私の内より出るは愚痴ばかり
…気兼ねなく朝寝坊してみたい
…ゆっくり休みたい
…たまには美味しいもの食べたい
親鸞聖人の歎異抄に重ね合わせるならば
「よろづのこと、みなもってそらごとたはごと、まことあることなき…」
だが、私の口より顕れて下さる南無阿弥陀仏
「ただ念仏のみぞまことにておはします」
「ただ…のみ」と言われるのは、これ一つと言うこと
念仏以外は煩悩がらみのわが身と知らされる。
私の内より出るは愚痴ばかり
…気兼ねなく朝寝坊してみたい
…ゆっくり休みたい
…たまには美味しいもの食べたい
親鸞聖人の歎異抄に重ね合わせるならば
「よろづのこと、みなもってそらごとたはごと、まことあることなき…」
だが、私の口より顕れて下さる南無阿弥陀仏
「ただ念仏のみぞまことにておはします」
「ただ…のみ」と言われるのは、これ一つと言うこと
念仏以外は煩悩がらみのわが身と知らされる。
光に(智慧の念仏)出遇うとは
見えなかった世界が見えること
気づかなかった世界に気づき
永遠の未来が開かれる
智慧の念仏うることは 法蔵願力のなせるなり
信心の智慧なかりせば いかでか涅槃をさとらまし
(正像末和讃)
【定例法話会】
6月20日(水) 午後1時30分~
講師 漢見覚恵師(滋賀県彦根市 純正寺住職)
阿弥陀さまの光は、すでに皆さんの所に届いています。
だたバリアーを張って光を受け入れようとしていない。
【定例法話会】
6月20日(水) 午後1時30分~
講師 漢見覚恵師(滋賀県彦根市 純正寺住職)
南無阿弥陀仏
地球や月は太陽の周りを周回
地球には引力がはたらき
春夏秋冬の恵みの中にいのちを恵まれ
宇宙のはたらきの中に身をまかせ
悲しいこと悲しいし、
辛いことは辛いこともあるけど
あるがまま…受け入れて
南無阿弥陀仏の内にいのち尊し
南無阿弥陀仏
私の母親(前坊守)の誕生日会をしました。
仙台の大悟の子供や、大地君家族も参集し
ひ孫4人が揃い誕生会。
食後はひ孫達は花火大会で盛り上がりました。
「耳を澄まして聴いてみよう」
たくさんおしゃべりするのも 素敵だけど
耳を澄ますと 蓮華の中から
「いのち」の喚び声が聞こえてきます
6月20日(水) 午後1時30分~
定例法話会
講師 漢見覚恵師(滋賀県彦根市 純正寺住職)
日曜礼拝は私の当番でした。
お話の要点は
聖徳太子と親鸞聖人…残された言葉は違えども、お二人の意味するとことは同じ。
★聖徳太子…「我必ず聖に非ず。彼必ず愚かに非ず。共に是れ凡夫ならくのみ」(十七条憲法10条)
★親鸞聖人…「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、
そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、
きえず、たえずと…(一念多念文意)
★聖徳太子…「世間は虚仮なり。唯仏のみ是れ真なり」(天寿国繍帳面)
★親鸞聖人…「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもってそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」(歎異抄)
★聖徳太子… 「和らかなるをもつて貴しとなし、忤ふる こと なきを宗となす」(十七条憲法1条)
★親鸞聖人…和とは柔軟信=信心
…「それ衆生ありて、この光に遇ふものは、三垢消滅し、身意柔軟なり。歓喜踊躍して善心生ず。もし三塗勤苦の処にありて、この光明を見たてまつれば、みな休息を得てまた苦悩なし」(仏説無量寿経)