モノやサービスなど日本の価格の安さが鮮明になってきた。世界6都市で展開するディズニーランドの入場券は日本が最安値で米カリフォルニア州の約半額。100円均一ショップ「ダイソー」のバンコクでの店頭価格は円換算で200円を超す。割安感は訪日客を増やしたが、根底には世界と比べて伸び悩む賃金が物価の低迷を招く負の循環がある。安いニッポンは少しずつ貧しくなっている日本の現実も映す。
「日本製の家電や化粧品は安くてお買い得」。中国から銀座を訪れた李さんは話す。18年の訪日外国人の旅行消費額は4兆5189億円で、13年比で3倍に増えた。
■カリフォルニアの半額
海外から見た日本のモノやサービスの割安さが際立っている。
日本経済新聞は世界のディズニーランドの大人1日券(当日券、1パークのみ、10月31日時点)の円換算価格を調べた。東京は7500円でカリフォルニア(1万3934円)の半額ほど。パリ(1万1365円)や上海(8824円)と比べても安さは群を抜く。
ディズニーランドは各拠点で運営主体が異なる。東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドは「定期的に入場客から価格感度を調査している」という。日本の実情に沿い「パークの価値に合わせた価格にしている」との説明だ。
同じ現象はディズニーランド以外でも顕著だ。
■100円ショップ、タイなら214円
海外26カ国・地域でダイソーを展開する大創産業(広島県東広島市)。日本では「100円ショップ」として知られるが、同じ商品が米国では約162円、ブラジルでは215円、タイでは214円だ。中国で生産した商品も多いが、その中国でも153円する。
ホテルも安い。12月13日から1泊大人2人でロンドンの五つ星ホテルを予約しようとすると、キングベッド1つの50平方メートルの部屋で約17万円だった。東京だと同じ条件でも、約7万円超で泊まることができる。
■「アマゾンプライム」も米の半値以下
生活に身近になったサービスのサブスクリプション(定額課金)でも同様の傾向が見られる。米ネット通販最大手のアマゾン・ドット・コムは、動画や音楽配信、配送料などが無料になる有料「プライム会員」の年会費を米国で約1万2900円で提供。日本は今年4月に3900円から4900円に値上げしたが、それでも大幅に安い。
■円安だけでは説明付かず
こうした価格差は日本の為替レートが低く評価されすぎていることが理由の一つにあるとされてきた。
例えばハンバーガー価格の違いから為替水準を探る英エコノミスト誌の「ビッグマック指数」。7月時点の計算によると、日本で390円のビッグマックは米国では5.74ドル。同じモノの価格は世界中どこでも同じと仮定すると、ここからはじき出す為替レートは1ドル=67.94円となる。
ただ、実際のレートは1ドル=110円前後で30%強円安だ。その分円を持つ人にとってはドルで売られるビッグマックが高く感じられる。
ディズニーランドやダイソーの価格も同様に指数化して実際のレートと比べると対米ドルやタイバーツで46~50%強の円安となり割高感が増す。
■賃金停滞が物価も引き下げ
だが第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストは「今の価格差は為替では説明がつかない状況にある」と話す。足元では企業の賃上げが鈍り、働く人の消費意欲が高まらない。その結果、物価低迷が続き景気も盛り上がらない「負の循環」(同)が日本の購買力を落ち込ませているからだ。
経済協力開発機構(OECD)などによると、1997年の実質賃金を100とすると、2018年の日本は90.1と減少が続く。海外は米国が116、英国は127.2など増加傾向にある。
■世界の成長に追いつけず
大企業は賃金増には慎重だ。トヨタ自動車は19年の春季労使交渉で一律賃上げの見直しを決めた。製造業は米中貿易戦争などで業績が悪化傾向にあり、20年交渉も「一律賃上げは難しい」(電機大手)との声が漏れる。
一方、タイでは上昇する賃金や店舗賃料分がダイソー製品の価格に転嫁されている。それでも購買力も高まっている同国中間層の負担感は少ない。安いニッポンには、世界の成長についていけない日本の停滞もにじむ。
JAPAN’S RICHESTRANKING TOP 50
トップ50の顔ぶれはいかに? 資産額を筆頭に、出身地や卒業校など、詳細なデータとともに一挙紹介。
順位 | 氏名 | 企業名/ブランド名/業種 | 資産額 (億円) | 年齢 | 前回順位 | 結婚 | 子供 | 出身大学 | 出身地 |
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1 | 柳井正 | ファーストリテイリング | 2兆7670 | 70 | 2 | 既婚 | 2 | 早稲田大学 | 山口県 |
2 | 孫正義 | ソフトバンク | 2兆6670 | 61 | 1 | 既婚 | 2 | カリフォルニア大学バークレー校 | 佐賀県 |
3 | 滝崎武光 | キーエンス | 2兆670 | 73 | 4 | 既婚 | (兵庫県立尼崎工業高等学校) | 兵庫県 | |
4 | 佐治信忠 | サントリーホールディングス | 1兆2000 | 73 | 3 | 既婚 | 慶應義塾大学 | 兵庫県 | |
5 | 三木谷浩史 | 楽天 | 6670 | 54 | 7 | 既婚 | 2 | ハーバード大学(MBA) | 兵庫県 |
6 | 重田康光 | 光通信 | 6000 | 54 | 11 | 既婚 | 3 | 日本大学(中退) | 東京都 |
7 | 高原慶一朗 | ユニ・チャーム | 5780 | 57 | 8 | 既婚 | 3 | 成城大学 | 愛媛件 |
8 | 森章 | 森トラスト | 5220 | 82 | 5 | 既婚 | 3 | 慶應義塾大学 | 東京都 |
9 | 永守重信 | 日本電産 | 5000 | 74 | 6 | 既婚 | 2 | 職業能力開発総合大学校 | 京都府 |
10 | 毒島秀行 | SANKYO(パチンコ) | 4950 | 66 | 10 | 慶應義塾大学 | 群馬県 | ||
11 | 小林一俊・孝雄・正典 | 株式会社コーセー | 4330 | 12 | 慶應義塾大学 | 東京都 | |||
12 | 伊藤雅俊 | セブン&アイ・ホールディングス | 4220 | 94 | 14 | 既婚 | 3 | 慶應義塾大学 | 東京都 |
13 | 三木正浩 | ABCマート | 4210 | 63 | 13 | 既婚 | 東邦学園短期大学 | 三重県 | |
14 | 似鳥昭雄 | ニトリ | 3780 | 75 | 9 | 既婚 | 北海学園大学 | 北海道 | |
15 | 安田隆夫 | ドン・キホーテホールディングス | 3000 | 69 | 22 | 既婚 | 1 | 慶應義塾大学 | 岐阜県 |
16 | 大塚実・裕司 | 大塚商会 | 2890 | "96 | 65" | 15 | 中央大学(実)・立教大学(裕司) | 栃木県 | |
17 | 韓昌祐 | マルハン | 2670 | 88 | 17 | 既婚 | 6 | 法政大学 | 韓国 |
18 | 野田順弘 | オービック | 2610 | 80 | 26 | 既婚 | 関西大学 | 奈良県 | |
19 | 多田勝美 | 大東建託 | 2450 | 73 | 24 | 既婚 | 1 | (四日市工業高等学校) | 三重県 |
20 | 木下盛好 一家 | アコム | 2280 | 20 | 兵庫県 | ||||
21 | 岡田和生 | ユニバーサルエンターテインメント(パチスロ機の製造等) | 2270 | 76 | 16 | 既婚 | 3 | (東京テレビ技術専門学校) | 大阪府 |
22 | 前澤友作 | ZOZO | 2220 | 43 | 18 | 離婚 | 1 | (早稲田実業高校) | 千葉県 |
23 | 宇野正晃 | 株式会社コスモス薬品 | 2110 | 72 | 23 | 東京薬科大学 | 宮崎県 | ||
24 | 松井道夫・千鶴子 | 松井証券 | 2000 | 30 | 既婚 | 3 | 長野県(道夫) | ||
25 | 栗和田 榮一 | SGホールディングス | 1940 | 72 | 40 | 1 | (新潟県立新井高等学校) | 新潟県 | |
26 | 森佳子 | 森ビル(森稔夫人) | 1920 | 78 | 19 | 未亡人 | 2 | 香川県 | |
27 | 鈴木郷史 | ポーラ・オルビスホールディングス | 1910 | 65 | 25 | 既婚 | 早稲田大学 | 静岡県 | |
28 | 武井博子 | 武富士(創業者夫人) | 1890 | 65 | 27 | 未亡人 | 3 | ||
29 | 多田直樹・高志 | サンドラッグ | 1830 | 21 | |||||
30 | 小川賢太郎 | ゼンショーホールディングス(すき家 など) | 1670 | 70 | 32 | 既婚 | 東京大学(中退) | 石川県 | |
31 | 飯田和美 | 飯田ホールディングス | 1560 | 79 | 35 | 未亡人 | |||
32 | 福嶋康博 | スクウェア・エニックス・ホールディングス | 1500 | 71 | 29 | 既婚 | 日本大学 | 北海道 | |
33 | 山田 進太郎 | メルカリ | 1440 | 41 | 早稲田大学 | 愛知県 | |||
34 | 襟川陽一・恵子 | コーエーテクモホールディングス | 1390 | 68,70 | 48 | 既婚 | 慶應義塾大学(洋一)・多摩美術大学(恵子) | 栃木県 | |
35 | 上月 景正 | コナミホールディングス | 1340 | 78 | 37 | 関西大学 | |||
36 | 元谷外志雄 | アパグループ | 1330 | 75 | 既婚 | 2 | 慶應義塾大学 | 石川県 | |
37 | 増田宗昭 | TSUTAYA | 1300 | 68 | 既婚 | 2 | 同志社大学 | 大阪府 | |
38 | 金沢要求・全求 | 三洋物産(パチンコ) | 1230 | 28 | 愛知県 | ||||
39 | 福武總一郎 | ベネッセホールディングス | 1220 | 73 | 39 | 既婚 | 1 | 早稲田大学 | 岡山県 |
40 | 上原昭二 | 大正製薬 | 1200 | 91 | 44 | 既婚 | 2 | 東京薬科大学 | 東京都 |
