カウンターの椅子に腰をおろしたものの、私の頭はくらくらしていた。
酔だjけではない浮遊感覚が、足まで降りてきている。
実をいうと私は、ママの大きな胸に押されて2分47秒間われを忘れていたのだ。
背中にまわした私の腕にも指先にも、ママの量感と質感が微細な振動のように伝わっていた。
ブラジャー越しの肉塊をさほど強く抱えたわけでもないのに、踊っている間中触れていた腕の一点が発熱していた。
その名残りは、解放されたいまも肋骨に残っている。
黒いドレス越しの刻印、やわらかすぎる疲労、汚濁と純粋のカクテル。さまざまな比喩が浮かんでは消える。
歌のうまい草浦の『赤いグラス』に乗って踊った心地よさが、もしかしたら私の口辺に微かな緩みを与えていたのかもしれない。
「チエちゃん、赤いグラス!」
背後のボックス席から男の声が飛んだ。その夜二度目の珍事だった。
他の客が唄った曲を、立て続けにリクエストするということは、東京ではほとんどあり得ないできごとだった。
水割りをつくっていた女給が、一瞬目を上げて声の主を見た。
困惑の表情が伏せた瞼に残った。
透明のグラスを置いてカラオケの機器に躯を向けたとき、すでにママがディスクをセットしなおしていた。
前奏が流れた。
人の立つ気配がして、ガタガタと椅子のずれる音がする。振り返りたい欲求を、やっと抑える。
身を硬くしている私の肩に手をついて、男がフロアに出て行った。
草浦が私の顔を見た。私の耳に口を寄せ、東京なら喧嘩になるところだ・・・・と囁いた。
囁くけれど、この男も私と同様に五十歳を超えている。
写真家として一家をなしている自信と分別が、瞳の中に大きく居座っている。
「ほんとはな・・・・」と、私はうなずく。
草浦の肩越しに歌い手を見ると、ボックス席に陣取った七、八人の仲間に向かって、おどけた笑顔を見せている。
グレーのTシャツに茶のズボンの男は、黒く日焼けして老けてみえるが三十歳前後の精悍さがうかがえる。
ボックス席から立ち上がってママの誘いに応じる者はなく、その間、歌い手である男は腰をくくねくねと動かして一人二役を演じていた。
唄いたいのか、踊りたいのか、自分自身の気持ちが判らなくなっている様子で、歌は怒鳴り声に近く、はやし立てる歓声とあいまって苦しげに聴こえた。
私は右隣に腰掛けているサブロウを見た。
劇画家の彼は、我関せずの表情で目の前の女給と話し込んでいる。
野球帽を後ろ前にかぶり、朝からの奥入瀬渓流踏破をリードした体力は、まだ充分におつりがあるようだ。
胆力もなかなかのようで、その輝きが丸首シャツの首のあたりから発していた。
『赤いグラス』を唄い終わった小柄な男は、草浦の左横の丸椅子に倒れこむように座ってビールを注文した。
カウンターに左肘をつき、歌い手として同じ曲を分けあった誼の乾杯を強要し、くどくどと絡みはじめた。
「あんたら、東京から来たのかい」
「はい、こちらの温泉郷は三十周年を迎えたそうですね。いい時に出会ってぼくらも喜んでますよ」
「喜んでる? そうか、花火でも見たんかい」
「ええ、よかったですね。ここへ来る途中で観ましたよ」
「焼肉パーティーもよかったぞ」
「はあ、しかし、その頃にはまだ宿にいましたから」
「米沢牛は日本一だぞ」
男はぐらぐらと首を振った。「・・・・わらしっこは菓子もらって喜んでたな」
ボックス席を振り返って同意を求めた。
「んだ、んだ」
いっせいに声があがる。それに力を得たのか、男は再び草浦に向かって言った。
「東京の花火大会は豪華だな。たまやー、かぎやーってな」
「そうですか。わざわざ行ったことがないんで・・・・」
草浦は戸惑い気味に答えた。
「ちがうというのか」男の目が光った。
「・・・・おら、東京で働いたことがある。隅田川の花火を観たことがあるんだ」
草浦の顔にキスせんばかりに顔を突き出した。
「ここの花火も良かったですよ」
気圧されながらも、草浦は負けない。
「ここのも、いいって?」
男は草浦の毛穴でも数えるように、視線を動かした。
