※高山鉄男編訳『モーパッサン短編選』岩波文庫
(1)
昨年の夏、私はパリから7、8キロ離れた別荘で過ごした。別荘はセーヌ川のほとりにあった。そこでボート好きの男と知り合いになった。私は「川にまつわるおもしろい話はないか?」と尋ねた。彼は次のような話をした。
(2)
川は謎めいた幻と夢の国だ。そして夜になればまるで陰気な墓地だ。川は黙りこくり深い暗闇だ。海よりずっと不気味だ。
(3)
ある晩、ぼくは友人の家から、舟を一人漕いで自分の家に向かっていた。月は輝き、川はきらめき、穏やかですばらしい晩だった。ぼくは「パイプを一服ふかしたら、さぞうまかろう」と思い、さっそく錨を川に投げ入れ舟を止めた。
(4)
物音ひとつしない静けさで、カエルも鳴かない。一服したあと、舟の底に仰向けになり夜空を眺めた。しばらくすると突然、舟が揺れだし、目に見えない力が、舟を持ち上げ、そして水中に引きずり込もうとしていた。
(5)
ぼくは不安になり、急いで起きあがった。そこから離れるため、錨を上げようとしたが重くて上がらない。漁師の舟が来たら助けてもらおうと、ともかくそこで待った。だが通りかかる舟はなかった。
(6)
ぼくは舟の上で一夜を明かす覚悟をした。すると突然、舟底に何かが当たった。ぼくはびくっとした。錨はびくともしない。やがて川は一面の白い霧に覆われた。なにも見えず、ぼくは幻覚におそわれた。舟に誰かが乗り込もうとする。川には奇妙な生き物がうようよしている。
(7)
ぼくは気分が悪くなり、おびえた。恐怖心を抑えるためラム酒を飲んだ。全力をふりしぼって叫んだが、無駄だった。ラム酒を飲み続け、ついにボートの底に大の字に横たわった。ぼくは眠ることも身動きすることもできなかった。
(8)
ところが2時間もたつと、霧が晴れ、今度はおとぎの国の夢幻的光景が現れた。雪のように崇高な輝きをはなつ土手。満月の下の真っ白な山脈。金糸銀糸に織りなされ火のように燃える川。だがガマガエルが狂ったように鳴く。やがてぼくは疲れ眠ってしまった。
(9)
明け方、寒さのため、ぼくは目を覚ました。漁師が現れ手伝ってくれ、二人で錨を引き上げようとしたが駄目だった。舟がもう一艘見えたので、大声で呼ぶと、その男も手を貸してくれた。錨がゆっくり上がってきた。黒い塊が錨に引っかかっていた。舟のうえにあげると、それは老婆の死骸だった。首には大きな石がくくりつけられていた。
《感想1》「川は謎めいた幻と夢の国だ。そして夜になればまるで陰気な墓地だ。川は黙りこくり深い暗闇だ。海よりずっと不気味だ。」川の不気味な夢幻的な謎の物語が語られる。川は陰気な暗闇の墓地だ。
《感想2》ある晩、月は輝き、川はきらめき、穏やかですばらしかった。川は決して陰気な暗闇でなかった。
《感想3》ところが川が表情を変え、異変が起こる。①物音ひとつしない静けさで、カエルも鳴かない。②突然、舟が揺れだし、目に見えない力が、舟を水中に引きずり込もうとする。③そこから離れようとしたが、錨が重くて上がらない。④舟底に何かが当たった。⑤川は一面の白い霧に覆われ、なにも見えない。⑥ぼくは幻覚におそわれた。舟に誰かが乗り込もうとする。川には奇妙な生き物がうようよしている。⑦ところが今度は、霧が晴れおとぎの国の夢幻的光景が現れた。⑧だがガマガエルが狂ったように鳴く。
《感想4》こうした不気味な夢幻的異変を引き起こしたのは、「老婆の死骸」だった。「その首には大きな石がくくりつけられていた」。老婆は殺されたか、あるいは首に石を自らくくりつけ入水した。川は陰気な暗闇の墓地だ。
