(NTT BCS) 硬派的社評漫筆+Rits

BCSでBlogの講習を受けTestで開始します。
硬派の漫筆的随想ですゆっくりお読み下さい。

コキ コウキ キジュ

2008年05月27日 | 社評

後期高齢者の呼称について「お元気ですねー」に下記を記載。


75才は1つの区切りだが、これを77才からにして喜寿高齢者としたら、怒る人もなかったのでは。
または70才から古希高齢者とするかだ。(コウキでは無くコキ)

これを、「かたえくぼ」に投稿したが、掲載されない。制度に対する諷刺が強すぎるのか”!
しかし、このコラムに、採用されるのは、至難の業。のよう。

三枝の笑ウィンドウ、の掲載文。
「私も古希になります」と挨拶。
「君も75歳か!」(こきがこうきと聞こえたようだ)
最近年よりはコーキの言葉に敏感。

これなら、無難のよう。

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剣作戦 1 ブログ ノンフィクション

2008年05月25日 | 軍事
B・二九破壊一大特攻「剣作戦」発動せず
八月十五日特集 剣部隊に作戦の概要は掲載している。本稿は㈱新風書房出版"孫たちへの証言”(世界平和への遺言)第20集に掲載された、ものに多少加筆した。

昭和十八年四月、中学(旧五年制)を四年終了した。
大東亜戦争の真っ只中、純真な愛国心・戦争の勝利を期して、第十二期海軍飛行予科練習生を志願。
三重海軍航空隊に、海の雛鷲の第1歩を印した。
以降、上海・豊橋の部隊で飛行機搭乗員としての猛訓練を経て昭和二十年初頭に木更津基地の攻撃704飛行隊に配属された。
一式陸上攻撃機(基地より飛び立って侵攻する敵艦を洋上で攻撃する、丁度万年筆のような形をした海軍の大型機で乗員は七~十名)の部隊であった。
硫黄島・沖縄作戦に参加。沖縄戦は六月に終了した。

昭和二十年になるとアメリカ空軍B-二九爆撃機は作戦どうりに、国内の軍事基地・軍需工場・一般市民家屋と空襲を成し日本は防衛組織・生産体制共に多くの被害を受けた。
またB-二九の性能が非常に良いので、対空火器・邀撃戦闘機もその防御態勢には効果が挙げられず、敵を空中では撃墜出来なかった。
そこで、サイパン・テニアン・グアム等の基地の飛行場を夜間奇襲し強行着陸をして地上でB-
二九を破壊する作戦が計画された。マリアナ在駐のB-二九を全部爆破すればいかなる米国生産力と言えども直ぐには飛行機の補給が出来ず、その間に日本は時間を稼いで作戦と生産の調整を計ろうとの計画であった
六月に沖縄への作戦参加中の攻撃七〇四飛行隊は九州から三沢基地に移動。他の隊の参加を得て一式陸上攻撃機三十機が揃い呉第一〇一特別陸戦隊三〇〇名も来隊し「第一剣部隊」が編成された。また「第二剣部隊」は千歳基地で三十機の陸攻と陸軍落下傘部隊三〇〇で結成された。
以下 次号


この事についてはカタゴリー「軍事』の項で、述べています。ご参考

剣作戦は「日曜日特集」として掲載します

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ダム 問題

2008年05月18日 | 社評

淀川水系流域委員会で近畿のダムの建設については述べた。
これに関連して滋賀県市町長会が嘉田知事に申し入れをした。
奇麗事では「地元の意見の聴取・慎重な発言」とある。
これによると、市町村では、ダムを作れとのご意見の模様。
本当に民意ですか?あまり、積極的に作れとの声は聞かない。
嘉田知事はこの委員会の委員であって、ダムの建設には反対であった。
また、選挙の公約にも「ダムの建設反対」であった。
しかし、知事に当選後が、ダムの効用に理解を示すような発言に変わったようだ。
時と場所によって、微妙に解釈が異なっているように見える。
「国の方針に従う」のご意見。当分はこれで済ませる。

しかし、選挙で選ばれた人々は、当分の任期中にはダムの建設は行えないだろう。国の財政からの判断だ。

中国では「百年川清を待つ」の諺がある。それでも、結局は川は濁っている。
日本では「百年ダムを作らず」になるのでは。
だから、官民ともにダムの問題を百家争鳴していればよいだろう。
今の中国の大地震では、既設のダムが崩壊の危機があるようだ。これが、一機に流れ出すと大水害が起こるようだ。
日本でも、自然にあまり手を加えないほうが良いのでは。
先の、新潟・福井・豊岡での水害では「想定外の降雨」でダムによる調節は出来なかった。の教訓もある!

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薬よさらば!

