どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設19年目を疾走中。

(超短編シリーズ)20 『逢魔が時』

2010-01-17 02:24:10 | 短編小説



      (逢魔が時)     


 荒川源太の得意技は頭突きだった。

 からだの大きな政二と喧嘩したときも、下から顎を突き上げてたちまち戦意喪失させた。

 中学三年生になると急に成長し、早熟の桃子をカノジョにして繁華街の飲食店に出入りしたりした。

 学校の先生たちは、校則に従わない源太にいろいろ注意をしていたが、半年も過ぎるとすっかり諦めてしまった。

 町を支配する暴力団の下部組織に取り込まれたとの噂を聞いて、卒業までの六ヶ月間を当たらず触らずやり過ごそうと決めたようだった。

 地元の警察は源太をマークしていて、未成年者の飲酒や喫煙など法律違反に網をはっていたが、補導されるようなヘマはしなかった。

 仕方なく不純異性交遊で挙げようかと策を練ったが、これも無理だったらしい。

 源太と桃子の関係は互いに好き合ってのものだし、連れ込みホテルに入ったわけでもないので、どうにも手の打ちようがなかったのだ。

 荒川源太の中学時代は、危なっかしい行動が目立ったものの、どこかでバランスが取れていた。

 体格も顔付きも同級生より大人びてきて、居ながらにして周囲の者に対抗心を失わせるようなところがあった。

 成長途上の影のようなものが感じられたことで、源太を意識する女の子が少なくなかった。



 源太が唯一後れを取ったのは、中学卒業を前にした休憩時間に喜平と相撲をとって負けたときだ。

 それまで相手を豪快に投げ飛ばしていたのに、喜平の予想外の粘りにあって、拮抗したまま縺れ合い一瞬早く寄り倒されたのだった。

「くそッ」

 源太は顔色を変えて、喜平にもう一番相手をさせた。

 組み合って強引な二丁投げを打ったものだから、またも吊り気味に切り返されてどすんと尻餅をついた。

 源太は信じられないという表情で喜平の顔を見た。

 あっさり源太の軍門に下ることで風当たりを避ける同級生が多い中、こんな奴がいたのかという驚きが第一だった。

 その次に、もしかしたら喜平の力は本当に自分より上かもしれないとの不安が湧いた。

 なんとしても認めたくない現実を突きつけられて、心が右往左往した。

 源太は始め、自分に油断があったから負けたのだと言い訳を考えた。

 やがて、男らしくない自分をたしなめ、少しは喜平を称えるべきだと気持ちを軌道修正した。

「おう、おまえの足腰はおやじ譲りだな・・・・」

 褒めながらも、結局は沖仲仕の仕事をしている喜平の父親を貶めていた。

 それだけ口惜しさが頭を離れなかったのだ。

 荒川源太は、高校に行くことなくハマから姿を消した。

 母子家庭でかつかつの生活だった源太の進学は、最初から夢物語だったのである。

 同級生の多くは、源太がハマの盛り場を根城にして、卒業生に悪さをするだろうと思っていた。

 それだけに、源太が姿をくらましたと聞いて、みんな胸を撫で下ろしたのだ。

 中学卒業後七年目に開かれた初めての同窓会に、源太の姿はなかった。

 現役で働く恩師も含め、それぞれ源太の消息を知りたがったが、誰ひとり知る者はいなかった。

 さらに三年が過ぎ、二回目の同窓会が開かれたとき、代々木駅前でそれらしい人物を見かけたという情報をもたらす者がいた。

 迷彩服を着て、街宣車を運転している姿を見たというのだが、中学時代の記憶しかない男の子と結びつけるのは無謀に思われた。

「ええーッ?」

 ほとんどの同級生が、否定的な表情をした。

 源太なら満更考えられなくもない職業だが、目撃した状況がもう一つ分からないものだから、多くを納得させる力に欠けていた。

 

