どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

思い出の連載小説『吉村くんの出来事』(7)

2023-12-25 00:00:20 | 連載小説


      草津にて

 なぜ、そんな気になったのだろう。湯もみを見ようなどという気に・・・・。
 湯畑をひとめぐりしたとき、右手の古びた小屋から入場開始を告げるアナウンスがあり、鼻にかかった案内嬢の呼び込みに好奇心をくすぐられたという面はたしかにあった。
 吉村は、祭りや見世物に人一倍の興味を持っていた。
 ただ、人ごみの隙間に仄見える影のようなものを意識する癖があって、子供のころから手放しで騒ぐといったことができない性質であった。
 このときも、チケット売り場を前に気持ちを決めかねていたのだが、「せっかく来たのだから・・・・」と仲間の佐々木に勧められて、やっとその気になったのだった。
「行こうよ」
「そうだね、入ってみようか」
 佐々木のことばを引き取って、吉村は横の二人に声をかけた。
 だが、八田も間宮も気乗り薄で、何でそんなものを観る気になったのかと、半ば呆れ顔で吉村を見返すのだった。
 ふたりとも吉村と同じ郵便局に勤めていて、かつての吉村と同様に自分の世界に没頭している。八田は渓流釣り、間宮はアマチュア・オーケストラに所属してバイオリンを趣味にしていた。
 予想外の醒めた目つきに出合って、吉村は困った。ここまでは四人の足並みがそろっていたのに、初めて意見の相違が生じたのであった。
「わるいけど、おれたち先に一杯やってるよ」
 八田が照れた笑いを浮かべた。「・・・・西の河原を歩いてきたら、喉が渇いてしまってな」
 なんのことはない、早く飲みたいだけなのだ。
 実際、視線の先には軒を接して飲食店が連なっている。焼肉、寿司、そば、焼き鳥・・・・。さまざまな種類の看板が、ペンキの色を競って人びとを誘い込もうとしていた。
「あそこだからね。あの角の店・・・・」
 八田が吉村に屋号を確かめさせた。
「さあ、いこう」
「行きますか」
 間宮もいそいそとついて行く。細い首を伸ばすようにして歩くアマチュア・バイオリニストの背中を、吉村は浮かない顔で見送った。
 茨城出身で、間宮林蔵の遠い血筋を引くというこの男が、音楽に趣味を持っていたこと自体まず意外だったが、その上酒好きとくれば二重のおどろきである。年長で陽性の性格を持つ八田とは、この旅の間中ずっと気の合ったところを見せている。ふたりは案外ウマが合うのかもしれなかった。
 温泉旅行を通じて、隠れた人間関係を発見できたことが収穫といえばいえた。
 今回のプランは、いまは保険課に所属する佐々木が持ち込んだものだった。
 顧客の依頼で予約しておいた『かんぽの宿』がキャンセルになったとかで、急に湧き起こった話であった。
 簡易保険の資金をもとに、独立採算制で経営するという保養所は、国や地方自治体が運営する公共宿泊施設とちがって、絶えず利用客の好感度を意識していた。
 過度のサービスを抑え、料金も一般旅館と国民宿舎の中間に設定するかたわら、食事、風呂などでそこそこ満足できるように配慮されている。
 たとえば食事は、四ランクに分かれた中から好みや予算で選ぶことができるし、一品料理を追加して変化をつけることも可能であった。
 吉村も山行きの帰りに、妙高や十和田で簡保の宿を利用したことがあるが、それなりに楽しんだ経験を持っていた。
 そんな事情を熟知している吉村だから、土曜日からの一泊二日が空いていると聞いて、即座に動き出した。
 草津はやや俗っぽいかなと危惧したが、仲間に当たってみるとたちまち参加者がそろった。
「え? まだ傷が痛むのかい」
 八田のように、吉村の事故の後遺症を心配してくれる者もいた。
 たしかに、これから寒さを迎える季節になれば、打撲の痕が痛む懸念もないとはいえない。治療を兼ねた草津行きと勘違いするのも無理はなかった。
「まあ、それもありますが・・・・」
 説明するのが面倒なので、適当に端折って伝える。「実は、佐々木さんから願ってもないチャンスをもらったんスよ」
 秋の草津は紅葉もプラスされて、四季のうちでも最良の旅行シーズンである。あわただしく声をかけたのだが、短期間で賛同者が四人に達し、あっさり予約の人員を満たしたのだった。