「やたら金をかけて、大仕掛けにやるばかりが花火じゃないですよ」
草浦は、なんとか今日の情景のすばらしさを伝えようとしている。
私はさっき見た遠花火を思い出しながら、加勢するように何度もうなずいてみせた。
しかし、事態は一向に好転しないばかりか、ますます悪い方に傾いていくようだった。
「東北はいいですね。ぼくは東北に憧れを持っていて、中でも青森には畏敬の念すら抱いているんですよ」と、草浦。
「イケイ?」
「はい、畏敬というか、畏怖というか・・・・」
草浦は困ったように私の方を見た。
私は少々緊張気味ながら、その男との間に草浦の肉体をはさんでいるので、掛け合いの可笑しさに思わず口元をほころばせた。
「十和田湖周辺は最高です」私は本心から言った。
あまり話をしたい相手ではなかったが、笑った負い目から饒舌になっていた。「・・・・ねえ、草浦さん、大町桂月が骨を埋める気になったのも納得できますよねえ」
「チッ」男はそれまでの挑戦的な目を伏せて、急に黙りこくった。
「奥入瀬を歩きたいという長年の夢がかなって、草浦さんは大満足でしょう」
私のうわずった問いかけに、草浦は浮かない表情を見せた。この土地の人に媚びているような、嫌な感情を味わっているのかもしれなかった。
「ご当地ソングでも歌おうか」
突然、サブロウが口をはさんだ。「・・・・なにか知ってるの、ある?」
女給のチエを、カウンター越しに見上げている。
「さあ」
「りんごの歌、これはいいぞ。知っているかなあ」
「聴いたことはあります」
「それに、リンゴ追分、古城、津軽海峡冬景色・・・・」
それらが本当にご当地ソングなのかと疑問が浮かんだが、少しばかり乱暴な気持ちが湧いてきて、私も急に身体をふくらませた。
「津軽はいい、津軽はいいよ。去年の夏、弘前へ行ってきたんだけど、タクシーの運転手さんに太宰治の生家のことを訊いたら、いまでもオサムさん、オサムさんと親しげな呼び方で話をするんだよなあ。まだ生きている人のような、近所の人のような、なんともいえない温かさがあって、心の底から感動したんですよ」
私の口吻は、おのずから昂ぶっていた。
津軽の風土、人情味を褒めながら、ひとつの懸念が頭をかすめた。ここ焼山温泉が位置する土地のことを、自分はどれほど知っているのだろうか。
目の前の男は、ボックス席にいる仲間達は、生半可な青森礼賛をどのような気持ちで受け止めたのであろうか。
伝えようとすればするほど誤解されてしまいそうな危惧を感じ、草浦が瀕しているのと同じ状況が自分にも迫っていることを察知した。
「チエちゃん、大利根月夜!」
草浦の横で首を折っていた男が、カウンターに突いていた肘を伸ばして上体を起こした。
「はい」というチエの済んだ声にかぶせて、「あるわよ」とママの声がした。
ご当地ソングを飛ばされたサブロウは、憮然として顎に手をやった。
その間にマイクを持ってフロアに立った男は、曲が流れると同時にふらふらと壁に近づき、そこに掛けてあった菅笠を外した。
「ああ、シュウちゃん、それはだめよ」
ママのかすれた声が、ひときわ大きく響いた。
だか、すでに踊りだしたヒラテミキを止めることはできない。
ママが黒いレースのドレスから太い二の腕と膝の裏の白い筋をさらけ出して制止を試みたが、軽く躱されてたたらを踏んでいた。
シュウちゃん呼ばれた男は、フロアの端から端まで所狭しと踊りまくって、第二コーラス目にかかっていた。
フロアといっても、入口からトイレまでの細長い通路のことだから、ときどきテーブルに突っかかりそうになる。危うく踏みとどまったところで見栄を切る。
香港映画で酔拳なるものを見たことがあるが、酔ってはいても足元に確かさがあって、この男の動きに職業的な勁さのようなものが感じられた。
私は横目で見ていたが、本来お調子者は好きではない。それに、いつまでも付き合っているのが業腹だった。
隣のサブロウと前の話題に戻り、『ガロ』全盛のころ活躍していた漫画家たちの消息について詮索したりした。
