(ダウ・ジョーンズ)先週末に欧州で行われた選挙における朗報とは、何だったのだろう。
ギリシャの総選挙では、いずれの政党も絶対多数の議席を確保できない入り乱れた結果となった。一方、フラン
スでは現職大統領のサルコジ氏が敗れ、社会党候補のオランド氏が選ばれ、緊縮策が放棄された。これを受けて
、ギリシャは明らかに例外だったが、欧州の株式および債券市場は胸をなで下ろしたようだった。
一見これは、予想外の反応だ。理論的には、フランス国民の選択は、財政赤字を拘束しないことを約束すること
により、フランス国債の先行きを危うくするものだ。一方、ギリシャ総選挙の結果は、同国が大混乱のうちにユ
ーロ圏から離脱する可能性をただ高めただけだ。
ただ別の観点からすると、これほどの悪材料も朗報と言えるのかもしれない。次のような解釈の仕方もある。緊
縮策がユーロ圏経済を粉々にしており、フランス人はこの緊縮に反対することで、成長に賛成したことになる。
成長は政府の歳入増を保証し、その結果として財政
例えばドイツに「成長協定」をまとめるよう説得することで、フランスがどうにか緊縮策を白紙化すれば、他の
国々も同じ土俵に立つはずだ。そうなれば、ユーロ圏主要国で落ち込みつつある景気の指標が、引き上げられる
だろう。
ギリシャについては、同国がユーロ圏内では生き残ることができないとの共通の見解がエコノミストらの間には
あるが、次第に欧州の政治家らの間でも統一見解になりつつある。ギリシャが単一通貨圏内にとどまるかぎり、
市場心理にとっての危険な足かせとなり、周縁国全体の投資家は動揺するだろう、と言うのが一つの考え方だ。
ギリシャがユーロ圏を離脱することで、欧州中央銀行(ECB)は救うことのできる国々、特にイタリアとスペイン
に焦点を合わせることが可能になる。
こうした観点からすると、選挙結果は明らかに望ましいものだ。だが、これは根本的な問題を無視した見方だ。
緊縮策から財政赤字拡大による成長策への転換は、ドイツが参加するかどうかで左右される。事実、今回の選挙
でフランスとギリシャはドイツの資金をさらにあてにしたのだ、とする解釈もある。
各国政府が市場から資金を調達できないかぎり、ドイツは財政移転のかたちで直接そうした国々に融資するか、
量的緩和あるいは長期資金供給オペ(LTRO)のような市場操作により、ECBが周縁国の債券を買い入れることを容
認しなければならないだろう。
財政移転を行う可能性はない。欧州周縁国全体の利益になるような再統一を伴う一種の課税と移転に、ドイツ国
民が喜んで同意するとは考えにくい。現実に、中核国から周縁国に移転が必要な規模からみて、経済的な再統一
は一時的で緩やかなものになるだろう。だが、移転をECBが行う代替策は、つまるところ単なる受け入れがたいも
のだ。なぜならば、インフレ的な結果をもたらすためだ。
ユーロ圏周縁国が競争力を回復するためにデフレから救うには、ドイツのインフレが3%~4%になれば十分だ、
とケインズ学派の経済学者らは主張した。ドイツのインフレがその程度になっても、ユーロ圏全体のインフレは
ECBが目標とする2%程度になるにすぎないと言う。
これは、二つの意味であまりに楽観的な考えだと思われる。
まず、そうした状況において、ドイツのインフレを3%ないし4%で抑えることができるかどうかと言う問題があ
る。ドイツの失業率は数十年ぶりの低水準にあり、同国はおそらく完全雇用の状態にあると言う点を考えに入れ
るべきだ。賃上げ要求はすでに6%に迫りつつある。ECBは周縁諸国のマネーサプライ(通貨供給量)をかき立て
ようとしているが、経済情勢が弱いので、失敗する可能性が高い。そうした過剰信用は結局、銀行が成長を最も
確信できる国、つまりドイツに流れつく可能性がある。欧州経済は、2000年代初頭にみられた状況を鏡に映した
かたちになるかもしれない。当時、ドイツ経済が実質賃金の減少に苦しむ一方、周縁諸国は信用バブルが巨大に
膨れあがっていた。このバブルが結局、最悪の崩壊にいたったわけだ。
次に、ドイツ政府とドイツ連邦銀行(中央銀行)が、そうなることを容認するかどうかだ。たしかに、信用バブ
ルを回避するために、ドイツの銀行に対して準備金を積み自己資本比率を高めるよう強制することで、マクロプ
ルデンシャルな(信用秩序を維持する)政策をとることも可能だし、おそらくは増税により、財政引き締めで経
済の熱を冷ますような代替策を講じることもできるだろう。しかし、マクロプルデンシャルな政策は、特にユー
ロ圏においては、まだほとんど理論的な概念にすぎない。もちろんドイツの銀行の融資を規制することはできる
だろうが、イタリアの銀行がドイツ人に対して行うドイツの資産を担保とした融資は抑えられるだろうか。仮に
イタリアの銀行からの借り入れをドイツがどうにかして規制できたとしても、イタリア人がドイツの資産を買う
ためにイタリアの銀行から融資を受ける場合はどうだろう。あるいは、ドイツの資産に対する投機を規制すると
しても、ドイツの資産を対象としたドイツの上場投信(ETF)に投資するヘッジファンドに対するイタリアの銀行
による融資はどうだろう。
流動性のパイプ漏れを埋めても、またどこかで漏れ出してしまうだけ、と言う点がこの複雑な影の金融システム
が抱える問題だ。おそらくドイツ政府は、資産バブルを避けるために資産に対し増税することが可能だが、そう
なれば流動性は他の固定資産に流れるに違いない。直近のバブル崩壊を通じて分かったように、どの資産が上が
り始めるかは問題ではない。資産価値が投機により左右されているならば、やがてその好況が最悪の不況を生み
出すだろう。
中核諸国で過剰な状態が生じる前に、周縁国の成長を十分生み出すような、流動性の流れはつくることができる
のだろうか。ECBが一方にそれすぎると、周縁国はリセッション(景気後退)にまた陥るだろう。もう一方に偏り
すぎれば、ドイツの好況につながり、やがて自滅するだろう。
ちょうどこれまでたどってきた経験からみて、ECBかどこかの中央銀行が正しい道を進むことができると、前向
きに期待するのはかなり難しい。
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