「なかなかの盛況ですね」
 入場券を買い、人ごみに押されるように中へ入る。
 方言が飛び交う雑多な雰囲気が、幼いころの胸のときめきを思い起こさせる。ある日を境に姿を消した父親の背中を求めて、盆踊りの輪を見続けた夜の記憶が甦る。吉村は感傷を羞じながらも、鼻腔の奥をうずかせる反応にそっと指を添えた。
 高い天井と、小屋の四隅が暗かった。
 場内には灯りが点いているのだが、小屋全体に行き渡るほどの照度はなかった。最も明るい場所は、入口を入って左手の一段高くなった舞台である。御用提灯に似た蛇腹の円い灯火と、青と赤の二色に染め分けられた角灯が、金色の緞帳を上下から照らしている。
 照明は人工的でありながら、いまや人びとの郷愁をよぶ誘蛾灯のように点っている。安っぽさが却って場末の哀愁をかきたて、日常とは違った世界に連れ込んでくれるのだった。
「いやあ、きれいだこと」
「あそこで、湯もみをやるんじゃなかろうか」
 舞台の前の一段低くなった場所は小さなプールほどの湯舟で、それが四つに仕切られ、周囲は木枠とその外側の広い板敷きで占められている。
 湯舟に突き出すように置かれた片側五枚ずつの湯もみ板は、等間隔に向き合う姿で『くさつ』の文字を浮き上がらせている。これから始まるショーへの期待を集めて、使い込まれた道具がスタートラインに手をついている感じであった。
 吉村は佐々木と共に、奥まった観覧席に進んでいった。湯舟をぐるりと囲む客席の手前側がすでに埋まっていたという事情もあるのだが、向こう側の最前列の席がぽっかり空いているのを発見して、佐々木と共に突進したのだった。
 彼は黒光りする丸太の手すりに腕を載せ、その腕に顎を当てて身を乗り出した。長年の望みが叶えられたような満足感が湧いてきた。
「やったぜ!」
 叫びたいような、腹の底から突き上げてくる歓びである。
 父がいなくなった当座、運動会でも学芸会でも、昼食時に戻る父兄席はいつも後方の外れにあった。
 男手のある家庭へのひけ目であることは、子供心にもよく分かった。遠慮がちな母の態度に口惜しさを覚えつつ、いつのまにか自分も感化されたことに気付いていた。
 だから最前列は心地よかった。何かをきっかけに攻勢に転じた母同様、長年の鬱憤を晴らすように思い切り体を伸ばして身構えた。
 スピーカーの音量が急に上がり、緞帳がするすると巻き上げられた。
 草津節に乗って、舞台の両袖から湯もみ嬢の登場である。紺飛白の着物と派手に露出した緋色の蹴出し。腰のあたりを締め上げる帯は、これも色鮮やかな緋色である。
 揃いの衣裳も艶やかに短い階段を下って湯舟の左右に展開する。頭に巻いた白の手拭が、もう一色の華やかさを追加する。
 目が慣れると、女たちの半数はあまり若いとはいえない年恰好であった。たったいま、野良仕事から駆り出されてきたといった感じのものもいた。
 まじまじと見下ろす観客の目前を、恥ずかしそうに微笑みながら通り過ぎる女たちの様子が、からかい混じりの拍手を呼んだ。
「いいねえ、この雰囲気」
 興奮気味に話しかける吉村と違って、カメラを構える佐々木の表情は冷静だった。
 女たちが位置につくと、合図にしたがって湯もみ板を取り上げる。湯舟をはさんで五人と五人、新民謡とおぼしき湯もみ唄にあわせてショウが始まる。
 板を右ひだりに傾けるだけの単純な動作だが、湯けむりが目に見えて濃く立ち昇り、温泉の練れていくさまが実感できる。
 佐々木はもう自分の席を離れていて、カメラ好きの本性を剥きだしにしている。八田も間宮もそうだが、三人三様に主張を露わにしていて、それが人間性を感じさせて面白かった。
 他人の反応を面白がる一方、吉村は自分だけが本性を隠している気がした。
「おれはズルイ人間や」・・声にならない声で自分を責める。湯もみを続ける女性たちの手元を見つめながら、近頃こんな気分になることが多いと思っていた。
 夢をみる機会が少なくなって、その分意識の上に不快なものが浮かび上がるようになったのだろうか。
 東京へ出て来てしばらくの間は、うなされるような夢を数多くみた。母と離れて独り立ちする不安だったのか、それとも母を案じるこころの痛みだったのか。
 ある日戻って来なくなった父について、母は「女と出ていったんよ」とだけ呟いた。おそらく彼女にとって最も残酷なことばを口に出したことで、母の中の何かが変わったのだろうとおもう。
 母にとって残酷なものは、吉村にとっても残酷だった。東京での生活が落ち着くにつれて夢に現れなくなった憂鬱が、事故、入院を機に嫌悪の感情となって立ち現れてくるのかもしれなかった。
 湯もみが一段落すると再びスピーカーが鳴り、舞台の照明が光度を増した。思い入れたっぷりの口上にみちびかれて、三人の踊り子が白扇で顔を隠して登場した。舞台左手の和太鼓にも紅いタスキの娘が取り付き、音楽と同時に湯もみ嬢と三位一体のショウが始まった。