つげ義春の「紅い花」はよかった。キクチサヨコの存在は、私にとって女というものを無限大に大きくも小さくも覗くことのできる万華鏡のようなものだった。
そんなことを話している最中、頭の上から嵩張った風圧が降ってきた。ガサッというのか、とにかく暗い空気と懐かしい干し草の匂いのようなものが頭を覆ったのだ。
私は息を呑み、すぐに理解した。
シュウちゃんが私の頭に残していった菅笠は、当然のことながら彼の手にはない。
困ったような、怒りが湧くのを待つような、ある種の宣告を受けたような、一口に言えば従順な気持ちになったまま、私は彼を正面から見た。
彼は目を合わせなかったが、何かを悲しんでいるような沈んだ表情をしていた。
そして前にもまして身振りを大きくして跳びながら、私の頭に載っている菅笠を風のように奪い去っていった。
大利根月夜は終わった。
ヒラテミキは、花道から引き上げるようにトイレの扉の向こうに消えた。
見届けたようにママが寄ってきた。
カウンターの三人を等分に見ながら、「ごめんなさい」と眉根を寄せた。「・・・・きょうは、このまま帰って、明日また来てね」
それほど切迫した雰囲気でもないのに・・・・と不満を感じたが、草浦が腰を浮かし、サブロウも横の椅子の上に置いたショルダーバッグを抱え直したので、私も従った。
草浦が財布を出して勘定を済まそうとしている。ママが差し出した紙片を一瞥して、一万円札一枚置いた。
「おつり・・・・」
ママがレジに手を伸ばすのを制して、「それでいいです。明日またきますよ」と、草浦がサブロウと私を振り返った。
「帰ろうか」
サブロウを先頭にスナックを出た。
狭い道をパトカーが通り過ぎた。
赤色灯を回転させながら、ゆっくりと進んで行く。
「お祭りだから、お巡りさんがたくさん整理に来ているの」
ママが店の外まで出てきていたので、四人でパトカーを見送った。
夜になってもまだ暑熱が残っていて、空気がふわふわしている。
街並みはさほど広がっている気配はなく、見通しの利く範囲ですぐに畑や樹林と接している。
温泉旅館が何軒かと、その外側に寄り添うスナックバーが数軒、さらに周囲には普通の住宅が散在している。
角を曲がって、西部劇のセットのような一郭を出る。
二時間前にタクシーで通った広い舗装道路が、丘の形そのままになだらかな勾配を描いている。
私たちの宿の方向へ緩やかに下っていく道路の片側に、鉢植えの草花が並べてある。
よく見ると、その奥に温室があって、フラワーセンターというのか、温泉を利用した花卉の生産拠点になっているようであった。
「もともとの村人が、なんとかこの土地で生きようと考え出した仕事なんだろうな・・・・」
そう考えると、感慨深いものがある。
先ほどのヒラテミキのように、おおかたは都会に出て挫折して戻ってくる。
(多分そんなとこじゃないかな)
「おっと、タクシーを呼ばなきゃダメだったんじゃないかな」
突然、草浦が頓狂な声を上げた。
「そうだよ、呼ぶ暇もなく追い出されちゃったからな」と、サブロウ。
「いまさら引き返すわけにもいかないし・・・・」
私の頭の中には、ママがなぜ急に帰るように言ったのかという疑念が残っていた。
「いいよ、歩こうぜ」
サブロウが、よく通る声でみんなを促した。
朝から奥入瀬渓谷を歩いてきて疲れていたが、覚悟ができれば一里半はなんとかなる距離だ。
しゃべりながら、もつれながら坂を下っていく三人連れを、ひとまわりしてきたパトカーが様子を窺うように追い抜いていく。
その瞬間だけ背筋をしゃんと伸ばしたのは、私だけではなかった。田舎の警察に対する若干の怖れが、それぞれにあったからだ。
交通取り締まりなどで他府県ナンバーの車が狙い撃ちにされるという噂は、広く知られている。
職務質問など受けたら、結局いい気持ちで眠ることができなくなるのだから、私たちの用心は当を得たものに違いなかった。
次の夜、私たちは再びそのスナックバーを訪れた。
普通、温泉地で二日続けて同じ店に通うということはあまりない。