41 | 山西泰明 | イズミ(スーパーマーケット) | 1190 | 72 | 33 | 既婚 | 慶應義塾大学 | 静岡県 | |
42 | 藤田晋 | サイバーエージェント | 1170 | 45 | 36 | 既婚 | 1 | 青山学院大学 | 福井県 |
43 | 石原昌幸 | 平和(パチンコ) | 1140 | 70 | 47 | 拓殖大学 | |||
44 | 石橋寛 | ブリヂストン | 1130 | 72 | 45 | 既婚 | 3 | 福岡県 | |
45 | 大倉昊 | ノエビアホールディングス | 1110 | 82 | 38 | 大阪工業大学工学部電気工学科 | |||
46 | 笠原健治 | MIXI | 1100 | 43 | 31 | 既婚 | 2 | 東京大学 | 大阪府 |
47 | 島村恒俊 | しまむら | 1090 | 93 | 34 | 既婚 | 3 | 埼玉県 | |
48 | 田中良和 | グリー | 1090 | 42 | 42 | 独身 | 日本大学 | 東京都 | |
49 | 荒井正昭 | オープンハウス | 1030 | 54 | |||||
50 | 里見治 | セガサミーホールディングス | 1000 | 77 | 46 | 既婚 | 3 | 青山学院大学(中退) | 群馬県 |
(2019/6/27 05:00)
生物の細胞を新素材の「工場」「設計センター」にする―。ITやバイオ技術の大幅な進歩によって、石油化学技術では生み出せない素材や、より省エネルギーな生産プロセスの実現が期待される。この「スマートセルインダストリー」などに取り組む各社の狙いは2030年に1兆6000億ドル(約180兆円)と予想される巨大なバイオエコノミー市場の獲得だ。(梶原洵子)
NEDO バイオ技術、大幅進歩で実現/植物・微生物「理想の工場」
「植物や微生物の細胞内に生産プロセスを構築し、細胞を工場のように機能させたい」。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)材料・ナノテクノロジー部の林智佳子主査は、プロジェクトマネージャーを務める「スマートセルインダストリー」の狙いをこう説明する。医薬品や食品といったもともとバイオ技術と関連の深い領域だけでなく、プラスチックや情報電子材料なども作りだそうという取り組みだ。
植物や微生物は、石油以外の原料から多様な化合物を作り出せる。植物に必要なのは、二酸化炭素(CO2)と水、太陽エネルギーで、高熱などをかける必要もない。実現すれば、まさに理想の工場と言える。
スマートセルとは、最先端のデジタル技術とバイオ技術によって、生物の機能を最大限に引き出した“賢い細胞”のこと。ITや人工知能(AI)技術の革新によって、膨大な生物情報を効率的に分析できるようになり、「生物の設計図であるゲノムを人間が設計することも現実的になった」(林主査)。
これは07年頃から広がった次世代シーケンサー(DNA解析装置)の貢献が大きい。約7年間でゲノム解読費用は約1万分の1となった。例えば90年にヒトゲノム解読計画が始まった当初、30億ドルの予算で約13年かかるとされたが、現在の技術であれば1日、予算は1000ドルで解読可能だという。容易に遺伝子を切断・編集できるゲノム編集技術も登場している。
NEDOのプロジェクトは16年度に基盤技術の開発から始まり、現在は企業が基盤技術を使いながら、ブラッシュアップする段階に入った。
植物と微生物それぞれの特徴を生かしたアプローチがある。情報解析システムを駆使して最適な細胞をつくる研究は微生物が舞台だ。これまで研究者が知識やノウハウを駆使していた細胞の設計を合理化するため、スマートセル創出プラットフォームを開発する。
プラットフォームの流れはこうだ。微生物のゲノムや代謝系などの膨大な情報を基に細胞を「デザイン(D)」し、これを長鎖DNAを用いて微生物を「合成(ビルド、B)」する。目的通りの微生物ができたかを「評価(テスト、T)」し、この新しい微生物からAIを使って代謝ルールを抽出・定式化し、「学習(ラーン、L)」する。学習内容もデータに追加し、次のデザインに活用する。
D→B→T→L→D…のサイクルを回すことで目的の細胞を作り出し、プラットフォームも進化させる。このほどプラットフォームのプロトタイプ版が完成。これまでのプロジェクトで、長鎖DNA合成に必要な機器などを開発し、基盤技術などをそろえてきた。新たなプロジェクトに採択された東レなど5社が自社研究にプラットフォームを利用する。「長年の研究で良い化合物が見つかり、次は工業化に向けてブレークスルーが必要という企業がある。まずそこを後押ししたい」と林主査は話す。
一方、植物は数十万種類の化合物を生合成している。細胞内にゼロから生産プロセスを構築しなくても、既存の代謝経路を活用して多様な物質を生産できる可能性の幅が広い。例えば、代謝経路の一部を止めて化合物の生成量を制御する研究や、生育環境を調整して目的の化合物を多く生成する研究が行われている。「葉や根に目的の物質を蓄積する技術もある」(林主査)という。
住友化学 合成生物学VBと提携
化学メーカーもバイオ技術に期待を寄せる。狙いは、石油化学由来の限界の突破だ。
住友化学はバイオ技術を活用したエレクトロニクス分野の新規材料の開発に向けて、遺伝子を編集した微生物の生産を得意とするベンチャー企業の米ザイマージェンと業務提携した。この微生物に化合物をつくらせ、素材開発に利用する。
住友化学の辻純平技術・研究企画部長は「バイオの力で全く新しい性質の物質ができないか、探求したい」と話す。ザイマージェンとの取り組みのほか、18年1月に設立したバイオサイエンス研究所を中心に技術力の拡充を図る。また、プロセス開発を担う工業化技術研究所に、19年度内にもバイオプロセス専門部署または担当者を配置する。生産面でのバイオ技術の活用も検討する。
拡大する市場/海洋プラ・脱石油、解決に貢献
バイオ技術を活用した工業向け素材は、市場に登場し始めている。海や土中で分解される樹脂として注目されるカネカの「カネカ生分解性ポリマーPHBH」は、微生物が植物油を摂取し、ポリマーとして体内に蓄えたものだ。
カネカはセブン&アイ・ホールディングスとコーヒー「セブンカフェ」用ストローへの利用に向けて、資生堂とは化粧品用容器への利用に向けて協力。19年中には生産能力を年5000トンに拡大し、さらなる増産を視野に入れる。5月に原田義昭環境相を訪問した菅原公一カネカ会長は、「カイコが絹をつくるように微生物がプラスチックをつくる」と説明。原田環境相は海洋プラスチック問題の解決に貢献する技術に興味を示した。
ベンチャー企業のSpiber(スパイバー、山形県鶴岡市)は、クモ糸人工合成の研究成果を生かし、独自の構造たんぱく質素材を開発。原料を石油に頼らず、微生物の発酵プロセスで構造たんぱく質を生産する。同たんぱく質は繊維やフィルム、樹脂など多様な素材に加工できる。タイで計画する工場は同たんぱく質の発酵生産プラントとして世界最大規模となる見込み。
産業創出へ連携加速
バイオ技術は今後ますます注目される。経済協力開発機構(OECD)がまとめた報告書では世界のバイオエコノミー市場は30年に1兆6000億ドルになるとしている。バイオエコノミーは、バイオ技術と経済活動を一体化させた概念。分野別の内訳は健康・医療や農林水産を抑え、意外にも工業の39%が最も大きい。
「バイオ技術によって持続可能なモノづくりを実現すれば、日本の産業力強化につながる」とNEDOの林主査は力を込めて語る。ただ、バイオの研究開発には多くのコストがかかり、単独での事業化は簡単ではない。新たな産業創出に向けて連携を一層広げる必要がある。
2018/8/26 2:00日本経済新聞 電子版
高齢化の進展で認知症患者が保有する金融資産が増え続けている。2030年度には今の1.5倍の215兆円に達し、家計金融資産全体の1割を突破しそうだ。認知症になると資産活用の意思表示が難しくなり、お金が社会に回りにくくなる。国内総生産(GDP)の4割に相当するマネーが凍結状態になれば、日本経済の重荷になりかねない。お金の凍結を防ぐ知恵を官民で結集する必要がある。
「やはり引き出しは難しいですか」。今春、東京都内の信用金庫で50代の男性会社員は困惑していた。80代の父親は認知症と診断され、老人ホームに入居している。男性は父の入院治療費を支払うため、父名義の口座から約60万円を引き出そうと相談に訪れていた。
「ご本人の意思確認ができない状況では支払いに応じられません」。信金の担当者はこう伝えた。金融機関の立場では家族による横領を防ぐための当然の対応だが、本人のためでもお金が使えず、預金が凍結状態になるケースが目立ってきている。
政府の高齢社会白書によると65歳以上の認知症患者数は15年に推計で約520万人。3年間で約50万人増えた。高齢化が進む30年には最大830万人に増え、総人口の7%を占めると予測される。
■進まぬ後見人利用
金融資産の「高齢化」はすでに進み、14年時点で全体の65%ほどを60歳以上の人が保有している。今後は認知症高齢者の保有が大きく拡大する局面に入る。第一生命経済研究所が認知症有症率のデータなどを用いて保有額を試算したところ、17年度の143兆円が30年度には215兆円まで膨らむとの結果が出た。
日本の家計金融資産は30年度時点で2070兆円と推計される。認知症高齢者の保有割合は17年度の7.8%から10.4%に高まる。政府や金融機関はこうした資産が使われなくなることに危機感を強めている。
高齢者の消費が減るだけではない。株式などの運用が凍結されれば、ただでさえ欧米より少ない日本のリスクマネーは目減りし、成長のための投資原資がますます少なくなりかねない。不動産取引の停滞も予想される。「投資で得た収益が消費に回るといった循環がたちきられ、GDPの下押し圧力になる可能性がある」(第一生命経済研の星野卓也氏)
対策の一つは成年後見制度の普及だ。認知症などで判断能力が不十分で意思決定が困難な人の財産を守る仕組み。後見人は、お金を本人の口座から出すことができる。
ただ現時点の制度利用は約21万人と認知症高齢者の5%にも満たない。核家族化が進んで後見人になる親族が近くにいない。弁護士や司法書士など専門職を後見人にすると、最低で月2万~3万円の報酬を払い続けなければならないので、収入や資産が少ない高齢者には負担が大きい。
親族や専門家以外の人が無報酬で担う市民後見人を増やす必要があるが、家庭裁判所への報告などに加え、借金返済や家賃滞納への対応など想定外の仕事もふりかかり、負担は軽くない。
