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論文)サリチル酸による根の成長制御

2017-05-22 22:00:08 | 読んだ論文備忘録

ABNORMAL INFLORESCENCE MERISTEM1 Functions in Salicylic Acid Biosynthesis to Maintain Proper Reactive Oxygen Species Levels for Root Meristem Activity in Rice
Xu et al. Plant Cell (2017) 29:560-574.

doi:10.1105/tpc.16.00665


中国農業科学院 農業資源・農業区画研究所のYi らは、イネの根分裂組織の活性に影響する遺伝子を同定するために、γ線照射によって人為的突然変異を生じた30000のイネ集団の中から根の短い変異体を単離し、abnormal inflorescence meristem1aim1 )と命名(シロイヌナズナでの同一遺伝子の変異体名に由来)して解析を行なった。aim1 変異体幼苗の根および不定根は野生型よりも短いが、側根の長さは正常であった。この表現型は根の成長が遅いことが原因となっており、根端の構造は正常であるが、分裂組織が野生型よりも小さくなっていた。チミンアナログEdUの取込みやG2-M期マーカーCYCB1;1 の発現量から、aim1 変異体は根の分裂活性が低下していることが確認された。aim1 変異は劣性の変異で、Os02g17390の開始コドンから202 bpの位置に26 bpの欠失があり、68番目のアミノ酸残基以降のコドンが変化し未成熟終止コドンが形成されていた。Os02g17390は3‐ヒドロキシアシル‐CoAデヒドロゲナーゼをコードしており、AIM1タンパク質はパーオキシゾームに局在していた。また、発現の組織特異性を見ると、根端部では根冠、表皮や中心柱で発現し、静止中心では発現していなかった。根の成熟領域では、根毛、外皮、中心柱、内皮、皮層において発現しており、地上部では葉において恒常的に強く発現していた。aim1 変異体のジャスモン酸(JA)量は野生型の15%程度であったが、変異体にJAを添加しても表現型は回復しなかった。aim1 変異体の根はサリチル酸(SA)量が減少しており、イネにおけるSA生合成経路の中間代謝産物である桂皮酸(CA)量が増加し、安息香酸(BA)量が減少していた。よって、AIM1はSA生合成経路においてCAのβ酸化によるBAの生成を触媒していると考えられる。aim1 変異体にSAを添加することで根の表現型が回復したが、野生型に添加した場合には添加量に応じて根の伸長が阻害された。したがって、AIM1はイネの根分裂組織活性を維持するために必要なSAの生合成に関与していると考えられる。aim1 変異体と野生型との間で根端部の遺伝子発現プロファイルを比較すると、SA処理をしていない条件で3555遺伝子に発現量の差が見られ、2821遺伝子の発現量がaim1 変異体で増加し、734遺伝子の発現量が減少していた。これらの遺伝子の90%(発現量が増加した2533遺伝子と減少した709遺伝子)は、aim1 変異体をSA処理することによって野生型と同等の発現量に回復した。AIM1に発現が依存している709遺伝子の遺伝子オントロジー(GO)をみると、グリコシル基転移、キシログルカン:キシログルコシルトランスフェラーゼ活性に関与するタンパク質をコードする遺伝子が多く含まれていた。これらの遺伝子は細胞壁形成に関与しており、細胞分裂にとって重要であると思われる。幾つかのCYCLIN 遺伝子の発現もAIM1に依存しており、SA処理をしていないaim1 変異体で発現量が減少し、SA処理をすることで発現量が野生型と同等になった。このことから、SAは根の分裂組織活性を正に制御していることが示唆される。SAは植物の防御応答に関与する植物ホルモンであり、aim1 変異体では幾つかのPATHOGENESIS-RELATEDPR )遺伝子の発現量が増加し、この増加はSA処理によって抑制された。AIM1が発現を抑制している(aim1 変異体で発現量が高く、SA処理によって野生型と同等になる)2533遺伝子のGOをみると、酸化還元酵素、グルタチオントランスフェラーゼ活性、抗酸化に関与する遺伝子が多く含まれていた。したがって、aim1 変異体でのSA生合成の欠失は、酸化還元や活性酸素種(ROS)除去に関与する遺伝子の発現に影響していることが示唆される。例えば、aim1 変異体の根ではROSのスカベンジャーとして機能するMETALLOTHIONEINをコードする遺伝子やCATALASEをコードする遺伝子の発現量が野生型よりも高くなっており、SA処理をすることで発現量が減少した。ALTERNATIVE OXIDASE(AOX)はミトコンドリアのROSを抑制する酵素で、イネAOX 遺伝子プロモーター制御下でGUSレポーターを発現するコンストラクト(ProAOX1a:GUS )を導入したaim1 変異体の根端は、野生型よりもGUS発現が強く、この発現はSA処理によって抑制された。したがって、aim1 変異体のSA蓄積量の減少は酸化還元やROS除去に関与する遺伝子の発現量を増加させており、SAはこれらの遺伝子を負に制御して根端部のROS蓄積に影響していると考えられる。aim1 変異体の根端部はROS量が野生型よりも少なくなっていた。しかしながら、ROS生成に関与しているNADPH oxidase 遺伝子の発現量に変化は見られなかった。よって、AIM1は酸化還元やROS除去に関与する遺伝子の発現を調節することで根端のROS量を維持していると考えられる。aim1 変異体にSAを添加することでROS蓄積が回復した。したがって、AIM1はSA生合成を調節することで酸化還元やROS除去に関与する遺伝子の発現を抑制し、ROS蓄積を促進していることが示唆される。野生型植物を抗酸化剤のアスコルビン酸やグルタチオンで処理すると、根端でのROSの蓄積と根の成長が抑制された。また、この根の成長抑制は根分裂組織活性の低下によるものであった。したがって、根のROS量の減少は根分裂組織活性を阻害することが示唆される。また、aim1 変異体を過酸化水素処理することで根の伸長が促進された。これらの結果から、根のAIM1は、酸化還元やROS除去に関与する遺伝子の発現を抑制するSAの生合成に必要であり、このことによってROS蓄積量が増加して根分裂組織活性が促進されると考えられる。WEKY62WRKY76 はSA処理によって発現が誘導され、PR遺伝子の発現を抑制している。aim1 変異体の根でのWRKY62WRKY76 の発現量の発現量は野生型よりも低いが、SA処理によって発現量が増加し、発現量は野生型とaim1 変異体で同等となった。よって、aim1 変異体でのSA生合成の減少は、WRKY62WRKY76 の発現量低下を引き起こしている。RNAiでWRKY62WRKY76 をノックダウンした系統は、ROSの蓄積量が減少し、主根が短くなり、細胞周期関連遺伝子の発現量が減少していた。しかし、aim1 変異体と異なり、この系統のSA含量は減少しておらず、野生型よりも僅かに高くなっていた。したがって、aim1 変異体での根の成長低下は、SA蓄積量の減少によってWRKY62WRKY76 の発現量が低下したことが関連していると思われる。以上の結果から、イネの根におけるサリチル酸生合成は、酸化還元や活性酸素種除去に関与する遺伝子の発現を抑制することで活性酸素種の量を維持し、根の分裂組織の活性を制御していると考えられる。そして、サリチル酸による酸化還元や活性酸素種除去関連遺伝子の発現抑制には、転写抑制因子のWEKY62とWRKY76が関連していると思われる。

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