落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ、桐生(43)  維新の道と高瀬川 (3)

2012-06-16 09:46:41 | 現代小説
アイラブ、桐生(43)
第1章 維新の道と高瀬川 (3)


(京友禅の色差し)



 三条通りが高瀬川をまたぐ所に、
長さよりも横幅のほうが有りそうな三条小橋が架けられています。
その東の角には、幕末に暗殺をされた「佐久間象山先生遭難之碑」が建っています。
佐久間象山は東西の両学に通じ、勝海舟や吉田松陰、坂本竜馬らを教えを受けた学者です。
開国論者の急先鋒として活躍をしましたが、池田屋事件の一カ月後に
この地で暗殺されてしまいました。



 幕末から維新の前夜までは、
さまざまな立場の人たちが入り乱れて、京都の各地でさまざまな殺し合いが起こります。
この象山の碑のすぐ前に建っているのが、有名な旅館「幾松」です。



 近所にある長州藩邸の控え屋敷には、桂小五郎が居住をしていました。
幾松というのは、その小五郎がひいきにしていた三本木の芸妓の名前です。
明治維新後には木戸孝充と名乗り、松子と名を変えた幾松と結婚をしました。
明治維新が産んだこの恋は、小五郎が45歳の若さで亡くなるまでの
わずか15年間で、終止符が打たれてしまいます・・・・


 幕末から明治維新へと歴史を動かしてきた京都では、
運命に翻弄だれながらも、たくましく生き抜いていった青年たちがたくさんいます。
そんな青年たちを支え、健気に時代を生き抜いた女性たちもまた、
同じくたくさん存在をした町です。



 京都は勤皇と佐幕とに別れた二つの青春が、命をかけて
日本の未来のために、しのぎを削り合いながら夜明けの扉を開けた町です。
それらを支えた女たちや、京の町方の人々もまた、同じ時代を
彼らと共に、見えない未来を見つめながら誇り高く生き抜いてきました。





 高瀬船が往来したこの川は、これらの維新の立役者たちと、
それを支えた人たちのすべての思いを見つめながら、今も静かに流れています。
そんな維新の足跡を見つけるたびに、その場所から、
いつものようにまた、今日もスケッチを始めます。


 京都の盆地特有の気候を持っています。
夏はとても蒸し暑く、冬はすこぶるの底冷えがやってきます。
この日は朝から快晴のままで、気温が青天井のままぐんぐんと上昇しました。
やがて、川辺の柳がそよとも動かないうだるような暑さが満ちてきます。
こういう日には、かならずといっていいほど夕立がやってきます。
夕立が来るその前に、日差しが陰りました・・・・
日差しを遮ぎったのは、ひとりのご婦人がさす日傘でした。



 「今日も書いてるね、ぼうや。 うん、(思った通り)なかなかにいい絵だ」



 覗きこんできたのは、お袋と同じ年代と思える和装の女性です。
藍色の作務衣(さむえ)に、さっぱりとした短い髪で、艶やかで涼しそうな気配をもつ
目元が、とても穏やかに笑っていました。
くるりと日傘がひるがえった瞬間、一瞬だけ視線を横切る見事な花柄が通過しました。
気になりました・・なんだったんだろうと思って見上げると、


 「あぁ、これかい?
 これは、あたしが描いたカキツバタさ。
 すこし大きすぎて、派手に書きすぎたと思っているけど。
 これはあたしの『代名詞』だよ。
 そうかい、ぼうやは、これを気にいってくれたかい」



 その日傘をもう一度、うれしそうにクルリと回してから、
パタンと閉じて、私の目の前にご婦人が惜しげもなくさし出してきました。



 「あげるよ。
 ぼうやのいい絵をみせてもらったから、これはそのご褒美さ。
 でもね、問題がひとつだけあるの。
 これは、雨が降る日に使っては絶対にだめですょ、
 ただ書いただけで、防水加工はまだ施してないの。
 まったく他には使い道がないという、ただの日傘です」



