落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第55話 祇園の申し子

2014-12-06 12:17:50 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第55話 祇園の申し子



 佳つ乃(かつの)は、純和風のカフェを好む。
着物で出入りしても、違和感を覚えないで済むためだろう。
京都には昔からの町屋を改造した、カフェやレストランがあちこちに有る。
そのひとつ。鴨川を見下ろすカフェで、佳つ乃(かつの)が昔の話をはじめた。


 「バー「S」のオーナと血はつながっておへん。まったくの他人どす。
 産まれたばかりのウチを引き取り、自分の子として12年間育ててくれたお人どす。
 次に引き取ってくれたのが、置屋、福屋の女将、勝乃母さんどす。
 『学校いき』さんとして3年間、置屋から中学へ通いました。
 たぶん祇園で、行儀見習いをしながら中学に通ったのは、ウチが最後だと思います。
 舞妓としてデビューしたのが15歳。
 襟替えをして、芸妓になったのが19歳。
 以来、祇園の生え抜き芸妓として、気が付いたら30を過ぎております。
 これがいままでウチが辿って来た、人生どす」



 「なぜ突然。育った家を見せたり、昔の話をする気になったの?」


 「ウチの全部を知ってほしいからどす。
 いつかは話さなければおへんし、隠し通せることでもおまへんから」


 「君のお母さんは、どんな人なの?」


 
 「祇園甲部で、5本の指に入る芸妓だったそうどす。
 ウチが生まれた後、半月もしないうちに亡くなったそうです。
 でもホントは、不倫の末に生まれた子どす。
 手元に置いて育てるわけにいかず、知人を頼って秘密のうちに
 里子に出されたという話どすなぁ」


 「じゃ、生きている可能性が有るんだね。君の本当の母親は・・・」



 「真相を知っているのは、バー「S」のオーナーと、福屋の女将だけどす。
 それと、おおきに財団の理事長はんもたぶん、ご存じのはず。
 けど、3人とも口の堅いお方どす。
 頑張っている姿を見せることで、お母さんもきっと満足しているだろう、
 というだけで、真相は闇の中に伏せたままどす。
 お前は祇園の申し子だと笑うだけで、誰も、ホントのことなどは
 教えてくれまへん」


 「君は、ホントの母親に逢いたいと思っているの?」



 「昔は、逢いたいと思うてました。
 けど、いまでも逢いたい気持ちに変わりは有りませんが、母が
 別の家庭を持っていたら、今度はウチが困ります」



 「別の家庭を持っている可能性が有る?
 じゃ君は、だいたいの見当がついているのかい。ホントの母親の」



 「ウチの父親は、12歳まで面倒を見てくれたバー「S」のオーナーです。
 母の愛情と、優しさと、厳しさを教えてくれたのは、福屋の勝乃女将です。
 このお2人が佳つ乃(かつの)の両親だと、感謝しとります。
 親と呼べるお方が2人も居るというのに、ウチは家庭の味を知りまへん。
 ごく普通の家庭の生活に、憧れているウチが居るんどす。
 けど、それは贅沢すぎる話どす。
 ウチは祇園の申し子というだけで、充分どす。
 少なくてもあんたと行きあうまでは、そんな風に自分に、
 言い聞かせておりました」

 
 コーヒーカップを口に運んでいた似顔絵師が、慌てて手を停める。
「それは、どういう意味?。」似顔絵師が、上目使いで佳つ乃(かつの)を見つめる。
佳つ乃(かつの)は涼しい顔をしたまま、冷めたカップを口元へ運ぶ。




 「苦いですねぇ。今日のコーヒーは」


 「逸らすなよ。さっき言いかけただろう、大事なことを君は。
 最後まで言え。結論が聞きたい!」


 「はて~。曲がり角の先のことなんぞ、誰にも分らしまへん。
 曲がってみて、はじめて先が見えるものどす。
 ええやおまへんか。どうせ人生は一度きりどすからなぁ。
 鬼が出るか蛇が出るか、出たとこ任せで。ええやないですかぁ。
 うふふ・・・なんや。それでは不満そうやな、その顔は」



 でももう、いくら尋ねられても、それ以上のことは絶対に語りませんと、
鴨川を見下ろす佳つ乃(かつの)の瞳が、決意を語っている。



第56話につづく

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