趣味の日記

観劇・歴史・小説・漫画などなど、思いつくままの語り日記

シアターオーブ

2012-10-07 23:51:46 | 観劇
今日は、来日しているフランス版「ロミ&ジュリ」を観劇。
さて今年オープンしたシアターオーブ、初めて中に入りました。
ロビーは外面がガラス張りで、明るくて見晴らしもいい(ヒカリエ11階ですから)。
でも、ロビーの構造が迷路みたいで、あちこちに上がる階段や降りる階段があったり、吹き抜けになってる分通れるところと通れないところがあったり。
お手洗いの場所も、迷路の一角のようでわかりにくい。
んむむ・・・非常階段もあちこちにあって、大阪のブリーゼみたいに逃げ道がないなんてことはなさそうだけど、でも動線として歩きづらい構造じゃないかなぁ?
客席は、私は今日は3階でしたけど、傾斜がとってもきつい。その代わり、一列ずつ手すりが付いてるのですけど、これが、観劇の視界の邪魔になる(汗)。んん~もう少し低くできなかったの?
音響は、さすがミュージカルホールとして作っただけあって、よかったですね。

肝心の「ロミ&ジュリ」。
字幕を読みながらだったので、オペラばかり覗くわけにも行かず、目と頭をフル回転で、結構疲れました(苦笑)。
でも、字幕の歌詞が、宝塚版とはかなり解釈が違うところが面白かったですね。
ロミオも、宝塚のような白い二枚目ではなく、女遊びもして、かなりやんちゃで危ない遊びもしていて、でも満たされない思いを抱えて鬱屈している。
ジュリエットは、もっと激しい感情と気の強さを持って、男たちの言いなりに生きるしかない女の身に、反発している。
ティボルトも、マーキューシオも、ベンヴォーリオも、それぞれに自分の弱さや鬱屈を抱え悩みながら、死を怖がっている。
キャピュレットママは、宝塚のような‘女’なのではなく、男の言うなりに生きている諦め感の漂うママで、だからこそジュリエットにも同じようにすべきと話し、女の運命を持つ娘を愛している。
キャピュレットパパは、意外に気の弱そうな風情?壮年の力強さを失いつつある、疲れたパパでした。娘への愛情は、ちょっと歪んでない?(爆)
モンタギューは、パパがいなくてママのみ。女当主かというくらい、貫禄たっぷりのママですが、こちらはしっかりとロミオを愛する母親でした。
‘死’は、女性なんですね。白い屍衣(?)をまとって髪を振り乱す様は、死を予告する妖魔バンシーを髣髴とさせる感じ。
前半はちらちらと姿を見せる程度ですが、後半はずっと、これから死ぬべき人に取り憑いて、死へと誘ってます。
全体として、サブタイトルに「ヴェローナの子供たち」とあるように、‘子供たち’の物語なんだな、と。大人たちは勝手な言い分を通し、子供たちはそれを無視して、鬱屈を晴らそうと危険な遊びばかりしている。
ティボルトの無骨な幼さや、ベンヴォーリオの脆さ、マーキューシオの道化ぶり。すべては、子供の抱える未来への不安や鬱屈、今を生きたいという本能と衝動。そういった感じでしょうか。

ベンヴォーリオの役者さんが、カッコよかったなぁ♪
舞台セットが、古代ローマのコロシアムをモチーフにして、傾斜を上がったり下りたり、ジュリエットの寝室が塔のてっぺんだったり、あちこちパズルのように外れたり回ったりして、フランスらしく前衛的とでもいうのでしょうか。
録音オケの演奏が素晴らしかった(爆)。宝塚オケを聴きなれてたもので、始まった瞬間あ~上手い~と思っちゃいました(苦笑)。
アンコールは、3曲くらいあったかな。すごいノリノリで、手拍子もすごかった。
終演後、ロビーに出演者の皆さんが撮影会みたいにずらっと並んで出てきてくださってました。
私の後ろの席に並んでた若い女の子3人くらい、関西弁で(笑)上演中もキャイキャイうるさかった(苦笑)。アンコールもやたらとキャーキャー叫んでて、ちょっとビビりましたがな(爆)。

フランス版を観て改めて、宝塚版はロマンチックにそして日本的にアレンジしてあるな~と(東宝版は観てません)。
なんかすごく、月組まさお君版を観たくなりました・・・。
コメント
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