 吉村の目は、自然に舞台の踊り子に向けられた。左手で褄をとり、右手の白扇で顔を隠す演出の狙い通り、観客の視線はほとんど踊り手に注がれていた。
 斜めの動きに始まって、踊り子の顔が正面を向いたとき、一瞬の静止にあわせて観客のため息が漏れた。焦らされた期待感が、満足の思いとなって吐く息に籠められたのだ。
 だが、その時「あっ」と驚きの声を発した吉村に気付いた者はいない。彼は手すりの丸太にしがみつき目を凝らした。
 いずれ劣らぬ美形の中に、記憶を射抜く一つの顔があった。右端で踊るやや太り肉の女性は、紛れもなく彼の知る<花園さん>に違いなかった。
 花園さんとは、吉村が熊本から上京して初めて住んだ団地の、同じ棟の住人として顔見知りになった。
 亭主は都内の郵便局に勤める三十代の事務職で、その奥さんが吉村の憧れた花園さんなのである。
 団地は本来所帯用の2DKだったが、独身用の宿舎が満杯だったことと将来母親と同居する予定との吉村の申告を加味して、例外的に貸与されたものだった。
 それにしても、職員確保に躍起となっていた時期だからこその優遇措置ではなかったかと、後から気付いたのだが・・・・。
 一年ばかりの団地生活の間に、花園さんと言葉を交わしたのは数えるほどだ。普段は上の階から降りてくる花園さんを見かけることすらなく、それだけに偶然出会った時のときめきは忘れることができない。
 若草色のブラウス、花柄のワンピース、薄紫のカーディガン、ライトブルーの半コート。季節によって異なる華やかな服装が、動きの少ない表情とともに浮かんでくる。
 何かそこに居るのが場違いのような気持ちにさせ、共に困惑するようなものを置いていく。それが花園さんの印象だった。
「郵便局員の奥さんとは、とても思えない」
 ため息をつきつつ花園さんの後ろ姿を見送る吉村は、そのつど胸をときめかせて常識外の出来事でも信じてみる気になるのだった。
 湿り気の多い雪が降った日、階段の踊り場で譲りあった拍子に花園さんが足を滑らせた。背を反らして手を泳がせるのを、とっさに腕を掴んで引き寄せた。反動で上体を彼の方にもたせ掛けた花園さんのコートの襟元から、香水と体臭の入り混じった甘い匂いが微風となって吹き付けてきた。
「ごめんなさい、ありがとう」
 吉村の鼻先に、花園さんの微笑む顔がある。
 上目遣いの瞳と、笑みによっていっそう両端の下がった唇の形は、吉村がこれまでに出遭ったことのない新種の表情を作り出していた。
 身体のどことどこが触れ合ったのか、腕にかかった重みと柔らかさの感覚が、彼を有頂天にしていた。
 生涯で一番得をしたことを挙げるとすれば、あの時のことかなと、吉村はときどき思い出してニヤリとする。それほど憧れた花園さんが、いま目の前で踊っている。あの頃よりも更に洗練されて舞台の上にいた。
 いまも顔の特徴は変わっていない。目と目の間隔がひらいて見えるのは化粧のせいとしても、固く結んだ唇の両端をへの字に下げる特徴は、紛れもない花園さんの証しだった。
 団地生活をしていた当時、花園さんを中傷する陰口を聞いたことがある。
「前は水商売やってたっていうじゃないの。今だって何をやっているか、わかりゃしないわよ」
 やっかみ半分の主婦の噂は、あって当たり前とおもっていた。
 ところが、団地の夏祭りで吉村に手伝わせてクレープの模擬店を出した棟長の指摘は、ちょっと変わっていた。
「ああいう唇の女は、幸せになれないって聞いたよ」
 二月の寒い朝、何気なく新聞を開いた吉村は、地方版の片隅に花園ひろ子の名前をみつけて愕いた。詐欺容疑で逮捕されたと記されていたのだ。
 会社役員のAさんの妻との触れ込みで、市内の呉服店から数十点の高価な着物を騙し取ったと書かれている。Aさんは実在の人物らしい。花園さんとどんな関係があったのか。亭主である郵便局員は、どういう立場に置かれるのか。夫婦の間で何が話し合われるのか。あまりにも突飛で、想像力を超えた出来事だった。
 もっとも、そう思うのは吉村だけで、世知に長けた団地の住民は、こうした結果をとうに予知していたのかもしれなかった。動揺が収まると、吉村も頭の片隅に一片の危惧があったことを認めていた。
「かえって花園さんらしいや」
 いつの間にか郵便受けから<花園>の名札が消えていた。
 運動にかこつけて五階まで登ってみると、やはりそこにも表札はなかった。亭主は、吉村の知らないうちに引っ越して行ったらしい。住民の好奇の視線の中を去っていった亭主の心情が偲ばれた。
「花園って、ぴったりすぎるんだよな」
 ほんとうは別の姓を持って生まれたのに、結婚して<花園>の名を獲得したとき、彼女の人生は大きく変わったのではないか。
 何度思い返してみても、郵便局勤めの亭主とは不似合いすぎるのだ。とても人柄や職業が気に入っていたとは思えない。もしかしたら花園という名が欲しくて、闇雲に結婚したのではなかったか。そんな思い付きが説得力を帯びるほど、奇妙な結びつきではあった。

