え~、この度はコンコン亭しん庄の口演によくぞおいでくださいました。
ざっと見まわしますと、チケットの半券を握りしめたお客様がちらほらと今か今かと待ちわびておられる大盛況で、コンコン亭も精いっぱい努めさせていただきますのでどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、秋田県の海沿いの村に炭焼き善治という男が居りまして、本日はこの男の噺を披露させていただきたいと存じます。
善治は子供のころから神童と呼ばれた頭のいい男の子でしたから、村の中学校の校長先生の推薦で県の奨学金を与えられ無事に高等学校を卒業いたしました。しかも卒業前の二月には東京一の大学を受験しらくらく合格したという顛末でございます。
郷里の期待はエリート官僚とか将来ノーベル賞を取れるような科学者になってくれることを願っておりましたのですが、二年後には誰も予想もしない哲学科を専攻したものですから周囲は大騒ぎになったそうです。
しかも、さらに一年過ぎたころ善治は突然大学を辞め、郷里の実家に帰ってしまい毎日本ばかり読んでいました。
親戚中から白い目で見られ、なおかつ村人からも爪はじきにされる始末に、やむを得ず家の持ち山に小屋を建て、雑木を切り倒して炭焼きを生業にすることにしたそうでございます。
ところが炭焼き窯に楢の木などを入れて火をつけたものの、加減を見るのを忘れて窯の前で本を読み続けたから堪りません。
当然、炭になるはずの楢の木は全部灰になってしまい、これを見た村人はみな呆れ果てたようでございます。
「かつての神童は炭焼き善治になったのはいいが、炭も焼けずに灰ばかり作っている」
噂が秋田中に広まり、「十で神童十五で天才二十歳過ぎればただの人以下だ」と笑い者になっておりました。
ところが東京一の大学の哲学科教授が噂を聞きつけ、かつての生徒の異色ぶりを思い起こし手紙を書いて岩上書店を紹介するから何か書いてみたらどうかと薦めたのでした。
時あたかもニーチェの没後200年ということで読書界ではいくつかの解説本が出版されましたが、ニーチェの恵まれた生い立ちやその後長じるにつれて発揮した文学や音楽の才能を強調し、裕福でないと哲学者にはなれないとする持論を展開したものですから、炭焼き善治の解説本が無名だったにもかかわらず大ヒットしたのでそうです。
哲学というと古色蒼然たる著者が常連でしたが、その後も炭焼き善治の解説本はハイデッカーやサルトルに至るまで実存主義の何たるかをわかりやすく説明したことで読書界に旋風を巻き起こしました。
あれよあれよという間に時代の寵児となった善治は、しかし相変わらず炭焼きに専念していて竈の前で執筆する毎日でしたから印税はたまる一方で、持論の裕福でないと哲学者にはなれないを実践している風に見えました。
何年にもわたって本を読み続けて来た善治には知らず知らずに書く能力も備わっていたようで、どのような哲学者を取り上げても文章が泉のごとく湧き出てきて特に解説本で苦労するようなことはなかったということであります。
さて、バカにされていた偏屈者が大成功を収めた一席をお伝えしましたが。お客様も何かに没頭していれば人生何が起こるかわからないという例えでございます。
そろそろコンコン亭しん庄の口演もお開きにしたいと思いますが、かくいうコンコン亭もちらほら大入りのお客様のおかげで裕福に過ごさせていただいていることを報告させていただきます。
毎度毎度お運びいただき新作口演を応援していただきありがとぅございました。
これにて炭焼き善治の噺は一件落着、お後がよろしいようで・・・・。
言葉を変えればチャーミングな小品、、、ということになりましょうか。
窪庭さんの引き出しの豊かさにはびっくりするばかりです!
これからも何が出てくるか、楽しみにしておりますよ。
嬉しいコメントをいただきありがとぅございます。
やっと新作を書く気持ちになったのはいいのですが、出来上がってみたら超小品になってしまいました。
見よう見まねの高座ふう語りは恥ずかしい限りですが、これからも時々新作に挑戦したいと思いますのでよろしくお願いいたします。