君とともに生き、君とともに逝くのならば、僕は君の為に生きよう。

真城灯火の小説ブログです。
二次小説とオリジナル小説の置き場となっています。
同人に傾いているので入室注意★

☆ご案内☆

☆入室ありがとうございます☆ PN:真城灯火です。 『小説家になろう』で書いています。「なろう」で書いている小説も転載させていますが、ここはアニメ「地球へ…」の二次小説置き場です。本編の『君がいる幸せ』は終了しています。今は続編の『限りある永遠』を連載中です☆まずは、カテゴリーの「はじめに」と「目次」「年表」で(設定やR指定について等…)ご確認の上、お進み下さい。 ブログタイトルですが、これの「君」は自分自身、心の事で、「僕」は自分の身体の事です。 自分の心がそうであるなら、自分はそれに従う覚悟を意味しています。 だから、ジョミーや誰かが一方的に誰かに…って意味ではありません。(小説停滞中) 2021年に、他にあるブログを統合させたので、日常の駄文とゲームの話が混ざった状態になっています。

「海を見たかい」 十九話 神格化

2012-07-25 22:16:21 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)


  「神格化」


 三鷹幸一は病院で事情聴取を受ける事になった。
 けれど、罪に問われる事はなかった。
 それは、俺の怪我は銃創ではないという事になったから…。
 どうやら、九条があちこち手を回したらしい。
 俺としても、病室の前に警察官がいる状態は窮屈だったので助かったのだが…。

 三鷹幸一は三鷹家の救急車で運ばれて行った。

 九条の家の方は季節外れの落雷という事になった。


 この事件を聞いて、東京に向かった春野が会社を休んで戻って来た。
 俺は三日で退院した。
 修理をしなければならなくなった九条家には戻れず、奈良市内の別宅へ行く事になった。

 色々な事が重なり俺の疲労もピークにきていたので、俺は、九条別宅で絶対安静扱いになった。
 俺が部屋で点滴をしていると、春野と孝之がやって来た。 
 俺達はこの事件のあらましを春野に話した。
 吉野で九条晴美から聞いた幸次郎と祖母の話から、兄弟だという事、そして、今回の幸一の話。俺と妹の明日花(アスカ)の事まで。

「じゃあ、カイくんは幸一伯父さんも被害者だと思っているの?」
「そこまでは思っていない。伯父にも罪はある。だけど、誠記が一番悪いだろ?」
「彼は何をどうしたいのかしら?」
「三鷹幸一が幸次郎さんを妬んでいるように、カイを妬んでいるから色々してくるんじゃないのか?」
 孝之が言う。
「でも、カイくんに言わせたら、彼の方が強いんでしょ?」
「うん。多分ね。でも、強いとか弱いとかそんな…ゲームのレベルみたいなモノで計れるそんなのじゃ無い気がしないか?」
「それじゃ、あれだ。子供が出来なくなって男として憎くなった」
「それもねぇ、俺の遺伝子を取ってったのは四年前で…伯父さんが言うには、病院でそれがわかったのは一年前なんだ…」
「自分で気が付いて、こそっと、病院に行ったのかもな」
「そういう物?」「なの?」
 と俺と春野が一緒に聞いた。
「え、あ、いや?俺はわからん」
 と孝之。

「でも、カイくん。妹さんの事はいつ知ったの?」
「高一の時、あの事件の後、三鷹から戻った時に母さんから聞いたんだ」
「カイくんからお母さんの話が出るの珍しいわね。それでなんて言われたの」
「帰ってすぐ、婚約者がいるって話を親父から聞かされた。その後で俺は独鈷を使った事をじいちゃんに謝りに行ったんだ。実は、あの独鈷は、あの日俺がじいちゃんの部屋から持ち出したんじゃなくて、本当は母さんから渡されたんだ…」
「お母さんが?」
「うん。じいちゃんが留守だったから俺はとりあえず塩だけ持って行こうとしたんだ。そしたら、これも持って行きなさいって。…多分、母さんも何かが起きるって感じてたんだろうな…」
「そうかもしれないわね…」
「それで、じいちゃんの部屋へ行ったら、母さんが居て俺の身の安全は守れたけれどって泣くんだ。それで、何が心配なのか?って聞いたら…三鷹には妹が居ると。明日花は俺の代わりに三鷹に引き取られたと言ったんだ」
「……」
 一旦、言葉を切ったカイは、それでさ、と続けた。
「俺の家…さ、近所からすると大きいんだ。造りもちょっと凝ってて、鉄筋2階建てで壁にレンガが貼ってあって、目立つ洋館なんだ。それは十年くらい前に建て替えたんだけど、その頃、親父も仕事を変えてさ、急に羽振りが良くなって…さ…」
「おい…、それってまさか」
 と孝之と春野が顔を見合わせる。
「多分、いや…絶対。三鷹からの金だ。いくらもらったか知らないが、妹を身売りして得た金だ」
「そうとは限らないんじゃ…」
 と春野が言った。
「慰めはいいよ。だから、俺は東京に行く事にしたんだ。予備校のお金とかは、じいちゃんに出してもらって、バイトもして。早くあの家から出たかった…」
「…あの事件のせいだけじゃなかったんだな…」
「最初は、じいちゃんや母さんはあの家で戦っているんだから、俺だけが出ちゃいけないんじゃないかと思っていた。でも、ミソカが言ったんだ。この出会いは偶然だけど、必然で。運命が回り出す。って、俺はそれに従ってみようと思ったんだ」
「……」
「そういえば、ミソカやツゴモリは、明日花ちゃんの事を知ってたんだろ?」
「ミソカが言うには、ばあちゃんが孫を守って欲しいって桜の木に願ったら、精霊が二人になったんだそうだ。だから、孫はもう一人居るはずだと思ってたらしい」
「そっか、でも…守りたくても明日花ちゃんは三鷹の結界の中だから…」
 と春野が言った。
 
 そこまで話した所で点滴が終わった。
 俺は点滴を外すと、彼らに眠ってもいい?と尋ねた。 

 ここは九条の別宅なので、九条本家より結界が薄い。
 俺は春野にミソカ、孝之にツゴモリを渡した。

「一つ、わかった事があるわ。だからカイ君、人は人の法に従えばいいんだって言うのね…」
「……」
「それは秋月の家も含めての事だったのね…」
「それは…俺もだよ…」

 彼らは部屋を出て行った。




 京都の街中では九条の噂が色々と枝葉がついて流れているとの事だった。

「またか、全く…何が面白いんだか…」


 ここは離れだったので、とても静かだった。
 そして、清浄だった。
「疲れた…」
 と俺がため息をついた。

「理解の遅い人間の相手は疲れるでしょう?」
 と声がした。
「俺も人間なんですけど…ね」
「そう…でしたね」
 と声は言った。

 俺の枕もとの独鈷に所々ヒビが入っている。
 それを手に取り俺は聞いた。

「これはもう限界なのか?」
「いえ、まだ少しは持ちますよ」
「それが…俺の運命なのか?」
「何がです?」
「俺は三鷹と戦いたいと思ってはいない。明日花を返してもらえればそれでいい」
「彼らはあなたに、叩き潰して欲しいと願っているんでしょ?そうしてやるべきなのではないですか?」
「…そうしたくないんだよ…」
「血族への情けですか?」
「…そんなもん。ない」
「では何です?」
「お前にはわからないよ」
「ここまで色々されているのに、憎しみが沸かないのですか?」
 俺は独鈷を元に戻した。
「憎いよ。戦うなら、本気で潰してやるから安心しろ。だから…もう消えろ」
「了解しました。期待していますよ」
 と声は消えていった。