高齢者からは親族でも専門家でもない人は「信用できない」との声も多い。このため全国銀行協会や法務省、金融庁などは協議し、後見人による不正を防ぎつつ、今よりも使い勝手が良い預貯金サービスの仕組みを打ち出した。
■預金管理に工夫
高齢者の銀行口座を資産用と生活資金用に分け、資産用口座の解約や入出金は金融機関や家裁などが厳しくチェックする。一方、後見人による生活口座からの引き出しは今よりも自由度を高め、インターネットバンキングも認める。金融機関でこうしたサービスの導入が広がれば、市民後見人の普及に寄与する可能性がある。
法人が後見人になる取り組みもある。城南信用金庫(東京・品川)など5信金は「しんきん成年後見サポート」と呼ぶ一般社団法人をつくり、東京都品川区と連携し、身寄りがない認知症高齢者の後見人を引き受けている。信金のOBやOGが高齢者の財産を管理する。
ただこうした工夫でも株式などの運用が滞る問題は解決できない。後見人による有価証券運用は明確に禁止されているわけではないが、元本割れのリスクを伴うため、家庭裁判所は認めないからだ。そうなると株は売却されて資金は預貯金に回ることになる。
認知症になる前に本人と家族で資産活用についてあらかじめ定めを結ぶ「家族信託」という仕組みはある。だが本人も家族も認知症になることを前提に話し合うことには抵抗があり、利用率は低い。
みずほ総合研究所は認知症高齢者が持つ株式などの有価証券が、35年に全体の15%に達すると推計する。高田創調査本部長は「株式の生前贈与を促す税制の創設など、生きた形で若年層に金融資産をシフトさせる方策が必要となるだろう」と指摘する。(広瀬洋平、水戸部友美)
銀行口座を持てない低所得者層は世界で20億人とも言われる。“金融難民”を支援しようと、給与を即日従業員のスマートフォン(スマホ)に振り込むシステムを開発したのがドレミング(福岡市、桑原広充最高経営責任者=CEO)だ。スマホを店舗のQRコードにかざせば、その日のうちに買い物もできるようになる。日本発のスタートアップが、世界のキャッシュレス経済圏の裾野を広げようとしている。
■サウジ皇太子「魅力的なビジネス」
ドレミングのサービスはサウジアラビア政府も関心を寄せる(中央が英国CEOの高崎氏)
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ドレミングのサービスはサウジアラビア政府も関心を寄せる(中央が英国CEOの高崎氏)
脱・石油依存を掲げるサウジアラビアは労働力のほぼ半分を外国人労働者に頼る。同国が昨秋に首都リヤドで開いた未来投資構想会議。国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事、フランスのサルコジ元大統領、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長らそうそうたる顔ぶれの中に、ドレミング英国CEOの高崎将紘氏の姿があった。
「とても魅力的なビジネスだ。是非サウジでも進めて欲しい」。高崎CEOとの面会の機会をわざわざ設けたのは、王位継承順位第1位のムハンマド皇太子。高崎CEOは名前の将紘に引っかけて「孫正義に続く次のマサは僕だよ」と冗談めかすと、皇太子も白い歯を見せた。
金融サービスや再生可能エネルギー、人材育成などに動くサウジが招待するドレミングは、金融とIT(情報技術)を融合したフィンテック企業だ。勤怠管理から給与計算、給与振り込みまでワンストップでできるスマホアプリを提供する。ほかの企業もやっていそうだが、特徴は働いた日数分の給与を直接、労働者に送金できることだ。
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通常、給与の支払いは企業側の勤労データを銀行が一定期間かけて処理し、毎月決まった日に支払う。だが、ドレミングのシステムは、日ごとに働いた分の賃金がスマホに通知され、例えば5日働いたら5日分の賃金を上限にお店で買い物ができる。店は労働者の口座から買い物代金を引き落とせないため、雇用主が店の口座に支払う。一連の決済は全てキャッシュレスだ。
いわばドレミングのアプリを介して給与を立て替える訳だが、労働者から金利も手数料も取らない。売り上げはアプリの導入企業からだけだ。
日本では労働基準法で「賃金は直接労働者に支払わなければならない」と定められており、雇用主が給与を店に直接渡すようなことはできない。そのため現在の利用は限定的。働いた日数の給与を労働者にいつでも支払える仕組みとして、数十社がアプリの利用契約を結んでいる。
飲食業店のスピル(千葉市)では100人強の社員・アルバイトを対象に導入している。税金や社会保険等控除後の支給額を自動計算し、銀行口座にチャージ。働き手は、好きなときに自由に引き出すことができる。
穂崎芳幸社長は「働き方は多様化しており、給与の受け取りも個々人の生活スタイルに合わせ変えていく必要があると感じていた」と導入の動機を説明する。「お金の使い方や管理の自由度が高まった」と働く側からも好評だ。
ドレミングのアプリの本来の使い方ができれば、銀行口座の介在を省くことができ、買い物がしやすくなるほか、生計も立てやすい。また、個人がインターネット経由で仕事を引き受ける「クラウドワーカー」やフリーランス、副業、在宅勤務(テレワーク)など、月額給与の概念が当てはまらない働き方が増えている。国家戦略特区の指定を受けた福岡市が昨年、規制緩和を提案しており、18年にもドレミングが本来目指しているサービスが実現する可能性が出てきた。
目下のドレミングの足場は、与信上、銀行口座を持てない20億人の金融難民がいる海外だ。鈴木竜也取締役は「新興国にはその日暮らしの低所得者も多い。働いた分だけ賃金を受け取れたら安心して生活できるうえ、勤労意欲も高まる」と話す。
■インドやベトナムでも注目
ドレミングは昨年、インドの財閥大手リライアンス・インダストリーズと提携した。計画では低所得者にデポジットを払ってもらい5億台の格安スマホを提供。企業にはアプリの導入を働きかける。キャッシュレス化の波が押し寄せるインドでは商店でもQRコードの導入が進んでおり、スマホを手にした労働者が手軽に買い物ができるようにする。
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銀行口座を持っている労働者にとってもアプリがあればATM手数料や並ぶ時間の手間が省けるとあって「雇用主が導入に前向きになる」(鈴木取締役)。何より「働いた分がきちんと支払われれば、安定した暮らしにつながり、勤労意欲が高まり、そして貧困から抜け出せる」(高崎CEO)という期待が大きい。
インドだけではない。ベトナムでも昨年9月、総資産6千億円という同国有数のリエンベト郵便銀行と提携。同行のスマホ用Eウオレット(電子財布)とドレミングの給与システムを連動させ、買い物決済できるようにする。ホーチミン市などで間もなく実証実験が始まる予定だ。
また「中東アフリカのフィンテック・ハブ」を国家戦略として掲げるバーレーンでは、同国中央銀行がフィンテックに特化した組織を立ち上げた。ドレミングはここにも商機を探る。
フィンテックの技術研さんや、より使いやすいサービスに育てるためドレミングはシンガポールや米シリコンバレー、英国にも拠点を置く。16年には会計事務所世界大手、KPMGから日本のスタートアップとして初めて「世界のフィンテック50」にも選ばれた。
翻って日本。働き方の多様化に会わせた、柔軟で利便性の高い給与の支払い方法を模索しなければ、企業は実力を持つ個人からもそっぽを向かれかねない。
時代の変化をかぎとったセブン銀行は昨年、ドレミングと組み給与の即日振り込みサービスを始めた。買い物決済まではないが、セブンイレブンなどのATMですぐに現金を引き出せる。すでに数十社が導入を計画している。
ドレミングのビジネスモデルは銀行など金融機関にとって脅威と見られがちだが、鈴木取締役は否定する。労働者の勤労状況や収入など個人の同意を条件に銀行がビッグデータを取得できれば、融資の返済能力などが判断できる。非正規社員や低所得者の与信管理もしやすくなる。金融機関にとってドレミングはライバルでもあり、味方でもあるというわけだ。
国内外では高額の手数料を求められる給料前借りローンなど低所得労働者を追い込む「貧困ビジネス」が後を絶たない。高崎CEOは「労働者が真面目に働いた手取り給与をいち早く使えるようになれば貧困ビジネスは撲滅できる」と力説する。「売り手良し、買い手良し、社会良し」とするためフィンテックを根付かせるのが、ドレミングの起業家精神といえる。(上阪欣史)
[日経産業新聞 2018年4月19日付]
2018/2/2 09:47 やまもといちろう
コインチェックに立ち入り検査へ 金融庁 財務内容を調査 | NHKニュース https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180202/k10011312381000.html
ギリギリのタイミングでコインチェック社の被害弁護団が立ち上がって、もしもお困りの方がいれば弁護士を立てるかこちらの被害弁護団に早々に相談されるのが良いと思います。
コインチェック被害対策弁護団
http://www.ccbengo.jp
いずれにせよ、仮想通貨バブルの終焉を告げるコインチェック社も最終局面を迎えるのではないかと警戒感が高まっているところです。
コインチェック社問題を理解するうえで知っておきたい経済事案あれこれ(追記あり)(山本一郎) - Y!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/yamamotoichiro/20180202-00081158/
「罪に問えない」インサイダー取引が横行する仮想通貨界隈で問われる投資家保護の在り方 | プレタポルテ by 夜間飛行
http://pret.yakan-hiko.com/2018/02/01/yamamoto_180201/
個人的には、やはり顧客口座と会社の運転資金がきちんと分別管理されていなかったことで、預け入れをした顧客資産が運転資金や広告宣伝費に充当され、大幅に毀損したことが問題だったんじゃないかと思います。確かにNEM/XEM流出はあったにせよ、580億円程度の損失の補てんを巡り、数兆円に上るかもしれない顧客の預かり資産が毀損する可能性があるというのは実にマズい状況になり得ます。投資家・消費者に対する被害が拡大するだけでなく、他の相場にも影響して仮想通貨市場が大幅に下落してしまうトリガーになる危険性さえもあるからです。
