『宇宙には意志がある』 桜井邦朋著(徳間文庫)を読んで
★ 気になるワードと私的演繹
この本は1995年ごろ出版され、ベストセラーになった後2001年に文庫版としてたくさんの人に自然科学の奥深さを教えてくれた名著である。
概ね20年も前に著された本を読み返しくなったのは、文明の進化を信じてきたにも拘らず世界は年々退化の道をたどっているのではないか思わせる出来事が多すぎるからである。
そうした中、宇宙物理学者でNASA主任研究員でもあった桜井邦朋氏の宇宙と生命に関する見解が、鮮やかに甦ってくる。
ニュートンやアインシュタインの偉大な功績を踏まえながら、二十世紀の自然科学の成果を総括した後やがて神の領域に肉薄し始めた現代物理学の現状を提示している。
例えば最も信頼性のある理論として信じられているガモフの「ビッグ・バン宇宙論」では、宇宙の膨張が始まった30分の間に現在知られている元素が全て作られたことを教えてくれる。
これら膨張宇宙論を認めた上で、ではこうした元素は宇宙空間に均等に分布しているのかという問が投げかけられた。
そして結論から言えば、銀河に分布する物質は一様ではなく、宇宙誕生直後から網の目状に偏って存在することがわかったのだという。
宇宙空間のうち物質がほとんど存在しない領域を「虚無」という言葉で表現している。
「虚無」とはまた何とも哲学的な用語だが、宇宙の起源や生命の誕生に迫りつつある現代物理学では、数式に頼る考え方はもはや時代遅れになっている。
<物理学は元々、私たちの身近な周囲で起こる自然現象の観察から出発した。それがニュートンの万有引力の発見以来、天体現象のような遠い空間で起こることがらにも適用できることが明らかにされ、物理学上の諸法則に普遍性があるということが分かってきた。>
<科学の歴史は、物理法則の成り立つ時間と空間の領域が、拡大される歴史であったと言ってもよいであろう。そうして、現在では、科学は宇宙誕生の秘密にまで迫ろうとしている。>
<宇宙の創造が、万能の神の仕業であったとしたら、現在の私たちは、その仕業がどんなもであったか解き明かしてしまうような段階まで立ち至っているのである。>
こうした自然科学の歩みを見ていると、科学者の予言を観察や実験によって跡づける歴史であったことがよくわかる。
インドやチベットに伝わる宇宙や生命に関する洞察を、いま宇宙物理学が解明しようとしていると言い換えてもさほど違和感はないだろう。
哲学と科学がこれほど近い関係にあったと知ることができて、縁遠かった学問が急に親しく感じられるのは、この本の著者のおかげと感謝している。
さて、ここからは個人的に興味を惹かれたワードをいくつか拾い上げて、私的な感慨を記してみる。
★ エントロピーの法則
熱力学には第一法則と第二法則という二つの大きな法則がある。
第一法則というのは別名「エネルギー保存の法則」と呼ばれるもので、エネルギーというものは、いくら使われても、その総体は増えもしないし、減リもしないというものである。
たとえば、モーターを電気で動かす場合、そのために使われる電力は消えてなくなるのではなく、動力や熱という具合に姿を変えるだけで、その総量はまったく変わらないというものである。
一方、第二法則といういうのは、すなわち「エントロピー増大の法則」と呼ばれるものである。
このワードに含まれる概念については、いろいろな説明の仕方ができるのだが、著者は「エネルギーは使えば使うほど、質が悪くなる」と言っている。
そして、「エネルギーは質が重要なのであって、いくら量が充分でも、質が悪ければ役に立たない」と補足する。
たとえば、セ氏100度の熱湯と10度の水を適当に混ぜて、50度のお湯を作ったとする。「エネルギー保存の法則」から考えれば、元の熱湯と水が持っていた熱量の合計と、二つ混ぜ合わせて出来た50度のお湯の熱量とは同じことになる。
ところが、この50度のお湯の熱エネルギーは、質が悪くなっている。というのは、このお湯の熱では、どんな物体も50度以上の温度に熱することはできないからだ。
熱に限らず、どんなエネルギーでも、それを使えば使うほどその質は低下していき、最後には利用しようがないレベルにまで達してしまう。
永久機関が実現しないのは、そのためである。エネルギーの総量は変わらなくとも、エンジンを動かせば動かすほどエネルギーの質が悪くなっていくのだから、それを再利用するには限度がある。永久機関はけっして、「永久」に動くことなどできないのである。
言うまでもなく、エントロピーは増大することはあっても、減少することはない。
★ エントロピーの法則が予言する「宇宙の死」?