「ふん、期待?何をだ?憎いだけじゃ、戦えないんだよ」





 春野と孝之はカイの代わりに九条との連絡を取っていた。
 今回の事で、九条は三鷹との完全な決別を決めた。
 カイを押したて「三鷹」にしようというものだった。

 三鷹の政界、財界への影響力は近年落ちていた。
 それは、三鷹の能力低下と同じだった。
 九条は、新たなる能力者が現れた。と宣伝してまわっていた。

「九条がこういうには何かあるはずよね?」
 と奈良の町に出た春野がコンビニで買い物しながら孝之に言った。
「何が?」
「んとに、鈍感ね。何で新たなるなんて言わなきゃならないか、よ」
「交代する可能性があるからだろ?」
「違う、違う。落ちぶれたとこを立て直すなら、救世主。とかじゃない?」
「救世主?大げさだな…」
「新たなる能力者ってのも十分に大げさよ」
「まあな…」
「こういうのは相手に興味を持たせなきゃ意味ないでしょ?」
「まぁそうだな」
「何か違う事が起きるのでって感じしない?」
「え、んーー、そりゃ、当主交代となったら違うだろう?」
「もー、そうじゃないって。何て言うのかなぁ…」
「何だ…何が何と、どう違うって言うんだ?」
「そう。それよ」
「え?」
「カイくんと三鷹誠記の能力が違うのよ」

「…違う?」
「そう、だから、新たなる能力。なのよ」
「??」
「どこがどう違うって思っているのかを、突き止めないといけないわね」
「どうして?」
「だって、カイくんのバックに九条がついた今、私達はカイくんから離されてしまうかもしれないでしょ?」
「そうなのか?」
「そうよ。三鷹家との事が終わったら私達はもう守らなくても良いんだから、九条はさっさと捨てるに決まってる」
「そんな、薄情な人間じゃないよ」
「薄情とかじゃないの。九条を大きな企業として考えたらそうなるの」
「俺達は関係者ではない事になるのか…」
「そ、ただの邪魔者でしかないわ」
「何にとって?」
「カイくんと九条の間のよ」

「でも、確かに。カイの能力が…カイの力が上がったって思っていたけど、それって違うのかもしれないな」
「うん。上がったっていうんじゃなくて…加わった感じよね」
「それって新宿からか?」
「蓮見明良が一年間の記憶を無くしているのだから、もうあの事件を知る人物はカイくんと孝之しかいないのよね」
「最初っから、他の人間死んでるけどな」
「九条はあの事件を公表しないでと言ってきた。そこに何があるのかしら?」
「地面に黒い穴が開いています。なんて知らせたくないって事だったよな」
「そんなの公表したって、ただの都市伝説で終わると思えたから何で止めるのかしらって思ってたのよ」
「孝之。何かなかった?」
「え?あーーー。わからないって…」
「何でもいいから思い出して」
「あの独鈷かな?」
「え?独鈷?新宿には持っていってないんじゃなかった?」

「持って行かなかった事が変なんだよ」
「そう言えばそうね…」
「春野さんがメゾンに入れなかった程のモノって見てわかったのに、ミソカ達を置いて行った。独鈷まで持って行かなかった」
「ミソカ達を守る為ってのは何となくわかるわ。あの子達は神聖な感じがするもの。そんな怨霊の溜まり場みたいな所には連れて行きたくないわ」
「独鈷にも何かがいて連れて行けなかったか、それとも何か別の…」

「もう、これは。米沢に行くしかないわね」
「電話じゃダメか?」
「うん、だめな気がする」
「そだな」
「私、このまま奈良駅に出て、関空へ行くわ」
「今からか?」
「そうよ。早い方がいいでしょ?」
「まぁな」
「あ、カイくんには会社から呼ばれて一旦帰ったって言っておいて」
「カイに内緒にするのか?」
「そうよ。私たちがコソコソ調べてる理由をなんて説明するのよ?」
「あ、そうか…」
「もーー、歯切れが悪いわね。いつもの元気な、体育会系はどうしたの?タカくんも、最近、変なのに気がついてる?」
「まぁ、ちょっと、カイんとこの問題が大きすぎて考えちまってるだけだから…」
「そうよねぇ。ちょっと、有りすぎよね?とても自分じゃ抱えきれないわ」
「だよなぁ」
「それじゃ、これ買ったのを渡しておいてね。後は頼んだわよ」
 と、春野はタクシーを拾うと奈良駅に向かった。

「女って強いな」
 って思った。
 俺なんて、三鷹幸一と会う前にカイにビビってんじゃねぇって言ったけど、あれは自分に向かって言った言葉だった。
 京都駅で、カイが不安を感じているのを見た時、俺は安心した。
 こいつも普通の人間なんだって、思った。
 …普通の人間?
 なんで俺はカイにそう思わなきゃいけないんだ?
 あいつは普通の人間だろう?

 しかし、
 あの独鈷。と 新宿事件。
 あの時、どうしてカイは独鈷を持って行かなかったんだ。
 俺は何を見た?
 あそこで俺は何か感じたはず…。
 いや、あれだけじゃない…。
 俺はまだどこかで、あいつに違和感を感じたはずだ…。

 カイ…。
 何故、こうも問題が起きるのだろう。
 それを起こしているのは、三鷹誠記だ。
「有りすぎよね。とても自分じゃ抱えきれないわ」
 と、さっき春野が言った。
 確かに一人では抱えていられないなと俺も思う。
 明日花ちゃんの事は、幸次郎さんとお母さんと話せると思うが、自分の身代わりになった妹の事をそうそう気軽に話せはしないだろう。
 それと、幸次郎さんと三鷹幸一の事は知らなかったようだし…。

 これだけの事をどうやってカイは背負っているんだ?
 何があっても動じない?
 そんな事はないよな…。
 色々、小さい時から見てきているから平気?
 そんな訳ない…。
 幸次郎さんが「三鷹」継いでくれていればと言ったじゃないか。
 あの時、あいつは本当に辛そうだった。

 そうか、俺達はあいつの泣き顔を見ていないんだ。
 俺達は…。


「お願いです。手を延ばして下さい。この手をつかんで!」

「…ダメです。いかないで…」

 あの新宿でカイは泣いていた。
 二人を救えないと泣いた。

 霊にお願いをしていた。

 何が違うのだろう…。
 どう違うのだろう…。
 彼らが特別だった訳じゃない…、あの時。
 カイは単独で解決しようとしていた。
 でも、出来なかった。

 カイは自分の力を知ったのか?
 自分だけの力の限界を…。

「俺に普通の人間とどう戦えと言うんだよ」

 普通の人間と、とカイは言った。
 じゃあなんだ。
 自分は普通の人間じゃないって事なのか?
 前に俺はあいつが格好つけてると思っていた。
 最近はそうじゃなくて、結構本気で色んな事を言っているんだと気付いた。
 なら…、あれは本気なのか?
 あの時は、三鷹誠記と三鷹幸一を比べて幸一の方が普通だと言う意味だと思った。

「戦う?そうなるとは限らないだろう?何でそんな…」
 と聞いた俺の質問にカイは
「十五の時、俺はあいつに殺されかけているんだ」
 と答えた。
 だけど、それが戦う事の答えじゃない。
 はぐらかしたのか?

 カイは横浜で自分を怖くないかと春野に聞いたらしい…。
 霊とかが見える自分を怖くないかと、見える春野に聞く訳がない。

 自分を怖いと思わせる何かが加わったって事だ。


 あの独鈷。
 あれにはきっと何かがある。

 俺は春野にメールを送った。













「…今の、俺には人の言葉が真っ直ぐに入ってこないんです…」

「カイくん…どうしてそれを私に言うの?」

「九条晴美さん。あなたには俺を知っておいてもらった方がいいと思って…」
「どうして?」
「俺は、三鷹へ向かう前に、きりかさんにプロポーズをしようと思っているんです。でも、だからって、彼女に俺の弱さを受け止められるとは思えない…」
「…そうね」
「あなたには俺の悩みがわかってもらえる気がする」
「でも…わかってあげるだけよ。それ以上はないわ」
「わかっています。俺もそこまで節操無しじゃない…」
「……」

「晴美さん。俺が今までどうやって三鷹の情報を手に入れてたと思います?」
「え?」
「秋月家は極力外されていたのに…ですよ…」
「…わからないわ」
「十五の時に、俺の精子を採取したのは女医だったんです」
「…カイくん…」


 彼が術を使う様を見たらきっと普段のイメージとは違うのだろうな、とは思っていた晴美だったが、彼は、自分の想像以上…。
 幸次郎と柚が自分達の子供と、その孫まで守るために隠してきた本当の力。

 三鷹の血も引継ぎ、その祖先まで遡っても…彼ほどの者はそうはいないだろう。








「海を見たかい」 十八話 遠雷

2012-07-25 12:38:55 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)