だからこそ、コインチェック社には早々に金融庁が入って顧客資産を勝手に逃避させたり他に流用させないようにすることが肝要です。さすがに、兆単位の預かり資産を全部溶かしてしまったということはないでしょうし。
ただ、ここで経営陣が申し開きの余地がないと判断するようであれば、破産申立や、会社更生法の申請を即日行う可能性もあり得ます。何しろ、時間が経過するほど相場が溶解して大幅下落していくわけですから、破綻を時間かけて検討する必要がないわけです。
恐らくは、コインチェック社の経営陣はまだまだ仮想通貨バブルは続くと見込んで、3月末に期限の来るみなし業者の失効までに身売り先も含めてさまざまな健闘は重ねてきていたのだと思います。だからこそ、一刻も早く金融庁に入ってもらい、なるだけ早く業務停止命令をかけて顧客資産を少しでも保全できるようにするのが良いでしょうし、冷温停止したコインチェック社も保身のために早々に倒産しようとするでしょうから、その辺の駆け引きは週末をまたがずにだいたいの様相が見えることになると思います。
問題は、トリガーになったNEM/XEMは本当に不正に流出したのかという点です。かねてから、仮想通貨界隈では中華系ファンドがシンガポールやマレーシアなどに分散して一大勢力になっていることもあり、まあ大変微妙な情報も乱舞しているようです。昨今、米先物委員会が召喚したテザー社(Tether)の件もありますし、兌換してXEM/NEMだけではなく大量のイーサリアムやLISKに流入してきた経緯もあるなかで、日本国内法での解決がむつかしかったときに、投資家の被害がもっと大きくなっていく可能性は否定できません。
なんにせよ、破綻はあり得る状況になったいま、これを教訓として資金決済法ではなく、きちんと金商法の対象として、インサイダー規制やノミ行為の最良執行方針の義務付け、投資家保護のための預かり口座分散などはがっつり規制強化の方向にならざるを得ません。一獲千金の夢は潰えて市場はまた低迷するかもしれないけど、本来のフィンテックというのは投機の対象ではなかったはずなので、これが良かったとなる日も来るのでしょうか。
寒い一日になりそうですが、今日も生き抜きましょう。
2018/01/30 日本経済新聞
日銀は29日、2007年7~12月の金融政策決定会合の議事録を公開した。日銀はこの年の2月に利上げを実施し、追加利上げの時期を模索していた。だが、8月に08年の世界的な金融危機の前兆となった「パリバ・ショック」が勃発した。「対岸の火事」だったはずの欧米の危機は震度を増し、日本経済にも波及する兆しを見せ始めていた。
「(米国経済について)調整の深さがどのくらい深まるものかは今は即断できない」。07年8月23日に開かれた会合。議長の福井俊彦総裁(肩書は当時、以下同じ)の言葉には迷いがあった。
会合から約2週間前の07年8月9日には、仏大手銀行のBNPパリバが、信用度の低い個人向け融資(サブプライムローン)を含む複雑な証券化商品を運用していた傘下のファンドを凍結した。これをきっかけに欧州の銀行間市場では、不安心理から資金の出し手が極端に少なくなった。
流動性の枯渇を懸念した欧州中央銀行(ECB)は同日、950億ユーロの資金を市場に供給する策を打ち出した。日銀と米連邦準備理事会(FRB)もそれぞれ対策をとったものの、それでも市場の混乱は収まらなかった。このため9月にはFRBが政策金利を0・5%と市場予想を大きく上回る幅で引き下げ、本格的な利下げに踏み出した。
「(利下げが)金融市場の安定あるいは実体経済の支えにどういう効果があるのか、これからよくみていかなくてはならない」
福井総裁はFRBの利下げ直後に開かれた9月会合でこう語った。ただ、当時の日銀は市場の流動性確保のための資金供給などは実施したものの、まだそれ以上の対応には踏み出そうとしていなかった。
日本の金融機関は欧米と比べてサブプライムローン関連商品の保有度合いは少なく、「日本の金融機関や金融市場に与える直接の影響は全体としてみれば限定的」(武藤敏郎副総裁)との見方が多勢を占めていた。
「市場の動きはやや過剰反応な面もある」(中村清次審議委員)。「各市場における行きすぎたリスク評価の調整プロセス自体はむしろ望ましいものだ」(野田忠男審議委員)。欧米の不穏な空気はかぎ取りつつも、07年夏の段階では政策委員の間でもこんな楽観的な発言が目立っていた。
「(米国の住宅投資減少が)日本の金融政策運営を考える上で大きなウエートを占めるものとは思っていない」。7月に政策金利の一段の引き上げを提案した水野温氏審議委員は日本の経済・物価情勢に沿って政策を調整すべきだと主張し、12月に取り下げるまで、提案を維持し続けた。
利上げ提案に賛成票を投じた委員こそいなかったものの、この段階では他の委員の間でも段階的に進めてきた金利正常化をもう一歩進めたいとの空気が残っていた。
「世界経済そのものが昔に比べればショックに対してレジリエントになっている(強くなっている)」(福井総裁)。当時は米欧など先進国の経済が弱っても、中国やインドなどを筆頭とする新興国の経済は成長が続くとする「デカップリング論」が主流。「アジアでの需要が結局、中国やインドを通じて米欧経済につながっている」(西村清彦審議委員)との指摘もあったものの、世界経済全体が相互作用を強めながら減速していくというその後の姿は、07年9月ごろの段階ではあくまでリスクシナリオの一つにとどまっていた。
だが、世界経済を覆う影は消えなかった。10月下旬になると一旦は落ち着いたかにみえた市場の雰囲気は再び悪化し始める。格付け会社による住宅ローン担保証券(RMBS)の大量格下げが続き、欧米金融機関が追加で損失計上に追い込まれるとの臆測も市場に飛び交っていた。
「疑心暗鬼が市場に充満している」。11月の会合で、中曽宏金融市場局長は市場の不穏な空気を伝えた。このころになると、日銀内でも警戒の声が一段強まってくる。
「(政策金利の)ディレクション(方向)は引き上げだと思っているわけだが、やはり様々なリスクをノーカウントのままでは上げられないと思っている」。対外的には「日本経済は息の長い景気拡大が続く」と前向きな姿勢を崩さなかった福井総裁も、11月の会合では慎重なトーンを強めた。ファンドなどの資金不足は収まらず、年末が近づくころには本格的な信用収縮が始まりかけていた。
「私の印象だと佐々波委員会(預金保険機構の金融危機管理審査委員会)で公的資金を投入したのと少し似たような局面」。岩田一政副総裁は12月の会合で、1998年に日本で起きた金融危機で米欧をなぞらえ、その深刻さを強調した。
「(米国の問題は)底が見えないことは確かだ」。このときの福井総裁の発言には焦りも垣間見えた。これまで時間をかけて描いてきた日銀の利上げシナリオはほぼ完全に崩れた。(浜美佐)
【図・写真】記者会見する福井総裁(2007年8月)
経済予測を的中させる「財界の千里眼」
「経営者は先を読むことが大切な仕事」。似鳥会長はそう語る。目先のことばかりにとらわれていては、企業も個人も「勝てない時代」。なるほど、日本経済のこれからはこんなに変わっていくのか!
株価はこう動く
経済界一、経済予測を的中させる男――。
ニトリホールディングス(HD)会長の似鳥昭雄氏(73歳)は、財界でそう呼ばれる。
毎年、年始に予測する株価、為替は連続的中。ニトリHDの経営は為替が1円円安になると15億円の営業利益を失うが、似鳥会長の予測をもとに為替予約契約をすることで、直近6年間で約630億円もの為替リスクを回避してきた。
同社は30年連続の増収増益中だが、その驚異的なパフォーマンスを支えているのが似鳥会長の経済予測なのである。
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ニトリHDの東京本部(東京・北区)。応接室に姿をあらわした似鳥会長はさっそく、「いまの相場はそれほど長く続かないと思うんですよ」と語り出した。
'17年の日本市場が株高、円安で盛り上がったのは周知の通り。特に日本株は史上初の16連騰を演じるなど、バブル崩壊後で最大の株高ブームに沸いた。
しかし、'18年以降はそうはいかない。似鳥会長はそう予測するのである。
「確かにいま株価は高くなっていますが、私は日本の株価、為替を予測するには、アメリカの動向を読むことが最も大切だと思っています。
そのアメリカは景気拡大局面が100ヵ月以上続いていますが、戦後、これほど長く景気拡大局面が続いたのは過去にほとんどなく、本来であればもう下降局面に入っていてもおかしくない。
それが'17年1月にトランプ政権が誕生して、『アメリカファースト』との掛け声が国民の期待感を引き上げたことで、景気が持ち直した」
――その期待感が'18年中には息切れする、と。
「その通りです。おそらく、アメリカは'18年中に下降局面に入るでしょう。トランプが掲げた政策はうまくいかない。いまは法人税減税に沸いていますが、じつは別のところでは増税しているのだから、冷静に見ると経済効果はあまりない。
そうした政策への期待感がなくなるのが'18年中だと思います。当然、アメリカ経済が失速すれば、日本の株価、為替市場には影響が出てきます。
私の見立てでは、その失速がはっきりしてくるのは'18年の第3四半期(10~12月期)くらい。そこから第4四半期('19年1~3月期)にかけて、状況はだんだん悪くなっていく。
その動きに連動して、まず為替市場が円高に振れていく。'18年は1ドル=100円近くまでいく場面もあるかもしれませんが、年末に1ドル=105~108円前後というのが無難な予測ではないでしょうか。円高によって株価も低迷し、日経平均株価は2万円をきるのではないか」
為替は1ドル=110円を割り、株価も2万円を下回る――。これが似鳥会長の頭の中にある「2018年のニッポンの姿」なのである。
「消費傾向」が変わった
「景気も晴れ時々曇りで、デフレ景気はまだまだ続いていく。主要30業種で好景気なのは通信、旅行、電子部品など6業種で、あとは6業種が薄日、残り18業種が曇りか雨。中小企業も曇りか雨なので、国内に楽観できる要素はないですよ。この資料を見てください」
そう言って似鳥会長が取り出したのは、経営判断のために作成しているオリジナルのデータ集だ。
その資料には、スーパー、百貨店、ドラッグストア、アパレル、住宅産業などについての詳細な経営データがズラリと並ぶ。
中でも、業界大手各社について、月別の既存店売上高が前年同月比でどれだけ増えたか、減ったかを直近1年分列挙した資料は圧巻。
