居酒屋日記・オムニバス (50)
第四話 肉じゃが美人 ⑬
それから一週間。こんどもまた、安岡から連絡は無い。
あのとき。安岡は3日後に、会長に試食してもらうとはっきり言いきった。
しかし。決行したはずの3日目は、とうの昔に過ぎている。
(あの野郎ときたら、肝心なときになると顏をみせねぇ。
俺が心配する問題じゃないが、カツオを使った肉じゃがの出来が気にかかる。
まいったなぁ。なんだかまた、あいつのせいでイライラしてきたぜ・・・)
店が暇なだけに幸作のイライラは、余計につのっていく。
(こんな日は早めに店を閉めて、キャバクラでお姉ちゃんと遊んでくるか)
その気になってくると、何故か、仕事も手につかなくなる。
今夜中に仕込んでおこうと思っていた煮ものも、なぜか面倒臭くなる。
仕込んでおきたかったのは、陽子が大好きな里芋の煮っころがしだ。
忙しい時は手早く片づける。
しかし店が暇だと、じっくり時間をかけて煮込むことが出来る。
煮ものの場合。ひと晩おいた方が味がしっかり馴染む。
薄味に仕上げておき、ひと晩ねかせて、カツオと昆布の出しを染み込ませる。
それが幸作がもっとも得意とする、煮ものの作り方だ。
だが今夜に限り、まな板の上に置いた里芋に触るのも面倒くさい。
(人間だぁ。たまには仕事したくない日もある。閉めちまおうか、今夜は)
そう思い、ふらっと立ち上がった時のことだ。
表のガラス戸にチラリと誰か、人の動く気配がする。
(誰だ?、猫じゃねぇな。ひょっとして、秋田美人じゃないだろうな?)
よからぬ期待はたいていの場合、みごとに裏切られる。
カラリと勢いよく、表のガラス戸が開く。ヒョイと顔を出したのは愛人の陽子だ。
(なんだ、陽子姐さんかよ・・・つまらねぇな)
不満の気持ちが、瞬間的に顔に出る。
案の定。陽子姐さんから、厳しい叱責が飛んでくる。
「こら。お前。いま、つまらないのがやって来たと、そう思ったろ。
いいんだよ、このまま帰っても。
そのかわり、今度はあんたが、後悔することになる。
帰ろう、帰ろう。こんなつまらない店に、寄ることはない。
あたしの家で、一杯やろう」
陽子がうしろの人影に向かって、「帰ろう、帰ろう」とまくしたてる。
うしろにいる人影も、どうやら女性らしい。
もしやと思った幸作が、あわてて表に向かって駆け出す。
「普段は遅いくせに、こんな時だけはみょうに早いね、お前さんは。
そうさ。連れは秋田美人のママさんだ。
なんだい。とたんに笑顔をつくって、顔つきまで変わったねぇ。
ご主人の帰りを待っている飼い犬じゃあるまいし・・・
チョロチョロと尻尾を振るのだけは、やめとくれ」
「わりがたナなァ。なんがとお騒がせして・・・」陽子の背後から、
着物姿の秋田美人が、ペコリと頭をさげる。
何故、この2人が一緒なのか。
愛人の陽子と、美人ママの組み合わせという意味が、よくわからない。
しかし目の前に、あこがれの秋田美人が立っていることだけは、
まぎれもない事実だ。
いやでも幸作の頬に笑みが浮かんでくる。ついでに鼻の下がにょろりと伸びる。
「ふん。私には笑顔なんか見せないくせに。
美人ママの顔を見た瞬間、手のひらを返したように、ニコニコ笑い出す。
いったいぜんたい、どういう了見だ。
これだから欲求不満の40男は、困ったもんだなぁ・・・」
「そう言わず入ってください。首を長くして待っていたんですから」
「良く言うよ。見え透いたお世辞はおよし。
待っていたのはあたしじゃなくて、どうせ、こちらの秋田美人だろ。
ふん!。いけ好かないったら、ありゃしない」
陽子の不機嫌はどうやら当分、治りそうもない・・・
(51)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第四話 肉じゃが美人 ⑬