(人物紹介)
人以外のモノが見える 大学2年      秋月海
ひょんな事から海の式神となった双子妖怪? ミソカとツゴモリ
能力は強いが見えない祖父         秋月コウジロウ
いきなりナンパ?してきた霊媒体質女    春野美津子
高校の同級生 大学も同じになる      大川孝之
高校の同級生 カイが好きらしい…     三沢結花
三鷹の親戚 京都の九条本家当主の妻    九条晴美
秋月の本家 三鷹家の若き当主       三鷹誠記
三鷹家の前当主 秋月幸次郎の実兄     三鷹幸一




  「遠雷」 


 三鷹家の前当主、三鷹幸一は、飄々とした祖父幸次郎と違ってどっしりとした印象で、体格もそんな感じだった。

「僕は誠記さんの敵になんてなれませんよ」
 とカイはゆっくりと言った。
「そう思うなら、何故、お前はここにいるのだ?」
「それは…」

 カイは用意されたお茶をひと口飲んでから、
「それはですね。ここには、九条に招待されたから来ただけですよ」
 笑って言った。

「我々、東の人間は、ここの招待は断れないんでしたよね」
「……」
「それで、大伯父もここに来られたのでしょう?」
「私は、お前が居るからと呼ばれたのだ」
「ええ、そうおっしゃられましたね」
「無駄話をしに来たのではない」
「そうですか?僕なんか、昨日は吉野まで行かされましたよ。全く何も無い所で、時間を潰すのにとても苦労しました」
「……」
「まぁ、桜は綺麗だったのですけどね…それだけじゃあ…つまらないですよね」
「秋月 晦。お前は私を怒らそうとしているな」

 三鷹のその言葉を聞いたカイの目の色が微妙に変わる。

「え?いいえ。そんな事なんてしていません」
「まあ、いい」
「何か気に触るような事を僕は言ったのですね」
 とカイはうなだれた。
「お前は、お前の祖母と幸次郎。そして私との経緯を聞いているのだろう。それでは私は怒らない。私を何だと思っているのだ」

 カイは小さく息をつき、
「なら…誠記さんの事を出せば、俺に本当の事を言ってくれるのですか?」

 カイの声のトーンが変わる。

「そうだな…。お前は、あいつを超えられるのか?」
「…無理でしょうね…」
「そうか…」
 そう言った幸一はカイにこっちへ来いと呼んだ。
「……」
 カイは無言でそれに従った。

「私はな、お前の本当が見たいんだ。我皇の時や、私が殺そうとしたみたいにだ」
 そう言うと幸一は隠し持っていた護身用の小さな銃でいきなりカイを撃った。

 静かな邸宅に銃声が響いた。

「…!!」
「カイくん!」

 九条晴美が部屋へ飛び込んで来た。
 俺も思わず駆け寄ろうとした。

「こっちに来るな!大丈夫だからツゴモリを抑えてろ」
 と振り向かずにカイが叫んだ。

 見ると、ツゴモリが剣を抜いて、三鷹幸一に向かって行こうとしていた。
 こいつを止めないと、三鷹を殺してしまうかもしれない。
 俺は必死でツゴモリを抑えた。

「まだ…これからなんだ…」

 カイは撃たれた左わき腹を押さえてまだかろうじて、そこに立っていた。

「大伯父。十五の時も、今も俺は死んでいません。だから…もう自分を許してあげて下さい。あなたが…そんな風だから…俺は…俺達は…」
 そう言いながら、茫然自失状態になっている幸一に近づく。
 両手で印を結び、呪を唱えた後で、幸一の両腕を掴んだ。
「うわぁぁぁー」
 と幸一が声をあげる。
 その手から銃が下の畳に落ちた。

 やがて、自失状態から戻った三鷹が目の前のカイを見て驚いていた。

「カイくん。これは、私は…私はまた君を…?」
「ええ…幸一伯父さん…残念ながら…。でも、的は外してくれたでしょ?」
 そこまで言うとカイは膝をついてしまった。
 押さえた指をつたって畳に血が落ちている。
 幸一はカイを支えようと手を差し出したが、カイはそれを手で制した。

 幸一を見上げてカイが言う。
「伯父さん。今しか…誠記があなたから離れた今しかないです。九条もいます。だから、全てを話してください。そして、どうか、楽になってください」

 カイの真剣な言葉が三鷹幸一の心を開く。

「そうだな…私ももう楽になりたくて…助けて欲しくて、ここへ来た。誠記はお前の力を知るチャンスだと言って、私に銃を持たせた。そう、私は当主の器じゃないんだ。当主は弟の幸次郎が相応しいとずっと思っていた。あの人も弟を選んだ。だから、せめて次の世代は俺からと思った。ただそれだけだった。幸次郎の子供が力が無いと知って嬉しかった。誠記が生まれて、私は本当に嬉しかったんだ」
「ええ、わかっています。幸一伯父さん」
「だけど、その時には私はもう狂っていたんだ。きっとそう…」
「…何をしたのですか?」
「私は、誠記の本当の恐ろしさに気付かなかった。あいつは三鷹そのものなんだ。今までの罪を全部背負わされたような。恐ろしい子供だった」
 そう言うと幸一はガタガタと震えだした。
 「伯父さん。今は大丈夫です。俺は死んでない。大丈夫、彼はまだ現れない」
「ああ、ああ、そうだな」
 と幸一は跪くように目の前にいるカイを見つめた。
「カイくん。君には本当に…」
「俺に謝らなくていいです。伯父さん。あなたは俺達に何をしたのですか?」

「生まれたばかりの子供を、明日花を誠記の嫁にともらった」

 明日花?それは誰だ?ツゴモリは知っているかのような顔だった。
 ツゴモリが知っているなら…それは…秋月家の人間という事になる。
 …明日花はカイの妹か…?

「それは…何故…そうしたのですか?」
「誠記が君を殺すのを防ぎたかった…。お前が初めて三鷹に来た時に、私は誠記の怖さを見た。お前もそれで泣き出しただろう?あの時、お前を引き取らずに帰す代わりに、誠記は明日花をもらうと契約させたんだ」
「…つっ…」
 カイが呻いた。
「幸一伯父さん。それなのに何故、俺の遺伝子なんか欲しがったのですか?」
「それは…誠記が病気で子供を望めない体になってしまったからだ…」

「…それでは、妹に俺の子を産ませるつもりですか?」
「すまない。カイくん」
「……幸一伯父さん…」

 カイは顔を上げ幸一に言う。

「…そんな言葉じゃ…許せる訳ないでしょう?何を、甘えているんですか?あなたはここ十年くらい、ずっと、誠記に操られているのを、じいちゃんは気付いていました。だけど、明日花が三鷹にいる以上、何も出来ない。だから、じいちゃんは家であんな幽閉されたような生活をしているんだ」
「……」
「俺は、あなたに殺されそうになった時、あなたの中の誠記の存在に気付いた。だから、あなたは俺に誠記を殺さないと。と言ったんだろう…?実の息子の殺害を誰に託しているんですか…!」
「…すまない…私には力が無くて、何も出来なかったんだ…」
「力?何ですか。そんなモノ。人には人の法という物があるでしょう?彼は人の法に外れている。それを正すのが親ってものじゃないんですか?それが親の責任でしょう?何を逃げているんです」
「本当に…すまない…」

「でも、今の俺の言葉は、あなたには届かないでしょうね。あなたは俺に力があるから言えるんだと思っている。どこまで、人は卑屈なんだ。いつもいつも、自分の利益ばかりで…もう、我慢出来ない」

 と言うと、カイは床に落ちている銃を拾い銃口を幸一に向けた。

「カイくん…」
「それは、何から何まで逃げたあなたのせいじゃないですか!」
「…そうだよ。私のせいだ…」
 そう言って幸一は、へなへなと座り込んだ。
 反対にカイが立ち上がって血染めの手で銃を構える。
 そして窓の方を見て叫んだ。

「三鷹誠記。戻って来ているだろう。明日花は必ず奪いにいく。そこで大人しく待っていろ」

 バン!と空気が振動したような感じがした。
 カイは、また幸一に向き直り銃を構えなおした。

「大伯父の望みどおりに大事な息子さんは俺が殺してあげます。だから、もう、安心して死んでください!」

「カイ!」

 俺の叫びと銃声が重なった。


 その瞬間、カイ達を中心にしてまるで雷が落ちたような地響きが起きた。
 窓ガラスが飛び散る。
 風が嵐のように吹き荒れた。
 太い柱が折れて、畳が燃える。
 まるで、爆撃でも受けたようだった。

