落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第77話

2013-05-27 10:15:26 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第77話
「原発を巡る、ふたつのニュース」




 山本の病室を訪ねた響が、いつものようにお茶を入れています。
やがて、『原発関係のニュースは、今日の紙面からは2つあります。
まもなく停まりそうなお話と、再稼働が始まりそうだという話題の、2つです。
さて、本日はどちらからお聞きになりたいですか?』と、尋ねます。


 「停まると言うのは、北電の泊原発のことですか。
 では先に停まる話でその後に、再稼働を急ぐ大飯原発の話でお願いします」


 「はい。かしこまりました」と響が、某テレビ局で高視聴率を記録したという
家政婦の口ぶりを真似てから、照れた笑顔を見せおどけています
「はい。どうぞ」と山本へいうものように茶碗を手渡します。
椅子を引き寄せると、はだけかけている二部式着物の裾を揃えてから、
今朝の朝刊を手にします。




 「見出しは、泊原発の3号機、5月5日深夜に停止の予定。北海道電力発。
 毎日新聞の、2012年04月26日付けの記事です」


 いつものように、抑揚をおさえた口調で定例となった朝刊の読み上げがはじまります。
内部からの病気の影響からか、それとも薬による副作用からなのか、
最近の山本はすっかりと視力が落ちてしまい、新聞などの細かい文字のほとんど
読みとる事が出来ません。
耳に神経を集中させながら、山本が静かにお茶をすすります。


 「北海道電力は25日、全国で唯一稼働をしている泊原発3号機
(泊村、出力91.2万キロワット)を、5月5日午後11時ごろまでに停止をさせ、
 予定されている定期検査に入ると発表をしました。
 現在のところ、政府が進めている関西電力大飯原発3、4号機の早期再稼働は
 困難な情勢でこのために、国内における50基の原発は全て停止することになります。
 北電によると、5月5日午後5時ごろから3号機の出力を低下させ、
 同11時ごろに発電が完全に止まり、約3時間後の6日午前2時ごろには、
 原子炉が停止して、冷温停止は7日午後になる見通しだと、明らかにしました。


  前回は東日本大震災直前の昨年3月7日に、
 定検の最終段階の「調整運転」として再稼働を始め、そのまま発電を開始しました。
 そのまま4月6日に定検終了にあたる「営業運転」への移行を予定していましたが
 東京電力福島第1原発の事故のために、安全性の確認や地元同意の取り付けに
 時間がかかり、本格化は、8月17日にまでずれ込みました。
 原子炉の定検は、原則13カ月以内に1回の実施が義務づけられています。
 北電は当初4月下旬を予定していましたが、ぎりぎりとなる
 5月5日まで、その停止を引き延ばしました。
 北電は『他の発電所が停止した場合のリスク回避や、化石燃料の消費抑制のため』
 などとその理由を説明しています」



 響は、聞きにくくなる新聞記事の言い切り型語尾の文章を、
ひとつひとつ丁寧に言い変えながら、ゆっくりと新聞記事を読みあげていきます。
茶碗を口元に運び、それを軽く含んだ山本が満足そうに頷いています。



 「これで全国に50基ある全ての原発が、すべて停止をする見通しになりました。
 この結果、稼働ゼロにはしたくなかった経済界と政府の思惑は
 あてが外れ大飯原発を、泊原発の停止の前に再稼働をさせるという目論見は、
 事実上、間に合わなくなったようです。
 では、2つ目のニュースは、その大飯原発の再稼働の記事になります」


 響が手元から、もう一つの新聞を取り上げます。
「同じく4月27日付けの朝日新聞の紙面からです。」そう言うと
椅子の位置をずらして、山本に寄り添うような形でベッドへ近寄ります。
響がそうした行動をとるのは、決まって『これは長い記事です』という事前の
サインのようなものです。
山本もそれを充分に承知をしています。
背もたれへ寄りかかると、静かに目を閉じていきます。



 「夏の電力需要期を前に、関西電力の
 大飯原発3・4号機の再稼働をめぐる調整がヒートアップしているそうです。
 政府による住民説明会では、場外が大荒れとなりました。
 そうした一方で橋下大阪市長からは、増税のサプライズ発言もありました。
 大飯原発を巡る一つの記事の中に、ふたつのニュースが混在をしています。
 まずは、大飯原発の地元住民への説明会のニュースから読み上げます。
 26日夜、関西電力の大飯原発3・4号機の再稼働をめぐって開かれた
 地元住民を対象とした説明会の会場の外で、もみ合いが起こりました。
 反対派の人々が警察のバリケードを突き破り、
 乱入しようとしたことで、警察と市民団体の間で怒号などが飛び交いました。
 町外から来た再稼働に反対する人々が、
 会場に入れるよう求めたことが、騒ぎの発端だという事です。


