(NTT BCS) 硬派的社評漫筆+Rits

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3-5 日露戦争 余話

2015年03月15日 | 軍事

ロシア帝国が清から遼東半島を租借すると、旅順はロシア太平洋艦隊の基地として使用されることになった。
旅順要塞もロシア陸軍の手によって
機関銃の導入など大規模な強化が行われ、強力な陣地が設置された。
開戦すると「村上艦隊」が
補給航路防衛の任に当たっていたが、日本海特有の濃霧やウラジオストク艦隊側の神出鬼没な攻撃に苦しめられた。
常陸丸、佐渡丸が相次いで撃沈された。
しかし、村上艦隊は蔚山沖海戦で、ウラジオストク艦隊撃滅寸前まで追い詰めながら巡洋艦リューリクの乗員を救出したのは美談となる
 安全な湾内に留まる旅順艦隊に対し、水雷艇での奇襲や湾口への機雷の敷設を行うが、沿岸砲台で防備された旅順港内の艦隊には決定的打撃は与えられずにいた。 

世界最強と謳われたバルチック艦隊と旅順艦隊(太平洋艦隊)が合同した場合には、日本側が不利であると判断した。
バラストを満載した古い艦船を湾口に沈め、幅273Mの旅順港の入り口を閉塞する封鎖作攻撃を3度仕掛けた。
この作戦で広瀬中佐は軍神とあがめられた!
しかし、海軍の洋上作戦では決定的なる打撃を与えられなかった。
それで陸軍による地上戦で背後より旅順要塞の攻撃が行はれた。
堅強なロシア砲台を占拠するには、日本軍は苦戦し多くの戦死者をだした。遂に203高地を陥落し、在泊の旅順艦隊を撃滅した。


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