どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

どうぶつ・ティータイム(35)

2008-01-10 13:47:27 | 犬の仲間

     リョウちゃんの戸惑い

 先日また雪の残る北軽井沢へ行ってきた。
 二、三日滞在しただけだが、ご無沙汰していたリョウちゃんと交流できたのが大変うれしかった。

 まず先に挨拶してくれたのは北海道犬のリョウちゃんだった。
 山荘に着いたとたんに、ワン、ワンと呼びかけてくる。見知らぬ通行人などに吠えるときは間隔の詰まった甲高い声だが、挨拶のときにはどこか反応を探っている間合いが感じられる。
「リョウちゃん」と離れた場所から呼びかけると、すっかり見通しのよくなった唐松林の向こうから再会を懐かしむ犬の声が返ってきた。

 このリョウちゃんとは幼犬のときからの知り合いである。
 飼い主に連れられて散歩に来たとき、飛びつくようにしてじゃれ付いてきたのが最初の出会いだった。
 衣服を汚してはいけないとか、畑に入り込んでは迷惑だろうとか、飼い主の心配をよそにハイテンションの歓びぶり。その無邪気さに相好を崩して「平気、平気」と相手をしたのがつい昨日のことに思われる。

 しかし、その後のリョウちゃんの運命はあまり明るいものではなかった。
 一年が過ぎ体が大きくなると、飼い主を引きずるほど力が強くなり、制御するのが難しくなったように見受けられた。
 犬小屋もかなり頑丈な木材と鉄骨で広めのものを作ってもらい安泰かと思われたが、ある日自由を求めてトタン板の屋根に体当たりを繰り返し、とうとう外に飛び出してしまった。
 
 以来、束縛はきつくなり鎖に繋がれる日が多くなった。
 そして、ある日交通事故にあったとかで前肢を吊られたリョウちゃんの散歩姿を見ることになった。
 どんな事情があったのか、間もなく前肢切断。それでも散歩するリョウちゃんはうれしそうだった。

 散歩の時間が少なくなって、リョウちゃんの遠吠えが増えた。
 野生がひときわ濃い犬種だから、一日中でも動き回っていたいだろうに、閉じ込められる日々が続いた。
 そして再度の逃亡。

 焚き火をしている背後に突然何ものかの気配がした。
 振り返るとリョウちゃんが所在無げにたたずんでいる。
「あれ、リョウちゃん・・・・」
 声を掛けた途端に、すっと離れたのはなんだったのか。
 彼の意識の中に、いけないことをした罪の感覚と、捕まりたくない思いがあったことは容易に想像できた。

 ふたつの思いの中で心が揺れ動く。
 あるいは「飼い主以外の人になれなれしくしてはいけない」という微妙な戸惑いがあったかもしれない。
 振りかえり振りかえり遠ざかるリョウちゃんを見送りながら、こちらもまた「・・・・飼い主でもないのにあまりなれなれしくしたら、却って苦しめることになる」と、その場の対応に逡巡を覚えたのだった。

 リョウちゃんは、森の一画をひと回りしたあと犬小屋の前まで帰っていった。餌をやろうとすると「ウーッ」とうなるので、とりあえずその場を離れた。
 このときのリョウちゃんの心理はどういうものだったのか。
「そんなの関係ねえ(餌が欲しくてあんたのところへ行ったんじゃないよ)」
 犬のなかにも気位の高いのがいるのだろうと憶測したが果たしてどうか。
(ぼくの気持ちが全然わかってないんだな・・・・)
 非難されたような気もして、しばらく落ち込んだ。

 真っ白だったリョウちゃんの毛は薄汚れ、犬小屋につなぐ鎖は以前よりも太く、そして短くなった。
 遠くから見かけるリョウちゃんは座ったまま動こうとせず、こちらに顔を向けようともしなくなった。
 こうしたリョウちゃんに声を掛けるのは罪だ。
 こちらもリョウちゃんの家を避けるようになった。

 そして、この日のはつらつとした反応。
 明らかにリョウちゃんの環境がよくなったことが感じられた。
 早朝、飼い主に連れられたリョウちゃんが白い息を吐きながら通っていった。冬になって時間的な余裕ができたのか、長めの散歩時間を得てすっかり元気になっていた。
「リョウちゃん、よかったね」
 声を掛けても自分のことに忙しい。霜の降りた道端の草むらを嗅ぎながら、ちらりと一瞥しただけで先へ進んでいく。

(それでいい・・・・)
 人間よりも複雑な心の動きなど見たくない。
 このまま飼い主の仕事が暇であってくれと、リョウちゃんの揺れる尻尾を見ながら祈る気持ちだった。

(写真は、リョウちゃんの追いかける相手だったかもしれないニッポンカモシカ)
 


 
 

 
 

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1 コメント

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戸惑う愛情物語 (くりたえいじ)
2008-01-10 17:35:37
ああ、そうだったのですか! 上に掲げた写真は、とても犬には見えず、でも、読み進んでいくうちに何かカラクリがあるのかな、なんて思いつつ。
筆者一流のどんでん返しがあるのかとも思ったりして。

でも、ご近所さんちのお犬さんだとしても、友情の交歓がうかがわれ、美しい話ですね。大怪我の跡がとうなったか気にかかるところですが、まずはハッピーエンドでした。
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