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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(39)オリーブの島 

2020-10-25 17:33:37 | 現代小説
上州の「寅」(39)


 「いまから15年前だ。
 作業小屋の換気口に見慣れぬものがあった。日本ミツバチの巣じゃ。
 ほう。こんな島にも日本ミツバチがいたのか。
 それがわしとハチの出会いじゃ。それからわしの養蜂がはじまった」


 自転車店の店主・麦わら帽子の老人は、小豆島における養蜂の先駆者。
大学や専門家たちに聴きながら試行錯誤の養蜂を学んだ。
いまは七ヶ所の畑に巣箱を置き、年間50キロのハチミツを採るという。


 「ひとつの巣箱に1匹の女王バチがいて、群れが暮らす。
 群れの大きさは様々だ。たいてい1万~2万匹。
 収穫は一年に一度。
 とれたはちみつは売らん。
 ちかくの人へおすそわけじゃ」


 「もったいないです・・・高価なのに」


 「欲をかくとロクなことがねぇ。
 日本ミツバチがたくさんいて、いろんな花があちこちで咲く。
 そんな風景を子や孫にのこせれば、それで充分だ。
 この島の自然の素晴らしさを残すのは、若いおまえさんたちの仕事だ。
 だからおまえさんたちに協力することにした」


 老人が目をほそめる。


 「さて。店へ戻るか」


 老人が腰を上げる。


 「あの・・・わたしたちは?」


 「わしの養蜂の原点、作業小屋を自由に使え。
 軽トラックと自転車は、大前田氏が買いそろえた。
 ただし小屋へ住むのは女の子2人じゃ。
 そっちの兄ちゃんは、わしといっしょに店で暮す。
 7歳にして席を同じゆうせず。転ばぬ先の杖じゃ。
 あっはっは」
 
 作業小屋は目の前にある。
古びた店の外観よりまだ古い建物だ。だいじょうぶか?、こんなぼろ小屋で?。


 「心配せんでいい。外観は古いが中は作り直した。
 快適とはいわんが2人が暮らすには十分だろう。
 あ、風呂とトイレはないぞ。そちらは母屋で用を足せ」


 行くぞ若いのと、老人が母屋へ戻っていく。
寅があわてて老人のあとを追いかける。
高台のここから海がひろがる。瀬戸内の青い海だ。
海面をさえぎるようにオリーブの木が、葉をさわさわと揺らしている。


 「そういえばここはなんでオリーブの島と呼ばれているのですか?」


 「そんなことも知らずに来たのか、おまえさんは?」


 「すいません。ぼく、デザイン専攻の美大生です」
 
 「美大生?。テキヤかと思ったら絵描きか。おまえさんは。
 日本にオリーブオイルが持ち込まれたのは文禄3年(1594年)。
 オリーブの樹がはじめて植えられたのは江戸時代末期の文久2年(1862年)。
 場所は横須賀じゃ。
 その後1879年(明治12年)に神戸の温帯植物試験所でフランス産オリーブの
 栽培に成功した」


 「ここじゃなかったのか。オリーブの発祥は」




(40)へつづく