落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (2) 

2016-12-02 17:30:54 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (2) 
(2)食事中のたまと、こわもての板長



 「お母さんから芸者というものは、綺麗に座ることからその日のお仕事が
 はじまると教わりました」


 「なるほど。春奴お母さんなら、きっとそう言うはずです。
 その通りです。もじもじしないで、シャンと背筋を伸ばして畳に座る。
 そうすると誰でも美人になれます。
 大きなお姉さんたちと同じように、粋な芸者さんになれます。
 おや、おまえ。よく見ればそれは、春奴お母さんが大切にしてきた着物だねぇ。
 お前が着ているこれ。
 知っているかいお前。これは、結城紬の上物だよ」



 「へぇぇ。そうなんですかぁ、でもね。若女将・・・・
 肩上げと、おはしょりが付いているなんて、なんだか子供じみていて
 着ていて恥ずかしいかぎりです」



 「生意気を言うんじゃないよ。
 肩上げとおはしょりには、親の愛がこもっている。
 子供の成長に合わせて着物のサイズを調節するのが、肩上げとおはしょりだ。
 すこやかに育ってほしいという願いを込めて、ひと針ひと針縫いあげる。
 肩上げを外す日は親にとって寂しい日になる。
 もうこれ以上、おおきくならないことを、認めることになる日だからね。
 たとえ1センチでもいいから親は、子供の成長を願う。
 それがおはしょりと、肩上げさ」


 『ほら。たまが居ました』若女将が立ち止まる。
老舗旅館の裏手の路地だ。
食事中のたまと、それを見守っている板長の姿がそこに有る。
板長の鋭い目が若女将と、うしろに隠れている清子の様子を振りかえる。
食事中のたまも気配に気がつき、頭をあげる。



 たまの小さな頭が、面倒くさそうに振り返る。
『なんだ。清子か・・』フンと鼻を鳴らし、ふたたび食事にとりかかる。



 「ここで、板長をしている銀次さんです。
 見た通り、顔も怖いが性格も荒い。曲がったことが大嫌いなお方です。
 高価な盆栽の松だろうが、気に入らないと真っ直ぐに伸ばしてしまうそうです。
 おまえもこれから、この湯西川で仕事するんだ。
 丁重にご挨拶をしておきなさい。
 お前の大切な未来が、かかっているからね。
 この子猫以上に可愛がってもらえるかどうかの、大事な瀬戸際です。
 うふふ」



 「おいおい、若女将。まいったねぇ。
 根拠もなく、子どもを脅かすんじゃないよ。
 見ろ。本気にしてるじゃねぇか。怯えた顔をしているぞ。
 おう。お前。食い物に、好き嫌いがあるか?。
 嫌いなものが有るのなら、今のうち、ぜんぶ俺に白状しておけ。
 湯西川の旅館全部に『清子はこれとこれが嫌いだから、絶対に出すんじゃねぇ』
 と回覧を出してやる。
 どうだ。有るのか無いのか、食い物で嫌いなものは」


 「お母さんが好き嫌いは言うなと、日頃から厳しく申しております」



 「当たり前だ。
 泣く子も黙る辰巳芸者の春奴姐さんといえば、粋が信条のお方だ。
 そのくらいのことを言えと、おめえさんをしつける。
 だがよ。遠慮することはねぇ。
 誰にも言わねぇ、俺とお前だけのここだけの話だ。
 嫌いな物があるんなら今のうち、はっきりこの俺に言え。
 こう見えても怖い顔をしているが結構、役に立つんだぞ、この俺さまは」



 「たとえ嫌いなものであっても、すすめてくれるお客様の前では
 にっこり笑い、『いただきます』とお礼を言います。
 食物は、たとえ嫌いなものであっても、後になってから人の身体の
 血となり骨となり、活力の源になるそうです」


 「まいったねぇ。若女将。
 子供だと思っていたら、見事に一本取られちまった。
 弟子はもう取りませんと言っていた春奴姉さんが、この子だけは特別にと、
 見込んだだけのことはありそうだ。
 お前はよう。いまも現役で頑張っている伝説の辰巳芸者の春奴が、
 20年ぶりに手がける、久しぶりの赤襟だ。
 春奴と同じように俺も、お前さんの成長が、なんだか楽しみになってきたぜ」


 
 「ごめんなさい。銀次親方。
 清子に、嫌いなものがひとつだけあります」


 「お?、なんでぇ、気が変わったか。
 やっぱり有ったんだな嫌いなものが。遠慮しないで正直に言ってみな」


 「ウチ。化学調味料がだいの苦手です・・・・」



 「ああ?、何を言い出すかと思えば、化学調味料が苦手だと?。
 へぇぇ・・・いまどき流行りの味の素だの、ハイ・ミーなどの化学調味料のことかい。
 安心しな。俺ンところではそういうものは一切使わねぇ。
 カツオと昆布で、ちゃんと出汁を取る。
 なんでぇ。おめえさんは、化学調味料が苦手なのかい?」


 「はい。舌がピリピリ痺れます」



 「なるほどねぇ。ガキだと思ってあなどっていたら、こいつは驚いた。
 子どものくせに、まともな舌を持っている。
 いまどきのいい加減な調理人たちは、流行りの化学調味料をやたらと使う。
 手間をかけず、簡単に仕事を済まそうとする。
 だが安心しな。
 本物の和食を作っている俺たちは、そんなものは使わねぇ。
 旨いものをたらふく食わせてやるから、早く一人前の芸妓になって、
 お座敷へ上がってこい。
 楽しみにしているぜ、俺も。お前さんがお座敷にやって来る、その日を」


(3)へつづく

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1 コメント

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化学調味料 (信州屋根裏人のワイコマです)
2016-12-04 07:24:06
落合様も・・その道のプロとして、その化学調味料は
使われていたはず・・いまどき化学調味料を使わない
食材って・・あるのか?? 疑問ですね・・
でもお金を出せば、本当の自然食品が手に
入ります
我が家の畑も無農薬野菜ですが・・半分は
虫たちのエサになっています。

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