 舞台の上では、袖口を内側から手で摘まんでピンと張り、櫓を漕ぐような所作を続けていた。
 現在は旧姓を名乗っているのか。それともまったく新しい姓名か。
 予想だにしなかった再会の仕方に、吉村は人生の不思議を感じていた。事件の報道以後、消息を知ることのなかった花園さんが、たとえ温泉場のショウとはいえ花形の一人となってフットライトを浴びているのは嬉しかった。
「いいぞォー、うまいぞォー」
 悲鳴に近い声を発し続ける吉村を、周囲の観客が迷惑そうに振り返った。できることなら「はなぞのォー」と歌舞伎よろしく一声叫びたいところだが、そればっかりはご法度だ。
 事件があった三ヵ月後に、吉村も宿舎を出た。
 同居の条件が日に日に重荷になったのと、勤務地に近い独身寮の空き情報を聞いたのとで、自ら退去を願い出たのだった。
 事実、まだ現役で働く母は熊本を離れる気などなく、このままでは嘘が肥大して彼を呑みこんでしまいそうな恐怖を感じたのだ。
 腹に響く和太鼓の音が、高まりをみせた。
 踊り手は更に二人加わり、五人がみごとな足捌きで前になり後ろになって交錯する。開いた白扇を背景に、花園さんの横顔が浮かび上がる。観光地での湯の香にまみれた踊りは、花園さんに授けられた運命のようにおもわれた。
 やがて太鼓が止み、湯もみ板が静止した。ポーズをとった踊り子の前に緞帳が下りる。
 観客が席を立ち、われ先に出口に向かう。酔った中年男が太った女の肩に手を回して笑いかけている。あれこれと話しかけるダミ声が、雑音を押し分けて吉村のところまで届く。卑猥な言葉が耳を掠めたあと、急に声が途絶えた。どうやら男が小屋を出たらしく、吉村は拡散して秋空に溶け込んでいく会話の余韻を捉えることができたように感じていた。
「よかったねえ。草津らしくて好かったですよ」
 堪能したらしく、佐々木が目を輝かせていた。
「まさか、これほどとはね・・・・」
 吉村は遠くを見る目つきをした。
 やや下り坂になった歩道沿いの家並みの背後に、色付いた広葉樹の林が連なっている。こうして自然を負ってこそ、生活があり、街が潤うのだ。
 父が生きる場所も、調和のとれた街であってほしいとおもう。自分だけの父親でなくてもいいから、やさしくあってほしいと願う。
 はっきりと意識して、父の背中にエールを贈るのは初めてだ。その点、心を閉ざしたままの母は哀れである。
(わたし一人で息子を育てたわよ。どうぞ見て頂戴。あなたなんか居なくても、やっていけるわよ)
 もう誰にも変えられない母が居て、その母に息子の心情を伝える手立ては見つけられない。
 彼のこころは葛藤して、堂々巡りする。
 もの思いに沈んでいる吉村を、遠くから呼ぶ者があった。湯畑を取り巻く飲食街の外れにある焼き鳥屋の店先で、八田と間宮がさかんに手を振っていた。
 近付くと、八田が大げさに嘆いた。「まったく信じられないよ。観光地だっていうのに、夕方四時まで休憩だってよ」
「すげえや」
「仕込みもあるんだろうけど・・・・」
 八田がたったいま嘆いたその口で、一転フォローの発言をしている。
「それで、今まで何をしてたの?」そちらの方が気になった。
「酒屋を探して立ち飲みをやってた」
「ええっ」
「東京みたいな具合にはいかないよ。スルメ買ってワンカップ開けたら、親爺が露骨に嫌な顔をするんだ」
 それで仕方なく、焼き鳥屋の前でチビチビやっていたのだと付け加えた。
「それじゃ、くたびれちゃったでしょう。別の店に入ってればいいのに」
 佐々木が気の毒そうに言った。
「ほんとうっスよ。結構長かったんじゃないスか」
「ここで待っていると念を押した手前、きみらをまごつかせては申し訳ないからな」
 八田がほほえんだ。
「そうか」吉村は、真に心が晴れ晴れとするのを感じた。「・・・・じゃあ、あらためて一杯やりますか」
「いや、宿もそろそろチェックインの時間だろう。これからブラブラ歩いて行けば、ちょうど好い頃に着くんじゃないかな」
「そうしましょうか」
 間宮が同調した。「いまから飲んだり食べたりじゃ、せっかくの料理が不味くなりますからね」
 四人の意見が一致して、肩をぶつけながら歩き出した。
 飲んでご機嫌になった者、湯もみの写真を撮った者、そして花園さんと密かに再会を果たした者。・・・・それぞれの想いを抱いて、四人連れが歩いて行く。
 狭い温泉街を抜け、紅葉の遊歩道をたどり始めると、職場を同じくする仲間の友情がひと塊の熱気となって立ち昇る。
 一陣の風が頭上の枝を揺らし、しがみつく黄葉を裏返して、次の枝に飛び火した。

