茅葺き民家に出合った
武蔵野の一画に残る『茅葺き屋根』の家・・・・。
散歩の途中で見つけて以来、写真を一枚撮らせてもらいたいと思っていた。
狭い街道に面した個人のお宅で、カメラを向けることに多少躊躇があった。
しかし、門扉も無く堂々と入口を開けているし、拒絶の気配は微塵も感じられない。むしろ、文化遺産級の建物を維持していることに誇りさえ感じられる。
いまどき大量の茅を調達して葺き替えるほうが、よほど手間がかかり経費も大変だから、ひょっとしたら市とか都の指定家屋になっているのかもしれない。
白川郷の合掌造りや、神社などに見る切妻造り・入母屋造りが知られているが、この民家はどのような様式なのだろうか。
あまり立ち入って失礼になってはいけないので、通りがかりの歩道から目に入るアングルだけで我慢することにした。
これまでに旅をして、いくつか印象に残った茅葺き屋根の建物がある。
たまたま多摩の一画にこの写真の民家を発見して遠い記憶を整理してみると、ぞろぞろと十指に迫る想い出が引き出されてきたのには驚いた。
出合った時代と場所を古い順に並べてみると、日高市高麗神社近くの歴史保存住宅を手始めに、青梅市御岳山で見た宿坊、京都旅行で訪れた落柿舎、遠野市で有名な菊池家の曲がり家、飛騨高山の合掌造り、輪島市の時国家、群馬嬬恋村の鎌原観音堂など。他に甲賀の忍者屋敷で見たのも茅葺きだったと思うが、記憶がはっきりしないので除けておく。
縄文時代から受け継がれ発展してきたと言われる茅葺き、藁葺きの技術。いまや屋根葺き職人の数も減り、材料にする茅や藁も減った。
手間隙かかるから、旧家でも維持し切れなくなって今風の建物に建て替えてしまう。そのこと自体だれも非難できない。
そんなわけで現在では茅葺き民家の保存会とか、ボランティア頼みでなんとか残しているのが実情らしい。
しかし、見れば懐かしい美しいと思うファンはたくさんいるから、当事者も簡単に建て替えるわけにはいかないのだろう。
行政がめいっぱい手助けして、日本の伝統を守っていってもらいたいと願う。
都心と違ってかつての武蔵野近辺には結構こうした旧家があるようだ。小金井市には東京都の展示施設があるようだし、鶴川街道を西にたどればよく知られた白洲次郎、白洲正子の旧邸『武相荘』(ぶあいそう)がある。
茅葺き農家を移築して、美の器とした粋人の心が伝わってくる。
写真の民家はもっと都内寄りに位置する小さな街道沿いの建物だが、通りすがりで了解も得ていないのでここまでにしておく。
まあ、見惚れたこころに免じて許諾してくれるだろうと思うのだが・・・・。
マニアでもないから、偶然また茅葺き屋根に出合う日を期待しよう。
茅葺き・藁葺き屋根の家は、ぼくら日本人の心のふるさとのようなものだと思います。目にした途端、そんな感じに捉われます。
それにしましても、お写真の対象となった民家は、手入れが実にいいようですね。茅葺き家屋だけでなく、敷地全体に心が配られ、見事なものです。
小生は近所の公園内に現存する古民家を眺めるのが好きですが、いつも手入れが行き届いているのに感嘆します。市の予算で維持されているからでしょうが、プライベートとなるとどうでしょうか。
ともかく、武蔵野の素敵な眺めをありがとう!