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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(6) 第一話 ベトナムがやってくる ⑥

2018-12-07 18:26:17 | 現代小説
北へふたり旅(6) 




 3月1日。朝から農場が騒がしくなった。
Sさんの発言が火種になった。

 「3日にベトナムがやって来る。
 寮はこちらで用意するという決まりだ」

 「寮を用意する?。聞いていません。
 こちらで滞在のためのアパートを、用意するということですか?」

 突然の話に、奥さんの目が丸くなる。

 「そういうことだ。
 安心しろ。アパートは昨日おれが契約してきた」

 「借りただけでは住めないでしょう?」

 「そうだな。
 とりあえず寝るための布団と、カーテンくらいは必要だろう。
 おまえ。用意しておいてくれ」

 奥さんの顔が青くなる。

 「なに言ってんの、あなた。
 蒲団とカーテンだけで、3年間も住めると思ってるのですか!。
 暮らすためには準備があります。
 ああ・・・もう~あなたったら、呑気なんだから。
 甘いったらありゃしない」

 「無理か。布団とカーテンだけじゃ・・・」

 「当たり前です!」

 たった2日で、借りたばかりのアパートを住めるようにするのは至難の業。
そばに居た妻がしゃしゃり出た。

 「奥さん。私も手伝います」

 「助かるわ。こういうとき、男は役にたたないもの。
 掃除も必要だし、日用品も買い揃えなきゃいけないし・・・
 手分けして、準備しましょう」

 奥さんと妻が母屋へ消えていく。
Sさんが借りたのは、隣村の古い木造の一軒家。
一ヶ月の家賃は4万円。
トイレは、汲み取り式だという。
いまでも残っているのだろうか。そんな古式なトイレが。

 Sさんは万事こんな調子。
作業中。ときどき居なくなることがある。
用事を思い出したのだろう。
または忘れていたなにかを思い出し、あわてて動き始める。

 Sさんの頭に、ものごとの優先順位はない。
思いついたらそく実行にうつす。それを信条とする。
計画性はない。
ゆえに奥さんは、Sさんに振り回される。

 「まったくもう、うちのひとときたら・・・」

 今日もまた奥さんは、Sさんのしりぬぐいに走り回ることになる。
(遅くなりそうです。今日は)
助手席から顔をだした妻が、そんな風につぶやいた。


(7)へつづく