 ツゴモリが俺を庇った。
 カイと三鷹幸一の回りは黄色く輝いていた。
 俺はこの光りをどこかで見た記憶があった。
 


 砂ぼこりが治まった先に二人は倒れていた。
 今度こそ俺はカイに駆け寄った。

「おい。生きてるか?」
 俺がカイを助け起こすとカイは
「…生きてるよ」
 と小さな声で答えた。
「幸一さんも大丈夫。撃たれてないわ。気を失っているだけ」
 と九条晴美が言った。
 そして、そのまま救急車の手配をした。


「撃ったかと思ったぜ」
「撃とうと思ったよ。撃ったのは畳に置いた俺のスマホ。雷帝を…」
「だけど、携帯の電力じゃここまでにはならないんじゃなかったのか?」
「これは、俺の霊力を追加したから…。それに…、あいつが来てたから…さすがに、あいつは強い」
 そこまで言うとカイは
「目が回ってきた…血ィ出しすぎた」
 俺の腕の中に崩れてきた。
「そうだ、お前、撃たれたんだよな。大丈夫か?」
「伯父貴も外そうとしたから、掠っただけ…でも、俺が怒ったから血が出ちゃって…だけど…親を殺すって、はったりが誠記に効くとは…思ってなかったな…」
「何だそれ、それじゃ、三鷹誠記もここに来てたって事なのか?」
「ああ、九条の結界ギリギリに来ていた。最後はさすがに突っ込んで来たけど…」

「それじゃ、お前が京都駅で怖がっていたのは、三鷹誠記本人…?」

「…あいつ以外の何を俺が怖がると思ってるんだよ。あいつは三鷹そのものだぞ」



 降り始めた雨が壊れた天井から落ちる。



 遠くから救急車と消防車のサイレンが近づいている。

 そして遠ざかってゆく雷の音がしていた。










「海を見たかい」 十七話 万葉の隠れ里

2012-07-24 17:39:36 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)


  「万葉の隠れ里」


 吉野の千本桜は見事だった。
 永く守られてきただけの事はあると思った。
 この桜の中に、ミソカ達の桜があるとしたらなおさらだ。
 ミソカとツゴモリを自由にさせたけど、俺達の側を彼らは離れなかった。

 今日は九条の親戚筋、九宝院家に泊まる事になった。
 吉野から少し離れ、小さな盆地の集落の中心にある大きな屋敷だった。
 まるで隠れ里のような静かな集落。
 俺達はバス停の近くの駐車場に車を停めて歩く事になった。

 俺はこの小さな集落をひと目で気に入った。
 こんな所で静かに暮らしたいなんて、年寄りっぽい事言うわねと春野に言われたが、そう思ったのだからしょうがない。

 吉野の千本桜とまではいかないが、きれいな桜のある家が俺の目にとまった。
「よく気がつかれましたね」
 晴美が言った。
「まさか」
「ここは山脇家です」

 庭にある桜の木の下に、俺が良く見ていた祖母の姿が見える気がした。
 ミソカとツゴモリが俺達から離れて木の下へ行き、そして、何も言わずにただ木を眺めていた。
 俺達は彼らを残し九宝院へ向かう事にした。

「お寄りにならないのですか?」
「今更、孫もないでしょう?」
「そうですか?喜んでくれると思いますよ」
「晴美さん。事が全て済むまでは、俺とは無縁であった方が良いと思うんです」
「…わかりました」
「さぁ、九宝院に着きましたよ」


 九宝院に泊まった朝にはミソカ達は戻って来ていた。
 俺とミソカは庭に出た。
「あの桜に留まっても良いんだぞ」
 と言うと、
「やっぱり、東京の桜が私達の木なの。それにカイを放っておけないわ」
 と笑った。
「お前達は、じいちゃんの式じゃなかったんだな。祖母、柚さんのだったんだ」
「式とは違うけどね。コウジロウを頼みますと言われたのよ。それと、マゴもお願いって言われたわ」
「俺はまだ産まれていなかっただろ?」
「私達には時間はあまり関係ないのよ。コウジロウが東京を出るまで桜の木の下にはユズが居たもの」
「…そうだったね」
「そうよ」
「ばあちゃんはそんなに俺の事が心配だったのか?」
「ん、そうね。孫バカだったわよ。カイもじいちゃん子じゃないの?」
「じいちゃん子なのは認めるけど、ばあちゃんの幽霊を本物だとずっと思ってたなんて、俺、相当、間抜けだな…」
「気がつかないままのが楽しかったのになぁ」
「おい…お前なぁ」
 俺達は笑った。
「なぁ、そろそろ、本当の名前を教えてくれないか?」
「んーっと、そうねぇ。キスしてくれたら教えるわ」
「はぁ?キ、キス?…お前とかよ?」
「そうよ。何?ツゴモリとだとでも?」
「い、いや。そうじゃない。式だろお前?出来るのか?」
「私がこうやって、物に触るみたいにすれば…その…で…出来るわよ。多分…」
「お前。自分から言っておいて照れるなよ…」
「いいじゃないの。女の子なんだもん。そういうのは普通、男の子からでしょ?情けないわね」
「情けないって…おい。いいぜ。キスくらい何度でもしてやる」
「…キスくらいなんて思ってないくせに…」
 そう言ってミソカは目を閉じた。
 俺は口から心臓が出そうになっているのを気が付かれないかと思いながら…キスをした。
 頭の中、いや、心の中に優しい思いと一緒にミソカ達の名前が流れ込んで来た。


 そんな俺達を遠くから見ていた九条親子。
「やはり、柚さんには敵わないわね…」
「ママもそうなりたいんでしょ?」
「そうね。カイくんやあなたをずっと支えてゆきたいわ」

 吉野の桜と、春の日差しが優しく皆を包んでいた。





 翌日、俺達は吉野を後にして、京都に戻った。
 春野が仕事で東京に帰るので俺と孝之は新幹線ホームで見送った。
 もちろん、ミソカが彼女と同行している。
 式として俺から離れすぎると力が弱くなるが、彼らの立場は俺と同等だから、そんなに影響はでていないという事だった。

 京都駅で寄りたい所があると、九条の車は帰ってもらったので、俺と孝之は久しぶりに二人きりになった。
 俺達は駅の大階段にあるカフェに立ち寄った。

「こうして二人になるのは久しぶりだな。新宿の事件も入れたら、二ヶ月近くになるかな」と俺が言うと孝之は、
「俺の前で元気なふりをしなくていいぜ」
 と少しふてくされたように言った。
「ふりなんて…」
「俺、春野さんやミソカに言われたんだ。カイは最近とても疲れていて、そしてまだ、何かを隠しているから注意してって、んで、ツゴモリもお前を心配してる。だろ?」
「…そっか…そうだね…」
「何があった?いや、何が起きるんだ?」
 カイはうつむき小さくため息をついた。
 そして、顔を上げるとこう言った。
「今、この京都に、三鷹が来ているんだ。俺にはここを出て車で九条に向かう姿が見えるようで、気分が悪い」
「三鷹誠記が来てるのか?」
「いや、前のだ。…大伯父の三鷹幸一」
「大伯父?そう言えば三鷹誠記を従兄弟って呼んでたな。それじゃあ、前当主は親父さんの兄弟…?」
「実際は従兄弟違いって言うんだけど、三鷹幸一は秋月幸次郎の実の兄だ」
「おじいさんの兄?お前はそれを知ってたのか?」
「何となく…三鷹当主になると前の経歴がわからなくなるんだけど、この時代、ある程度は調べられるし、幸一と幸次郎じゃわかりやすいじゃん」
 そう言ってカイは、昨日、九条晴美から聞いた事を簡単に説明した。

