落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ、桐生 (38 ) 同郷のトラック野郎たち(3) 

2012-06-11 10:53:44 | 現代小説
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アイラブ、桐生
(38)第3章 同郷のトラック野郎たち(3)


 


<本編の前に>


 東映映画の一番星シリーズで、
本編に似た、トラック運転手コンビが登場しました。
「トラック野郎、ご意見無用」の菅原文太と愛川欽也の競演です。
全部で10作品が作られ、当時のヒット作・渥美清の「寅さん」シリーズのもつ、
華やかで明るいコメディに対して、庶民的で少々下ネタとカーアクションが多いこの映画は
痛快娯楽作品として人気を博しました。


 なを、このシリーズも後半になると、子供たちへも配慮をして下ネタが減り、
デコトラや人情部分を前面に押し出し、大人から子供まで楽しめる作品に変貌しました。



 初公開は1975年8月ですので、
群馬のコンビ(この当時は、1972年、初夏)のほうが実は先輩にあたります。(笑)
後年になってから、一番星シリーズのテーマ曲が深夜ラジオで、
長距離便の運転手たちを中心にたいへん人気となりました。


 この東映と松竹のふたつの作品に、ともに共通して登場するのが「マドンナ」です。
古くは夏目漱石の「坊ちゃん」にも登場をした、あのマドンナです。
特別な言葉の響きがしめすように、特別な存在の女性のことを指して
敬意をこめて、「マドンナ」と呼ばれています。




 「男はつらいよ・寅さんシリーズ」にもたくさんのマドンナたちが登場しました。
その中で、合計3回も登場した、浅丘ルリ子の「リリィー」が出色です。


 ドサ周りの売れない歌手役として初登場をしました。
物憂い陰のある部分ヲを見せながら、一途な優しさを秘めた女性の姿を見事に演じました。
いまでも、数ある寅さんシリーズで必ず見たい3本が、リリーが登場するこの3本です。
まったく本編とは関係のない、個人的な趣味のはなしです・・・・(笑)


 一番星シリーズでも、当時深夜ラジオで運転手たちに
人気を博した演歌歌手、矢代亜紀が熱望して友情出演したというエピソードが残っています。
もちろんこの時にも、矢代亜紀が文太に思いを寄せるマドンナ役として登場しました。

いずれも、今は昔の話です・・・それでは本編に戻りましょう。






 10トントラックの助手席に乗ったのは、まったく生まれて初めての体験です。
その視線の高さに、まず驚きました。
通行人の頭の位置が、運転席の足元よりも下にあります。
前方のすべてに障害物はなく、すべてが開けて広がりました。
乗用車の屋根などは、私の足の位置よりもはるかにをヲ走っています。
大型トラックはこれらのすべてのものを、見下ろしながら走ります。


 昨夜酔いつぶれた岡部くんは、1時間ほど早く起き、栄養ドリンクを片手に
4か所の荷物を積みに、早朝から出発をしました。
再会するのは北九州の門司の予定です。



 同乗させてもらったのは、白髪交じりで角刈りの橋本さんのトラックです。
こちらは九州に点在する家電メ―カの工場と倉庫、それらに関連をした3か所を回ります。
橋本さん曰く、この積み込みこそが九州での最大の試練になるそうです。
数か所で積みこむということは、それぞれの場所での
ロスタイムを含んだ積み込み時間が、何度も繰り返されることを意味します。



 順調に進めばいいのですが、
待たされることも度々あり、数時間から長い時には、
半日近く待たされることもあるといいます。
倉庫や物流センターなどは、その日のうちに出荷すれば仕事は終わりですが
運転手たちは、荷物を積み込んだ以降が勝負になります。



 積み込み時での時間待ちなどで、ロスした時間を取り戻さなければなりません。
大手になればなるほど、倉庫の管理や合理化には熱心ですが、
荷物の時間待ちで、運転手たちを遊ばせていることには、意外なほど無頓着です。
午前9時に到着をした最初の倉庫では、積み込みはすこぶる順調でした。
二軒目は少し手間取り、1時間ほどの待機時間がありました。




 「しかし本当の問題は、次の物流センターだ。」


 それは、鹿児島の流通団地の中にある、大手の家電メーカーのことです。
九州の南部一帯を一手にカバーする、最大拠点の巨大倉庫です。
郊外ですが比較的広い道路には、もう数十台もの大型トラックの行列が見えました。
しかもそのすべてが、路上駐車のような形で一列に並んでいます。




 「やっぱり今日も、手こずりそうだ・・・」


 ここはいつでも決まって、同じ形で渋滞をするそうです。
倉庫のはるか手前からこの渋滞は始まって、積み込みのプラットホームまで
トラックの車列は、延々と続きます。
数か所にあった物流倉庫を一つにまとめて合理化したために、
集配業務と全国発送用の大型トラックのすべてが、
ここに集まりはじめたせいでした。




 「それにしても今日は、いつになく多い・・」


 最後尾にトラックを停めた橋本さんが、
車を降りると、守衛所へ向かって一目散に駆けだしました。
通過をするたびに、儀礼のようにおこなう伝票と書類の確認作業でした。


 最初の第一関門を無事に通過をすると、
橋本さんのトラックは、行列をしているトラック群を横目に見て
巨大倉庫の中の道をさらに奥に向かって進みはじめました。
ここでは、正面入口、中間部、さらに最奥部と計3か所から荷物が出されます。
最初に行われてたチェックは、入場許可みたいなもので、さらに第2、第3の関所があると
橋本さんは笑っています。




