落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(49)もう一度行く 

2021-01-16 18:15:08 | 現代小説
上州の「寅」(49)


 「もう一回行く?。何か考えがあるの?」
 
 慌ててチャコも立ち上がる。


 「策はない。でももういちど三番レジのおばちゃんに会って来る」


 「会ってどうするの。策もないのにどうするつもり?。
 会いに行くだけじゃなにも解決しないわ」


 「それでもおれは行く」


 「石橋を叩いても渡らないくせに、へんなところでやる気をみせるわね。
 お願いだから無茶しないで。
 家族が崩壊するようなことになったら逆効果になるからね」


 「それでもおれを止めるな」


 「止めないわ」


 「じゃ、行ってもいいんだな」


 「行きたいんでしょ。どうぞご自由に」


 自分でもよくわからないまま寅が動き始めた。
なにかがはげしく寅を突きあげる。黙って座っていられない気分だ。
「無茶しないでよ」チャコの声を背中で聞きながら、寅が喫茶店をあとにする。


 こんな気分になったのははじめてだ。
寅は人のために動いたことがない。
自分のことですら、石橋をたたきそのままUターンしてしまうことがおおい。
しかし。いまは自分を動かす熱いものが、身体の奥からこみ上げてくる。


 つかつかと大股で駐車場を横切っていく。
大股で歩くことすら珍しい。
ふだんはがに股。いそぐことなく、肩を左右に揺らして身体をはこぶ。


 しかし。熱い気持ちと裏腹に、頭の中はからっぽだ。
(何を言えばいい?・・・どう説明すればいいんだ・・・いったいぜんたい)
空っぽの頭の中に、はてなマークばかりが増えていく。
それでも寅の足はとまらない。


 入り口の自動ドアが開く。
店内の風景が目に飛び込んでくる。
買い物客の向こうにレジの列がならんでいる。
1番目、2番目、そして3番目・・・


 「あれ・・・」


 3番レジにいるのはちがう女性だ。
会計中の客が立ち去るのを待ち、寅が3番レジの女性に声をかける。


 「あのう・・・さきほどこちらにいたレジの方は?」


 「誰さ、あんた。恵子ちゃんに何か用?」


 「恵子さんというのですか、さきほどまで3番レジにいたあの人は。
 あ・・・ぼくはけして怪しいものではありません」


 「自分から怪しいという人はいません。
 あんた。恵子ちゃんとどういう関係?。身内の人?」


 「他人です。今日はじめて会いました」


 「他人?。個人情報ですので教えることは出来ません。お帰り下さい」


 「いちど帰ったのですが、また戻ってきました」


 「また戻ってきた?。胡散臭いわね。
 怪しいな。なんか不審者の匂いがする。帰らないと店長を呼ぶよ」


 「いや。店長ではなく恵子さんを呼んでください。
 話があるんです」


 「話がある?。はじめて会ったひとに何の話があるのさ?。
 あんた若いくせに、子持ちの人妻に興味があるの。じつは変態者だろ」


 「と、とんでもない。誤解です。
 ぼく、子持ちの人妻なんかに興味はありません。
 できたら若い子の方がいいです」


 「若いほうがいいですって!。やっぱり変態だ。店長!。店長!」


 「どうした。どうした。何の騒ぎだ!」


 騒ぎを聴きつけて遠くから、店長らしい人物が飛んできた。


 (50)へつづく


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