「しかし、おじいさんとその兄で嫁さんを取り合って、片方は嫁、片方は権力者になった訳か…」
「そうなるね」
「それじゃ、その時の九条にいた三人の誰かが、誠記の母親となる訳か…」
「ううん。…違う」
「え?」
「その次の候補だった人達だ。前の候補も後の候補も、皆、家に招いて子供が出来るまで住まわせたんだそうだ…。ん、違うか、能力のある子が生まれるまで、だな…」
 そう言ってカイは頭痛がしたのか額に手を当てた。
「胸くそ悪くなる話だな…」
「…だろ?」
「だけど、そこまでしても、なかなか子供が出来なくて、六十過ぎてやっと生まれたのが誠記だった。能力もあったから、すぐ三鷹姓にしたかったのだろうが、本妻の反対で出来なくて、結局、引退する事で交代したんだ」
「それって、実の子に譲りたいって執念を感じるな」

 さっきからしきりに手を擦り合わせているカイ。
「おい。カイ、手を出せ」
「?」
「いいから、前に出せって」
「何だよ。手相でも見るのか?」
「何でもいいから、出せって」
「ん、ほら」
 と言ってカイが片手を出す。
 その手を孝之が握った。
「っと、おい。何だよ」
 とカイは手を引っ込めた。
「やっぱり、冷たくなってんじゃねぇか」
「…低体温なんだよ」
「ふーん、お兄ちゃんが暖めてやるから、手ぇ出しな」
 孝之はおいでおいでをした。
「いらねぇよ。何が、お兄ちゃんだよ」
「俺、来月で二十歳だぜ」
「…あ…」
「羨ましいだろ?」
「二十歳なんて、羨ましくない」
「来月になったら春野と飲みに行こうって言ってるんだ。お子様はジュースな」
 誇らしげに笑った。
「何言ってるんだか。弱いくせに。春野の相手なんて出来ないだろ?」
「へん。知らないのか?俺さまの天下はこれからなんだぜ」
 
 そんな話をしていると、手の冷えも治まっていった。
 それを確認するようにカイは手のひらを少し眺めた。
 その様子を見て、孝之は安心したように会話を戻した。

「だけどよ、そいつ。当主をやってたって事は、強いのか?」
「ん、そうだな。じいちゃんとは反対だな。視えるがその力は弱いな」
「なら、ビビる事無いじゃないか」
「俺に普通の人間とどう戦えと言うんだよ」
「戦う?そうなるとは限らないだろう?何でそんな…」

「…十五の時。俺はあいつに殺されかけているんだ」
「殺され…なぜ?」
「さあな、まだ俺が動けない時に、俺は伯父に首を絞められたんだ」
「十五って、事件の時か?」
「気が付いたら、伯父が俺の首を絞めてて。そこに、誠記が入って来て止めたんだ。大伯父は心身喪失状態で、訳のわからない事を言っていた。でも、一つだけ聞き取れたのは、誠記が怖い。殺さないと。だった…。俺もあいつからはタダならないモノを感じるけど…」
「でも、それだったら、伯父さんはこっちの味方になるんじゃないか?」
「大伯父が味方?ありえないな」
 と、カイは露骨に嫌な顔をした。
「しかし、なんでそんなにイヤがるんだ?」
「真剣(マジ)に、殺されかけてみりゃわかるよ」

 カイの携帯に九条からの電話がきた。
「了解」の返事をすると、孝之が今更な事を言った。

「九条を訪問するのは、九条が招待しないと会えないんだったよな?」
「そう…」
「それじゃ、今、三鷹が来ているの九条家が呼んだって事か?」
「それしか考えられないね」
「おい。九条は俺達の味方なのか?敵なのか?」
「どっちかと分けるとしたら、味方だろうな」
「じゃあ、何故、三鷹を呼ぶんだ?」
「知らないよ。だけど、呼ばれた以上、会うしかない。もしも何かあったら、あの家を壊してでも逃げるから安心しろよ」
 カイは笑った。
「安心って…お前な…」



 俺達は九条家に戻った。
 屋敷に入るなり、正装に着替えるようにと言われた。
 正装と言っても、洋装じゃなかった。
 白い着物と薄い青の袴だった。
 カイは自分で着付けが出来るので、俺のも着付けをしてくれたのだが、
「着付けってこんなにぐるぐる回るものなのか?」
 さっきから俺は後ろ向いて、前向いて、これ持って後ろと…動かされていた。
「いいや、本当は着せる方があちこち動くものだけど、何で俺が、お前の周りを回ってやらなきゃいけない。着せてもらっているんだ。そっちが回れ」
「カイ…」
 やっと、カイのいつもの俺様調が戻ってきてる気がした。

 だけど、カイは「三鷹」に恐れを感じている。
 人間不信になりかけてた時の新宿事件。
 そのダメージが残ったまま京都に来た。
 ここで休めればいいと思った矢先に、三鷹の出現だ。
 春野やミソカの心配が当たった。
 彼女達が居なくて良かったとカイは言ったが、それは本当だろうか?
  だが、今、ここでカイを支えられるのは、俺しかいない。

「カイ。前当主なんてビビってんじゃねぇ。俺達は今のをぶん殴りたいんだからな」
「そうだったな。お前といれば俺は怖くない。何せ、お前を守らなきゃいけないんだから、簡単にビビっちゃいられないな」


 俺達は三鷹幸一が待つ部屋へ通された。
 この九条家の一番奥にある客間、豪華な調度品は無かったが部屋の素材そのものが良い物だった。
 大伯父はお茶が用意されたテーブルにおらず、戸を開けて縁側に立って庭を見ていた。

「三鷹の…大伯父。お久しぶりです」

 三鷹幸一は「ああ」と返事をしたが、振り返らなかった。
 俺達は部屋の中央のテーブルまで行って、そこに座った。
 そして、カイは「僕達に何かご用ですか?」と聞いた。

「私は、九条に招待されたのだ。お前が居ると呼ばれただけだ」
「そうですか。なら、もうお話しする事は無いですね。後は九条に聞きますので…」
 と立ち上がろうとすると、
「九条は…誠記とお前を天秤にかけている。どちらが自分達に有益か?どちらが自分達の思惑通りに動いてくれるか?とな」
「…知っています」
「お前はそれに乗ろうというのか?」
「乗るしかないでしょう?」
「それで、お前は三鷹誠記を敵にすると言うのだな」
「いいえ。いいえ。僕など彼の敵にはなれません。以前、会った時のように力ずくで、思うがままにされるでしょうね」
 とにっこり笑った。
「そう思うなら、何故、お前はここにいるのだ?」
「それは…」
 

 俺はカイの従者のように彼の少し後ろにいた。
 そこは、カイがそう指定してきたからだ。
 俺は三鷹幸一という人物を知らなかったが、権力に狂って呆けたようなのを想像していた。
 だが、ここにいるのは、何十年も一族を率いてきた貫禄のある人物だった。
 そうだ。俺達がいろいろと頼っているあの秋月幸次郎の兄なのだ。
 俺が想像してたような人物のはずがない。
  多分、こいつはカイの弱点を知っている。
 …そう思えた。
 この短い会話がもう三鷹幸一のペースになっているのが、人の生きてきた時間の違いを思わせた。
 カイ。
 俺はお前を信じる。
 今度こそ、信じる。
 そうさ、ここを最後にする気は俺達には無い。

 お前はさっき俺にツゴモリを渡した。
「孝之はツゴモリを抑えててくれないか?それで、自分を守る為だけにツゴモリを使ってくれ、出来れば一緒に会いたくないんだけど…向こうがそう言ってきたならしょうがない。俺は、仲間である皆に何かある事が最大の弱みなんだ。だから、皆の前で、俺が…これからどんな事を言っても、しても。何があっても、俺を信じて、助けようとしないで欲しい」

 それは、あの我皇の時と同じだ。
 言葉巧みに相手を誘導して、不利を有利に変えようとする。
 カイは、どんな手を使ってもこの力の差を縮めたいんだ。

「俺は大丈夫だから、信じて欲しい」









「海を見たかい」 十六話 京都 九条家

2012-07-24 16:03:51 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)

(人物紹介)
人以外のモノが見える大学二年         秋月海
ひょんな事から海の式神となった双子妖怪?   ミソカとツゴモリ
視えないが力は強かった祖父          秋月コウジロウ
いきなりナンパ?してきた霊媒体質女      春野美津子
高校の同級生 大学も同じになる        大川孝之
高校の同級生 海の事を好きらしい…      三沢結花
秋月の本家 三鷹家の若き当主         三鷹誠記