前年比でプラスの場合は「黒字」、マイナスの場合は「赤字」で記しているため、一目でその会社、業界の好不調がわかってしまう。
似鳥会長がその資料を一枚、一枚とめくると、目に飛び込むのは赤、赤、赤……どの業界も売り上げ減少に歯止めがかからない不況局面に入っていることがわかる。
「たとえばホームセンターが、『真っ赤』でしょう。この5~6年、ホームセンター業界は需要が増えていないんです。
それなのに、お互い出店ラッシュで限られたパイを喰い合ってしまっている。最盛期のホームセンターは坪当たり年間340万円くらいの売り上げだったのが、いまは平均70万円くらいまで下がっている。一店あたりの面積拡大とオーバーストアが原因です。
住宅産業の動向は景気のバロメーターで、新設住宅着工戸数が年間120万戸を超えると景気がいい。日本の人口約1億2600万人のうち1%に住宅が売れるという水準ですね。
その新設住宅着工戸数はリーマンショック後に80万戸、90万戸と増加はしてきたが、昨年度も、今年度も100万戸を超えていない」
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確かにこうしたデータを見ると、景気がいいとは言えない……。
さらに資料をめくると、スーパーマーケット業界の惨状が明らかになる。イトーヨーカ堂、イオンなど大手で前年比割れが常態化する「真っ赤っ赤状態」。
アパレルも、ユニクロのファーストリテイリングは好調だが、しまむら、青山商事でさえ前年比割れが目立つ。
――明らかに、日本の消費が萎んでいる。
「消費傾向が大きく変化しているのではないでしょうか。なにより、人間が動かなくなってきたんです。以前は買い物自体がレジャーで、百貨店やスーパーに行くのが娯楽の一つだったのに、いまは買い物のために遠出しなくなった。
加えて、いまはインターネットでなんでも買えてしまう。トイレットペーパーでも水でも食品でも、安く買えてすぐに届けてくれるから、家にいながら買い物を済ませられるわけです。
それに、百貨店、スーパーの売り上げ減が止まらなくなったのは、近所のコンビニで買い物を済ませる人が増えたことが大きかったのですが、ついにその大手コンビニもオーバーストアで既存店売上高が落ちてきた。
一方、唯一と言っていいほど消費が増えているのがスマホなどの通信費です。'00年から'16年の消費支出の変化を見ると、『通信・光熱関連』は10.1%の伸びですが、衣食住の衣は32.1%減、食は3.9%減、住は17.9%減。これが現代の消費の姿です」
業界が丸ごとなくなる
――訪日外国人によるインバウンド消費は伸びていますが。
「インバウンド消費は、いつ引いてもおかしくない。日本人もバブル期に欧米に旅行して爆買いしていましたが、いまはしていない。同じようにインバウンド需要もいつかなくなるでしょう。
結局、給料が上がらないと消費は増えない。しかし、日本のGDPの70%以上を占めている流通・サービス業は、目の前の売り上げ低迷を食い止めるのに必死。だから賃金も消費も増えない。したがって、デフレは続いていく」
そして――。
「これから日本では多くの企業が勝ち残れずに淘汰されていく競争が本格化していく」と、穏やかならぬ予測まで語るのである。
そんな日本の未来を先取りするように、すでに企業がバタバタと倒れ始めているのがアメリカ。似鳥会長によれば、「アメリカで起きたことは、将来そのまま日本で起きる」。
そのため、毎年1300人ほどの社員とともにアメリカに視察・調査に出かけ、現地のナマの姿を見てきた。
'17年の視察で最も印象的だったのが、「アマゾンvs.ウォルマートの2強対決」。アメリカではすでに多くの企業が淘汰・吸収され、残る2強の直接対決に収斂してきたというのだ。
「アメリカはもう大変ですよ。'17年にアマゾンが約460店ある高級スーパーマーケットチェーンのホールフーズ・マーケットを1兆5000億円で買収したのは有名ですが、買収から数ヵ月もしないうちに、そのリアル店舗で値下げを始めているんです。
それに対抗するように、ウォルマートも約3800億円でネット企業を買収してネット通販を強化し、独自の配送網も整備するなど大改革を推し進めている。
さらに、ウォルマートはこれまでは4000坪前後の巨大店舗を構えていたのが、食品中心の1000坪規模の新店舗の出店を加速させている。ネットでもリアルでも巨大企業同士が真っ向対決しているんです。
その煽りをモロに受けている『その他大勢』。これまで世界で日本だけがデフレだと言われてきましたが、アメリカでも2強が値下げ競争を仕掛けていることで、デフレ化が顕在化してきた。多くの企業がそれに耐えきれなくなっています」
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――その実態を詳しく教えて欲しい。
「すさまじいですよ。たとえば、米スポーツ用品販売スポーツオーソリティはかつて1200坪以上の巨大店舗を450店以上抱えていたのに、すべて閉鎖に追い込まれて、スポーツチェーンという業態自体がなくなった。
大手家電量販店では約1000店を持つベストバイ1社が生き残ってはいるが、売り場の半分くらいをメーカーや通信会社に場貸ししているのが現実です。玩具チェーン大手のトイザラスも'17年、破産申請を出しました。
ショッピングセンターはもっときつくて、大型ほどテナントが離れ、埋め合わせができずにガラガラになっている。大型ショッピングセンターは、一級のテナントを集めた少数しか生き残れなくなっているんです。
一言で言えば、いまアメリカで起きているのは『寡占化』です。強い企業は業界の垣根を越えてよその業界も侵食しながら、さらなる巨大企業へと膨れていく。
勝ち残れるのはそのトップだけで、ほかは市場からの退場を余儀なくされる。業界が丸ごと消えてしまうところも出てくる」
そんな凄惨な光景が、間もなく日本全土で展開されるというわけだ。
変化しない者は生き残れない
その「前哨戦」はすでに幕開けしている。
たとえば、ドラッグストアは店頭に食品を並べ始めているが、これはスーパーのパイを取りにいく戦略の一環。
しかも、ドラッグストアは本業のクスリで儲けが取れるので、食品は破格の安値で出している。コンビニもいまや生鮮食品を扱うのが当たり前で、業界の垣根なしにパイの奪い合いが過熱している。
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似鳥会長は言う。
「われわれの業界にしても、これまでは家具、小物、家電などとジャンルがわかれていたのを、うちはすべて扱っている。暮らしの向上にはそのすべてが必要だからですが、業種が互いに垣根を越えて、場所取り合戦がどんどん熾烈になっている。
しかも、少子高齢化で全体のパイも減っていくのだから、これはもう大変な生存競争です。
こうなるときついのは中小はもちろんですが、大企業も例外ではありません。大企業であるほど大きな負債を抱えていることが多いので、いったん業績が傾き出すとすぐに耐えきれなくなってしまう。
有名企業であっても倒産、吸収合併される事例はどんどん増えていく。まさに『戦国時代』です。
この戦いが始まるのがまさに'18年で、'19年、'20年にかけてより激しくなっていく。企業はいまから準備をしておかないと、いままで通りのことを続けているだけではパイを奪われるだけです。
ただ、逆境こそチャンス。わが社でもいまから対策を練っていますが、その自分たちの対策が通用するか楽しみです。同じ人生なら、この『戦国時代』をドキドキハラハラしながら楽しんでいきたい」
果たしてこの過酷な闘いを、どれだけの企業が生き残れるのだろうか。
週刊現代
レックス・ティラーソン米国務長官が先週、ミャンマーによる少数民族ロヒンギャに対する弾圧を「民族浄化」と表現した際、ミャンマーの軍トップは別の国の旧友たちを訪問していた。中国だ。
この軍トップはミャンマー国軍のミン・アウン・フライン司令官で、今月21日に北京にある中国人民解放軍(PLA)本部で儀仗隊の歓迎を受けた。そして中国の6人の最上級司令官のなかの1人とともに晩さん会に参加し、中国のミャンマー支援について話し合った。その2、3日後、ミン・アウン・フライン氏は仏陀(ぶっだ)の歯を祀っていることで知られる寺院を訪問し、習近平国家主席と会見した。
ミャンマー国営メディアによれば、ミャンマーの文民指導者であるアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相も近く北京を訪問する。これは、ミャンマーによるロヒンギャの扱いに世界的な批判が集中しているなかで、中国がミャンマー指導者たちをいかに丁重にもてなそうとしているかを浮き彫りにしている。
ミャンマーでは今年8月、一握りのロヒンギャ武装集団が同国政府軍の国境検問所を攻撃したのを受け、政府軍が広範囲な報復攻撃を開始。攻撃から逃れて隣国バングラデシュに逃亡したロヒンギャは62万1000人余りに上った。その際、性的暴行や即決処刑が横行したというロヒンギャ難民の証言は、世界を震え上がらせた。これを非難したティラーソン長官の発言は、欧州指導者や国連の非難声明に続くものであり、米政府が1年前に解除したばかりのミャンマー制裁を再発動する道を潜在的に開くものだ。
国なき民のロヒンギャの人権擁護を訴えるローマ法王フランシスコは27日、訪問先のミャンマーでミン・アウン・フライン氏と会談した。翌28日、法王はスー・チー氏を含む同国の政治指導者に向けたスピーチで、ミャンマーの民主化はあらゆる民族・宗教集団を包含できるかどうかに左右されると述べた。ただしロヒンギャに直接言及することは避けた。
中国はといえば、今がミャンマーとの関係を再構築する良い機会だと感じている。
ワシントンのシンクタンク「スティムソン・センター」の上級アソシエート、ユン・スン(孫韻)氏は「中国はこれを戦略的な機会だと認識している」と述べ、「これはミャンマーの政府と国民の信頼を勝ち取るチャンスだ」と語った。
ミャンマーの軍政時代、中国は長年にわたって同国経済を支援してきた。しかし両国の関係は、ミャンマー軍部指導者が2011年に民主改革を導入し始めると悪化した。この民主改革は最終的に、政治犯(自宅軟禁)だったスー・チー氏の国会議員選出につながった。
中国との関係冷却化で中国の水力発電プロジェクトが凍結され、日本や欧米による投資がミャンマーに流れ始めた。その結果、中国はミャンマーの唯一の支援国としての座から脱落した。
インド洋に進出する上で最良の機会
