A long noncoding RNA regulates photoperiod-sensitive male sterility, an essential component of hybrid rice
Ding et al. PNAS (2012) 109:2654-2659.
doi:10.1073/pnas.1121374109
ジャポニカイネNogken58(58N)から見出された日長感応性雄性不稔(PSMS)自然突然変異体(58S)は、長日条件下で花粉が不稔となり、短日条件で稔性が回復する。そのため、この形質はハイブリッド種子生産に利用されている。中国 華中農業大学のZhang らは、58Nから58Sへ変異した箇所が第12染色体上のpms3 遺伝子座の28.4-kb領域にあることを突き止め、この領域に見られる多型の中から58Nでグアニン(G)であるところがシトシン(C)に置換している一塩基多型(SNP)が58Sの特徴であることを見出した。分子マーカーによりpms3 遺伝子座を12-kbまで絞り込んだが、この領域内にはLOC_12g36030遺伝子の一部が含まれるだけであった。この遺伝子からは選択的スプライシングによって3種類の転写産物が形成されるが、それらを過剰発現させた形質転換体の解析から、いずれの転写産物もPSMSに関与していないことがわかった。そこでこの領域内でPSMSに関連しそうな新たな転写産物の探索を行ない、3つの転写産物を見出し、それらをTranscript-1 、2 、3 と命名した。これらはいずれも1000塩基程度の程度の転写産物で、お互いが重複していた。これらの転写産物の発現パターンを見たところ、Transcript-1 は調査した全ての組織で発現が観察され、特に幼穂での発現量が高くなっていた。Transcript-2 は恒常的に発現しており、幼穂での発現量が僅かに高くなっていた。Transcript-3 は幼穂において花粉母細胞期から花粉粒有糸分裂期にかけて発現しており、栄養成長器官では殆ど発現が見られなかった。これらの転写産物の幼穂での発現量を詳細に解析したところ、Transcript-1 は長日条件下の58Nにおいて短日条件下の58Nや長・短日条件下の58Sよりも発現量が高くなっていた。Transcript-2 も長日条件下の58Nでの発現量が高くなっていたが、幼穂が発達するにつれて他との差が減少していった。Transcript-3 は幼穂が発達するにつれて発現量が増加していったが、日長や変異による発現量の差異は認められなかった。雌ずい・雄ずい原基が分化期にあるイネの葉におけるTranscript-1 の発現パターンの日変化を見たところ、58N、58S共に短日条件下よりも長日条件下で発現量が高く、明確な日変化は見られなかった。しかし、幼穂の場合と異なり、葉での転写産物量は58Nと58Sで同程度であった。58NのTranscript-1 をアクチンプロモーター制御下で58Sで発現させたところ、長日条件下で正常な花粉粒が形成され、小穂の稔実率が向上した。このことから、Transcript-1 がpms3 であると判断した。Transcript-1 には73アミノ酸のORFがあり、このタンパク質は既知のタンパク質との相同性が見られない。Transcript-1 がタンパク質をコードしているのかを確かめるために、翻訳開始のATGと推測されるコドンをCTGに変えて58Sで過剰発現させたところ、長日条件下での花粉稔性が向上した。また推測されるORFのみを過剰発現させた58Sでは稔性回復は起こらなかった。よって、Transcript-1 はタンパク質をコードしていない長鎖非翻訳RNA(lncRNA)であると考えられ、長日特異的雄性稔性関連RNA(LDMAR)と命名した。58Nと58Sとの間のSNPはLDMARの789番目の塩基に存在している。58SのLDMARを58Sで過剰発現させると長日条件下での小穂の稔性が58NのLDMARを発現させた場合と同様に回復することから、58SのLDMARでも十分量の転写産物が存在すれば稔性回復を引き起こせる。5'側110塩基を欠損させたLDMARを発現させた場合も稔性が回復したが、SNPを含む52塩基を欠損させたLDMARでは稔性回復が起こらなかった。よって、この領域がLDMARの機能にとって重要であると考えられる。LDMARの転写領域1050-bpとプロモーター領域と推測される450-bpについてCGコンテクストのメチル化の状態を調査したところ、組織や日長に関係なく、プロモーター領域では58Sが58Nよりもメチル化の比率が高く、転写領域では58Nが58Sよりもメチル化の比率が高くなっていた。DNAのメチル化には低分子RNAが関与していることが知られていることから、LDMARの二次構造を調査したところ、SNP部位を含む145-bpがステムループを形成すること、SNP部位はステムを形成し、GからCへの塩基置換はステムループ形成に影響を及ぼしていることが推測された。そしてこの領域から3種類の低分子RNAが生産されることが確認された。58Nと58Sの葯を組織学的に観察したところ、胞子形成細胞期前の葯では両者に違いは見られなかったが、その後の58Sの葯の発達過程において、タペート細胞と小胞子母細胞の凝縮、変形、細胞質の液胞化、変形してしわくちゃになった空洞の小胞子、タペート細胞の変性の遅れが観察された。また、TUNELアッセイから、58Sは58Nよりも早くプログラム細胞死(PCD)が起こることが確認された。以上の結果から、58Nと58Sの間で見られるSNPのGからCへの置換は、RNAの二次構造を変化させ、これがLDMARのプロモーター領域のメチル化を増加させて長日条件特異的に転写量の低下をもたらしていると考えられる。そして、このLDMAR量の低下は、長日条件下での葯のPDCを早め、雄性不稔を引き起こしていると考えられる。