実際、私たちは直前まで行こうという気持ちはなかった。八甲田山を歩いてきて疲れていたし、昨夜絡まれたことも案外負担になっていた。
ママの言葉も、一日経つと空気に触れて酸化している。
「今日は、このまま帰って!」が強く耳に甦り、「明日また来てね」の言葉は飲み屋の外交辞令ぐらいに受け止めていた。
真に受けて再訪すれば、馬鹿にされるという危惧もあった。
だが、私たちは出かけて行った。
「なんだか、このままでは落ち着かなくないか」
気乗り薄の草浦とサブロウを、私が引きずったかたちになった。
「こんばんは。また来ましたよ」
扉を開けると、ママが走ってきて、私の腕を取った。
「昨日はごめんね、弟が迷惑かけて・・・・」
カウンターで向かい合っていたら、口に出していたかどうか。
いま、この瞬間だから、感情のまま言ってしまったという響きがあった。
シュウジは三十歳をいくつか過ぎていて、まだ独身だという。
鳶職として関東一円の現場を渡り歩いてきたが、ときどき思い出したように姉のもとに戻ってくる。
その理由も間隔もまちまちで、盆とか正月とかのほか昨日のような祭りをに合わせて帰ってきたりする。
時には雇い主と喧嘩して宿舎を飛び出し、ふてくされて一ヶ月近くもゴロゴロしていることもあるから、姉の心配も尽きることがないのだという。
ママと弟の生まれ故郷は、焼山からさほど遠くない三沢市だが、事情あってこの温泉郷に移ってきた。
もともと彼らの両親も、他の県から基地の町三沢に流れてきて水商売をやっていたらしいが、いま存命なのかはわからない。
問わず語りの限界だった。
「ママが母親がわりということなんでしょうね」
言葉を選んで問うと、「・・・・そうねえ、そうなのかもしれないわね」
そして、「わたしがここに居なかったら、シュウちゃん凧のようにふわふわ飛んで、どこかの海に落っこちちゃうかもしれないから・・・・」
尻上りに語尾を曳いて、おもいは内に籠っている。
「ママ、菅笠って温かいもんですよ。ふわーっと降りてきてガバッと被さった時、ずっと昔の子供時分に戻ったような感じがして、すごく懐かしかったですよ」
まぶたが動いたように思ったが、濃いアイラインのせいか、視線の在り処はよく判らなかった。
「今夜は、裕次郎を唄ってくださらない?」
ママが今度は草浦にリクエストしている。
曲が決まるとカウンターの外に出てきて、「踊りましょう」と私を促す。
サブロウを見返り、続いてボックス席を確かめると、客は若いカップルがひと組だけで、後から入ってきた三人組のことなどまったく眼中にないようだった。
私はママの手を取り、背中を抱いてからだを揺らした。
昨夜と同じように、胸にブラジャー越しの圧迫感がある。だが、今宵は昨夜の陶酔はなかった。
はずみだったのか、ママの頬が私の頬に触れた。
何秒間か、体温が残った。
「ありがとう」
耳元で声がした。
「弟さん、きょうは来ないんですか」
「ええ、東京に帰したの」
私は、昨晩の状況を現在に重ねていた。
シュウジは、姉と踊る私を背後から見ていて、嫌悪感を覚えたのではなかったか。
追い討ちをかけるように過剰に東北を褒めて、彼を苛立たせた私たち。
地元の人たちが、皆その土地を愛しているとの思い込みは、とんだ見当違いのこともある。
旅人の感じる心地よさが、ことによったら呪詛に値するかもしれないのだ。
シュウジは、故郷を愛しながら激しく憎んだ。
姉に対しても、心の屈折があったはずだ。
シュウジは、その痛点ともいうべき場所に触れられるのを、極端に怖れたのではないか。
昨夜からの胸のつかえが、解消していた。やはり、きょう来てよかった。
釈然としないままこの地を離れるのは、やはり心残りだったのだ。
照度の低い光源に横顔をさらすママも、等身大の人間だった。赤く塗られた唇も、さほど怖れることはない。
女給のチエはひっそりと立っていたが、描いた眉が歳月の起伏を感じさせた。
一時間ほどして、スナックをあとにした。やっと三組目の客が現れたのを機に、席を立ったのだ。