 荒川源太が紛れもない姿で人びとの目前に現れたのは、テレビニュースの中であった。

 保守系の知事が、不正事件に絡んで立件されると報じられたさなかに、刃物で襲われたのだ。

 襲ったのは源太だった。

 報道記者に紛れて知事の背後から近づき、隠し持った柳刃包丁で心臓を一突きしたのだ。

 知事の左肩に手を掛け、標的を揺るがぬように固定しておいて右手で刺した。

 肋骨の隙間を正確に抉りぬく凶行は、明らかに訓練を重ねた者の仕業だった。

 マスコミ注視の中、生々しい映像を伴っての犯行は、当初から背後の闇を感じさせた。

「繰り返し不正を働き、恬として恥じない地方のドンを許せなかった」

 犯行理由として漏れてきたのは、社会正義を振りかざす源太の言葉だった。

「・・・・誰も彼も臆病だから、天誅を下したのだ」

 いかにも正統派の民族思想を信奉する若者の言動に思われた。

 しかし、その言葉を信じるものはほとんどいなかった。

 この知事の疑惑の先に、かつて国政の頂点を極めた大物議員がいた。

 地方の公共投資を匙加減する役所に、いまも絶大な影響力を持つ男だった。

 ところが不正入札の露見をきっかけに、工事をめぐる贈収賄が摘発され、キーマンと目される知事に捜査の手が伸びた。

 この人物を捕ることによって、上部までつながるかと固唾を呑んで見守る矢先の出来事だった。



 新聞は疑念を匂わせながらも、捜査当局から発表される荒川源太の憂国発言を並べ立てるしかなかった。

 その点、週刊誌は殺された知事の周辺を調べ、業者との癒着を暴露するとともに、保守系領袖との密接な関係にも光を当てた。

 源太による凶行が、上部につながる捜査の糸を完全に断ったとの見方を載せ、この青年の背後にひそむ深い闇を匂わせた。

 メディアは、しばらくの間ああだこうだと憶測記事を流していたが、捜査の手が最大権力者に及ばないと分かると、たちまち興味を失った。

 検察も、荒川源太が犯行を決断した真の動機を解明できず、自供に沿った起訴理由にゴテゴテと飾りをつけて死刑を求刑した。

 <衆人環視の中、憂国の思いを隠れ蓑に、自己中心的な野望を遂げようとした卑劣な犯行>と断じ、<社会的な影響を考えれば極刑が相当>と述べ立てた。

 一件落着しそうな雰囲気の中で、執拗に取材を続ける雑誌記者がいた。

 記者は政界のドンと目される権力者の周辺で、窮地に陥るたび人が死ぬのを異常な出来事と捉えていた。

 過去に二度そういうことがあった。

 いずれの場合も、直接つながりがありそうに見えないうちに始末したようだ。

 標的にされたと見るや、二駅手前で下車する遣り口が特徴的だった。

 用心深いというのか、猜疑心の固まりのような人物とでも評すればいいのか、鍵を二つ掛けても外出しないタイプの男だった。

 今回は職務権限から外れて、ガードが弛んだのだろうか。

 長年の盟友として信頼していたのだろうか。

 口を割るはずはないと確信しているものの、知事の逮捕間近との噂が流れてにわかに不安が生じたのかもしれない。

 だからあわてて、この日のために養っておいた鉄砲玉を野に放ったものと記者は推測した。 

 荒川源太こそ、その鉄砲玉だ。

 鉄砲玉は、訳もなく人を殺しておいて自らも消える運命にある。

 用が済んだら、遅かれ早かれ始末されるに違いない。

 辛くも一駅手前で降りきった大物議員にたどり着く手段はもうないが、記者はせめてこの青年の内面を明かしてみたいという衝動に囚われたのだった。



 半年の公判を経て無期懲役が確定した荒川源太に対する、雑誌記者からのアプローチが開始された。

 一審で国士的な発言を繰り返し、上告することなく刑に服することを選んだ源太に、無知な若者の中から心酔する者も出た。

 雑誌記者は、獄中の源太に手紙を出し、彼のヒロイズムをくすぐりながら、事件に至る心の軌跡を確かめようとした。

 信念をもって起こした犯行なのか、誰かに唆されて犯した凶行なのか、彼が語りだせば明らかになる部分があるはずだ。

 諦めることなく送り続けた手紙に、最初は固く口を閉ざしていた源太がついに反応するときが来た。

 源太が二十歳のときに亡くなった母親の無念に触れ、非情な世間を非難して見せた記者の手管に動揺したのだ。

「荒川さん、手記を発表してみませんか。謝礼の原稿料で、ふるさとの丘に立派な墓を建ててあげましょうよ」

 高額の支払いを約束して、手記第一弾の発表にこぎつけた。

 中学卒の源太の表現力には稚拙さがあったが、記者はそのたどたどしさを生かして幼少時代から少年期に掛けてのエピソードにスポットライトを当てた。