現在、中国はその失われた影響力を取り戻しつつある。中国は水力発電所を含む停滞プロジェクトを復活させ、総額73億ドル(約8100億円)の港湾・パイプライン・プロジェクトを通じてミャンマーのインド洋沿岸にアクセスしようと試みている。中国の政府系コングロマリット大手、CITICグループ(中信集団)はミャンマー西岸に位置するラカイン州の港湾都市チャウピューで工事着工をめぐる話し合いの最終段階にある。CITICグループとミャンマー政府はコメントの求めに応じていない。
中国のこうした外交上・商業上の動きは、ユーラシア全域におけるインフラ構築と貿易拡大を狙う習主席の巨大な「一帯一路」構想の一部だ。それはまた、狭くて容易に封鎖できるマラッカ海峡を通航する石油輸送への中国の依存度を軽減できるだろう。
軍事問題に詳しい論客のキュウ・ヨンチェン氏は最近、中国共産党機関紙「人民日報」に対し、「ミャンマーの道路や鉄道網はインド洋に通じる。中国がインド洋に進出したいと思えば、われわれはミャンマーとしっかり手を握る必要がある」と述べた。
前出のスティムソン・センターのユン・スン氏は、今は中国がインド洋に進出する上で過去数年間で最良の機会だと述べた。「全体的な感じとして、中国は『われわれはあなた方を手助けした。われわれが何か進めるときには、あなた方がこれに報いるべきだ』と言いたいのだと思う」
これまでのところ、中国は国連の場でミャンマーを肩入れした一方、中国の王毅外相はミャンマーとバングラデシュの間で合意をとりもつのに中心的な役割を演じた。バングラデシュに逃げ込んだ数十万人のロヒンギャ難民を最終的にミャンマーに帰還させる合意だ。
リスク・コンサルタント会社「アジア・グループ・アドバイザーズ」でディレクターを務めるロマン・キャイヨー氏は「中国の現時点での全体的な目標は、ミャンマーの政府と軍部に対し、何が起ころうとも中国がミャンマーの味方であることを誇示することだ」と述べ、「ビジネス合意を交渉したり推進したりする時期が到来した場合、そうした支援の実績がものを言うだろう」と語った。
ミャンマー政府によれば、中国は既にミャンマーに対する累積投資額で最大の国となっており、1988年以降で185億3000万ドルを支出している。
国際的な危機管理団体である「インターナショナル・クライシス・グループ(ICG)」の上級アドバイザー、マイケル・コブリグ氏によれば、ロヒンギャ問題解決でミャンマーとバングラデシュ間の仲介役を務めることで、中国は米欧諸国がこの地域で影響力を深めるのを阻止できるのではないかと期待しているという。
中国の仲介による取り決めの下では、ロヒンギャ難民がミャンマー帰還を選択した場合に、彼らがどのように扱われるのかについて国際的な監視がほとんどない恐れがある。これはロヒンギャが払う犠牲になりかねない。
ミャンマーの計画の中には、ロヒンギャが以前耕作していた土地に戻るのを禁じ、その代わりに彼らを「モデル村」に居住させる計画も含まれる。これについて国連は、捕虜収容所とほとんど変わらないと述べた。
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オーストラリア財務省は、米国の法人税率引き下げがオーストラリアの国内総生産(GDP)と実質賃金の伸びを抑える恐れがあるとの見方を示した。
米国の法人税率が35%から20%に引き下げられれば、投資家は高い投資収益率を求めて資金をさまざまな国から米国に移す可能性がある。
豪財務省は「こうした米国への投資増加によって、米国のGDPと実質賃金が伸び、一方でオーストラリアを含む他国はGDPと実質賃金が恒久的に減少する可能性がある」と述べた。
また、米国の法人減税によって、オーストラリアの最大30%という法人税率が次第に競争力を失うと指摘した。-0-
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みずほフィナンシャルグループ(FG)など3メガバンクが大規模な構造改革(リストラクチャリング)に動く。デジタル技術による効率化などで単純合算で3・2万人分に上る業務量を減らす。マイナス金利政策の長期化や人口減で国内業務は構造不況の色合いが濃くなって来たためだ。
「収益力低下の真因を分析してほしい」。みずほFGの佐藤康博社長は2017年4~6月期の連結純利益が前年同期に比べ1割減にとどまったのを受け、部下に指示を出した。6万人を抱えるグループの一部には内向き志向や現状安住の意識がはびこり、内部資料が「過剰品質」になるなど無駄があった。
会議前の根回し不要、資料はシンプルに――。東京・大手町のみずほFG社内には今、こんな貼り紙がある。本部の無駄な業務をなくす意識改革だ。今後、グループの事務は集約し、自動化する定型の事務作業も100業務に拡げる。業務量の削減目標は21年度には8千人分、26年度には1万9千人分に増やす。じつにグループ全体の3分の1に近い規模だ。浮いた人員は都市部の支店を中心に投入し、収益力を取り戻す狙いだ。
「伝統的な商業銀行モデルはもはや構造不況化している。非連続的な変革が必要だ」。三菱東京UFJ銀行の三毛兼承頭取はこう語る。三菱UFJは今年5月、グループ内の経営体制の再構築や徹底的なデジタル技術の活用による効率化を柱とした長期ビジョンを公表。
三菱UFJ信託銀行の法人融資業務を三菱東京UFJ銀に移管して収益力の底上げを目指すほか、自動化で23年度までに9500人分の業務量を削減する。三井住友FGも20年度までに4000人分を減らす。
構造改革に動くのは日銀のマイナス金利政策がいよいよ効いてきたからだ。国内銀行の貸出約定平均金利は8月の新規の貸し出しにかかる金利が0・66%とマイナス金利導入直前の16年1月から2割近く低下。都市銀行の業務純益は、この20年間でピークの05年3月期から4割超も減った。いまやメガは4割近くを海外で稼いでおり「国内の収益の落ち込みを海外で補う構図が強まっている」(三菱UFJ幹部)。
支店の大規模な見直しも始める。みずほは今後3年をメドに20~30店舗を統廃合。三井住友銀行は支店業務のデジタル化を今年度からの3年で集中的に進める。多くの職員が振り込みや納税、伝票の確認にあたっているが、電子化されたデータを全国9カ所のセンターに集約することで事務の効率化をめざす。
多くの人員が浮くため、バブル期の大量採用組の退職増と採用抑制で適正規模への調整を進める。3メガの18年度内定者数は約3300人の予定。なお屈指の規模とはいえ6年ぶりの低水準で、就職の人気度でも上位だったメガバンクの門戸はさらに狭くなりそうだ。
環境がさらに悪化すれば大量の希望退職などに踏み込まざるを得なくなる恐れもある。「縮小均衡に陥るつもりはない」。構造改革に携わるみずほ幹部は力を込める。大胆な選択と集中が待ったなしだ。
(奥田宏二)
DJ-【焦点】米シェール神話に陰り、生産頭打ちの恐れも
米国のシェール業界は、原油価格が下げる中でも大方の予想に反して増産に踏み切り、在来型原油市場を驚かせてきたが、その勢いにいよいよ陰りが見えつつある。
米シェール業界の活動指標とされる石油掘削装置(リグ)稼働数は7-9月期に6%増となった。それまでの4四半期の伸びは平均20%超だったため、急減速した格好だ。米エネルギー情報局(EIA)は9月、国内原油生産量の年末時点の見通しを従来の日量982万バレルから同969万バレルに引き下げた。
米原油生産は高い水準を保っており、1970年に記録した過去最高(年平均日量960万バレル)を更新する可能性もまだ残っている。だが、生産会社は技術面や運営面、財政面で障害に突き当たり、掘削ペースを落とし始めた。
シェール採掘会社が原油安局面でも生産を維持できたのは技術革新のおかげだ。ただ、そうした革新のペースは鈍りつつあるようだと専門家は指摘する。一方、世界有数の人気鉱区では人件費や運営費が上昇し、採掘費用を押し上げている。生産会社は投資家の圧力にも直面している。投資家は利益よりも成長を優先する生産会社に不満を募らせており、支出は収入の範囲内で行うよう各社にクギを刺している。
エネルギーコンサルタント会社ウッド・マッケンジーのアナリスト、ロバート・クラーク氏は、熱狂の後には必ずブレーキを掛けるようなことが起こると述べた。
よく言われるように、将来の原油生産量を予想するのは難しいが、原油価格が急上昇すれば米シェール業界の復調は間違いないだろう。だが、シェールのパイオニア的存在をはじめとする原油業界トップの間では、米国内の生産量の伸びは政府予想よりも早い段階でピークに達するとの声が増えている。実際にそうなれば国際原油市場には打撃だ。
ここ数年は世界の原油供給に「穴」が開いた場合でも、シェールオイルの生産がそれをしっかり埋め、実質的に価格の変動を抑えてきた。シェールオイルの生産が頭打ちとなれば、これまでのような穴埋めを期待するのは難しくなる。
センテニアル・リソース・デベロップメントのマーク・パパ最高経営責任者(CEO)は「有望なシェール層が新たに見つかっていない」とし、「(シェール層から)原油を無限に産出できるというのは神話にすぎない」と述べた。
コンチネンタル・リソーシズのハロルド・ハムCEOは、EIAは原油生産見通しを引き下げたが、それでもまだ多すぎるとの見方だ。年初来の平均生産量は日量およそ916万バレルとなっている。EIAの見通しは非現実的で、生産量が急増しなければ達成できない水準だと同氏は述べた。
EIAの報道官は、同局の見通しに問題はないとした上で、パーミアン鉱区を中心に米生産量の毎月の伸びを引き続き調査していると述べた。
2014年に1バレル=100ドル超から急落した原油価格は、今年9月に50ドル台を回復した。それでも、米シェールオイル生産大手3社のCEOは先月、60ドルまで値上がりしても掘削支出を増やすとは限らないと述べた。
パイオニア・ナチュラル・リソーシズのティム・ダブCEOはオクラホマシティーで開かれた会合で、大変多くの投資家から成長ではなく収益を重視するよう求められていると明かした。
ダブCEOは8月、バーミアン鉱区の油井の一部が「大混乱」に陥っていると指摘し、株主を驚かせた。地中の圧力に関する問題で生産が滞り、採掘作業に数カ月の遅れが出ていると説明した。
同社によると、これまでに問題は解決されたが、油井ごとに約40万ドルの追加費用が生じた。パイオニアは現在、こうした費用を捻出するため、それ以外の支出の削減を余儀なくされている。
一方、パーミアン鉱区で生産するパースリー・エナジー、キャロン・ペトロリアム、QEPリソーシズの3社は、フラッキング(水圧破砕)作業の遅れなどを理由に、生産量見通しを引き下げた。
