落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(41)ユキの変化

2020-11-01 17:41:19 | 現代小説
上州の「寅」(41)


 次の日から巣箱造りがはじまった。
老人との朝食がおわると寅は、少し離れた作業小屋へ向かう。


 午前9時。巣箱造りがはじまる。
海を見おろす作業小屋で、3人並んで巣箱造りの日課がはじめる。
 
 丘から見下ろす3月の海の色は心地よい。
瀬戸内海は内海。そのため太平洋や日本海と海の色が異なる。
水深が浅く、水の交換がさほどない。
島が多く点在し、影ができるなどの条件のため紺碧の色は出ない。
そのかわり場所により緑やヒスイ色に見えるときもある。


 作業手順は頭に入っている。
鹿児島で30個ちかく製造している。ここでの目標も30個。
会話もなく、もくもくと3人で作業する日がつづく。
そんな中、寅には気になることができた。
小豆島へ来てから急にユキが無口になったことだ。


 あれほど快活だったユキが口をひらかず、黙々と作業している。
寡黙なユキへ、チャコも声をかけない。
一週間後。作業を終えた寅がチャコへ声をかけた。


 「何かあったのかい?。ユキちゃんに」


 「何もない。いつも通りのユキだ」


 「そんなことない。おかしいだろ。
 箸が転がっても笑っていた子が、ひとことも口をきかないんだ」


 「ユキにも話したくない時がある。
 そんなに気になるのなら自分で聞けばいいだろう。
 どうしたユキ。なにか有るなら俺に言え。相談にのるからって」


 「相談したいことがあるのか?。ユキちゃんには」


 「誰でも悩みはある。それが人生というものだろう」


 「人生について考えているのか。ユキちゃんは」


 「自分の人生について考えないのかい、寅ちゃんは?。悩みは無いの?」


 「考えないさ。考えたところでうまくいくと思えないからな。
 気がついたら小豆島でハチを捕まえるための巣箱をつくってる。
 美大を出てデザイナーになるはずだったのに、どこかでなにやら間違えて
 いつの間にかこんな生活になっている。
 どうなっているんだ・・・俺の人生は?」


 「卒業できないくせによく言うわ」


 「君が決めつけるな。可能性はゼロじゃない」


 「限りなくゼロにちかいくせに。うふふ」


 「俺のことはいい。問題はユキちゃんだ。
 小豆島へ来てからずっとふさぎ込んでいるんだ。変だろう」


 「ふさぎこみたくなる理由があるからね。ユキには」


 「どんな理由だ?」


 「説明するのは難しい。長い話になる」


 「やっぱりだ。何か有るんだな」


 「明日、休みでしょ。
 午前中、ホームセンターへ資材を買いに行くから付き合って。
 そのとき説明してあげる。
 小豆島へ来てからユキがふさぎ込み、なぜ無口になっているのかを」


(42)へつづく


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