「俺が初めて恐怖を覚えたのは、中学三年のとき同級生と相撲をとって二度続けて負けたときでした・・・・」

 それまでの俺は、苦しい状況になればなるほど暴れて相手をやっつけたものです。

 ところがその時は、どういうわけか男手で育てられた同級生に対して、敵わないものを感じたのです。

 そのときほど、自分を育ててくれた母親への申し訳なさを感じたことはなかったです。

 いくら母ちゃんが頑張ったって、世間を越えることはできないという絶望感のようなものを、自分の敗北から感じ取ってしまったのです。

 あとはハマを飛び出し、東京で勇ましい演説をする老人に出会って生活させてもらいました。

 男はいいな、大人の男は勇ましいなと憧れをいだきました。

 男勝りの母親を疎ましく思ったのも、その頃のことでした。

 沖仲士の父親を持つ相手に相撲で負けて以来、俺の人生には負け犬根性が染み付いたようです。

 それに打ち勝つためには、修行しか残されてなかったのです。

 一撃で相手を仕留める稽古の繰り返しでした。

 ただ<恐怖>という的に刃を打ち込むことで、自分が存在する手ごたえを感じ取ることができました。

 実際の場面を目前にしても、何一つ躊躇するものはありませんでした。

「俺が殺ったおとこは、やっぱり許せなかったんです。ずるいし、男らしくないし、生かしておいては周りがすべて腐るから、しょうがないんです」



 記者はすでに、荒川源太の手記を最後まで入手していた。

 しかし、ヒロイックな檄が踊る結末に飽き足らず、青年期にかかる部分は次号に回して時間稼ぎをたくらんだ。

 (犯行には、誰かの指示があったのか・・・・)

 執拗に問いかけて、源太の心が揺れ動く可能性に一縷の希みを託した。

 週刊誌が発売され、「手記・その1」に世間の注目が集まった。

 源太の少年期を検証すべく、テレビ・クルーがハマに殺到した。

 相撲相手の喜平まで探し当てられ、源太に負け犬と感じさせたエピソードの感想を求められた。

 狂ったようなメディアの報道が始まって三日目、荒川源太は刑務所内での入浴中に、首を切られて死んだ。

 凶器は、安全剃刀だった。

 魔の一瞬に遭遇したとき、源太は背後を振り返る余裕もなかった。



     (おわり)


  
  *(この物語に登場する団体・人物は、すべてフィクションです)

  注・「逢魔が時」(おうまがとき)=「大禍時」とも書く。本来は魔物が現れやすい夕暮れ時をさす言葉。


 
 

 

 

 



 

コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« どうぶつ・ティータイム(1... | トップ | (超短編シリーズ)21 『... »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
「逢魔が時」の読後感 (くりたえいじ)
2010-01-20 13:00:04
一気に読ませてもらいました。それほど迫力があったからです。

社会派小説というんでしょうか、党派や主義などは棚に上げておいて編んでいるようですが、何らかの気配を漂わせつつ話を進める手法、労作に違いありませんね。

少年時代から青年期に至る生涯で、源太という主人公がどんな男だったかは、端的に描き出されており、結末は「逢魔が時」に委ねられているようです。
それだけに難題を解かねばならないような読後感がありました。

多彩な手法で短編小説を紡ぎだす著者の才能に感服!
ありがとう (窪庭忠男)
2010-01-21 06:39:01

(くりたえいじ)様、コメントありがとうございます。
考えてみると男なら誰もが、純粋で未熟だった少年期の自分に興味を抱いている気がします。
(よくぞ、生き延びてきた・・・・と)
あわれな・・・ (知恵熱おやじ)
2010-01-22 16:08:24
なにやらきれいな言葉に踊らされて人ではなく鉄砲玉として用意される少年の心根は如何に。

発射された瞬間から邪魔者になる存在の哀れさ。

こういう人間を必要とする社会の不条理を突き詰めていけば、自爆テロ必要とする人たちの国際的勢力に重なってしまう。

好き好んで自爆テロの人間爆弾になる人間などいないだろうが・・・。

ああ!
昼と夜の狭間に (窪庭忠男)
2010-01-23 11:21:32

(知恵熱おやじ)様、白日の下の影はわかりやすいですが、夕闇に紛れる恐怖の感覚は皮膚を粟立てます。
不条理が裂け目を広げる社会に、大衆はただ息をひそめるだけ・・・・。

コメントを投稿

短編小説」カテゴリの最新記事