すべての自然現象は、秩序から無秩序へと一方向へ向かう。それはすべて、エントロピーの法則のなせる業である。
あらゆる自然現象は不可逆であって、時間の向きを反対にすることはできないのである。
そして、このエントロピーの法則が示唆するのは、やがてこの宇宙は「熱的な死」を迎えるのではないか、ということである。
ところが、上記のような考え方は宇宙が閉鎖系であることを前提にしたもので、最近では宇宙は開放系とする立場が支配的で「熱的な死」は起こらないだろうという。
こうなると、しろうとにはチンプンカンプンだが、仮に宇宙が閉鎖系であったとしても、宇宙誕生から100億年以上も経っているが、それでも宇宙には無数の銀河があり、それぞれが高エネルギーを放射しているのだから心配することはないという。
この件(くだり)はちょっと笑える。
著者の意図は、どちらにしても宇宙自体の寿命が尽きるのが早いか、エントロピーが最大になるのが早いかというレベルの話だと伝えたいようである。
★ 熱力学に逆行する生命現象の謎
時間的に見て一方向に進むという点においては、生命現象と熱現象は似ている。
しかし、似ているのはそれだけで、生命だけはエントロピー増大の法則からは理解しがたい存在なのだという。
あらゆる現象はエントロピー最大の状態に立ち至ると終わるのだが、生命現象には子や孫というように世代の交代が起こるために、生命現象には終わりがないのだという。
このあたりの考察に入ると「死の定義」とか「生命力」とか、現在の物理学では説明しきれないことがたくさんあるようだ。
志のある方は、この方面からアプローチするのも面白いのではなかろうか。
★ 生命の起源
生命は自然界において「特別な位置を占める存在」と考えられていた時代もあった。というのも、生命を構成している有機物は人工的に合成できないものだとされていたからである。
ところが、1828年フリードリッヒ・ウェーラーという化学者が尿素の合成に成功し、「生命神話」は崩れ去ったのである。
現在では、生命体内部で起こる有機物合成の多くが、工業的な規模でさえ実現しうるようになっている。
そこで今や物理学で問題となっているのは、「地球上の生命は偶然に作られたものか」という疑問であり、「別の形態になっていた可能性はなかったのか」という疑問である。
生命は原始地球の大気(水素、メタン、アンモニア、水蒸気)と稲妻によって作られたのではないかと考え、フラスコに閉じ込めた4種類のガスと電気火花を用いて実験した化学者がいた。
その時にできた簡単な蛋白質は生命体に存在するものと異なっていたが、実験の結果から原始地球と稲妻の組み合わせが生命のスタートではないかと考えられるようになった。
しかし時代が進み、金星や火星の大気を直接探査してみた結果、地球の原始大気にはアンモニアやメタンがほとんど含まれていなかったと考えられるようになった。
原始地球の大気は、二酸化炭素、窒素ガスが主体だったということで、これではいくら雷鳴が轟いても蛋白質の材料であるアミノ酸などは合成されにくい。
そのために、一時主流であった原始大気説は雲行きが怪しくなった。
そこで浮上してきたのが、最初の生命は宇宙からやってきたとして、「生命の起源と生化学」(1956年)を発表したのがソ連のアレクサンドル・オバーリンの説である。
こちらは今最も注目を集めている考え方で、「はやぶさ1」による小惑星イトカワの探索や、間もなく打ち上げられる小惑星探査機「はやぶさ2」の目的も生命の素となる有機物の採集にある。
現に地球に落下してくる隕石の中には、有機物であるアミノ酸を含んだものがあるわけだから、充分に検証してみる価値があると思われる。
もっとも、「生命はありあわせの元素で作られた」とする説を解き明かそうとする試みもある。
生命を作る素材は、炭素・水素・窒素など地球上で手に入る元素で非常にありふれたものである。
だから現在、地球上に存在している生命の構造を物理学の視点から観察し、何かのヒントを得ようとする考え方だ。
地球外から飛来する希少な元素を使って身体を構成するとしたら、材料集めをするだけで大変なエネルギーを使わねばならず、きわめて効率が悪い。
生命の起源をめぐるさまざな説を並べてみたが、今のところ確固たる定説には至らないようだ。
とはいえ、研究は日進月歩で進んでいるはずだから、この先の展開が大いに楽しみである。
★ なぜ、ヒトは知性を持ったのか
★ 宇宙はヒトを生むために作られた
★ 「宇宙意志」が人類に望むもの
この本のタイトルと直接関わってくるワードは、最も重要なテーマである。
しかし、浅薄な知識しか持ち合わせていない者には、これ以上の紹介は無理な気がする。
「壁ノミックスは壁にぶち当たった」とか、「青磁の壺もやがて壊れる」とかの冗句も、エントロピー増大の法則で説明できるかどうかわからないが、物理学が数式で語られるものではなく、人間の思考や哲学にきわめて接近しつつある現状から、私的演繹法を用いて名著への答礼とするものである。
(おわり)
* 文中に間違った説明がありましたら、知識不足のせいです。
すでにお読みになっている方も多数おられることと思いますので、ご指摘いただければ幸いです。
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普段あまり覗いてみることもない自分の底のほうに刺激をいただきました。
ありがとうございます。
FBにシェアさせていただき、そちらに詳しいコメント
著者がやさしく解説してくれているのに、なかなか宇宙の全体像が見えてこないのです。
それでも楽しいと思えるのは、物理学の応用範囲が広がって、天体や生命・人間のことまで同じ思考のルールで観察できるためでしょうか。
いつもコメント頂き、ありがとうございます。
とても興味深く拝読させていただきましたが
単純な頭の中では考えが及ばす
宇宙は無限じゃないということでしょうか?
昔聞いた話では
薄っぺらい8の字を横にしたような
薄暗いらせん状の空間だと
無限と言うのも
人間が考えつかないように壮大だから
無限にしとこうか・・・って
それに
宇宙ではエネルギーの大きさも
時間もすべてが
違うような気がするのですが・・・
考えてもよくわかりません
ありがとうございました
「無限にしとこうか・・・・」って面白いですね。
まだまだ人類にはわからないことが多いのですから。
著者によれば、やがて宇宙は「熱的な死」を迎えるだろうと考えられていたのに、最近ではどうもそうではなさそうだという考え方が主流になりつつあるとのことで、それが「閉鎖系」宇宙ではなく、「開放系」宇宙と言う意味だと思います。
そして、宇宙はおのれの存在を見てくれる者を必要として人類を創り出したのではないか。
さまざまな事象を検証した結果得られたのが「宇宙意志」という考え方のようです。
この本を読むと、思いつきで言っているのではないことがよくわかります。
うまく説明できなくてすみません。