落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第120話 祇園の義理姉妹

2015-02-22 10:21:30 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第120話 祇園の義理姉妹




 午前中から降り始めた雪が、日暮れにはゆうに10センチを超えた。
窓から見える旅館群の屋根が、白一色に変った。
銀世界に変った山々が闇の中に消えかけた頃、「ごめんやす」と声が聞こえ、
カラリと襖が元気に開いた。
振り返る似顔絵師の視線の先に、3人分の夕食を抱えたサラが立っていた。


 「夕食どす。
 大広間でも食べられるそうどすが、お2人は世を忍ぶ日蔭の旅どすなぁ。
 ウチが気を利かせて、せっせと運んでまいりましたぁ」と笑う。


 「誰が世を忍ぶ、日蔭の旅だって?」似顔絵師が、きつい目でサラを睨む。
「お祖父ちゃんが泊まってはる贅沢な佳松亭の部屋よりも、
 カビ臭いこっちのほうがウチは、はるかに親しみの気持ちが持てるんどす。
 ウチなぁ、こんな風にひなびた感じの、日本間の部屋が大好きどす」



 サラがまったく気にしていませんからと、微笑みを返してくる。


 「ご苦労はん、寒かったやろ。いつまでも入り口に立ってないで炬燵においで」
佳つ乃(かつの)がサラを手で招く。
「ほな兄さん、あとのことは、よろしゅうお願いします」とサラが、
子猫のように、炬燵の中へ潜り込む。


 本館の食事は、すべて弁当形式で提供される。
積善館は、自炊の出来る湯治宿として長年にわたる歴史を刻んできた。
だが県の重要文化財に指定された今、客が火を使うことは禁止されている。
そのために本館に限り、湯治宿らしい素朴で滋味に富んだ食事が3日サイクルで
メニューを変え、弁当として提供される。



 「お前も変わっているなぁ。
 ろくに暖房も効かないし、古いだけが取り柄の部屋だぜ?。
 弁当だって、体裁は整っているけど作り置きで、おかずは全部冷たい。
 やっぱり。理事長が泊まっている佳松亭か、昭和11年に建てられたという
 山荘のほうが、よっぽもマシだと思うけどな、俺は」


 「そこまで言うんなら、兄さんがお祖父ちゃんのお部屋へ行けば、どうどすかぁ。
 ウチはここで佳つ乃(かつの)姉さんと一緒におるのが、最高どす」



 炬燵から顔だけを出したサラが、チョコンと佳つ乃(かつの)の膝へ
頭を乗せる。
2人の姿を見ていると、まるで、歳の離れた本当の姉妹のようだ。
祇園に生きる女たちは、姉妹の契りを交わす。
仕込みが舞妓としてデビューするその日、姉妹としての契りの盃が交わされる。
引く側の芸妓が姉になり、引かれる側の舞妓が妹になる。
此処で交わされた義理姉妹の関係は、2人が祇園で生きていく限り、
終生にわたり厳密に守られていく。


 仕込みとして屋形へやって来たその日から、姉妹の関係は育まれる。
福屋へやって来たサラは、最初の日から佳つ乃(かつの)を姉のように慕った。
佳つ乃(かつの)もまた、自分が守るべき妹としてサラを受け入れた。
女たちだけが棲む花街の世界では、厳しい修行を耐え抜いていくために、
肉親以上の援助者と理解者の存在を必要とする。
祇園の女たちが交わす姉妹の契りの中には、300年以上にわたる京都の伝統芸能を
守り、後世に伝えていくという厳しい決意が含まれている。



 佳つ乃(かつの)が面倒を見た最初の仕込み、清乃は22歳で祇園を去った。
舞の名手として将来をおおいに期待されたが、病のため、芸妓を続けることを諦めた。
清乃は医療事務の資格を取り、病院で働きながら病気と戦い続けている。
「元気で頑張っています」という清乃の便りは、京都の季節が変わるたびに、
佳つ乃(かつの)の手元にいまでも届く。


 佳つ乃(かつの)は、「祇園はお客さんも、お姐さんもやせ我慢するところどすなぁ」
と、事あるたびに口にする。


 「祇園では、お客さんも、やせ我慢をすんのどす。
 お茶屋で可愛らしい舞妓さんに会ったら、チップをはずみたくなります。
 『ご飯食べ』にも、連れていってあげとうなる。
 あの芝居を見たいというとったら、無理してでも買うてあげたくなる。
 お金がどこぞから湧いてきて、湯水のごとく使えるお方ならいざしらず、
 みなさんどなたもいろいろ算段しはって、無い袖を振るのが祇園と言う世界なんどす。
 そやけど。やせ我慢して無い袖を振ってはるのは、お客さんだけではないんどす。
 あたしらも芸妓になると、無い袖を振りますえ。
 姐さんになると、生涯にわたって面倒を見る妹分ができまっしゃろ。
 そしたら、実は、えらい大変なことになりますのや・・・・」



第121話につづく

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