラッドの共同開発で生まれた「TX-1」というパノラマカメラ。

そのパノラマカメラに出会った事で、

フレームに入り切れないと感じていた「何か」が払拭され、

求めていたものが1つになったそうです。

そして、足掛け5年くらいの撮影を得て、この「リュリシーズ」がまとまりました。

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この「リュリシーズ」というタイトル、ジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」に

鈴木さんご自身の名前「龍一郎」の「RYU」を掛けているそうで、当初、知人に

「あの、20世紀の偉大な作家の著書の名前をもじるとはえらい事やったな!?」

と言われたそうですが、「ジェイムズ・ジョイスだからこそ許される(笑)」と、

鈴木さんはおっしゃっていました。

作品展の1番最初に展示されている作品は海の写真でありました。

「ユリシーズ」の最初にも海が登場するので、

ジェイムズ・ジョイスに敬意を表する意味も込めて、

最初に海の写真をセレクトしたそうです。

そして、展示作品には全てキャプションは無し。

理由は、「自由に解釈して自由に見てほしい」との事。

「ユリシーズ」も解釈の仕方は様々あるので、その意味合いも含んでいるそうです。

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これらの作品は待って撮るのではなく、偶然の、行き当たりばったりの中で

シャッターを切った作品ばかりとの事でありました。

唯一、演出したのはヌードの写真1作品だけと聞きます。

偶然や行き当たりばったりの中で生まれる出会い、そしてシャッターチャンスに

巡り会うためには、とにかく「歩く」事に尽きるそうです。

また、人間の視覚の面白さというのは、パノラマカメラを使う事でより実感したとの事。

見ているようで見ていない、見ていないようで見ている・・・。

それがパノラマカメラの面白さでもあるとおっしゃっていました。

また、仕事では約9割方カラー写真であるそうですが、

こと作品撮りとなると、99.9%モノクロフィルムを使用し、

暗室作業の中でプリントを仕上げるそうです。

もちろん展示作品は全て、鈴木さんご自身によるプリントです。

1日いっぱい暗室に閉じこもってプリントしても、

気に入った作品に仕上がるのは1枚か2枚との事でありますから、

展示されているプリントを拝見するだけでも、

大変な時間と労力をつぎ込んだ事が容易に伺えました。

「暗室作業が好きなんです!」・・・そんな鈴木さんの言葉が印象的でした。

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最後に、今回のギャラリートーク、貴重なお話と共に素晴らしい作品を通して、

ダブリンで巡り会った行き当たりばったりの出来事、

ダブリンそのものを撮りたいという鈴木さんの想い、

そして、鈴木さんの人となりを感じさせて頂きました。

鈴木さんご自身、「写真は撮れますが、話は得意ではない。」とおっしゃっていましたが、

節目節目に笑いも誘うギャラリートークであり、

撮影の経緯も交え一つ一つご丁寧にお話を頂き、充実した時を過ごさせて頂きました。

ものごし柔らかい口調の中に、何かをやり遂げるために必要とされる信念をも

感じさせて頂いたような気がします。

御歳67歳。

作品の中には、現代に溢れる情報のようなものは一切削ぎ落とされ、

何か淡々とした日常が、極めて純粋に写し出されているように感じられました。

「撮ることは 生きること」

この鈴木さんの言葉に、全てが集約されているのだと感じます。

そんな風に私は解釈し、土門拳記念館を後にして来ました。

どうもありがとうございました。

尚、この記事はギャラリートークを基に、私が聞き取った内容で構成しております。

記載内容に誤り等がありましたら、ご指摘頂ければ幸いです。

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