同鉱区の新規油井の多くは、採掘技術が進歩したおかげで原油とガスの生産量が1年前よりも増えている。それでも、油井の長さを基準にした生産量を見ると、改善状況は期待されたほどではないようだ。資源専門の投資銀行チューダー・ピッカリング・ホールトによると、この基準で見た場合、パーミアン鉱区の新規油井は2014年から生産力があまり高まっていない。
チューダーのマネジングディレクター、デービッド・パーセル氏は「これら全ての要因から、開発がより遅く慎重になっていることがうかがえる」とし、それはやむを得ないとの見方を示した。
経営陣を「コスト度外視の採掘」に走らせているのは、生産量の伸びに連動した報酬制度だ、との批判が以前からある。資産運用会社のインベスコは最近、複数のシェールオイル生産会社の取締役に書簡を送り、取締役の報酬を生産量の伸び率ではなく資本利益率に連動させるよう求めた。同社で米バリュー株を担当するケビン・ホールト最高投資責任者(CIO)は、各社が変更に応じなければ、今後は現経営陣を支持できない可能性があると語った。
より保守的なアプローチを求める投資家の要望は聞き入れられつつあるようだ。
独立系石油・天然ガス大手アナダルコ・ペトロリアムは9月20日、18年にかけて25億ドル相当の自社株買いを実施する計画を明らかにした。同社の株価は1月~8月の間に42%下落していたが、この発表を受けて9月は20%高で取引を終えた。
投資運用会社バン・エック・グローバルの天然資源株グループでポートフォリオマネジャーを務めるショーン・レイノルズ氏は「これは戦略的に資本を配分する重大な決定で、原油・ガス業界全体に大きな影響を及ぼしそうだ」とし、「経営者は劇的な発想転換が必要になる」と述べた。
EOGリソーシズやコノコフィリップスといった大手生産会社の一部は、新規投資や配当の原資を事業収入のみで賄うと約束している。この約束通りなら、米原油生産量は2018年に急増するが、その後の3年間はほぼ横ばいとなり、日量1000万バレルを超えることはないだろうと、エネルギーコンサルティング会社BTUアナリティクスは述べた。
ウッド・マッケンジーの見通しでは、パーミアン鉱区の採掘活動がピークに達するのは2025年以降で、このまま行けば生産量は日量およそ500万バレルに達するもようだ。
同社は先日、生産会社が他の鉱区と同じくらい大規模な採掘を行い、初期生産量を最大化する一方で将来の油井を台無しにする技術を採用すれば、パーミアン鉱区の生産量は2021年にも頭打ちとなる可能性があると警告した。その時点の生産量は日量440万バレルにとどまるという。
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2017/08/09 日本経済新聞 朝刊 7ページ 1140文字 PDF有 書誌情報 |
個人の金融資産の半分に当たる900兆円超を65歳以上の高齢者が握る日本。相続によって近い将来、子や孫へざっと1000兆円が移る。このとき起きる「マネーの移動」が、金融業界にもたらす大きな変化を3回にわたって追う。
「支店、東京都内にあるんですか?」。預金者が亡くなると、その資産を子どもや親族が相続する。その際、四国にある地方銀行では、こう尋ねられることが増えた。子世代は地元を離れ、大都市圏に住んでいるケースが多く、自分たちにとって利便性のよい金融機関に資産を移す。 日本は年間で約130万人が亡くなる多死社会を迎えた。2030年前後には同160万人程度が亡くなる。つまり多相続時代ともいえる。 相続によって個人の金融資産はどう移動していくのか。信託銀行最大手の三井住友信託銀行の協力を仰ぎ、試算した。17年3月末時点の株式や現金などの家計の金融資産をもとに、総額は変わらない前提として都道府県ごとの流出入をみてみる。すると今後20~25年の間に首都圏と近畿圏、北信越を除き、ほぼすべての地域で減少に転じることが分かった。減少率が最も高いのは四国で17・8%にのぼる。 他の地域に移動する金融資産は約9兆円。ちょうど大手地銀1行分の預金量に相当する。東北は14・6%減で約13兆円が流出する。一方で首都圏は9・8%増え、国内の金融資産の4割を占める。相続によって、マネーの東京集中が加速する。 家計の金融資産のうち、預金が約半分を占める。預金は銀行にとって貸し出しの原資だ。貸し出しに回せるお金が減るなど「銀行経営に大きな影響を与える」とある銀行幹部は打ち明ける。 日本全体でみれば、預金は増加の一途で、日銀によると、国内銀行の17年3月末時点の預金残高は745兆円。前年に比べ6・2%増え、過去最高となった。 ただ、個別に見ると、減少に転じる銀行もある。上場地銀82行・グループのうち、17年3月末時点の預金残高が前年に比べ減ったのは6行だった。このうち4行は東北地方の地銀だった。 預金の流出要因は、相続にとどまらない。「インターネット支店で高金利で集めた定期預金のお金が、満期を迎えて他行に流出している」。山形県と秋田県を地盤とするフィデアホールディングスの担当者は嘆く。同社の17年3月末時点の預金残高は前年に比べ1・7%減の2兆5430億円になった。 人口減で預金が減るのを食い止めようと、インターネット支店で店頭より高金利の定期預金を展開し全国からお金を集めた。 しかし日銀のマイナス金利政策導入後、定期預金の金利を引き下げざるを得なくなると、顧客は預金と共に去って行く。人口減に相続資産の流出、そして運用難。日本が迎える少子高齢化に伴う問題に地銀は直面している。 |
小手先の内閣改造で、地に落ちた安倍政権の支持率を浮揚させるのは極めて困難だ。日本の社会と経済は、いよいよ「その時」に備えるべき時期にきている。(近藤駿介)
プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』好評配信中。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
安倍総理に教えたい 8/3内閣改造で支持率が回復しない最大の理由
安倍内閣、最大の危機
「盛者必衰の理をあらわす」を地で行くかのように、つい数か月前まで「安倍一強」と言われていた安倍内閣の支持率が急落している。一部メディアの調査では危険水域と言われる20%台まで低下し、安倍政権は第2次安倍内閣が発足してから最大の危機を迎えている。
23日に行われた仙台市長選挙では、もともと野党が強いという地域特性があるものの、民進党が支持する候補に敗北。「民進党には負けるはずがない」という「岩盤神話」までもがあえなく崩壊し、安倍総理離れが進んでいること示した世論調査結果を裏付ける結果となってしまった。
こうした急落する政権支持率に歯止めをかけ、回復させる機会として安倍総理が期待をかけているのは24日、25日の両日衆参両院で開催される閉会中審査と、8月3日に予定されている内閣改造である。
しかし、国会の閉会中審査と内閣改造で安倍政権の支持率を浮揚させることは極めて困難だと言わざるを得ない状況である。
「総理の人柄が信頼できない」の致命的な意味
この2カ月の内閣支持率急落が深刻なのは、危険水域と言われる30%を下回る水準まで下落したことに加え、安倍内閣を支持しない理由として「総理の人柄が信頼できない」が急増していることである。
安倍政権の支持率が急落した要因としては、森友学園問題、加計学園問題、金田法務大臣問題、豊田議員パワハラ問題、稲田防衛大臣問題等々が挙げられている。
しかし、豊田議員のパワハラや稲田防衛大臣の問題は議員、閣僚としての資質の問題であり、「総理の人柄」とは直接的には関係がない問題である。
したがって、有権者が「総理の人柄」を信頼できないと思われるようになったのは、国会運営の強引さや総理自身の言動そのものに原因があったとみるべきである。
個人的には都議選最終日の秋葉原の演説中に沸き上がった批判に対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」という発言が「総理の人柄」に対する不信感を高める決定打になったと考えている。
閉会中審査で安倍総理は、この「総理の人柄」について挽回を計ろうとするだろう。しかし、「他の内閣よりはよさそう」という消極的理由で安倍内閣を支持して来た有権者が、「総理の人柄」に失望して「あんな人たち」側に回ったことで支持率が急落したわけであるから、閉会中審査で「総理の人柄」に対する信頼を回復するのは困難だと言わざるを得ない。
今や「あんな人たち」が過半数を占めるようになってしまったのだから。
安倍総理は圧倒的に不利
偽証罪に問われることがない閉会中審査では、「加計学園問題」に関しては、与党側は獣医学部新設の手続きが法に則って適正に行われ、総理の意向が入り込む余地はなかったという印象を築こうとし、一方野党側は総理の関与があったという印象を与えようとする印象付け合戦になることが予想される。
その結果、議論は水掛け論になり、国民が納得できる説明を得られる可能性は低いと思わざるを得ない。
また、閉会中審査の印象付け合戦では、安倍総理側は最初から不利な立場に立たされている。内容の正確さは担保されていないとはいえ、実際に存在する議事録等の文書に基づいて総理の関与があったことを追及する野党に対して、都合の悪いことは「記憶も記録もない」と追及をかわし、都合のいいところは「絶対にない」と「記憶」に基づいて断言する与党の反論の印象が悪く映ることは避けられないからである。
都合の悪い分部に関する記憶を失う人達が、都合のいい部分でいくら自分の「記憶」に基づいた主張を展開してもまったく説得力がないからだ。
「証拠」はなくとも
常識問題として、安倍総理が個別に加計学園に便宜を図るような指示を出すことはあり得ない。また、仮にそれを示唆するような発言があったとしてもそれが明らかになることはあり得ない。原則、組織は親分の首を取られたら終わりである。それゆえ組織は様々な段階で「トカゲの尻尾切り」を行うことで責任が親分に及ぶことのないように構築されるものである。
したがって、安倍総理が加計学園問題に関与した証拠が得られることも、その責任が取られる可能性も限りなくゼロに近い。閉会中審査で野党側の追及によって総理の加計学園問題への関与が明らかになることはないはずである。
しかし、それが明らかになることがなくても、与党側が苦しい戦いを強いられることは間違いない。
何故ならば、野党側は安倍総理の関与を明らかにすることができなくても、「総理の人柄」に対する信頼を回復させなければ十分目的を達成することになるからだ。
加計学園に対する獣医学部新設を認める政策プロセスについて「一点の曇りもない」と強調する安倍総理だが、昭恵夫人を始め野党側が要求する証人喚問に一切応じない時点で発言に疑問を抱かれてしまう不利な戦いを迫られることになる。
