ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

ラサ 2日目 セラ、ジョカン

2014-04-26 20:57:39 | Weblog
午後は、まずセラ寺へ。
昔は砂埃にまみれて行った道も、今は市内からセラ寺まで
ばっちりアスファルト舗装された快適な道をゆく。

清潔であることはいいけれど、
きっと夏は照り返しがきついだろうと思われる寺の入り口。



巡礼の人たちもたくさんいる。

 

チベット人についていきたい気分だ。



本来なら完成とともに壊されるものだが、観光用に残されている砂曼荼羅。



経典の版。



まったく読めないけれど、美しい。



いまはiPhoneでもチベット語入力ができる時代。
DTPで経典は作られている。

本堂では撮影禁止。



カタを差し上げて、ちゃんとお参りしたかったのだけど、できなかった。
できなかった理由は、観光客はダメなのか、ガイドさんがわざとさせなかったか。。。

まあ、しょうがない。

セラ名物の問答は15時から。



ショーみたいになっていたけど、もしチベット語が聞き取れたら、
もしかしたら大真面目な会話が繰り広げられていたのかもしれない、とも思う。

鳥葬台は、この山の向こう側だ。



以前、ガイドの目を盗んで鳥葬を見に行ったアメリカ人が2人いたのだとか。
鳥が怖がって逃げてしまい、死体が全部食べられなかったため、遺族がすごく怒った。
ついでにアメリカ人は、かなり高額な罰金を支払わされたのだとか。
罰金が大変だから見に行かないように、と、何度もガイドさんに念を押されたのだけど、
私が聞きたかったのは、どういう人が、鳥葬してもらえるのか、という点。
それについては、まったくの返事なし。たぶん知らないんだろう。
罰金で抑止できるのは、正直言って中国人だけだと思う。

セラはとても大きなお寺なので、いろいろなお堂がある。



見たところ以外にも、「お参りはこちら」のような看板があったので、
「あっちにはなにがあるのか?」と聞いたら、ガイドから「信者だけが行けるところだから」と。
で、「私も仏教徒だから行けるの?」と聞いたら、「チベット族じゃないからダメ」とのこと。

ガイドの説明が、なんだかとっても、うさんくさい。
チベット人は日本人が仏教徒だと知っているから、「日本人なんでお参りしたい」と言って、
基本的にこばまれることはない。
で、参観時間が終わっちゃうから、とガイドにせかされ、ジョカン寺へ。
(たぶん、中国人ガイドとしては自分のミッションのことしか考えていない)

ジョカン寺の前の広場に到着。
むかしは、遠方から来た巡礼者で、ごちゃごちゃだった広場も、
いまは持ち物検査を受けないと中に入れない。
広場の外側には五体投地をしている人がいた。



持ち物検査を受けて、広場へ。

 

午前中は、チベット人の参拝。午後は観光客に解放。
夕方からまたチベット人の参拝時間となる。時間がわかれている。



まあ、時間をわけるのは、チベット人にとってもいいことだと思う。

ただし、いま世界遺産となったジョカン寺は、バターロウソクをもって、中に入ることができない。
火災予防のためだ。

そのため、お寺の前に、バターロウソクを集めて祀っている建物が出来ていた。
これ、ジョカン寺の大きな変化。

中に入る。文革時代に、たくさんの経典や仏像が破壊され、燃やされた中庭。



昔は薄暗い中、床にこぼれたバターでつるつるに滑った堂内も、
いまは電気ランプできれいに隅々まで見ることができる。



ロウソクは一カ所に集められている。
しかも、壁にススがつくため「保全」という名の下のスマートな管理だ。



そしてショックなのが、このマニ車。いまはもう、回せない。



本堂をぐるりと取り囲むマニ車。むかしは、巡礼の人と一緒に私も回した。

ライトが明るくなったおかげで、はっきりと見えるようになった仏様。



天井の模様。



屋上に出る。

 

遠くにポタラ宮をのぞむ。どうやらラサは夕方になると雲が出てくるようだ。



いつも思い出していたチベット寺院の音。



風で揺れて、金属が触れる美しい音が鳴る。
今回はちゃんと、動画で撮った。

その後、パルコルへ。



屋台? そんなものはないのだよ。
舗装されきれいになっているのだよ。

巡礼の人はちゃんといるけど、どこか違うのだよ。以前とは。

 

美しい布があったので、買おうと思ったら、ほとんどがネパールからの輸入だった。
そうなった理由は、中国人が職人を粛正したためだろう。

民族衣裳が欲しかったので、中の一軒に入った。スカートとワンピースを購入。
店の人はチベット人だったけど、けっこう中国語を話した。

チベットの女性は、髪を美しく彩る。



お年寄りだって、かわいらしい。



このあと、本当はチベット料理を食べながらチベット舞踊を見るところだったのだけど、
いまはまだオフシーズンでどこもやっていない、とのこと。
ガイドさんには「じゃあいいよ、あきらめよう」と言ったが、
「手配できた。いつもでは入れない高い劇場。夕飯を食べてから行きます」とのこと。

で、ホテル前の漢族食堂に連れて行かれた。思い切り中華料理。



チベット料理が食べたいと文句を言ったら、「あんなまずいもの、なんで」という反応。
まあ、高山病の影響で、食欲がなかったこともあり、ほとんど手をつけなかった。
ガイドさんと運転手さんがほとんど食べた。

そして、そのあと連れて行かれたシアター。
そこは、ポタラ宮からも見えていた不穏な感じのシアターだった。

最終シーン。



思わず、爆笑した。

主催はもちろん、中国共産党宣伝部。
ということは、演出も彼ら。

踊っているのはチベット人だったと思うし、中に見たことがある踊りもあったけど、
もちろんのことながら、宗教やチベットの英雄の寓話等は出て来ない。

チベットと言う聖地が、中国共産党のおかげで新しい命を授かった、というストーリーだ。

観客は、中国人+香港人。
欧米人をはじめ、外国人皆無。
さすがに、外国人に見せるほど愚かではないらしい。

さて、翌日はいかに漢族ガイドと早く別れるかを考える。


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