居酒屋日記・オムニバス (54)
第四話 肉じゃが美人 ⑰
「組を解散させてしまえば、いい。
そうすればすべての問題がきれいさっぱり、いっぺんに片がつく」
陽子が2人の目を交互に見つめながら、低い声でささやく。
組を解散させてしまえばいい・・・確かに、そうささやいた陽子の言葉の真意が、
聞いている2人には、すぐには理解出来ない
しかし。陽子は、組を解散させると、はっきりささやいた。
組を解散させるということは、8代にわたり維持してきた関東大前田一家を、
いまのこの時期に、解散させてしまうということだ・・・
「えっ、え~!」突然すぎる提案に、驚きの声が2人の口から洩れていく。
「しぃっ。お前さんたち、声が大きい。
壁に耳あり、障子に目あり。
気をつけな。誰がどこで聞いているか分からない。油断は禁物だ」
「しかし。姐御。組を解散させるというのは、あまりにも唐突すぎます。
2人を結婚させるだけなら、勘当するか、破門扱いにすればいいでしょう。
指を詰めさせて、安岡を堅気に戻すという非常手段も有る。
なにもわざわざ、組まで解散させることはねぇ」
「いまどきの不良は、足を洗うとき、指なんか詰めないよ。
組から勘当や破門されたら、この世界から、追放されたことを意味する。
ヤクザの世界で通用しない人間が、堅気の世界で通用するもんか。
だったらいっそのこと、組ごと解散しちまえば、きれいさっぱり、
問題が解決する」
「しかし・・・そんなことが、実際に出来るのですか・・・」
「出来るか、出来ないか、会長の腹ひとつだ。
会長がウンと首をタテに振れば、それで組の解散が決まる。
ウチの組は、これまで何処の組織にも属さず、独立独派で頑張って来た。
今の会長は、8代目にあたる。
弱小の組織が荒波の中を、良くここまで頑張って来た。
しかしもう、ここいらあたりで充分だろう。
ここで幕を降ろさなきゃ、安岡や美人のママさんたちが、また泣くことになる。
ウチみたいな小さな組が消えたところで、暴力団の勢力争いも、
庶民の暮らしにも、何の影響も与えない。
8代目会長の最後の仕事は、関東大前田組を、無事に解散させることだ」
「組がなくなれば安岡さんも、ただのあだりめの おどごに戻る・・・」
「ホントだ。すべてがいっぺんに解決する。
しかし、あまりにも無鉄砲すぎる話だ。
だいいち。病気で療養中の会長が、解散に納得するだろうか・・・
自分の代で組を解散させるなんて、どう考えても、二の足を踏むだろう」
「あたしが、首をタテにふらして見せるさ。
最初で最後の、愛人をしてきた女からの逆襲だ。
絶対にうん、と言わせて見せる。美人ママさんと、安岡のためにも」
「愛人からの逆襲?、へっ、どういう意味ですか、姐御」
「愛人暮らしで、いい想いができるのは、若いうちだけだ。
人はみんな平等に歳をとる。
男が死をまじかに迎えたとき、愛人ほどみじめな女はいない。
本妻や子供たちには、男が残した遺産が入る。
公正証書に『愛人にも、俺の遺産を分けてやれ』と書いてあっても、
遺産相続の裁判で必ず、ひっくり返されちまう。
結局、愛人には、びた一文入ってこない。
そのことにようやく気がついたのは、余命が宣告された後だ。
美人のママさん。絶対に、あたしみたいな生き方をしちゃだめだ。
愛人などという、つまらない生き方は、やめときな。
ちゃんと結婚することだ。
最後まで信じる男と、お天道様の下を堂々と生きていく。それが一番さ。
どうしょうもない女が、最初から最後まで、嘘でかためて生きていく。
それが愛人という女の生き方だ。
そんな生き方をする女は、あたしで最後にしたいもんだ。
ちゃんと籍を入れて、幸せに生きな。
それがあたしからの贈り物さ。
倖せになるんだよ、かたぎになった安岡と・・・」
じゃ、8代目の会長に引導をわたしてこようと、陽子が立ち上がる。
立ち上がり、陽子を見送ろうとするママを陽子が手で止める。
「礼を言うのなら、そこにいる大馬鹿者に言うんだね。
その男は、あたしがプレゼントしたちりめんの風呂敷を、人助けのために、
かんたんに他人に貸してしまうロクデナシだ。
他人のために、真剣になる男さ。
もういちど私の手元に戻って来たこの風呂敷が、あたしに、
人を思いやる気持ちを、思い出させてくれたのさ・・・
こら、幸作。
もういちどあんたにこの風呂敷をあげるけど、2度と他人に
気安く貸さないでおくれ。
ふふふ・・・でもさ。わたしはあんたの、そういう性格が大好きさ」
第四話 肉じゃが美人 完
新田さらだ館は、こちら
第四話 肉じゃが美人 ⑰