 押しつけるようにして日傘を置くと、そのまま立ち去ろうとします。
くるりと背中をむけたとき、作務衣の肩口にも代名詞だと言うカキツバタが
見事にすくっと一輪だけえがかれています。
それがまた、素足の足元の真っ赤な鼻緒の下駄ともよく合っていました。
何か言おうとしたら、そのご婦人に先手をとられてしまいました。



 「そこにある「順平」という、天ぷら屋さんは知ってるかい?
 角を上がって、2本目の路地のちょいと先にある、とてもちっぽけなお店だよ。
 あたしはときどき、そこで呑んでいるから遊びにおいで」



 そのまま立ち去りかけて、また振り返りました。




 「あやしいものじゃないよ、あたしの名前は、お千代です。
 このあたりの界隈では、少しは知れた女です。
 そういう坊やも同じです。
 この暑いのに、ひと月近くも毎日画をかいている変わり者だもの。
 もうこのあたりでは、ぼうやもすっかり有名人です。
 どんな絵を描いているのかと興味があったもんで、見せてもらいました。、
 いい絵じゃないか。趣味で描くにはもったいないよ。
 でも、それで飯を食うとなると、少しだけ早いかもしれません。
 あ、それは言ってはいけない、あたしの余計なひとことだ・・・・・
 ごめんねぼうや。気を悪くしないで頂戴。
 そいじゃもう行くよ。
 いつでもいいから、きっと遊びにおいで」





 お千代さんと名乗った女性は、それだけ言うと、
下駄のいい音をカラコロと響かせながら、その先の角をあっというまに消えてしまいました。
手元には、あたしが描いたというカキツバタの日傘が残りました。
広げてみました。
ワンポイントで書かれた、見事な大輪のカキツバタが一輪あらわれました。
驚ろいたことにそれは、見事なまでの京友禅です。





 「おとめ座で、血液はA型。
 きわめて典型的な、真面目人間だと自分では思ってる」


 目を細めて悪戯っぽく笑っているお千代さんです。



 「旦那は、箔屋、(金箔工芸師)だ。
 金箔は京友禅でも使われている伝統的な職業です。
 まぁはっきり言って腕は良い。
 でもさぁ20数年も連れ添うと、もう、いまさらときめきは無くなるし、
 一人娘も社会人になったら、まったくもって寄りつきもしない。
 家付き、年寄り付きでお嫁にやって来て
 気がついたら、おじいちやんは鼻歌で、おばあちゃんはうたた寝の日々だ。
 毎日のメシ作りがつらいし、飽きてきた。
 べつに料理が嫌いなわけじゃないけれど、一日三回も食べなくても・・・・
 なんて、ついつい思ったりしている今日この頃だ。
 あたしって、不謹慎すぎるかな? 」



 てんぷら屋の「順平」のカウンターです。
繁華街の隠れた片隅とはいえ、河原町にもほど近く、町屋の中につくられたお店です。
てんぷら屋の暖簾とくれば、店に入るのにはそれなりの度胸も要ります。
高いという評判は良く聞いていましたが、この一帯のお茶屋さんや、
小料理屋さんの値段のことなどは、一切わかりません。
来てはみたものの、どうしょうかと二の足を踏んでいたら、
いきなりポンと、背中を叩かれました。



 「遠慮しないで入りな。
 たかが天ぷら屋の勘定なんか、
 よちよち歩きのぼうやに払わせるほど、お千代さんは野暮じゃない。
 さあ、おいで」


 今日は、和装ではなくシンプルな洋服姿のお千代さんです。
でもその胸元には、今日も綺麗に一輪のカキツバタが咲いていました。



 「こらこら。
 大人の胸元を、そんなに真剣な目で見ないでおくれ。
 余り見られると、さすがの私も気恥ずかしい。
 若い娘なら、たっぷり見られても甲斐が有ると思うけれど、
 もう、すっかりと姥桜だもんねぇ・・・」



