秋田県の能代郡に属するある小さな村では、山野に萩の群生する一帯がある。
この村の庄屋の佐藤新左エ門という男は、村の寄り合いのたびに奥の間から大きな蕾を持ち出して来て先祖代々伝わる小判や二朱銀のコレクションを見せびらかせていた。
「どうだ、お前らもせっせと働いて少しでも蓄財することを忘れるな。長い歳月の内にはこうして山吹色の銭が拝めるようになるぞ」
庄屋としては本気で村人を鼓舞する気持ちもあったが、小作との厳然たる格差を感じてもいた。
優位な位置にいる自分を少なからず誇らしく思っていたことは確かである。
そのためか、機会あるごとに大した危惧も抱かずに小判の入った壺を人目にさらした。
夏が過ぎ、村人が稲の刈り入れを心待ちにしていた九月下旬、そろそろ日が傾き始めた時刻に庄屋の家に捕吏を名乗る三人の男があらわれた。
「警察の方が何の用事でしょうか」
「近くで小判の入った壺の盗難事件があった。お前のところに似たような壺があるという噂なので事件に関係がないかどうか持ち帰って調べる。判明するまで預かるからそれまで逃げるような真似はするな」
「警察というのはどちらの警察ですか」
「能代の方だ」
「いつ頃判るのですか」
「わかり次第お前に沙汰をする」
「この壺は先祖から受け継いだもので疚しいものではありません、そのことは村人の多くが知っています」
「つべこべ言うな。壺だけでなく身柄も預かろうか」
「いえ、それではお渡ししますが預かった証拠に何か書付を・・・・」
「よし、手配書を置いていく。こうならないように首を洗っておけ」
ちょっと怪しかったが、身の危険を感じてその場は事を荒立てないようにした。
庄屋は一計を思いついた。「能代へ帰るなら一本杉の手前を右へ曲がると近道です。一刻でも早い知らせを待っています」
一本杉を右へ曲がると能代への県道に出られるのだが、この時期萩の群生地を突っ切るわけだから衣服に結実したばかりの種が付くのは目に見えている。
万が一今の話がウソでも、ぬすびと萩がすべてを教えてくれる。
庄屋は先読みして自分を納得させ壺を手渡した。
しかし、一晩中胸騒ぎにさいなまれた。
庄屋は夜が明けると同時に、人を頼んで能代警察まで馬車を走らせた。
「昨日こちらから三人の刑事の方がお見えになったのですが、うちの壺は調べ終わりましたか」
「はあ?」
受付の警察官は怪訝な表情で庄屋の顔を見た。
「だから、家宝の壺ごと小判や二朱銀を持っていったんですよ」
「何という刑事ですか」
「名前は名乗りませんでした」
「ほんとにうちの刑事ですか」
「能代のほうと言ってましたから」
「刑事課に問い合わせてみますが、なんだか変な話ですね」
出勤してきた警察官が何人も集まってきて「騙されたんじゃないですか」と見解を述べた。
そのうちに目つきの鋭い刑事が出てきて、その手口は近ごろ珍しいが詐欺師の仕業だなと結論付けた。
「うちの刑事は誰もサトウさんのお宅へ行っていないし、近隣の警察署に問い合わせても誰ひとりそちらへ伺った者はいないそうです」
やはり、騙されたということが確定した。
「せっかく来たのだから被害届を出しらどうですか」
小判が何枚、二朱銀が何枚、その他メノウやヒスイの勾玉など貴石、入れ物の壺に至るまで箇条書きで書きだした。
日頃から取り出しては眺めていたので、被害届はスムーズに提出できた。
しかし、たった一晩過ぎただけで三人組の姿は突き止められなかった。
宿の聞き込みもしてくれたし鐡道の駅にも手配がされたが、今のところそれらしい三人組の情報はなかった。
おそらく昨夜のうちに遠くへ逃亡したのだろう。
「捕まえてくれれば、きっと盗人萩の種が付いているのになあ」
「サトウさん、それじゃ逮捕はできませんよ。盗人萩なんてどこにでもありますから」
庄屋は自分の迂闊さにあらためて気づいた。
いい気になって村人たちに家宝を見せていたことが仇になったのだ。
誰のせいでもない、甘ちゃんの自分が悪かったのだと思い知った。
(おわり)
高い勉強代となりました。
今の時代、これほどサギが多くなるとは思いませんでした。
一部の人だけだとはいえ、日本人は悪いことをしないと信じているのですが。。。
この古典的な詐欺は、現在もキャッシュカードを預かる(あるいは暗証番号を聞き出す)形で連綿と続いていますね。
オレオレ詐欺もまさかこんなに引っかかる人がいるとは思いもしませんでした。
我家にも、飛び込みのセールスがよくやって来ます。
共通点は、「この坂の下の方で工事しています」、「消防署の方から来ました」、「市役所の方から来ました」と「○○から来ました」ではなくて、「○○の方から来ました」です。
でも、3人もの刑事に来られて凄まれたらビビッてしまいますよね。
私は、インターフォンで、ホントに消防の制服か?、首から証明書を下げているか?等をチェックして、多少とも疑念があれば居留守をつかって知らんふりをしています。(-_-;)
そうですか、飛び込みの営業がよく来るんですか。
たしかに似たり寄ったりのセリフをよく使いますよね。
調布にいts頃、屋根瓦がずれているとか崩れているとの指摘をしながら工事を促す業者が立て続けに現れて、こりゃおかしいぞとけいかいしたことがあります。
その時も近くで工事をしていて通りかかったと説明していましたが、一旦屋根にあげちゃうとどんどん崩してべらぼうな工事費を請求する手口が問題になっていました。
白アリもそうですね。
うかうかしていられない世の中になりました。