閉会中審査で「総理の人柄」に対する信頼を回復させることは極めて難しい状況であることを考えると、安倍総理は8月3日に予定している内閣改造に支持率回復を賭けることになる。
「内閣改造」での支持率回復は困難
これまで安倍総理は内閣改造で支持率回復をさせた実績を持っているので、今回も内閣改造で支持率低下に歯止めを掛けることを狙っているはずである。しかし、今回の内閣改造で支持率を回復させることはこれまで以上に難しい。
ここ数カ月安倍内閣の支持率が急落してきたのは「総理の人柄」に対する不信感が強まったからである。もし、金田法務大臣や稲田防衛大臣の閣僚の資質が内閣支持率急落の原因であれば、その患部を切り落とすことで体制を立て直すことが可能かもしれない。
しかし、今回の内閣支持率の元凶は「総理の人柄」にある。元凶を取り除く最も有効な手段は「総理を変える」ことだが、それはあり得ない話。また忘れてならないのは森友学園問題と加計学園問題の両方で顔を出している昭恵夫人の存在が内閣支持率低下に影響していることである。そしてこの元凶も内閣改造では取り除くことのできないものである。
安倍総理は閣僚の「布陣」を変えることはできても、「夫人」を変えることはできない。
ここが8月3日に予定されている内閣改造の大きな問題点であり、これまでの内閣改造との大きな相違点である。これでは内閣支持率の回復を期待することは期待薄であると言わざるを得ない。
自国経済への影響はアメリカよりも深刻
海の向こうの米国でもトランプ大統領の低支持率が問題になっている。大統領就任半年後のトランプ大統領の支持率は36%と戦後最低となった。そのトランプ大統領の支持率を、つい数か月前まで「安倍一強」を謳歌していた安倍総理が下回るというのも衝撃的な出来事である。
考えておかなければならないことは、自国経済に対する影響という点で、トランプ大統領の支持率低下と比較して、安倍政権の支持率低下の方が深刻である可能性が高いことだ。
日本社会は「その時」に備えよ
米国株式市場はトランプ大統領の支持率が低空飛行を続ける中でも主要3指数ともに史上最高値を更新してきた。株価の上昇に大きく貢献してきたのは、政府から独立した中央銀行FRBが慎重な金融政策をとってきたことである。
一方、日本では安倍政権と黒田日銀が一体となって「アベノミクス」を推進してきている。黒田日銀は7月20日に2年で達成すると豪語してきた「2%の物価安定目標」の達成時期を「2018年度中」に先延ばし、金融緩和を継続することを表明した。目標達成時期の先送りは既に6回目であり、任期が来年4月に迫っている黒田総裁の下での目標達成を諦めた形となっている。
一般社会の常識に従えば、6度も目標達成時期を先送りしなければならない状況になれば、目標設定に問題がないのか、あるいは設定した目標に対して手段が適切でないのかを検証し、修正していくのが普通である。
しかし、「2%の物価安定目標」を達成するために「異次元の金融緩和」を実施するためだけに誕生した黒田日銀には、目標設定の是非や手段の適正性を検討する権限は実質的に与えられていない。
5年間という時間を掛けて実現できなかった目標と手段をこのまま続けていくためには、安倍政権が高い支持率を維持し、「安倍一強」体制を保つことが必要条件である。
安倍総理の支持率が今後も低迷するとしたら、「2%の物価安定目標」の達成時期を6回も先送りした「異次元の金融緩和」の推進役である黒田総裁の続投は望み薄となってくる。つまり、安倍総理の支持率急落の影響はアベノミクスの推進に大きな逆風となる。
安倍総理の支持率急落は「アベノミクスは黒田日銀総裁の任期と共に去りぬ」という状況を招くことになる。
閉会中審査と内閣改造で「総理の人柄」に対する信頼を回復できなければアベノミクスも行き詰まることになる。市場がそのような認識を抱けば、安倍政権の高支持率の原動力であった「円安・株高」にも転機が訪れる可能性がある。その時には安倍総理を支持しない理由として「政策に期待を持てない」が急上昇することになるはずである。
「総理の人柄」と「政策に期待を持てない」というダブルパンチを食らって安倍政権は持ちこたえることはできるのだろうか。安倍内閣の支持率急落は、日本経済に負のスパイラルをもたらす危険性を秘めている。日本社会は「その時」に備え始める時期にきている。
利用者の本人確認をするため虹彩をスキャンし、4桁の暗証番号は不要に――。金融大手シティグループがそんな現金自動預払機(ATM)を試験的に導入したのは、2015年のこと。それから2年たつが、このプロジェクトはいつの間にか中止されている。
お蔵入りとなった背景には、何百万人もの利用者の生体情報を集めて管理することの複雑さやコストの高さがある。生体情報を集めた巨大なデータベースは、ハッカーたちの格好の標的にもなる。
バンキング技術関連のスタートアップ、HYPRのジョージ・アベスチソフ最高経営責任(CEO)は、生体情報に基づく認証の問題点をこう語る。「私がパスワードを盗めば、あなたは新たなパスワードを作ればいい。だが新しい指紋を作る方法などあるだろうか?」
こうした課題に挑むかのように、複数の銀行がこれまでと違った形で利用者の生体情報を活用し始めている。目的はやはりパスワードや個人識別番号を廃止することだが、そのために使うのはATM利用者のスマートフォンだ。生体情報の管理も本人のスマホに頼る。
ウェルズ・ファーゴ や JPモルガン ・チェース、そして バンク・オブ・アメリカ などはここ1年の間に、スマホとつながる新型のATMを導入し始めている。利用者が指紋などを使ってスマホでサインインすることで、ATMにコードが送信される仕組みだ。
この場合、個人の照合に一手間が加わることになるが、それでも取引の際に必要となる複数の個人識別番号やパスワードの入力がはぶけることは利用者にとって魅力的だ。HYPRによれば、指紋・瞳・顔・音声を使った認証機能を持つスマホは全世界で20億台もある。これらのツールはモバイルバンキング用のアプリを通してサインイ
ンする際に広く使われている。
虹彩認証ATMは開発せず
シティグループのアプリの場合、個人認証に使うのは音声・顔・指紋だが、同行は「カードレス」なATMはまだ導入していない。虹彩認証ATMについては「ロジ面や運用面の理由」で、現時点では開発を進めていないと広報担当者は話す。
他の銀行も生体認証技術の導入には同様の問題を抱えている。英オックスフォード大学と米クレジットカード大手マスターカードが6月に発表した調査結果によれば、銀行の9割は生体情報を活用したいと考えているものの、実際に技術を導入して好結果を得られたと答えたのは3割にとどまっている。
状況をさらに複雑にしているのは、米国には諸外国と違って全国的な個人識別データベースがないことだ。チリのようにそうしたデータベースを持つ国では、銀行がそれを活用し、ATMの本人確認に指紋を使うことができる。米国の銀行は独自で生体情報を記録し保管する方法を考え出さなければならない。これがコストと手間を増
やしている。
そうしている間にも、次世代型ATMの必要性は高まっている。カードにチップを埋め込むなどの新たなセキュリティー対策が実施される中でも、詐欺事件は増え続けている。 信用リスク分析を手がける フェア・アイザック (FICO)によれば、昨年はATMや店舗でカードが不正に利用された回数が前年比で70%増えた。
モバイル時代の今、50年前に登場したATMは古くさい存在に思えるかもしれないが、その利用頻度は相変わらず高く、銀行も投資を続けている。JPモルガンは昨年に支店の3%を閉鎖する一方で、ATMの台数は4%増やした。シティグループは1月、3万台のATMを小売店などに設置する契約を結び、ATMネットワークを2倍近くに拡大し
た。
スマホがデジタルトークンを発行
銀行はスマホの生体認証機能を活用するにあたり、すでに定着したやり方を取り入れようとしている。ATM利用者はアップルの「iPhone(アイフォーン)」や電子決算サービス「アップルペイ」と同じように指紋認証で本人であることを証明する。次にスマホが独自のデジタルトークンを発行し、ATMに送信。こうすることで生体情
報が銀行側に伝わることなく、取引が実現する。
生体情報は各自のスマホの中に保管されるため、生体情報を集めた「宝箱」を銀行がハッカーから守る必要もなくなる。
「トークンを使えば銀行のサーバーを攻撃する意味がなくなる」とHYPRのアベスチソフ氏は話す。デジタルトークンはモバイル決済向けのアプリですでに広く使われているうえ、クレジットカードに埋め込まれているチップで作成することも可能だ。
この方法では、利用者にとってセキュリティー対策の負担が増えることになる。スマホがハッキングされたり模造されたりしないよう、スマホ自体のセキュリティーも気にしなければならない。アベスチソフ氏は「スマホが自宅の鍵のようなものになる」と話し、こう続けた。「しかし最大の利益を狙うハッカーにとって、一個人を
攻撃するのはより難しく、得られる利益も少ない」
(続く)
アップルとグーグルの脅威
シティグループが2015年に試験的に導入した虹彩認証ATMは、ATMメーカーの ディボールド・ニックスドルフが製造した。同社の技術開発やデザインを担当するディレクターのデビッド・クチェンスキー氏は、虹彩認証ATMは時代を先取りしていたと振り返る。
「スマホの生体認証機能には多くの人が慣れてきた。銀行はモバイル端末を通して、生体認証技術について学んだことを再度活用しようとしている」
ウェルズ・ファーゴは昨年の投資家向け年次説明会で、生体認証機能がついたATMの可能性をうたった。今年の説明会ではモバイル端末を使った生体認証を取り上げた。広報担当者は、ATMに生体認証機能を加える「計画は現時点ではない」とした。
同行は年内から2018年にかけ、アップルペイやグーグルのアンドロイドペイといったアプリにATMを対応させる予定だ。いずれも指紋認証でアクセスする。
だが調査会社オートノマス・リサーチのフィンテック戦略責任者、レックス・ソコリン氏は、スマホを活用すれば銀行にとって別のリスクが生じると指摘する。IT企業がより直接的に銀行と競合する可能性があるからだ。その一例としてアップルは最近、個人間送金を可能にするアプリを立ち上げ、銀行のアプリと直接競合する道を
進んでいる。
「現実世界でアップルやグーグルがシェアを拡大し続ければ、認証の分野も牛耳るようになるだろう」とソコリン氏は話す。
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