 「ハンコばっかりを、ペたペた押してあっちへ行け、こっちだのと指示ばかりが出る。
 肝心の荷物まで、そう簡単には辿りつけねぇ、
 運転手は荷物を求めて、毎度のようにたらい回しだ・・
 そういう処だ、この倉庫は。
 でっかすぎて、誰ひとりとして手に負えないほど大雑把すぎる世界だ。
 なんで、こんなにもでっかい倉庫を使ったと思う?
 街中の倉庫をいくつか整理をしたら、
 こんなでっかい物流センターを建てても充分、おつりがくるからだ。
 こんな辺鄙な、ど田舎の土地なんか、二束三文だぜ。
 いい思いをして、儲かったのは会社だけで、
 運転手たちは、四苦八苦だ」



 10トントラックは、複雑に引かれた誘導線をなぞりながら、
徐行速度のまま、倉庫群の最深部・一番奥へと進みます。
色分けされている誘導線を見落としたら、あっというまに
迷子になってしまいそうです。




 「さて、本日の目標に到着をしたが、
 実は此処が、一番性質(たち)の悪い場所だ。
 今日はすんなりといくのかなぁ・・・・」


 こことは、一番相性がわるいと言いながら橋本さんがトラックを降りました。
事務所に向かいましたが、あっというまに戻ってきました。


 「最後の部品がまだ未到着だそうだ。
 連中のいつもの決まり切った口実だが、覚悟をきめて待つしかない。
 車を別の場所に停めるから少し、休んでいてくれ」




 橋本さんはそう言うと、積みだし用のプラットホームから
すこし離れた場所へと、10トントラックを移動しました。
休憩所があるので、一緒に行くかと誘われました。
行ってみると、倉庫の大きな庇の下にテーブルがひとつにイスが10脚ほど置いてあるだけで、
ずらりと自動販売機だけが並んでいるだけの空間でした。



 「ちょっと事務所の連中に差し入れに行ってくるから
 適当に腰を掛けて待っていてくれ。
 すぐに戻る」



 橋本さんは、自販機からジュースを5、6本買いこむと、
さきほどの事務所のほうにへ、くわえ煙草で歩いていってしまいました。


 「おう、新顔だな、どこの運送屋だ。」

 後から自販機へやってきた別の運転手に、背後から声をかけられました。
50歳前後に見える、人のよさそうな肥満にちかい体形です。

 「あ、いえ、橋本さんの助手ですが・・・・」

 「おう、群馬の橋本か。
 その助手がこんな場所に居るということは、
 さては、まだほされているんだな~、やっこさん」




 どういう意味なのか、よくわかりません。
怪訝そうな顔をしている私を見て、人のよさそうな運転手が言葉を続けます。




 「ここには、
 性質の悪いフォークマン(荷物を積みこむフォークリフトの運転手)
 がいるんだよ。
 袖の下を出せばすぐに積み込むくせに
 金を出さない奴には、なんだかんだと理由をつけては、
 積み込みを遅らせるという、きわめて汚い野郎だ。
 みんな分かってはいるが、此処の正社員なもんで手は出せねえし、
 言われるがままに我慢をしてきた。
 それをついに、熱血漢の橋本が堪忍袋の緒を切って
 こいつと一戦交えちまったという訳だ。
 その挙句が、仕打ちともいえるこの報復だ。
 悪いのはフォークマンだけじゃねえ、事務所の連中も見て見ぬふりだ。
 無理が通れば道理が引っ込むというが、まさに、此処ではそれがぴったりだ。
 一流を標榜する天下の家電メーカーの大手が仕切っている、流通倉庫だぜ。
 風通しが悪いったらありゃしねえぇ、
 嫌になるぜ、まったく・・」



 その熱血漢が、この運転手に遠くから手を振りながら戻ってきました。
内緒だぜと、肥満体形が目で合図をしています。



 「おう、橋本。
 俺は今日は、博多で一泊する予定だが、
 そっちはどうだ、博多で一泊ができそうか?」



「やあ。
 いつものように、積みこみ待ちで苦戦中だ。
 相方のほうも、4か所周りの積み込みで同じく苦戦をしているようだ。
 とりあえずは、門司のあたりまで走っておかねえと
 あとの予定が苦しくなりそうだ」



 「そうか・・・・
 じゃあ、今日は一緒に呑めねえな。
 また一杯やろうや、そのうちに。
 それじゃ先に行くぜ、俺の荷物は終わったもんで。
 あばよ、またな。」



 「おうっ」

 それから待たされること、実に3時間。
ようやく積みこみを終えた10トントラックへ、伝票を持って渋い顔の
橋本さんが戻ってきました



 「さんざん待たせておいたあげく
 明朝9時に必着と来たもんだ。
 門司で、一休みが出来そうも無え。
 とりあえず、寝ずの深夜便・オリエンタル特急になりそうだ。
 おい、相棒、悪いなあ、そんな次第になっちまった。
 夕飯を食ったら本気のひとっ走りをするから、適当に寝てくれ。
 後は任せろ!」



 さていくぞと、橋本さんが気合をいれています。



 なるほど、運転手稼業も楽じゃない・・・
先ほどの肥満体形の運転手が言っていた通り、後方から何台ものトラックの
行列を追い越して、わがもの顔に乗りつけてくるトラックが
目の前についに現れました。
いち早く荷物を積み込みはじめた「袖の下トラック号」なるものを、横目に見ながら、
正直者の「謹慎トラック・橋本号」が、約4時間遅れで走り始めました。




「あいつが、袖の下か?」


 結局 3か所の荷物を積み込むだけで合計8時間が、かかってしまいました。
昼間の時間帯に働く人たちの仕事は、すでに終っている時間です。
しかし長距離のトラック便は、さまざまな事情をかかえたまま、
この時間帯から走り始めます。
この人たちに眠る時間はあるのでしょうか・・・・
たしかに物流を担う運転手は、実に大変な仕事を担っています。








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