 しっかりと、勘違いをされてしまいました。
胸に見とれたわけでは無く、見事なカキツバタに見とれていたのです。


 「な~んだ、勘違いかぁ・・・あ~あ・・・・つまんない。
 久々に男に見つめられて、正直やっぱりときめいて、ドキドキとしたのに。
 なんだ、ただのあたしの勘違いかぁ」



 納得をしたあげく、今度はカウンターで高笑いをしています。
天ぷら屋の「順平」は、ご主人(金箔師)の同級生が経営しているお店です。
コの字の形をしたカウンターは、せいぜい5~6人が座れば、
いっぱいになってしまうだろうという、小さな店構えです。



 「4人か5人も来れば商売になるんだから、
 まったくいいお仕事だ。
 わたしなんか、朝から晩まで座ったきりで、たいして稼ぎもないままに
 くたびれきった亭主と、もう4半世紀も過ごしたままだ。
 ああ、絵を描いているだけで、もうこのまんま、
 私の人生は終わりかな」



 「この人は、この界隈では、
 カキツバタのお千代はんと呼ばれているお人で
 友禅染の世界では、ちょっと名の知れた有名なお人です。
 腕はよいのですが、酔っ払うとお人が変わります。
 他はなにひとつ申し分がないのですが、そればっかりが、玉にきずです。
 お千代ちゃん、この子かい。
 川っぺりで絵を描いているという、天才の原石は 」



 「そうそう、私がそこで拾ったの。
 本当に変わっていてね~、もうひと月近くにもなるの。
 この暑いのに、毎日毎日そこの川筋で熱心に画をかいてるの。
 そう言えば、カキツバタばかりを書いていたあの頃の私の昔を思い出して、
 ついつい声をかけちゃった。
 呑める?
 じゃあこの坊やにも、もう一本つけてあげて」



 京友禅は手書きではなく、染め物ですかとお千代さんに尋ねてみました。
京友禅に興味があるなら、仕事場でその様子を見せるから、
今度、遊びに来いという話になりました。



 「説明をしても、あたしの所は煩雑だから、解りにくいわね。
 それを貸してごらん、地図をかいてあげる」




 そう言われて、いつも持ち歩いているスケッチブックを手渡しました。
お千代さんは、鉛筆を片手に適当な余白を探していましたが、
ふと止まったその手がまた、表紙のほうへ戻っていきました
今度は最初のページから一枚ずつ、時間をかけて見つめ始めます。
ずいぶん時間をかけ丁寧に見てから、最後のページをあらためて開け、
自宅への地図を書き始めました。




 私がスケッチ用に使っている鉛筆は「B」です。
濃くもなく薄くもなくて使いやすい色合いですが、柔らかすぎるのが難点です。
この鉛筆で均一の線を引くためには、見た目以上に技術が要ります。
お千代さんの軽やかに動くその手元の様子に、思わずクギづけになりました。



 鉛筆は、滑るように走ります。
強弱の乱れがいっさいない、安定した直線と、まろやかすぎる曲線が
次々と、実に綺麗に引かれ続けていきます。
宙に浮いたままの手首は静かに動いて、緩むこともなく
縦横に動き、魂まで籠っているような線を生み出し続けていきました。
線は腕全体で書くという、よどみのない職人の業、そのものでした。




 「はい、これなら迷わずに来られるでしょう。
 アトリエと言っても、あたしのところは、普通の家の8畳間だから
 余計な期待はしないでね。
 昼間はいつでもお仕事していますから、坊やの都合でいつでもどうぞ」


 受け取った地図は、すべて均一の線で描かれた、とてもわかりやすい地図でした。
間違わないように、ところどころにも説明書きなども添えてあります。
その下のほうに、何か小さくコメントが書いたありました。





 「坊やの画には、ささやかな心の迷いと線の乱れが有りますが、
 それ以上に、とても大きな探し物をしているようです。
 さてさて、ぼうやが探している、その大きな探し物とは一体なんでしょう。
 おばさんは、そのことに、大変、興味がわいてきました 」