上州の「寅」(39)

「いまから15年前だ。
作業小屋の換気口に見慣れぬものがあった。日本ミツバチの巣じゃ。
ほう。こんな島にも日本ミツバチがいたのか。
それがわしとハチの出会いじゃ。それからわしの養蜂がはじまった」
自転車店の店主・麦わら帽子の老人は、小豆島における養蜂の先駆者。
大学や専門家たちに聴きながら試行錯誤の養蜂を学んだ。
いまは七ヶ所の畑に巣箱を置き、年間50キロのハチミツを採るという。
「ひとつの巣箱に1匹の女王バチがいて、群れが暮らす。
群れの大きさは様々だ。たいてい1万~2万匹。
収穫は一年に一度。
とれたはちみつは売らん。
ちかくの人へおすそわけじゃ」
「もったいないです・・・高価なのに」
「欲をかくとロクなことがねぇ。
日本ミツバチがたくさんいて、いろんな花があちこちで咲く。
そんな風景を子や孫にのこせれば、それで充分だ。
この島の自然の素晴らしさを残すのは、若いおまえさんたちの仕事だ。
だからおまえさんたちに協力することにした」
老人が目をほそめる。
「さて。店へ戻るか」
老人が腰を上げる。
「あの・・・わたしたちは?」
「わしの養蜂の原点、作業小屋を自由に使え。
軽トラックと自転車は、大前田氏が買いそろえた。
ただし小屋へ住むのは女の子2人じゃ。
そっちの兄ちゃんは、わしといっしょに店で暮す。
7歳にして席を同じゆうせず。転ばぬ先の杖じゃ。
あっはっは」
作業小屋は目の前にある。
古びた店の外観よりまだ古い建物だ。だいじょうぶか?、こんなぼろ小屋で?。
「心配せんでいい。外観は古いが中は作り直した。
快適とはいわんが2人が暮らすには十分だろう。
あ、風呂とトイレはないぞ。そちらは母屋で用を足せ」
行くぞ若いのと、老人が母屋へ戻っていく。
寅があわてて老人のあとを追いかける。
高台のここから海がひろがる。瀬戸内の青い海だ。
海面をさえぎるようにオリーブの木が、葉をさわさわと揺らしている。
「そういえばここはなんでオリーブの島と呼ばれているのですか?」
「そんなことも知らずに来たのか、おまえさんは?」
「すいません。ぼく、デザイン専攻の美大生です」
「美大生?。テキヤかと思ったら絵描きか。おまえさんは。
日本にオリーブオイルが持ち込まれたのは文禄3年(1594年)。
オリーブの樹がはじめて植えられたのは江戸時代末期の文久2年(1862年)。
場所は横須賀じゃ。
その後1879年(明治12年)に神戸の温帯植物試験所でフランス産オリーブの
栽培に成功した」
「ここじゃなかったのか。オリーブの発祥は」
(40)へつづく

「いまから15年前だ。
作業小屋の換気口に見慣れぬものがあった。日本ミツバチの巣じゃ。
ほう。こんな島にも日本ミツバチがいたのか。
それがわしとハチの出会いじゃ。それからわしの養蜂がはじまった」
自転車店の店主・麦わら帽子の老人は、小豆島における養蜂の先駆者。
大学や専門家たちに聴きながら試行錯誤の養蜂を学んだ。
いまは七ヶ所の畑に巣箱を置き、年間50キロのハチミツを採るという。
「ひとつの巣箱に1匹の女王バチがいて、群れが暮らす。
群れの大きさは様々だ。たいてい1万~2万匹。
収穫は一年に一度。
とれたはちみつは売らん。
ちかくの人へおすそわけじゃ」
「もったいないです・・・高価なのに」
「欲をかくとロクなことがねぇ。
日本ミツバチがたくさんいて、いろんな花があちこちで咲く。
そんな風景を子や孫にのこせれば、それで充分だ。
この島の自然の素晴らしさを残すのは、若いおまえさんたちの仕事だ。
だからおまえさんたちに協力することにした」
老人が目をほそめる。
「さて。店へ戻るか」
老人が腰を上げる。
「あの・・・わたしたちは?」
「わしの養蜂の原点、作業小屋を自由に使え。
軽トラックと自転車は、大前田氏が買いそろえた。
ただし小屋へ住むのは女の子2人じゃ。
そっちの兄ちゃんは、わしといっしょに店で暮す。
7歳にして席を同じゆうせず。転ばぬ先の杖じゃ。
あっはっは」
作業小屋は目の前にある。
古びた店の外観よりまだ古い建物だ。だいじょうぶか?、こんなぼろ小屋で?。
「心配せんでいい。外観は古いが中は作り直した。
快適とはいわんが2人が暮らすには十分だろう。
あ、風呂とトイレはないぞ。そちらは母屋で用を足せ」
行くぞ若いのと、老人が母屋へ戻っていく。
寅があわてて老人のあとを追いかける。
高台のここから海がひろがる。瀬戸内の青い海だ。
海面をさえぎるようにオリーブの木が、葉をさわさわと揺らしている。
「そういえばここはなんでオリーブの島と呼ばれているのですか?」
「そんなことも知らずに来たのか、おまえさんは?」
「すいません。ぼく、デザイン専攻の美大生です」
「美大生?。テキヤかと思ったら絵描きか。おまえさんは。
日本にオリーブオイルが持ち込まれたのは文禄3年(1594年)。
オリーブの樹がはじめて植えられたのは江戸時代末期の文久2年(1862年)。
場所は横須賀じゃ。
その後1879年(明治12年)に神戸の温帯植物試験所でフランス産オリーブの
栽培に成功した」
「ここじゃなかったのか。オリーブの発祥は」
(40)へつづく