落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (45)       第四話 肉じゃが美人 ⑧

2016-04-12 09:44:57 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (45)
      第四話 肉じゃが美人 ⑧




 「もうしわけありません!」
米つきバッタのように、幸作が何度も頭を下げる。
表戸をいきなり開けた時。
戸口に立っていたのは、スナック「こゆき」の美人ママ。
「いま、居酒屋さんに着きました」とメールを書いていたら、幸作がいきなり、
凄い勢いで表の戸を開けた。


 
 「いいえ。表で立ち止まっていたオラが わんりぃんだで。
 それにさ今日は こんただ格好をしていだべ、見間違えるの無理はね」



 ワンピース姿の美人ママが、いちおうよそ行きですがと、苦笑してみせる。
着物姿の秋田美人と、まったく別人に見えるママがそこにいる。
そういえば、今夜の頭髪は金髪だ。
こちらが地毛で、着物の時は、ふわりなでしこというウイッグを使うと、
ママが目を細めて嬉しそうに笑う。



 「安岡と一緒さ、伺う予定だったで。
 予定の時間より早ぐど来たのは、あなたにひとつ、 頼むでがあったからだで」


 「俺に頼み?。なんですか、美人に頼まれたら嫌とは言えません」



 「これを預かっていてほしいの だで」




 美人ママが、バッグの中から小さな箱を取り出す。
指輪が入っている箱のように見える。



 「貴重品が入った箱のように見えますが?」

 
 「安岡さんから貰っだ、婚約指輪 だで」



 「俺が預かるという事は、間に入って仲介してくれという意味ですか?」


 「いいえ。頃合いさ見計らって、安岡さんへ返してほしいん だで」



 「直接返したら、どうですか?」



 「わたしは水商売をしてる人間 だで。
 直接返せば、角が立ちます。
 あなたから返していただければ、それほど角がたたないと 思うで」



 「安岡とは、結婚しないということですか?」



 小箱を手にした幸作が、カウンター越しに美人ママを見つめる。
美人ママの潤んだ瞳が、じっと幸作の顏を見つめてくる。
幸作はこんな風に、あなただけですと甘えてくる美人の目に、きわめて弱い。
何か、説明できない事情が潜んでいるようだ。
「わかりました」と幸作が小さく、つぶやく。



 美人ママが安岡と別れるようなことになれば、チャンスがめぐって来る。
願ってもない展開になる。そんな考えが、幸作の脳裏をかすめていく。
他人の不幸は蜜の味だ。
不謹慎だが、他人に不幸が訪れることを何故か喜んでいる自分が居る。



 (なんてこった。俺は同級生の安岡が、不幸になることを願っている。
 それほどまで、美人というのは罪作りだ。
 どことなく、消えた女房に似ているこの女に出会ってから、
 俺の心中は穏やかじゃない。どうすりゃいいんだ、困ったもんだ・・・)



 その時。表の戸がカラリと開いて、スキンヘッドの安岡があらわれた。



 「なんやねん、酒も飲まず、2人だけぇでぇしんみりしたまま待っとったのか。
 悪かったなぁ。野暮用が思いのほか、長引いちまった。
 まずは駆けつけ3杯といこう。
 幸作、熱いトコを、ジャンジャン出してくれ!」



 何も気づいていない安岡が上機嫌な顏で、熱燗を注文する。


(46)へつづく

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