「組を解散させてしまえば、いい。
そうすればすべての問題がきれいさっぱり、いっぺんに片がつく」
陽子が2人の目を交互に見つめながら、低い声でささやく。
組を解散させてしまえばいい・・・確かに、そうささやいた陽子の言葉の真意が、
聞いている2人には、すぐには理解出来ない
しかし。陽子は、組を解散させると、はっきりささやいた。
組を解散させるということは、8代にわたり維持してきた関東大前田一家を、
いまのこの時期に、解散させてしまうということだ・・・
「えっ、え~!」突然すぎる提案に、驚きの声が2人の口から洩れていく。
「しぃっ。お前さんたち、声が大きい。
壁に耳あり、障子に目あり。
気をつけな。誰がどこで聞いているか分からない。油断は禁物だ」
「しかし。姐御。組を解散させるというのは、あまりにも唐突すぎます。
2人を結婚させるだけなら、勘当するか、破門扱いにすればいいでしょう。
指を詰めさせて、安岡を堅気に戻すという非常手段も有る。
なにもわざわざ、組まで解散させることはねぇ」
「いまどきの不良は、足を洗うとき、指なんか詰めないよ。
組から勘当や破門されたら、この世界から、追放されたことを意味する。
ヤクザの世界で通用しない人間が、堅気の世界で通用するもんか。
だったらいっそのこと、組ごと解散しちまえば、きれいさっぱり、
問題が解決する」
「しかし・・・そんなことが、実際に出来るのですか・・・」
「出来るか、出来ないか、会長の腹ひとつだ。
会長がウンと首をタテに振れば、それで組の解散が決まる。
ウチの組は、これまで何処の組織にも属さず、独立独派で頑張って来た。
今の会長は、8代目にあたる。
弱小の組織が荒波の中を、良くここまで頑張って来た。
しかしもう、ここいらあたりで充分だろう。
ここで幕を降ろさなきゃ、安岡や美人のママさんたちが、また泣くことになる。
ウチみたいな小さな組が消えたところで、暴力団の勢力争いも、
庶民の暮らしにも、何の影響も与えない。
8代目会長の最後の仕事は、関東大前田組を、無事に解散させることだ」
「組がなくなれば安岡さんも、ただのあだりめの おどごに戻る・・・」
「ホントだ。すべてがいっぺんに解決する。
しかし、あまりにも無鉄砲すぎる話だ。
だいいち。病気で療養中の会長が、解散に納得するだろうか・・・
自分の代で組を解散させるなんて、どう考えても、二の足を踏むだろう」
「あたしが、首をタテにふらして見せるさ。
最初で最後の、愛人をしてきた女からの逆襲だ。
絶対にうん、と言わせて見せる。美人ママさんと、安岡のためにも」
「愛人からの逆襲?、へっ、どういう意味ですか、姐御」
「愛人暮らしで、いい想いができるのは、若いうちだけだ。
人はみんな平等に歳をとる。
男が死をまじかに迎えたとき、愛人ほどみじめな女はいない。
本妻や子供たちには、男が残した遺産が入る。
公正証書に『愛人にも、俺の遺産を分けてやれ』と書いてあっても、
遺産相続の裁判で必ず、ひっくり返されちまう。
結局、愛人には、びた一文入ってこない。
そのことにようやく気がついたのは、余命が宣告された後だ。
美人のママさん。絶対に、あたしみたいな生き方をしちゃだめだ。
愛人などという、つまらない生き方は、やめときな。
ちゃんと結婚することだ。
最後まで信じる男と、お天道様の下を堂々と生きていく。それが一番さ。
どうしょうもない女が、最初から最後まで、嘘でかためて生きていく。
それが愛人という女の生き方だ。
そんな生き方をする女は、あたしで最後にしたいもんだ。
ちゃんと籍を入れて、幸せに生きな。
それがあたしからの贈り物さ。
倖せになるんだよ、かたぎになった安岡と・・・」
じゃ、8代目の会長に引導をわたしてこようと、陽子が立ち上がる。
立ち上がり、陽子を見送ろうとするママを陽子が手で止める。
「礼を言うのなら、そこにいる大馬鹿者に言うんだね。
その男は、あたしがプレゼントしたちりめんの風呂敷を、人助けのために、
かんたんに他人に貸してしまうロクデナシだ。
他人のために、真剣になる男さ。
もういちど私の手元に戻って来たこの風呂敷が、あたしに、
人を思いやる気持ちを、思い出させてくれたのさ・・・
こら、幸作。
もういちどあんたにこの風呂敷をあげるけど、2度と他人に
気安く貸さないでおくれ。
ふふふ・・・でもさ。わたしはあんたの、そういう性格が大好きさ」
第四話 肉じゃが美人 完
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