2008年05月16日 | 身辺

① 薬石 効無く= ご逝去。
② 薬石 効有て= ご快癒

10数年前、罹病した。数年後に寛解(不完全治癒)した。
近況と病状報告とで、②をパロデイで書いたところ、早速に②は誤用と言って来た人も居た。しかし、彼は既に①となった。


以降、一週・二週・一月・二月に一回と診察回数は伸びている。
放射線かは半年に一度。

薬も永年、三食後の服用であった。習慣化されたが、面倒だ。
特に昼食を外食する時。薬を持って出るが、食後30分となっていると、ついつい、忘れる。

薬の服用も、無くなった(胃と血圧の薬が少しある)

その中に”医者からも見離される”だろう”(これもパロデー)
寿命との付き合いは、如何として。
最期は”命よさらば”

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へちま亭のあきない

2008年05月13日 | 身辺

を読む。著者 島戸一臣さんは
ブログを2000UPした。驚くべき数字だ。
1日1個でも、6年は掛かる。
その中の270編が掲載されてある。
「どこから、読んでも良い」となっているが、あちこち、読むと落ち着かない。目移りがして、最期まで完讀出来ない。
毎日、Blogをモニターで読むのとでは如何だろうか”!
自分のには毎日、多数のPVが付かれている。
しかし、どんな風に読まれるのだろうか”!

題材は総ていろいろ、独立(中にこのblpgと同じ題がある。のは微笑ましい。勿論、本の主張が優れているが)
各編、1ページに収まっている。これも、技術的に尊敬。

当方は月10件の掲載である。3年間で360となっている。
いろいろ、怪しいのもある。毎年、同じ行事をルポしたのもある。但し表現は違うが。

お言葉ですが!」高島俊夫著 既説。
は週刊文春にエッセーを11年に渡りけいさいされた。
週一だから、年に50編となる。1年分を1冊の単行本になっている。
大変読みやすく、題材が興味深い。これも、偉大な業績だ。

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これを、掲載中に偉大な記録のニュース。

広島・阪神のゲーム。広島が1方的に勝っていた。しかし。9回に、金本選手が400号のホームランを放った。数試合、
彼には本塁打が出ず、何時かはとは、フアンは心待ちしていた。史上15人目。
4月には2000 安打を記録している。
何れでも2000は快挙だ。


お元気ですねー。

2008年05月10日 | 身辺

と、声を掛けられる。こちらの、年齢を知ってか(推測してか)
"お年のわりには”のお気持ちだろう。
「えー、まー、早くは歩けないです!」と、ハニカミ老子。
自身は先ず先ずの体調だ.と思っている。しかし、杖を頼る人、病床に伏す友。鬼籍に入ってたひと 等から比すとお元気だ。
10数年前に入院した。周囲の友は”俺が委員長をやる。それなら、僕が弔辞を”と配慮してくれた人々は既に逝った。

もう10年ぐらい先に、今の様に歩行出来・考えられ・判断する。
その時期に「お元気ですねー」と言われれば、値打ちが有る。

その年齢相応な、人格・貫禄を有し、人から尊敬・敬愛を得たいものだ。しかし、。煩悩は尽きない。

後期高齢者の呼称・ネーミングは世間では評判が悪いが、特に差別的とはおもはぬ。
それより、扶養家族だった人も保険料を負担しなければならぬから、1家の総保険料は高くはならないのか。また、診療の内容が消極化されないのか。の方を懸念する。

健康保険料を年金の支給から源泉徴収するのを非難しているが、これも、理解し難い。一度、懐に入ったものより、納入するより、どうせ、収めるお金、天引きでも良いのでは。
今までは、預金からの自動引き落とし。特別の、税痛も感じては来ていない。
保険料を払わないことを工夫する、人達が騒ぐのか!

75才は1つの区切りだが、これを77才からにして喜寿高齢者としたら、怒る人もなかったのでは。
または70才から古希高齢者とするかだ。(コウキでは無くコキ)
人間は生かされている。矢張り、長寿も運命の神によっているのである。

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これを原稿、していたら陣内孝則の”年相応でない勇気が源泉"とのコラムあり。曰く
「年相応に落ち着こうなんて思った瞬間、終わっちゃうような毅がしますね!」
力の源泉は年齢を受け入れない勇気をもつこと。
同じような考えか、それ以上のものだ。


淀川水系流域委員会

2008年05月06日 | 環境

 治水・利水の為の河川のダムは必要か?
ダム建設は、大型公共土木事業として、経済高度成長期に計画された。
低成長の今の時代に、都市・工業用水の必要量は減った。
50年もの、年月を掛けて、計画し、既に多額の投資をなし、水没地域になる、住民を反対意見も押さえて、移住さした経緯の所もあり、中止は難しい選択でもある。

数年前に亀井政調会長が「財政改革の為に大型ダムの建設中止」の大号令を出した。
以降、国民はその線で進行されると思っていて、当事者以外はダムの建設には関心が少ない。