  「京都 九条家」 

 春が来た。
 ミソカとツゴモリの桜が咲いた。
 春野と出会い、孝之や結花と再会してから一年が過ぎた。

 三月初めに横浜に行ってからの一ヶ月間、行方不明だった事もあってカイ達は「何でも屋」を休んでいた。

 そして、今は四月十八日。
 京都の九条家からカイにメールが届いてから三日、断る理由も無かったが、カイは、その招待を受けれずにいた。
「ご友人と一緒に京都においで下さい」というごく普通のものだったが、新宿の事件が終わってメゾンに戻った日にメールが届いた事が不審だった。
 きっと、何かある。皆がそう思っていた。


 この九条家と「三鷹」とは意見の相違で離れて随分になる。
 九条の親戚筋を総称して「松月」と言うが、松月の中で一番大きいのが九条家だ。
 京都と奈良に広大な敷地を持つ名家だった。

 それが何故、名指しで自分を呼ぶのか?
 俺の中にある「三鷹」を潰そうとしているのがバレてしまったのではないかと緊張していた。
 それならそれで構わないと思う反面、まだその時期ではないと言う気持ちもあった。
 出来れば、俺達二人の確執なら、俺と三鷹個人だけで解決したい。と思っていた。
 だが、三鷹はそうは思っていない事はわかっていた。


 今は、九条の誘いに乗ってみるしか無い。
 俺は一度は断った誘いを受ける事にしたと返信した。

 メールを出した翌日には新幹線の切符が届いた。
「吉野の桜なら、まだ咲いているんだよな」
 孝之が言った。
「早く行かないと葉桜になっちまうぜ。ミソカ達の故郷なんだろ。見せてやりたいじゃないか」
「……」  
「宿泊は九条家を使えばいいってあるし」
 孝之はもう行く気になっているようだ。
 
「どんな家なの?」
「俺は京都には行った事がない」
「貴船に近いみたいね」
 と、春野が住所から場所を探していた。
「京都には行った事はあるが、九条家には行ったことがない」
 と俺は言いなおした。


  週末の京都駅前

 俺達は迎えの車を断り、電車で貴船を目指した。
 くねくねと曲がる線路。
 そんな、どこかのどかな風景の中に九条家はあった。

 大きな門の前で出迎えてくれたのは、ゆるやかなウェーブの黒髪の美少女だった。
 清楚な白いワンピースを着こなしている。
 年は同じくらいかまだ高校生か、それくらいだった。

「ようこそ。おいでやす。九条きりかといいます」
「はじめまして、秋月海です。ご招待ありがとうございます」

 寺のような旅館のような前庭を通り、表玄関から中に入り、中庭を見ながら長い廊下を行き、離れに通された。
 離れは、二十畳もあるだろうか大きな部屋で、縁側があり開け放たれたガラス窓の向こうには日本庭園が見えた。
 春野と孝之は縁側でその美しさに歓声を上げていた。
 俺もその景色に見入っていると、横にきりかがやってきてこう言った。

「その髪の色、少し茶色入ってんのは柚さんの遺伝やろなぁ」
 秋月柚。祖母の名だ。
「柚さん…、祖母ですか?」
「海さんは覚えてない思いますけど」
 と微笑み、お茶の用意しますね、と行こうとするのを俺は止めた。
「いえ、祖母の記憶はありますよ。東京の桜の下で…」
「あ、それは間違いですよ。幸雄さんが生まれて間もなく亡くならはってん」
「え?」
 何故、はっきり覚えているのに、ずっと自分の記憶だと思っていたのに…。
「あれは祖母の幽霊だったって事ですか?」
「さぁ、うちにはわかりまへん。うちが知っているのは教えてもろた事だけです」
 旅館の仲居さんのような女中さんが来てお茶の用意をして出て行った。
 俺達はテーブルについた。
「祖母は、九条で育ったんですか?」
「吉野で育ちはったんよ」

 ここまで話した時に九条の当主の妻、九条晴美が挨拶に来た。
 九条家は女系家族だ。だから、実質、彼女が当主となる。
 きりかと俺の会話を継いで晴美さんは祖母の事を教えてくれた。
「幸次郎さんと柚さんはこの京都で出会って、その頃、お二人はお互いに色々問題を抱えてましてな。それでも、皆の反対を押しきって二人は東京に出て家をかまえましてん。なかなか子供が出来なくてやっと授かったのが幸雄さん、お父さんですね」
「……」
「それより、ミソカさん達を出してええですよ。出たがっていはりますよって」
 と晴美は優しく言った。
「…やはり視えるのですね」
「有名な我皇さんに会えないのが残念ですわ」
 我皇は一人東京に居る結花の所に残して来ていた。
「そこまで…」
 俺は鈴をテーブルに出し、ミソカ達を出したが、緊張は解かないで訪ねた。
「そこまで知っていて、何故、俺達をここに招待したのですか?」
「柚はんのお孫さんの顔を見たくなって…と答えても信じてもらえないやろか」
「貴女と祖母はどういう関係なのですか?」
「うちは柚さんに憧れてましてん」
 と微笑んだ。

「ですが、カイさん。あなたは派手にやり過ぎているんです。今、話したくらいの事なら少し調べればわかる事です」
「…それは…」
「三鷹誠記。彼が、あなたを目の敵だと思ってしまうのもわかりますわ」
 そう言って晴美はカイの傍に来ると優しく手を取った。
「大丈夫。うちらは味方…心配いりません」
 きりかも笑っている。
 彼女たちの言葉は嘘じゃない事が伝わってくる。

「ありがとうございます。でも、三鷹が俺を目の敵にっていうのはどういう事なのですか?」
「それは、追々、吉野に向かう間に話しましょう」
 そう彼女が言うと、お車の用意が出来ました。と女中さんが呼びに来た。


 黒塗りの車の一台目には孝之と春野ときりかが乗り、二台目には俺と晴美さんが乗った。
 車は京都と奈良を観光しつつ吉野を目指した。

 晴美さんが最初に言った俺達が派手に動き過ぎるのは、「何でも屋」の事だった。
 新宿事件が終わってすぐに俺達を呼んだのは、あの事件を書かせない為。
 九条の情報網は広く、興味を引くものだった。
「カイさんにはわかりますやろ?京都にも奈良にも黒い穴はあります。それは普通の人は知らんでもええ事なんです。人と欲望は切り離せませんよって…それは誰にも救えないんです」
「…無謀な事だったのでしょうか?俺がした事は…」
「助けを求める霊を救いたいと思う気持ちは悪いとは思いません。けれど、それが救いになるかどうかはやはり彼ら次第」
「その言葉、俺はじいちゃんにも言われました。我皇と対峙した時に、俺は我皇すら救おうとしただろう?って。情けをかけて戦える相手かどうか見極めろと。それが救いになるのか?と」

「それは、覇王の悩みですね」
「覇王の…?」
「我々、松月がつけた秋月幸次郎さんのあだ名です」
「じいちゃんの事を教えてもらえませんか?」
 晴美さんは柚さんとの出会いからで良ければ、と前置きして話してくれた。
「あれは、三鷹と九条が離れてしばらくした頃、幸次郎さんが突然、貴船の九条家を訪ねて来はりましてな、丁度、その頃、家で預かっていた柚さんと出会ったと聞いています。東の人間が単独で「松月」を訪ねる事だけでも規則違反なのに、柚さんと京都の町を歩きたいと言い出しまして、幸次郎さんは「三鷹」にはならないと家を出たお人ですから…」
「え?」
「カイさんは聞いてないんどすか?幸次郎さんは「三鷹」候補だったのですよ」
「でも、じいちゃんは、視えない人間はなれないからって…」
「昔はそういう決まりでしたが…最近の三鷹の血は濃くなり過ぎて、その反対に能力は弱くなっているのです。ですから、視えなくても強い幸次郎さんなら良い子孫が望めるだろうと言われていたのです」
「それをじいちゃんは断って家を出た。じいちゃんはきっとそういう風に決められて結婚をしたくなかったんだと…」
「ええ、きっとそうですね。それなのに九条に来て、柚さんを見初めてしまったのですわ」
「でも、規則違反って、三鷹の人間は勝手に九条に来てはいけないとはどういう事ですか?皆、俺達みたいに招待されないと会えないのですか?親戚なのに?」
「ええ、だれも強い能力を望みますから、間違った交流を避ける為、松月とは招待無しでは会えないですし、その招待は断れないんですよ」
「断れない?」
「断れません。カイさんは一度断りましたね」
「あ、はい。すみません…知らなくて…」
「九条では、さすが自由人の孫。って評判になったのですよ」
 晴美は笑った。