示し合わせたわけではないが、草浦もサブロウも潮時と判断したようだ。
勘定はこの日も九千円だった。
私は一万円札を置いて「すみません」と言った。温泉客相手のスナックとしては、おそらく低廉すぎる料金だ。
シュウジの顔を思い浮かべ、心の中でサヨナラを言った。
演歌の世界のようで照れくさかったが、まあ、いいや、と押し切った。
扉の外に出てから、今夜もタクシーを頼むのを忘れたことに気づいた。
だが、戻る気分にはなれなかった。
「歩こうぜ」
この夜もサブロウが先頭を切った。
歩くのが億劫なのに、また同じ状況になったことが可笑しかった。
「まあ、いいか・・・・」
この土地では、追っかけリクエストも珍事ではないようだ。
ヒラテミキの面影が、妙にしんみりと思い出される。
彼の行為に比べれば、二夜続けて宿まで歩くぐらい、大した珍事ではない。
三人でしゃべりながら、丘の丸みのまま坂を下りていくと、しだいに水の音が聴こえてきた。
どうやら、小川の堰に差し掛かっていた。ここまでで半道来たようだ。
空がずいぶん明るかった。
右の山の肩から、十六夜の月が昇りかけていた。
しばらく歩いて、また仰ぐ。
少しずつ山肌を離れた月は、藍色の空間に泳ぎ出ていく。
おとぎ話の狐どもが、木の間から覗いているような、どこからともなく鼓の音が聴こえてくるような、そんな山峡の月だった。
宿はもう近い。
私たちは走り出していた。誰からというわけでもなく、自然に足が出てしまうのだ。
足裏に抵抗感がなく、ふわふわと宙を飛んでいるような頼り無さだ。
月の光の不思議なのか、失いかけていたものが甦ってくる。
やはり東北にはかけがいのない自然がある。
明日は東京に戻るが、心はこちらに置いたままだ。さほど時間が過ぎないうちに、また来てしまいそうな気がする。
藪の中で、ウグイスが一声啼いた。
(おわり)
(同人雑誌第二次『凱』7号より再掲)
しかしその時の印象とかなり違った気分を味わいながら読みました。
読む方のこちらの感覚があの当時(もう20年以上たっていますかね?)とそれだけ変化してしまったということなのか。作品というのは読む者の在りようを移す鏡みたいで面白いものです。
旅先の一点景を描いたシンプルな物語ですが、実はその奥にもう一つ別の反射面を内包していたということなのでしょうね。
昔読んだ小説を今になって無性に読み返してみたくなることが最近少なくないのですが、そんなこと(当時から変わってしまった今の自分を映してみようという興味)も無意識に反映されているのでしょうかね。
いろいろな意味で楽しませていただきました。
今回、多少手直ししましたが、僕にとっては作品に取り込んだできごとが昨日のことのように思い出されます。
一方、お読みいただいたおやじ様の印象は、そのときどきで異なるのも当然というべきでしょうか。
作者の意図とは別に、読む側の内面が鏡のように写し出されるとのご指摘は、読書のもう一方の側面を言い当てているのだと思います。
昔読んだ小説を無性に読み返したくなる。・・・・僕もまた新作よりかつて読んだ作品を読み返すほうが好きですね。
人それぞれに好みがあるでしょうが、一度掴んだ鉱脈には以前には発見できなかった貴石が埋まっている気がいたします。
示唆に富んだコメントをいただき、感謝申し上げます。
読んでいて、太宰治の小説を読み漁っていた昔を思い出しました。
乱れた私生活で自殺を図ったりと、「人間失格」などの斜に構えた作品が多い中で、
「津軽」だけが違うトーンで、非常に自分に素直な穏やかな気持ちで郷土について書かれたこの作品が好きでした。
また、窓ガラスに映る自分のニヤケた姿を客観視して描くなど、やはり作家としての基本が備わっていることも教えてくれます。
土地にまつわる歴史的な背景も披露していて、自ずから津軽への郷土愛が伝わって来るようです。
「津軽」が好きという更家さんの気持ち、ぼくも同感です。ありがとうございました。