琵琶湖を水源地にし、多くの河川を集める淀川は流域も広く、且つ住民も多く、経済生産性も高い3府県に関係がある。

河川法により、河川の整備計画の制定には流域住民の意見を徴集するとして、
「淀川水系流域委員会」が1996に設置された。
この地には4ヵ所のダムが計画されており、委員会では年月を掛けて、河川全般について検討されてきた。
その、方式が独特で効果があったので「淀川方式」として、全国で検討されている、「委員会」の模範とされている。
平成16年に「見解」を纏め、「原則ダムの建設中止」を答申した。

これを、受けた「近畿地方整備局(国交省の出先)は翌17年に「ダム建設は中止・縮小」と判断した。
しかるに、19年に至り、再び「ダムは必要」との見解を表した.
これに、対し、委員会は検討に賛否有ったが、「ダムの建設は不必要」との見解を再度提出している。

これに、対し整備局は「説明不十分で有ったので、反対意見が出たのだ」と述べている。これは、不可思議な話である。今までどんな、会議をしていたと言うのか。
委員会の中止の意見がそんなに、簡単に変わるとは思えない。
また、国交省も現在の財政を見て、そんなに、国費を投入されるか、どうかは自明の理である。

大阪・京都・滋賀の淀川流域に関係する、府県の知事が局と委員会との意見調整をするようだ。、地方自治体は建設費用の負担には耐えられない財政状況だから、積極的にダムの建設には賛成は出来ないのだろう。

淀川水系流域委員会については先掲がある(1部の記事から)


国民はダム問題は作らぬで解決済みと思っている。
今頃、建設を叫んでいるのは、その地の1部の人。水没予定地で移転した人々も十分な補償を貰っていて満足しているようだ。しかし、移転に賛成・反対といがみ合い、相反目した後遺症は癒えない等々の言い分も有るようだ。
計画した建設省も必要性を充分に説いた手前、今更要らぬとも言えず、建設の必要性を主張せざるを得まい。また、そこに省益もあるだろう。
それと、建設を請合う、土木建設業者は大型公共事業を期待しているだろう。

追伸これを原稿中に、メールで「京都新聞・4月28日 社説に淀川河川整備計画について、整備局のANTI委員会で民意を取り上げない見解方針に批判がある」との記事の紹介があった。
この社説は世論を示しているのでは、ないだろうか”!
______________________
下記が一部の引用

住民参加」とは、結局は行政のご都合主義
に過ぎないといった冷めた見方が、さらに広がるだろう。ダムの是非論議よりも影響は大きいかもしれない。
 大切なことは、川はだれのものか、ということだ。淀川委員会の試みをつぶしてはならない。

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5月

2008年05月04日 | 身辺

5月になって
森見さんのエッセイーで「新緑!我が人生悔いなし」を読んで、改めて外を見る。
何時も緑に囲まれている為か、情緒の不足か、新緑への思いが彼の思い程では無い。

昔は、ホーホケキョと聞こえたものだが、最近はさっぱり、山から聞いたことが無い。

先日、ホテルでの会食で洋風のオードブルに鰹のたたきがあった。昨年もあった。ホテル側は初鰹で、和風のたたきを添えているのだろう。醤油味だった。しかし、今では年柄年中、スーパーでも鰹は並べられていて、さっぱり季節感ない。

4月中は寒い日が有ったが、流石に5月になると、寒さは無くなる。暖房器具は片付けた。

4月のPV(アクセス)は2699でした。前年比100%
累計 66000 です。 

関係団体のHPのアクセスのスピードが最近は遅かったが、やっと9万台にのる。ポータルをフェイスリフトするので、リピータも増えるだろう。

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春眠 続

2008年05月04日 | 身辺

4月12日の「春眠」の続編

春眠に耽りすぎた。
桜は「あー、さいた、満開だ!あー散った!」
散りっぷりは美しい。
それを見て「自分も何れ散るのだ」と思うと楽しくない。
ので、桜餅を3個食べる。
春眠して、桜餅を食べて、春を過ごし、新緑を待つ。

みんないっせいに、緑に、染まり「新緑が来た」と元気になる。
むくむく成長する、新緑に包まれると「今、散っても我が人生に悔いなし」と思う。

新緑の季節が来ると 「春眠に耽っている時では無い」
寝床から這い出し、明るい緑の溢れた所に出かける。
皆さんも良い春をお過しなさい。
______________________
森見 登美彦さんのエッセイの後段です。
いやーはやー驚く発想だ。春から5月の新緑に結ぶ理論は
我々若輩には及び付かない。
優れた著者は多い。今、島戸一臣さんのBlpgを編集した本を読んでいます。驚き、憧憬する、エッセイです。いずれ紹介します。
数日、PCが動かず、不便を来しています。この項も、無理な状態での掲載です。暫くのご猶予をお願いします。

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