「幸次郎さんが松月の事を話さないのは、それは、きっとカイさんが自分で知っていった方が良いと思っているからなのでしょうね。それを冷たいと思わないで下さいね」
「はい。俺はじいちゃんを信じています。お願いします。教えて下さい」
「わかりました。それでは、まずは、「松月」と「三鷹」の関係ですが、元々は同じ京都の一族でした。鎌倉時代後半に三鷹家が東に行く事を決め二つに分かれました。その後は、三鷹が政治に絡むようになり次第に松月より大きくなりました。それから、二百年近くに月日が流れて、東に行った者達だけでは血のバランスが保てなくなり京都の松月から妻を迎えるようになったのです。それが京都にも財力を落とす事となり、その後は、三鷹当主に良い子が産まれなかった時の為の予備のような扱いになってゆきました。それはまるで、江戸の将軍が「三鷹」で、「松月」が大奥のような…。大奥の方が良い扱いを受けていますね…。妻というのは名目で、三鷹に行って子供だけ産んで返されたという人が出てきて、我々は「三鷹」への協力をしなくなった。それが百年くらい前、意見の違いの始まりです」

「では、三鷹を断ったじいちゃんと、祖母が出会ってしまったと言うのは…祖母は「三鷹の妻候補」だったという事ですね」

 その言葉に晴美はカイの中に流れる三鷹の血を見た気がした。
 それは、男系になってしまった「三鷹」に、財力目当てで「女」をあてがってきた「松月」を蔑んでいるように、聞こえた。
 あの大きな九条の家は三鷹の力だけで建てたのではないが、関係が全く無いとはいえない。

「…え、ええ、そうです。柚はんは…三鷹に行く為の礼儀作法を習う為に九条家におりました」
「意見の相違で離れていたのに、まだそんな事を…?」
「カイさん。そうしなければ…三鷹が絶えてしまうでしょう…」
「別にそれで良かったんじゃないですか?」
「…あなたの家だって…三鷹が建てたのに…」
「俺の家?…米沢の?」
「あ、いいえ、家は違うわ。三鷹から…その、銀行から融資を…受けたようなものよ」

「晴美さん。俺を…怖がらないで下さい。俺は三鷹ではありません。俺はただの秋月海です。ただの幸次郎の孫です」
「ごめんなさい…」

 晴美は自分に流れる「松月」の血を感じていた。
 いつから、こんな三鷹に支配をされているのだろうか?
 でも、それを今の三鷹当主から感じた事が無かった。

「そうね。あなたは覇王の孫だったわね…」
 とひと息ついた。
「落ち着きましたか?」
 見るとカイが自分の手に手を重ねている。
 私はそんな事にも気が付かなかったのかしら…?と見ていると
「す、すみません」
 と慌ててカイが手を引っ込めた。
「なんか、顔の色が悪くなった気がしたので、心配で…つい…」
 と謝っている。
 カイを幸次郎の孫としてしか見ていなかった晴美だが、何気ない会話で自分を怖がらせたこの子こそが覇王なのではないだろうか?と思った瞬間だった。
「ありがとう。もう大丈夫よ。それで、聞きたいのは、柚さんの事でいいのかしら?」
「はい。お願いします」
 とカイが笑った。

「柚さんは、前の当主の花嫁候補の一人だったの、花嫁候補とは聞こえが良いけど、三鷹当主は当時結婚していて、その奥さんと離婚するって事で、松月に話がきたのよ。その時の候補は九条で三人預かって居たのだけど、吉野の山脇家の出で、おとなしいけど能力は高かった柚さんが、選ばれるなら彼女だろうって言われていたの、彼女は花が好きで良く庭で歌っていた。そんな時、幸次郎さんと出会って、二人はお互いに好きになったのよ。二人は結婚を決めて東京に行った。もちろん、山脇家も、預かっていた家、九条家も反対で、当の三鷹からもずい分いろいろされたみたいだったわ。それでも二人は自分達を貫いた。三鷹はその頃から秋月を目の敵のように思っているのよ」
「横取りした事になるけど、三鷹として柚さんを迎えるより、ずっとじいちゃんらしいな」とカイが笑う。
「そうですね。でも、松月の人間は幸次郎さんは視えていたのではと思っています」
「かもしれないですね。だけど、俺はそういう経緯があるなら、じいちゃんに、三鷹の当主になってて欲しかったな。そうすれば、こんな事は起きていないし…これからも何も起きない…」
「カイさん…」

 この先に起こる事が視えているかのような遠い目をしたカイ。
 カイの能力は確実に上がっているように見える。
 九条にカイを招いた時から三鷹を敵に回す事は決まっていたのだが、それは間違っていなかったと思う晴美だった。


 やがて、車は吉野へと到着した。

 あちこちと回って来たのでもう薄暗くなってきていたが、桜はライトアップされていてとても綺麗だった。

 大川と春野とカイが桜を眺めていた。


 そんな光景を後ろから見ていると、きりかが傍に来てこう言った。
「ママ。ママから冷たい空気が消えているわ」
「え、そう?」
「自分でもわかってるんでしょ?車でカイくんと二人。何を話したの?ううん。何があったの?」
「別に何もないわよ」
「あーあ、私もそっちに乗れば良かった」
「ふふ、良い事なら、実はあったわよ。教えてあげないけど」
「えーー、ママったら、いけず」
「良いじゃない。まだカイくんはあなたのモノじゃないんだから、少しくらい」
「えー、良くないわ。少しでもあげない」
「頑張りなさい。彼かなり難しいわよ」
「うん。東京の女なんかに負けないんだから」

 カイに気を惹かれる女の子は多いだろう。

 だけど、彼を本当に落とすのはとても大変だろうと思う晴美だった。








「海を見たかい」 十五話 迷走後編

2012-07-24 03:29:53 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)


 「迷走」後編


「捕まったら出れない大きな穴。そこからカイは出られるのか?」



 あれから、しばらくして、
「カイくん。蓮見明良の写真を入手できたわ」
 春野が店に電話して伝言を残してからマンションにやってきた。

 こうして事件の事を色々と話せるのは嬉しかった。
 やはり、古い事件なので一人では限界があった。
 不通になってしまうネット環境にも嫌気がさしていたし、彼らにとても頼っていた自分を感じているカイだった。

「ここに居る蓮見明良については何かわかった?」
「彼はわからない。相変わらずだ」
「霊の方の…八年前のライブの写真はこれよ」
「…確かに、俺が追ったのはこの人だ」
「この霊が私に憑いていたのよね?それで、祓ってくれたんでしょ?」
「うん。祓ったというか、とにかく剥がしたって言った方が当たってる」
「それで?」
「それで、俺に入ってきて…それからは俺も記憶がない」
「なんで、そんなのを私はつれていたのかしら…本当にごめんなさい」
 春野は本当にすまなそうに謝った。

「それは、俺に会う為だろう…な」
「え?何故」
「お兄さんがそう言ったんだ。俺が祓いをしている事は噂になっていたらしくて、ここの店でもそういう話が出たみたいで、俺が新宿に入ったのが、その翌日だったからと言うんだ」
「その話していたって言うのが蓮見明良なの?」
「そう」
「なんとか、生きている蓮見の情報を見つけて問い詰めるのが早そうね」
「それか、彼に明良の霊が憑いているなら、無理やりにでも俺に従わせて吐かせる事でもいいけど…」
「そのセリフ…。ミソカちゃんが泣くわよ」
「………」

 普段なら俺自身で霊をどうこうしようと思わない。
 俺は強がっているだけなのだろう…。
 携帯という一番使っていた装具を奪われ、武器となっていたミソカ達も使えず。
 こうして春野たちが来てくれなかったら、何も出来なかった。
 そこが俺を焦らせる。
 ミソカ達がいない状態で、この事件を解決しないとここから出られないのに…。

