落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (31)深夜の独り言 

2014-06-26 14:11:44 | 現代小説
東京電力集金人 (31)深夜の独り言 


 
 風の音を聞きながら、ぼんやりとテレビの画面を眺めていた。
「大好き」とささやいたるみのひとことが、いつまで経っても耳から消えず残っている。
発達した南岸低気圧は、予報通りの強風を夜半になっても吹き荒らしている。


 屋根に積もった雪が時々強風にあおられて、大きな音を響かせながら地面へ落ちる。
水分を含んでいるのか、それとも、強風のせいで氷の塊に変ったせいなのか、
ずしりとした地響きを立て、実家の2階の屋根から雪の塊が落ちてくる。
るみはもう寝たんだろうか・・・寝室のある天井をふと見上げてみる。


 俺たちは恋に落ちたんだろうか、と考え始めた。
どちらからともなく連絡を取り合い、時間を決めて、いそいそと外で行き合う。
何度も手を手つないだことは有るが、今夜の様にキスを交すのは初めてだ。
自分が鬱であることを明かしてからの愛の告白だ。
さすがに効いたなぁ、と、唇に手を置き、なぜかにんまりと笑っている自分が居る。


 だが正直な話。俺にとって3年前に起きた3.11は、すでに過去の話だ。
3月が近づくとどこのテレビ局でも、あの日の記憶をこれでもかとばかりに呼び起こす。
特集だ、特番だと称して、見たくもない津波の画像をふたたび画面に流しはじめる。
東電に対する風向きが、微妙に変わってくるのもこの頃からだ。
悪夢の再現とともに、必ず福島第一原発の廃炉問題がセットとして取り上げられる。


 たかだか事故から3年で、廃炉問題に進展があるはずがないだろう。
もともと40年はかかるだろうと言われている、前例のない重大な事故だ。
放射能の濃度が下がるまでは、原子炉に人が近づけない。
溶けている核燃料がこれ以上暴走をしないように、水で冷却しながら、ひたすら濃度が
下がるまで時間を稼ぐしか対策がない。
壊れた外観は綺麗に補修されたが、内部には、なにひとつ手が入っていない。



 当たり前だろう。
原子炉が有る建屋の中は、いまだに高濃度の放射能によって汚染され続けているからだ。
致死量を超える放射能が、人が内部で作業することを拒み続けている。
溶解した核燃料を取り出す方法は、いまだに未開発のままだ。
出来ることと言えば、使用中だった核燃料がこれ以上暴走しないように、ひたすら水を
かけて冷却をしながら、放射能が半減していく時間を待つことだけだ。
高濃度に汚染された冷却水が、福島で累々と増え続けるのは、誰が見ても当たり前のことだ。
なんの対処方法も見つからずただ遠くから、絶対に消えることのない危険な火災を、
ただ指をくわえて、見守ることしか出来ない状態だからだ。


 だが・・・るみが3,11のせいで、心に深い傷を負っている事実にはさすがに衝撃を受けた。
浪江町の出身と知った瞬間から、もっとそういった可能性に気が付きべきだった・・・・
と、いまさらながら、自分の甘さに後悔を感じている。
るみを愛し始めている自分の気持ちに、狼狽を覚えているという意味じゃない。
東北の出なら、心の痛手は受けているだろうということに配慮のいかなかった自分を、
ただただ悔いているだけだ。



(お前よう。もっと厳しく自分の生きざまを見つめろ。
不甲斐ねぇなぁ。いつまでも自由気ままに、ノホホンと生きるんじゃねぇよ。
目標と言うか、生きるための目的を見つけろ。いい加減、シャキッと生きろ、まったく!)
とソフトボールチームの先輩たちが、一杯飲むたびに必ず俺に向かってそう指摘する。



(このあいだまで、コンビニのバイトを転々としていたかと思ったら、
今度は180度方向を変えて東電の集金人か。いったいなんのために大学を出たんだよ。
東電の集金人が悪いとは言わないが、なんでその若さで集金人になんかなるんだ。
夢がないのかお前には。集金人なんて仕事は、歳をとってからでも出来る仕事だろう。
嫁に行ったお前の姉さんも、おふくろさんも、心配で夜もろくろく寝られないそうだ)
悪気はないのだろうが、ことあるたびに先輩たちは、そんな話を平気で俺に暴露する。

 庭へ、どさりと落下した雪の音に、思わず我に返った。
深夜のテレビは、200台以上が立ち往生している国道18号の今の様子を映し出している。
炬燵から這い出した俺は、庭に面している厚手のカーテンに手をかけた。
大きな音を立てて落ちた、雪の正体をこの目で見届けたかったからだ。
カーテンを開けて、思わず俺は自分の目を疑った。


 玄関の脇に停めてあるはずのおふくろの軽乗用車の姿が、まったく見えない。
いや。正確にいえばおふくろの車は、すでに雪に埋もれて確認ができない状態になっている。
車の屋根に積もっている雪の厚みは、おそらく60センチをゆうに超えているだろう。
車一台をすっぽりと埋没させたのは、強風にあおられて屋根から落下をしてきた
大量の雪のせいだろう。


 それにしても、想像を絶する雪の降り方だなとつぶやいた瞬間、
『このままの勢いで降り続けたら、明日の朝には、いったいどんな事態に発展するんだ?・・・』
と思わず俺の背筋が、ぞくりと音を立てて震えた。



(32)へつづく

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