  混乱をよそに行われた説明会で、経産省の柳澤副大臣は
 『おおい町の皆さんには、本当にご心配とご迷惑をおかけしましたことを、
 心からおわびを申し上げたいと思います』と述べました。
 詰めかけた町民550人を前に、柳澤経産副大臣は、
 大飯原発の安全性を強調したうえで、再稼働への理解を求めました。
 その後、集会に参加をした町民たちは口々に、
 『もっと、住民の命を守るということを真剣に考えていただければ、
 (大飯原発の)再稼働に賛成でございます」。
 という賛成の意見もあれば、一方で、
 『福島第1原発は安全です、事故は決して起こりません。
 そのように言い切って運営してきたものが、あのような事故の実態です。
 いくら安全だといわれても、福島の例が有る限り、絶対はありえない」
 などと本音を漏らしています。


  再稼働に賛成する意見や、安全神話が崩壊した今、
 再稼働を不安視する声が交錯した質疑応答は、およそ55分間にわたって行われ、
 全部で8人の町民が意見を述べたそうです。
 説明会後に感想を聞いてみると、町民は「きょう、このことだけで、
 おおい町のことを判断してもらうと、ちょっと早計すぎるとちゃうかな」、
 「おおい町には、もう働くところが原発しかないんです。原発がなくなると、
 もう(他に)働くところがないので」などと話していました。
 記事によれば、場内には賛成派だけで、
 反対している人たちはどうやら、最初から排除されていたような
 そんな気配がする説明会の様子です。


 「説明会を主催する政府サイドが、
 反対派を排除するというのは、すでに使い慣れた常套手段です。
 『やらせ』とはいいませんが、ほぼそれに近い状態での集会です。
 非常時だと言うのに、政府や電力会社の見識を疑いたくなるようなニュースですねぇ」



 山本の感想に、響が素直に頷いています。
『この夏に電力が20%近くも不足をしそうだという関西圏での反応は、実に微妙です。
その辺もからんで、記事の後半では各自治体の動向について書かれています。
続けて読んでもいいでしょうかと、新聞から目線を上げて、響が山本を見つめます。
その問いに応えて、山本も軽くうなずきます。



 「依然(再稼働にたいして)着地点が見えない大飯原発の再稼働のニュースです。
 関西電力は4月26日、関西の知事や市長たちへ、
 この夏の電力需給の見通しについての説明会を行ないました。
 関西電力の香川次朗副社長は『他社融通は、現状では目いっぱいの状況です。
 それから、夜は各電力が余っているというふうなご指摘での、
 もっと活用方法が、というのがありましたが、
 夜の調達というのは、慨に目いっぱいやっております』と話しています。
 これに対して滋賀県の嘉田知事は
 『言い方は悪いんですが、だだっ子のように「できない、できない」ばっかり
 言っているように思えてしょうがないんですけど。
 突破するための、企業としての戦略はお持ちではないんでしょうか」と述べています。



  厳しい発言を浴びせる知事たちの一方で、
 原発再稼働に真っ向から反対していた大阪市の橋下市長からは、
 意外な提案がありました。
 橋下市長は『もしこれ、再稼働を認めなければ、応分の負担がありますよということで、
 インセンティブ、すなわち僕は増税ということも検討に、
 具体策を立てなきゃいけないのかというふうに思いまして」と述べています。
 橋下市長は、再稼働をしなかった場合、
 自家発電を行う企業への燃料費補助などで、関西の住民に月およそ
 1,000円から2,000円の負担が必要になると指摘をしています。
 橋下市長は
 『府県民の皆さんに負担をお願いします。
 それが無理だったら、もう原発の再稼働をやるしかないと思いますよ」とも述べています。
 それぞれの思いが交錯する大飯原発の再稼働の問題は、
 電力の消費がピークを迎える夏場を前にして、それぞれにヒートアップをはじめました。
 有効な結論が見ないまま、原発事故から2度目の夏は、刻一刻と迫っている・・・・」



 そこまで読んで響が、新聞記事を締めくくりました。
山本が入院をしている3階の病室の窓からも、夏の気配が濃厚になってきた
桐生の市街地が望めます。
3.11から2度目となる夏を迎える日本列島は、停止したままの原発をかかえたまま、
また再びの、過酷な暑さを迎えようとしています・・・・






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