「警察の行方不明者に蓮見がいた」
 と知らせてきたのは孝之だった。

 もちろん、蓮見という名前ではなかった。
 早速、俺と孝之は警官と一緒に蓮見を訪ねた。
 彼は、二年前の行方不明者、家族から捜索願が出されていた。


 俺達と警察が訪ねた時にはもう彼から蓮見が抜けていたが、それでも記憶が曖昧だった。
 一年以上もとり憑かれていたのだからそれは仕方が無い。


 俺は抜け出た霊を追った。

「とり憑くなら俺にしろ」

 と俺は言おうとした。
 だが、孝之に先に言われてしまった。

「なんで?タカ!」

 孝之にとり憑いた霊を祓おうとする俺を孝之が止めた。

「この方が話せる。俺はいつも霊が見えたり話せたりする春野が羨ましかったんだ」
「だからって何で?危険なんだぞ」
「これで俺もやっとお前の手助けが出来るな」
 孝之が笑った。

 どうやら俺に最初に入った複合霊ではなさそうだ。
 それでも、蓮見の霊が強い事に変わりはない。


「絶対、助けてやるからな」

「明良は殺されたらしい」
「多分、そうだと思っていた。怨念は皆そうだから…」
「だけど…」
 孝之が口ごもる。
「殺したのは、あのお兄さんみたいだ…」
 
「お兄さんに、直輝に会わないと…俺のマンションに行こう」


「蓮見直輝さん。明良さんを殺したのはあなたですね?それなのに何故俺をここに呼んだのですか?」
 直輝はゆっくりと話し出した。
「…僕はいつも自由に生きている弟が羨ましかった…。でも、殺す気は無かった。だけど、山中に埋めた弟の死体は発見されず…その魂は…ここの穴に縛られて出て来れない…救われない…」

「だから、俺達を使った。発見をさせようとしたのか?」

「それも…ある。弟をここから救って欲しい…」

「直輝さん。俺では弟さんは救えません。ここの霊は強力でもう一つ一つの段階では無いんです」

 俺達の下には大きな暗い穴が開いている。
 明良の霊が入っている孝之にもそれは見えているようだ…。

「でも、カイくん。今は明良は一人だ。助けてやってくれ」

「今はね…これは…俺が春野から引き剥がし、俺に憑依させたただの結果であって。そう長くは続かない。明良さんは…弟さんは八年の間に完全にあっちに行ってしまったようだ」
「明良…」

「直輝さん。俺が彼に会った時、彼は必死に逃げていた。それはあなたから逃げていたんですよ…」
「弟が…何故?」
「明良さんは自分を追って来ると、あなたまでもがこっちの世界に囚われてしまう。そうならないようにと、必死で逃げていた。もう最初に何が起きて、誰に殺されたかも思い出せない状態で…それでも…あなたがこっちに、この輪廻も出来ない所にあなたが来ないようにと…」
「…そう…なんですか…。僕は自分の事ばかり考えてあんな事をしてしまったのに…明良は俺を守ろうと…して…」


「そうです。だから、直輝さん。お願いです。もう少しこっちに。あなただけでも。俺の傍に」


 孝之は直輝が少しずつカイから遠ざかっていくのを見た。
 直輝はもうあの穴の上に立っていた。
 穴が生き物のように少しずつ大きくなっているようだった。

 そのギリギリに立ちカイが叫ぶ。


「手を延ばして下さい。俺に。この手をつかんで!」


「僕は僕の罪を償わないといけない」

「それでも、必死にあなたを守ろうとした明良さんの言葉を俺は…」

「僕が殺したのに…」

「それでも。彼はあなたを助けてと言ったんだ!」


「カイ!」
 穴に踏み出そうとするカイを回りこんだ孝之が体を張って遮る。

「どけ、タカ。彼が行ってしまう」
 
 孝之の腕をすり抜け前に進もうとするカイ。
 カイの腕を掴む孝之。

「だめだ。カイ」

「……」

「明良。こっちにおいで、僕と一緒になろう」
 
 その言葉に孝之の体から明良が抜けてゆく。

「…ダメです。いかないで……」



「ありがとう…」

 その言葉は二人からだった。


 俺とカイは穴に落ちてゆく彼らをただ見送る事しか出来なかった。



「良くないよ…こんなのは…輪廻が叶わない世界なんて…地獄じゃないか…人はどうしてこんな物を作ってしまうのだろう…俺は…俺は」

 カイは泣いていた。



 カイが言うには、この穴は埋まる事がないのだそうだ。
 落ちてしまう霊や人の欲望を吸って蠢いている。


 人の坩堝。




 こうして彼らが消えて、カイは新宿から出る事が出来た。

 最初、明良はカイに会う為に春野を利用した。
 カイは殺された霊が死んだ時よりずっと純粋になっている事から、事情を聞いてちゃんと成仏させようと思っていた。
 が、その重さに気がついた。
 ミソカ達をこの事件から遠ざけたのは穴に取り込まれる危険性と無理やり祓う方法を使いたくなかったから…。
 蓮見明良を名乗る人間の存在と、彼と話してその気さくな性格にますます引き剥がすのをためらってしまった事など。

 長引かせても解決はしないと思いつつ日々を過ごしてしまった事などを言った。



 それを聞いた春野は

「カイくんは、もう少し、生きている人間の事を考えた方がいいよ」と
「前は霊の事をちゃんと聞けって言ったのに?」
「違うのそういう事じゃない。そんな穴を作ってしまう人間の事じゃなくて、私達の事をちゃんと考えてって事よ」
「考えているよ。今回は俺一人じゃ何も出来なかったから、助かったって思ってる」
「ううん。助けとかじゃなくて、どれだけ私達が心配したと思っているかよ」

「………」
「カイくんは今、そんなのそっちの気持ちの押し付けじゃないかって思ったでしょ?」
「そ…そんな酷い事は思っていない…」
「カイくん。一人で走らないで。私達が心配する事を邪魔だと思わないで。心配するのは私達がカイくんを好きだからだよ。その気持ちまで拒否しないで」
 春野は泣き出してしまった。

「…ごめん…」

「カイ。俺達に心配させるのも、お前が俺達を心配するのも同じだろう?お前が色々視えるから、お前の方が重いという事もないと思う。確かに俺達はお前の力に成れないかもしれないが、それでも、俺達はお前とミソカ達と居たいんだ」
 と孝之が言った。
「タカユキは、カイがシンジュクからずっと出られないんじゃないかって、すごく心配してたんだよ」
 ミソカが言う。

「今回の事は、本当に俺が悪かった。いや、判断を間違った。無理にでも祓ってしまえば良かったのかもしれない」

「カイは明良の願いを叶えてやりたかったんだろ?」
 ツゴモリが言った。

「…出来なかったけどね…彼らが消えた時、俺は無力を痛感した。多分…俺は焦っている。あの図書館の三鷹の…皆を守れないと言った言葉が、俺の頭から抜けないんだ。俺は俺自身が強くならないといけないと焦った…。それに、いつか、三鷹と大きな問題が起きるとしたら、俺は皆を守れないなら、皆の傍に居てはいけないんだ。そう思った」

「それは、カイ。その考えはアキラとナオキと同じようにいつか全てを見失うぞ」
 ツゴモリが言う。
「……本質を見失うと?……」
「アキラとナオキはお互いを守ろうとして、結局、落ちる事になった。タカユキやハルノは、今、ここにちゃんと生きている。彼らみたいに時間が止まってしまってはいない。だから、お前もちゃんと二人と向き合えって言ってるんだ。一度、失ったら取り返しはきかないぞ」

「失いたくない。だけど……」

「カイ。俺達は守ってもらわなくていい。俺達は自分で何とかしてみせる」
 
 春野も孝之ももう決意を固めているようだった。


「二人は何も、三鷹とは関係ないのに…」

「関係無くはない。三鷹がお前に何かしようとしてくるなら、俺達はそれを黙って見ている事が出来ないんだ。俺達を信じてみろよ。カイ」

「…俺は…」



 その時、俺の鳴らなかった携帯が鳴った。





「京都、九条家。春のお誘い 吉野に桜を見に来ませんか?」とのメールだった。


「京都、九条家!?何で俺のアドレスを…」


 このタイミングで京都と吉野への誘い。
 俺には断る理由が無かった。

 だけど

 急激に流れ始めた時間。
 それに乗るにはまだ俺は未熟だった。