(1)
昨年の夏、私はパリから7、8キロ離れた別荘で過ごした。別荘はセーヌ川のほとりにあった。そこでボート好きの男と知り合いになった。私は「川にまつわるおもしろい話はないか?」と尋ねた。彼は次のような話をした。
(2)
川は謎めいた幻と夢の国だ。そして夜になればまるで陰気な墓地だ。川は黙りこくり深い暗闇だ。海よりずっと不気味だ。
(3)
ある晩、ぼくは友人の家から、舟を一人漕いで自分の家に向かっていた。月は輝き、川はきらめき、穏やかですばらしい晩だった。ぼくは「パイプを一服ふかしたら、さぞうまかろう」と思い、さっそく錨を川に投げ入れ舟を止めた。
(4)
物音ひとつしない静けさで、カエルも鳴かない。一服したあと、舟の底に仰向けになり夜空を眺めた。しばらくすると突然、舟が揺れだし、目に見えない力が、舟を持ち上げ、そして水中に引きずり込もうとしていた。
(5)
ぼくは不安になり、急いで起きあがった。そこから離れるため、錨を上げようとしたが重くて上がらない。漁師の舟が来たら助けてもらおうと、ともかくそこで待った。だが通りかかる舟はなかった。
(6)
ぼくは舟の上で一夜を明かす覚悟をした。すると突然、舟底に何かが当たった。ぼくはびくっとした。錨はびくともしない。やがて川は一面の白い霧に覆われた。なにも見えず、ぼくは幻覚におそわれた。舟に誰かが乗り込もうとする。川には奇妙な生き物がうようよしている。
(7)
ぼくは気分が悪くなり、おびえた。恐怖心を抑えるためラム酒を飲んだ。全力をふりしぼって叫んだが、無駄だった。ラム酒を飲み続け、ついにボートの底に大の字に横たわった。ぼくは眠ることも身動きすることもできなかった。
(8)
ところが2時間もたつと、霧が晴れ、今度はおとぎの国の夢幻的光景が現れた。雪のように崇高な輝きをはなつ土手。満月の下の真っ白な山脈。金糸銀糸に織りなされ火のように燃える川。だがガマガエルが狂ったように鳴く。やがてぼくは疲れ眠ってしまった。
(9)
明け方、寒さのため、ぼくは目を覚ました。漁師が現れ手伝ってくれ、二人で錨を引き上げようとしたが駄目だった。舟がもう一艘見えたので、大声で呼ぶと、その男も手を貸してくれた。錨がゆっくり上がってきた。黒い塊が錨に引っかかっていた。舟のうえにあげると、それは老婆の死骸だった。首には大きな石がくくりつけられていた。
《感想1》「川は謎めいた幻と夢の国だ。そして夜になればまるで陰気な墓地だ。川は黙りこくり深い暗闇だ。海よりずっと不気味だ。」川の不気味な夢幻的な謎の物語が語られる。川は陰気な暗闇の墓地だ。
《感想2》ある晩、月は輝き、川はきらめき、穏やかですばらしかった。川は決して陰気な暗闇でなかった。
《感想3》ところが川が表情を変え、異変が起こる。①物音ひとつしない静けさで、カエルも鳴かない。②突然、舟が揺れだし、目に見えない力が、舟を水中に引きずり込もうとする。③そこから離れようとしたが、錨が重くて上がらない。④舟底に何かが当たった。⑤川は一面の白い霧に覆われ、なにも見えない。⑥ぼくは幻覚におそわれた。舟に誰かが乗り込もうとする。川には奇妙な生き物がうようよしている。⑦ところが今度は、霧が晴れおとぎの国の夢幻的光景が現れた。⑧だがガマガエルが狂ったように鳴く。
《感想4》こうした不気味な夢幻的異変を引き起こしたのは、「老婆の死骸」だった。「その首には大きな石がくくりつけられていた」。老婆は殺されたか、あるいは首に石を自らくくりつけ入水した。川は陰気な暗闇の墓地だ。