落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (25)また大雪がやってくる?

2014-06-14 09:18:41 | 現代小説
東京電力集金人 (25)また大雪がやってくる?



 るみの選んだ映画は、ラブロマンスだった。
最近の映画館は、巨大規模を誇るショッピングモールの中に有る。
数年前に近郊に巨大なショッピングモールが誕生したばかりだが、県の東部にまた、
新たにイオンが主導するショッピングモールが誕生した。

 イオンと言えば聞こえはいいが、実際はテナントをかき集めた賃貸の商店街だ。
ショッピングモールの中に、イオンの名を冠する売り場はまったく存在しない。
商店街の様に細長い通路の左右に、賃貸契約による洋品店と雑貨店ばかりが並んでいる。
集客の目玉として、映画館が併設されているのもイオンモールの特徴だ。

 映画館は、300メートルほどの通路の突き当りに作られている。
イオンモールは何故か、直線的に通路を造らない。
全体的に緩やかに、かつ先端が見えないように大きく湾曲をしている。
通路の端に立つと商店街の約半分が、完全に視界から隠れる。
散策か散歩の気分で、延々とウィンドショッピングを続けさせることが狙いだ。
先が見渡せないと人は、その先までわざわざ好んで覗きに行くから不思議だ。
そうした客の心理を計算して、イオンは最初から、わざと湾曲した商店街を作りあげる。


 映画館を出た後、閉店間際で閑散としている通路をるみと、2人で並んで歩いた。
ふとした拍子に触れたるみの指先を、思わず反射的に捕まえた。
ぎゅっと握りしめたら、るみも力を入れて握り返してきた。

 10時が近づいてくると、人の流れは駐車場へ無言で急ぐ。
無印良品の店先を通り過ぎようとしたとき、るみが何かを見つけて立ち止まった。
目に停めたのは、鮮やかなオレンジ色をしたネックウォーマーだ。


 「暖かそうだわねぇ。また大雪が降るというし。
 少し早いけど、バレンタインの前祝いとして、太一の首へプレゼントしょうか」


 言うが早いか、ぱっと商品を手にしたるみがスタスタと閉店間際のレジへすすむ。
「いりません包装は」と断ると商品を手にしたまま戻ってきて、俺の首へ「はい」と、
買ったばかりのネックウォーマーを手早く被せる。
「暖かいでしょ。バイクで外回りの仕事だもの。一度使うと手放せなくなる。
発達した低気圧がまた東日本の沿岸にやって来て、大雪を降らせるそうです。
先週よりも規模が大きいと言っていたけど、本当に、また大雪が振るのかしらねぇ」
首の周りでだぶついているネックウォーマーを、てきぱきと手直ししながら、
「首ったけという意味じゃないから、誤解なんかしないでね」と、
悪戯っぽく片目をつぶってみせる。

 (じゃ、どういう意味なんだよ)と突っ込もうとしたら、るみがするりと先に逃げた。
「いつもの屋台へ急ぎましょう。あたしもう、お腹、ペコペコなんだもの」と、
ずる賢い微笑みを浮かべて、スキップをする。

 「途中から雨に変わるそうだから、前回ほどは積もらないだろう。
 しかし2週続けての大雪予報とは恐れ入った。
 田舎道の日蔭にはまだ先週降った雪が、カチカチに凍ったままいまだに残っている。
 ほんとだ。首の回りがぽかぽかしてきて暖かいな、これ。
 なかなかに優れものだな、ネックウォーマって。
 なるほど。君が言うように、確かに手放せなくなりそうだ、便利過ぎて」

 「うふふ。気に入ってくれてありがとう。でも、本当のお楽しみはこれからです。
 バレンタインの日には、とっておきのプレゼントをあげるから、乞うご期待です」


 「と、とっておきのプレゼント・・・・も、もしかして!それって!。」


 「過剰な期待はしないでね。簡単にあげるはずが無いでしょう、身体なんか。
 あんた、どうにかならないの。おおげさに反応をしすぎる、その好色な目つきは。
 女によっぽで飢えているのねぇ、あんたって。
 どう見ても、まるっきり、欲求不満の塊に見えるわ」


 「ふん。大きなお世話だ。男がすこぶる健康な証拠だ。好色の目つきをするのは。
 なんだよ。お前さんみたいな貧乳女になんか、興味はねぇ!」

 「あら。悪かったわね、貧乳で。
 これでもいいって言い寄ってくる男性はたくさんいるのよ。
 ネックウォーマは手切れ金代わりとしてさし上げますから、今日のデートは
 もう、これで打ち切りにしましょ」

 「怒ったのかよ。急に態度を豹変させるなよ。。
 映画のあとは、いつもの屋台で、仲良くラーメンを食う約束だろう?」


 「油断していると、肉食系のあんたにペロリと食べられてしまいそうだもの。
 今日のところは、遠慮しておく。
 太一が好色そうな眼を見せたら気を付けろと、お母さんからも忠告をされているもの。
 あんた。いまだにベッドの下に、大量のエロ本を隠しているんだって?
 テンションがあがると、目がピンク色に変わるから、わかりやすいと教えてくれた。
 映画でロマンチックな気分にひたった直後だもの、今日はまっすぐ帰ろうよ。
 9時過ぎに食べると太るし、これから屋台によってラーメンを食べると、
 帰りは12時近くなる。トマト農園の朝は早いのよ。
 朝の6時頃から、ビニールハウスでの作業がはじまるの。
 あら。なんでせっかくつないだ手を離しちゃうのよ?
 いいじゃないの、手ぐらいつないだままでも。このまま帰ろう、車まで。うふふ」



(26)へつづく

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