  

   (第七話)

 

(2007/02/12より再掲)

 

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2 コメント

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父への想い (ウォーク更家)
2023-12-30 13:21:31
主人公は、郵便局の同僚の奥さんの「花園さん」に憧れますが、その後の詐欺で逮捕の展開は、私の全く想定外でした。
そして、この結末を、団地の住民がとうに予知していたというのも私の全くの想定外でした。

それにしても、主人公の父への想いは変わらず、依然として、父親との関係についてはストーリーの展開が未だありませんね。
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男には憧れでも・・ (tadaox)
2023-12-30 14:16:35
(ウォーク更家)様、ありがとうございます。
花園さんと吉村くんの出会いは些細な接触から始まりしだいに憧れの人となりました。
なぜ郵便局のおっさんと結婚したのか、当初から噂の的であり団地の奥さんたちから「呑み屋で働いていた」と中傷まがいの悪口を言われていたというストーリーです。
それもこれも美人ゆえのやっかみだったのでしょうが、高級着物の詐欺を働いて捕まり新聞報道されてしまいます。
消息不明だった花園さんが突然吉村くんの目の前に現れたのが草津温泉の湯もみショーの踊子だったという展開、世の中の興味深い事件と同様に意外でもありある意味あり得ることかもしれません。

主人公の父への思いは暫く想像の中をさまよいますが、あとの章で鮮明に立ち現れます。
登場人物が多岐にわたっていますのでぼくとしてももどかしい思いがあります。
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