それから一週間。こんどもまた、安岡から連絡は無い。
あのとき。安岡は3日後に、会長に試食してもらうとはっきり言いきった。
しかし。決行したはずの3日目は、とうの昔に過ぎている。
(あの野郎ときたら、肝心なときになると顏をみせねぇ。
俺が心配する問題じゃないが、カツオを使った肉じゃがの出来が気にかかる。
まいったなぁ。なんだかまた、あいつのせいでイライラしてきたぜ・・・)
店が暇なだけに幸作のイライラは、余計につのっていく。
(こんな日は早めに店を閉めて、キャバクラでお姉ちゃんと遊んでくるか)
その気になってくると、何故か、仕事も手につかなくなる。
今夜中に仕込んでおこうと思っていた煮ものも、なぜか面倒臭くなる。
仕込んでおきたかったのは、陽子が大好きな里芋の煮っころがしだ。
忙しい時は手早く片づける。
しかし店が暇だと、じっくり時間をかけて煮込むことが出来る。
煮ものの場合。ひと晩おいた方が味がしっかり馴染む。
薄味に仕上げておき、ひと晩ねかせて、カツオと昆布の出しを染み込ませる。
それが幸作がもっとも得意とする、煮ものの作り方だ。
だが今夜に限り、まな板の上に置いた里芋に触るのも面倒くさい。
(人間だぁ。たまには仕事したくない日もある。閉めちまおうか、今夜は)
そう思い、ふらっと立ち上がった時のことだ。
表のガラス戸にチラリと誰か、人の動く気配がする。
(誰だ?、猫じゃねぇな。ひょっとして、秋田美人じゃないだろうな?)
よからぬ期待はたいていの場合、みごとに裏切られる。
カラリと勢いよく、表のガラス戸が開く。ヒョイと顔を出したのは愛人の陽子だ。
(なんだ、陽子姐さんかよ・・・つまらねぇな)
不満の気持ちが、瞬間的に顔に出る。
案の定。陽子姐さんから、厳しい叱責が飛んでくる。
「こら。お前。いま、つまらないのがやって来たと、そう思ったろ。
いいんだよ、このまま帰っても。
そのかわり、今度はあんたが、後悔することになる。
帰ろう、帰ろう。こんなつまらない店に、寄ることはない。
あたしの家で、一杯やろう」
陽子がうしろの人影に向かって、「帰ろう、帰ろう」とまくしたてる。
うしろにいる人影も、どうやら女性らしい。
もしやと思った幸作が、あわてて表に向かって駆け出す。
「普段は遅いくせに、こんな時だけはみょうに早いね、お前さんは。
そうさ。連れは秋田美人のママさんだ。
なんだい。とたんに笑顔をつくって、顔つきまで変わったねぇ。
ご主人の帰りを待っている飼い犬じゃあるまいし・・・
チョロチョロと尻尾を振るのだけは、やめとくれ」
「わりがたナなァ。なんがとお騒がせして・・・」陽子の背後から、
着物姿の秋田美人が、ペコリと頭をさげる。
何故、この2人が一緒なのか。
愛人の陽子と、美人ママの組み合わせという意味が、よくわからない。
しかし目の前に、あこがれの秋田美人が立っていることだけは、
まぎれもない事実だ。
いやでも幸作の頬に笑みが浮かんでくる。ついでに鼻の下がにょろりと伸びる。
「ふん。私には笑顔なんか見せないくせに。
美人ママの顔を見た瞬間、手のひらを返したように、ニコニコ笑い出す。
いったいぜんたい、どういう了見だ。
これだから欲求不満の40男は、困ったもんだなぁ・・・」
「そう言わず入ってください。首を長くして待っていたんですから」
「良く言うよ。見え透いたお世辞はおよし。
待っていたのはあたしじゃなくて、どうせ、こちらの秋田美人だろ。
ふん!。いけ好かないったら、ありゃしない」
陽子の不機嫌はどうやら当分、治りそうもない・・・
(51)へつづく
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